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リアクション
「こやつが、その伯爵か」
初めてストゥ伯爵を見る悠久ノカナタが、あらためて彼を観察した。吸血鬼であるストゥ伯爵は、見た目は二十代の青年だ。美形の部類に入れて問題ないだろう。もっとも、現在の彼は霧の一部であろうから、姿形にどれだけの意味が残っているかは疑問ではあるが。
「生きているという定義は、私の場合は不適切かもしれないね。存在している、あるいは在ると言うのが正しいかな。だいたい、私は一部だけが再び眠りについたと思ったのに、なぜ悪夢の中に戻ってきたんだ?」
「悪夢とな?」
悠久ノカナタが聞き返す。
「悪夢ではないか。復活したアムリアナ女王陛下が、愚かな者たちによって再びお隠れになり、破棄したはずの実験の過程物が浅慮によって復活させられたりする。私は、シャンバラを滅ぼすために、あの研究をしたわけではないというのに……」
「ほう、研究とな。あ奴らが興味を持ちそうなことだ。もしかすると、主は狙われているのかもしれぬ。ちなみに、それはどんな研究なのだ」
「まあ、今さら隠すことに意味はないだろう」
悠久ノカナタの問いに、ストゥ伯爵が話し始めた。周囲では戦いが繰り広げられており、本来ならば一瞬とも気を抜けるような状態ではない。実にシュールな状況とも言える。『地底迷宮』ミファが気絶して緋桜ケイにだきかかえられているのは、もしかするとよかったのかもしれない。
「古代遺跡からある技術が発見されたんだ。どのくらい古い時代のものかは分からない。まあ、時代はあまり関係ないかもしれないな。その遺跡は驚くべき姿をしていたのだから。その遺跡の性質を調べることによって、生まれたのが主に精神エネルギーを集める理論だ。だが、理論があったとしても、簡単にそれを実現できるわけではない。試しに作ってみた宝珠は、精神エネルギーを吸収するというよりも、求心の方に偏ってしまった。いわゆる魅了効果だね。実験で生まれたいくつかの宝珠は処分したつもりだったが、持ち出した愚か者がいたようだね。ほら、少し前に、それを埋め込んだ像を巨大化するまで暴走させたというじゃないか」
おとなしく耐えてストゥ伯爵の言葉を情報として収集していた緋桜ケイたちであったが、巨大化という言葉にちょっとピンと来た。今ストゥ伯爵が話題にしているのは、客寄せパンダのことではないのだろうか。
おそらくは、イルミンスールの森に広がった霧が、そこに入った者たちの意識からいろいろな情報を読み取ったのだろう。霧のコアであり、霧その物とも言えるストゥ伯爵にその情報が集約されたとしても不思議ではない。
「結局、その研究は失敗に終わったのか?」
「いやいや、私は、陛下のためにいくつかの結果は残したよ。雑多な意識などではなく、ちゃんとした意識の保存装置であるこの霧とかね。その他にも、大元の装置に近い洗練された魔法エネルギー、あるいは、自然エネルギーを吸収するシステムを小型化して光条エネルギーの吸収装置の制御リングや星剣に組み込んだ。もっとも、エネルギーを蓄積する方法に限界があるので、使える者は限定されるけどね」
「星剣だって、それって……」
どう考えても、星拳スター・ブレーカーのことではないだろうか。そして、光条砲のエネルギーカートリッジを作るためにアルディミアク・ミトゥナを取り込んでいた、光条エネルギー吸収装置のシリンダーのことなのだろうか。
「巨大なシステムでもない限り、吸収したエネルギーの蓄積量なんてたかがしれてる。まして、あの星剣は使い手の身体にエネルギーを蓄積する方式だったからね。よほどの精神力がなければ、ちょっと吸収しただけで……ボン! さ」
握っていた拳を勢いよく開いて、ストゥ伯爵が爆発のジェスチャーをして見せた。
「ある意味、宝珠と同じ欠陥品だね。大元のシステムからしてそうだったから、ある意味、巨大な爆弾みたいなものかな。まあ、遺跡のシステムは巨大だったから、限界を超えるほどにエネルギーを蓄積する方法など限られるけれども。だいたい、遺跡は彼らによって永遠に封印……」
「ほう、それは、面白い話だな。もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
聞き覚えのある声に、緋桜ケイたちは一斉に振り返った。
霧のむこうから、オプシディアンが姿を現す。
「万雷、空冥より落ちよ」
問答無用で、悠久ノカナタがサンダーブラストを放った。
「おっと、容赦ないですね」
突然のように霧の中から現れたジェイドが、クルリと回転させた槍で絡めとるかのように、雷光を穂先で集めて、そのまま突き刺した大地へと逃がした。
