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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第一章 東雲遊郭7

 茶屋の夜半。裏座敷。
「ティファニーさん大丈夫でござるか? なんかほっぺた赤くないですか?」
 秦野 菫(はだの・すみれ)はお座敷に座っているティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)に声をかけた。
 見習い遊女である雛妓(ひよこ)はこうして姉遊女に付いていき、お座敷を覚えていくのだ。
「平気です、何でもありませんヨ……蚊に、刺されただけデス。それと、ここでは胡蝶と呼んでクダサイ」
「ふーん、何か事情でもあるなら、深くは聞きませんが。折角だから、遊郭の宴会芸でもみたいですね」
 菫は幕府に追われてる身のティファニーが気になった。
 彼女を保護して無事にシャンバラへ連れて帰りたいものではあるが、そのために自分たちまで幕府に目をつけられることは避けたかった。
「そういえば、お披露目あるんですってね。花魁道中、楽しみでござるな!」
「……」
 珍しくティファニーは無言である。
 菫はティファニーの横顔を見ながら、ちびちびと酒を舐めていた。
 隣の座敷では、何やら豪快に騒いでるようだ。


 表座敷では、高級遊女と芸子・舞妓に囲まれて、恰幅の良い御仁を囲んでいる。
 一目でそれなり地位のものだとわかる。
 風祭 隼人(かざまつり・はやと)は勺をしながら様子を伺っていた。
「流石、幕府公許。立派な方々も来られてますね。ささ、一献」
 幕府の要人だというお大尽は、この席の代金が隼人もちときいて、ことのほか上機嫌だった。
「ここは東雲。水波羅(みずはら)とは違って、素性を隠したお忍びも多いけどな……で、娘を助けたいって?」
「ええ、将軍家に関わることで嫌疑をかけられてる可愛そうな娘がいるんです。悪いことをしたわけじゃないのに、ほんの少し、知りすぎただけなんですよ。何とかしてやれないものでしょうか」
「将軍家だと……? おいそりゃあ、滅相もねえが……将軍様が代わって幕府もごたごたしてるからな。新しい将軍様から『ふれ』を出せば、恩赦されるんじゃねえか?」
「新しい将軍様はまだ幼子ですよ」
「だから、その背後についてるお方だよ」
 幕臣は声を潜めていった。
「ここだけの話だが、新しい将軍様は地球人の血を引いておられる。外部からの権力を恐れた旧大老派が鬼城御三家の方を連れてくるらしい。鬼城の血でかためるつもりだろう」
「じゃあ、その方に取り入るというのですか」
「わからん、どう転ぶかは。大奥も黙ってるとは思えないしな。しかし、大奥などあんな伏魔殿、わしは相手にしとうないわ。くわばら、くわばら……」
 幕臣は首をすくめた。
 隼人は頃合を見計らって中座すると、茶屋の外で控えていた覆面の男――『八咫烏(やたがらす)』の忍者に告げた。
 覆面の男は無言で姿を消す。
「あとはティファニーちゃんを遊郭から助け出せればいいが……」
 隼人の中で、なぜか不安が消えなかった。

卍卍卍


 梅小路 仁美(うめこうじ・ひとみ)は夜の遊郭を楽しんでいた。
 ここでは彼女と同じように、浮世から逃れた人々が、色男、色女という役に興じている。
「たまには自分の楽しみを追求するのもよいですね。わたくしの今夜のお相手にかなう方がいるのから?」
 遠く葦原島から離れているマホロバで、彼女の顔を知ものはそうそういないだろう。
 束縛もせず、趣味を楽しみたい……。
 そう考えているうちに、すらりとした後姿の良い女性を見つけた。
「……どうして独りでウロウロしてるのかしら。決めた、今宵の相手はこの方にしましょう」
 仁美が声をかけると、見返り美人――李 広(り・こう)はあっと声を上げた。
「仁美、何をしてるんです?」
「そちらこそ! 広さんに声をかけるなんてわたくしとしたことが……!」
 広はふっとため息を漏らした。
「あなたは相変わらずなんですから。ここは遊女殺しがあって危険なんですよ。気をつけませんと」
「わかってます。ところで……」
 仁美が広に何をしていたのかと尋ねようとしたところで、目の前を美形の影蝋が通った。
 が、彼女が捕まえようとするより早く、別の客がついてしまった。
「……しまった。こういうのは一期一会といいますのに!」
 影蝋はそのまま客とともに宵闇に消えていった。