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リアクション
★ ★ ★
「大図書室でくすぶっているよりはましだろうって思って出てきたんだが、なんだ、これは、ほとんど何も見えないじゃないか」
深い霧につつまれたイルミンスールの森を見て、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)が、あてが外れたというような顔をした。何か面白いことがあると思っていたようだ。
「まあまあ。なかなか面白い霧のようですよ。元来は、イルミンスールの森に発生するようなものではないようなので、どうしてこうなったか興味があるではないですか」
「それはそうだが……」
サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)に言われて、新風燕馬が答えた。もともと霧のことを図書室で調べていたサツキ・シャルフリヒターの方が、現状をよく把握しているのかもしれない。
「こういう霧の中には、白いドレスの美女とかが似合うもんだがな」
そんな戯言を口にしながら進んで行く。
「そんなことを言うと、本当にそういうのが現れる霧らしいですよ」
「それは面白いな」
そんな会話を交わすものだから、霧の中に本当にほっそりとした女性の人影が現れる。
「おお、本当だ。おーい、そこの人?」
声をかけてしまってから、魔法的な存在だとしたら人という分類でいいのだろうかと、ふと新風燕馬が立ち止まる。
「来てはだめです」
そう言うと、その娘は霧の中へ逃げ込むように駆け出していった。
「正体を確かめる前に逃がしてはだめでしょう」
サツキ・シャルフリヒターが新風燕馬をうながして後を追いかける。
「美人だといいなあ」
「あら、私だって、燕馬さんに出会ったときは、それは美しかったじゃないですか」
のほほんと言う新風燕馬にサツキ・シャルフリヒターが言った。
「美しいって自分で言うか!? だいたい、あれば、凄惨と言うんだよ」
「凄惨な美しさですね」
嫌なことを思い出す新風燕馬に、ちょっと悔しそうな顔でサツキ・シャルフリヒターが言った。
おしゃべりしながら追いかけているので、さすがに人影を何度か見失いかける。だが、そのうち、人影が二つになった。
「分裂した? いや、他の者か?」
明らかに変わった様子に、新風燕馬がちょっと慎重になった。逃げていただけの人影が、複数になったとたん、何やらもめ始めたようだ。
「うっ、あれは……」
少し霧が薄くなった所で、初めて相手の正体を知った新風燕馬が呻いた。
そこに立っていたのは、もう一人のサツキ・シャルフリヒターだったからだ。しかも、大振りのサバイバルナイフを持ち、白いワンピースには派手に返り血が飛び散っている。
「……勘弁してくれ。やっと夢に出てくる回数が減ってきたっていうのに。悪夢だ……」
思わず、新風燕馬が頭をかかえた。
「燕馬さんもいるみたいですよ」
この状況にも動じることなく、サツキ・シャルフリヒターが自分のコピーの方を指さした。この状況は予想していなかったものの、一応は想定される範囲内だったようだ。
サツキ・シャルフリヒターが指さす方には、学生服姿のもう一人の新風燕馬の姿があった。だが、学生服のあちこちは無残に切り裂かれ、血糊がべったりとついている。
状況からすると、二人が初めて出会ったときの戦いが再現されているようだ。そう悟ると同時に、霧から生まれた二人が戦い始めた。
サツキ・シャルフリヒターの方は、実に楽しそうに高笑いをあげてサバイバルナイフを縦横に振り回している。新風燕馬の方は、逃げることを諦めたのかできないのか、ハンドガンで威嚇射撃をしながらどうやって相手をおとなしくさせようかと考えあぐねているかのようであった。
銃弾を避けて機敏に動き回る霧のサツキ・シャルフリヒターが、どうしたものかと見守っていた新風燕馬たちの方へと移動してきた。そして、見覚えのある顔の観客に気づく。
「あら、こんな所にまだ綺麗な獲物が。いけないですね、こちらも、血の花で飾ってあげなければ」
即座に相手を変えた霧のサツキ・シャルフリヒターが、サバイバルナイフを新風燕馬に突きつけてきた。さすがに注意して身構えていた新風燕馬が、妖刀村雨丸でサバイバルナイフを弾き返した。
ちょっと驚いたように、霧のサツキ・シャルフリヒターが数歩下がって態勢を整えなおす。
「さすがに、今の俺たちはあのときとは違うからな。簡単にやられるわけにはいかないぜ」
そう言うと、新風燕馬は本物のサツキ・シャルフリヒターの方をチラリと見た。ニタリと笑いながらうっとりとサバイバルナイフを軽く頬の上ですべらせる霧のサツキ・シャルフリヒターとは違って、本物は実に冷静だ。その姿に、新風燕馬が安心する。ここで二人がかりで襲いかかられたら、さすがにたまったものではない。それにしても、タイマンだったとは言え、当時の自分はよく無事だったものだ。頑張った、俺と、新風燕馬は心の中で自分にエールを送った。
「さっきよりも、歯ごたえがあるじゃない。刻みがいがあるわ」
霧のサツキ・シャルフリヒターが、再び襲いかかってきた。それを冷静に迎え撃つ。
「それは、霧から生まれた模造品のようですね。やっつけてしまえば霧に戻るとありましたから、遠慮はいらないと思いますよ。私も、ちょっとリベンジをしてきます」
「おいおい、何を……」
サツキ・シャルフリヒターの言葉の意味を訊ねようとした新風燕馬だったが、さすがに霧のサツキ・シャルフリヒターも手を抜いて戦える相手ではなかった。
「よしてくれよ、分裂したのか!?」
霧の新風燕馬が、先ほどの本物と同じような台詞を吐いた。
「ええ。あのときは負けましたが、今はどうでしょう。一つお手合わせを」
言うなり、サツキ・シャルフリヒターが霧の新風燕馬にむかって、サイコキネシスを放った。挨拶代わりの攻撃に弾き飛ばされた霧の新風燕馬が即座にハンドガンで反撃する。だが、命中したかと思われたサツキ・シャルフリヒターの姿が、その瞬間に歪んで消えた。
「それは、本物の幻影ですよ」
いつの間にか背後に回ったサツキ・シャルフリヒターが、栄光の杖を突き出すとともに、先端に集めた光で霧の新風燕馬の身体を焼いた。
誰かを守りたいのであれば、その誰かよりも強くなければ。それを今、サツキ・シャルフリヒターは実践している。
一方の、新風燕馬は意外に苦戦していた。あのときもそうだったが、どうにもサツキ・シャルフリヒターに致命傷を与える気にはなれない。それが躊躇を生み、敵の肉薄を許していた。
ザシュっと、サバイバルナイフがパワードアーマーの表面を削って火花をあげた。
「何をやっているんです」
新風燕馬を叱咤しつつ、お前は誰を傷つけようとしているのだと、サツキ・シャルフリヒターが過去の自分を睨みつけた。同時に、目の前で半分ほど形を失った霧の新風燕馬をサイコキネシスで、霧のサツキ・シャルフリヒターにむかって投げ飛ばした。
調子に乗って攻撃をしていた霧のサツキ・シャルフリヒターが、避けきれずにもろにぶつかって一緒に倒れた。
「今です!」
サツキ・シャルフリヒターの声とともに、新風燕馬がアルティマトゥーレを放った。冷気に凍りついた霧の二人が、妖刀によって粉々に砕かれて消える。
「ふう、面白いどころか、酷い目に遭ったぜ。もう戻って昼寝してもいいかな?」
新風燕馬は、そう言ってサツキ・シャルフリヒターの苦笑を誘った。
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