「挨拶もなしとは、少し無粋でしょうか」
「無粋どころか、無様だな」
再び槍を手に取るジェイドの後ろで、オプシディアンが憮然とした顔で言った。
すぐには攻撃してこようとはしないようなので、緋桜ケイたちは慎重に身構えた。やっと意識を取り戻した『地底迷宮』ミファも、シャンと戦えるように身構える。
いったん、立ち位置がはっきりしてしまうと、緋桜ケイたちと、メイちゃんたち、オプシディアンたち、ストゥ伯爵、謎の小型機晶姫と、誰が味方で誰が敵に回るかはっきりとしなかった。迂闊に動けば、挟み撃ちということも充分にありえるし、敵同士をぶつけ合うというのも不可能ではない。
「下見に来ただけだったのですが、いろいろと収穫がありそうですね」
ストゥ伯爵の方を見て、ジェイドが言った。
「ふっ、私は、あなたたちの使い魔になるつもりはありませんよ」
「さすがに、そこまで困ってはいませんけれどもね」
ストゥ伯爵の憎まれ口に、ジェイドがにこやかに答えた。とはいえ、彼らはもう思いっきりイコン博覧会で霧から生まれた自分たちのコピーを囮として利用している。何を今さらだなと、オプシディアンが一人で苦笑した。
「偶然にしろ、石化を解いてくれたことには感謝するが、なぜ、ここまで私であり私たちを増やす必要があったのかな」
言葉尻は優しく、まなざしは厳しく、ストゥ伯爵が訊ねた。
チラリと、オプシディアンが緋桜ケイたちの方を見る。このまま無視して話を続けるか、排除するかを迷っているようだ。だが、ここで戦いを始めても、ストゥ伯爵との交渉に与えるデメリットの方が大きいと考えてか、オプシディアンたちは、半ば緋桜ケイたちを無視した。
「この森には、いくつもの不思議が隠されていますからね。ただ、あまりにも古い不思議は、大まかには調査できても、その真の姿までは調べきれない。でも、もしも、その遺跡に意志のようなものが残っているとしたら? あなた方は、それを感じとって再現することができる。最高の依代であり語り部ではありませんか。私は、人の話を聞くのが大好きなんですよ」
ジェイドが、もっともらしく説明した。
「それで、何を知りたいと欲し、そして、何をするつもりなのかな」
「もちろん、あるがままに。遺跡が、現代の人々に恩恵をもたらすのであれば、それがどのように使われるのを見届けに。遺跡が、現代の人々を害するのであれば、それがどう排除されるのかを見届けに」
「神の視点を楽しむと言うことか。それも一興かな。私には、今のシャンバラがアムリアナ様を守りきれなかったという事実だけで、この大陸がどうなろうともう興味はないからな。いいだろう、この地に隠されし物、いや、すでに目覚め始めているようだが、その正体を教えてやろう」
「それはそれは。では、よろしければ、私たちの代表に直接お話しくださいませんか。楽しみは、取っておく方がステキですから」
チラリと緋桜ケイたちの方を見て、ジェイドが言った。
「いいだろう。連れていってもらおう」
ストゥ伯爵が、座っていた石から立ちあがった。
「待て、そうはいかないぞ。いったい何を企んでいる。それに、ここに何があるのか、ちゃんと説明しろ!」
さすがに、緋桜ケイたちがそれを見過ごすはずもない。
「これ以上その必要はないな」
「ええ。楽しみは取っておくべきだと言ったでしょう?」
「やるしかないか……。いくぞっ!!」
いけしゃあしゃあと言うオプシディアンたちに、緋桜ケイたちが間髪入れず攻撃する。
黒薔薇の銃を放つ緋桜ケイに、悠久ノカナタがシューティングスター☆彡を合わせた。けれども、待ち構えていたオプシディアンが展開した魔導球が、盾となってその攻撃を防ぐ。
だが、それは陽動攻撃であった。
オプシディアンとジェイドが防御に回った一瞬を逃さず、『地底迷宮』ミファがストゥ伯爵に火球を放っていた。
「やったか!?」
緋桜ケイが喜んだのも束の間、四散して霧に戻ったはずのストゥ伯爵が、オプシディアンたちの傍に再び現れる。現状では、霧はほとんど無限といっていいほどにあるのだ。
「さて、行くとしようか」
「では、またいずれ」
周囲から集まってきた霧が、いくつものオプシディアンたちの複製を、緋桜ケイたちの周囲にぐるりと作りだした。風景が回転しているような錯覚とともに、本物がどれか分からなくなる。
「すべて焼き払えばいいだけのことよ」
全方位にファイアストームを放とうとした悠久ノカナタであったが、魔導球が飛来して詠唱を妨害した。その間に、本物のオプシディアンたちが姿を消す。だが、霧から生まれた者たちはそのままその場に残り続けて緋桜ケイたちに襲いかかってきた。なんとか撃退できたものの、霧が焼き払われたオベリスクの周囲には、すでに誰もいなかった。