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リアクション
第一章 東雲遊郭8
ここは影蝋茶屋。遊郭の中でもさらに秘密めいた場所――
「優男かと思ったら、着物の下は腕も肩も腹も引き締まった硬い肉だ。随分と鍛えているのですね?」
影蝋の霞泉(かすみ)こと天 黒龍(てぃえん・へいろん)は首筋にかかる甘い吐息に目を細めた。
。
ごしきと呼ばれた男は何も答えない。
「ここ(東雲)を……出たいと思った事はないのですか?」
黒龍の問いに、ごしきはようやく返事をした。
「先ほどから私に尋ねてばかりだな」
「気にさわったのなら謝ります。ただの新参者ゆえに、貴方のような方を手本にしたいと思ってね……」
「手本?」
ごしきは動きを止めると、黒龍を仰向けにひっくり返した。
黒龍がごしきを見上げて言う。
「普段何をしているのか、楼へ来たのはいつなのか、なぜここにいるのか……知りたい」「知ってどうする」
「私もこのような成りです。よく女に間違われる。『それ』が自分のさだめなのかと思ってね」
そう言って、黒龍は自嘲気味に笑った。
彼の美しい緑の黒髪が上下に揺れる。
成り行きとはいえ、本心でもこのような事態に苦笑するしかない。
ごしきは愛想もなく、短く答えた。
「ならば受け入れ、与える側の人間になればいい。お前にはその資格がある」」
黒龍はごしきの蒼く光る瞳の奥に、並ならぬ強い意識を感じた。
「しかしまさか……あなたが……とは」
黒龍は悦楽とともに、自分を呼んでいるような筑の音を聴いていた。
・
・
・
「黒龍くん……」
英霊高 漸麗(がお・じえんり)は衝立(ついたて)一枚はさんだ向こうで、筑を奏でていた。
目が見えない分、耳は良い。
黒龍たちの睦言はもちろん、衣擦れの音から、今何をしているのかさえ鋭敏に感じ取れる。
「ふん、そう簡単に手なづけられる黒龍ではない。安心せい」
仮面に顔を隠した黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が行灯を持って入ってきた。
彼女は楼で用心棒として雇われている。
その見廻りだ。
「それは、わらわの役目じゃからのう」
「姫さまはいいの?」
漸麗は子供っぽく首をかしげた。
大姫は嘆息まじりに答える。
「何をするべきかわきまえておる。わらわも、黒龍もな。一線は越えまい」
大姫は衝立を見遣った。
人間不信の黒龍がそう簡単に他人に心体を許すとは思えない。
「ところでさあ……さっきから気になってるんだけど。ここって、時計あるの?」
漸麗の突然の問いに、大姫は辺りを見渡した。
「いや。時間は、線香や蝋燭の燃え具合で計ってると聞いたが」
「そうだよね。でも規則正しく刻む音が聞こえるよ」
漸麗の耳は確かだ。
大姫が立ち上がりふと衝立を覗き込むと、ごしきの背中ごしに床(とこ)の置かれ左右に揺れる黄金の秤が見えた。
「これか……? なぜこのような場所に?」
規則正しくゆらり、ゆらり揺れている。
「もうすぐ『影』の時間か。『鬼』が騒ぎだす頃合だな……」
ごしきが、そうつぶやいていた。
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