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リアクション
★ ★ ★
「何です、あれは。今度は慎重に接近しますよ。さっきみたいに同士討ちに近いのはまっぴらですから」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、荒人のサブパイロット席のエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に言った。
つい先ほど、無差別に霧に攻撃をしていたジガン・シールダーズの晃龍オーバーカスタムを敵と誤認識して、あわや一戦交えるところだったのだ。幸いにも鋼竜の外装はほとんどいじられていなかった機体であったので、識別することができた。こちらの荒人も外装は雷火のままであったのでむこうもぎりぎりで認識してくれたらしい。肩のところにいたドラゴニュートが盛んに騒いでいたので、彼女が止めてくれたのだろう。
他にイコンはいないかと索敵した結果、トラック以外のイコンの痕跡を見つけて追ってきたわけだが、どうにもこれが玉霞の痕跡とは思えないところが懸念材料であった。
イコン博覧会の事件で荒人が大敗を帰したのが、明倫館秘蔵のイコンである玉霞だ。なぜイコン博覧会会場にあったのかは謎だが、そのときのイベントを利用してお披露目の予定だったのかもしれない。だが、事件を機にして、再び極秘扱いとなり、その存在は秘密のベールの彼方に隠されてしまった。
ただ、戦った紫月唯斗自身は、その恐ろしさは胸に刻んでいる。武者タイプの鬼鎧である高機動型の雷火とくらべてさえ、忍者型の玉霞は遙かに機動性に優れていた。それがプロトタイプゆえであったのか、パイロットのレベルゆえであったのかはちゃんとした数値データがないので分からないが、完全に負けてしまっていたのは事実だ。武器のギミックもトリッキーで、即応できなければ勝ち目はない。
「少なくとも、一太刀は返さないと気がすみませんからね」
イコン博覧会で強奪犯が使用したのと同じタイプの霧がイルミンスールの森に発生していると聞いてやってきたわけだが、はたして、敵イコンは本当にいるのだろうか。
とりあえずは、この先で起こった爆発と、黄色い爆炎が一つの手がかりだ。直前に、遠距離射撃による飛来物を確認したが、何と何が戦っているのかは確かめなければならないだろう。
「うっ、なんでしょうこの臭い……」
小型飛行艇オイレで荒人の後を随伴して飛んでいた紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が、前方から風に乗って漂ってきた臭いを嗅いで顔を顰めた。心なしか、霧の一部が黄色く変色しているような気がする。
「これは……、カレー粉のようですが、なぜ……!?」
後ろに乗ったプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が、首をかしげた。
「とにかく、私たちは唯斗兄さんに言われた通りにただ見守るだけです」
そう答えると、紫月睡蓮は距離を保ちつつ荒人の後を追っていった。今後のために、戦いを記録しほしいと紫月唯斗に頼まれていたのだ。
先ほどの爆発の場所に駆けつけてみると、センチネルが一機擱坐していた。カレーゴーレムのなれの果てだ。すでに、パイロットたちは避難してしまったらしい。
「誰にやられた……。出て来なさい、俺が相手になってあげます」
周囲にむかって聞こえるように、荒人の中から紫月唯斗が叫んだ。
「気をつけてください。いつ、あれが現れるか分かりませんから」
注意を喚起されて、エクス・シュペルティアが周囲を慎重に索敵する。
「あれを見てください!」
少し離れた所に待機していたプラチナム・アイゼンシルトが、荒人の背後の空間を指し示した。
霧が渦を巻き、大きなうねりとなっていく。
「これはまた、ずいぶん大きな物を想像しましたね」
ちょっと感心したように、茨を調べていたアクアマリンが、渦巻く霧の方を振り返った。
やがて霧が凝集していく。何かが形を持った。
「来るぞ!!」
エクス・シュペルティアが叫んだときには、紫月唯斗はすでに回避行動に入っていた。
荒人が直前までいた空間を、青白いアームブレードの輝きが通りすぎる。同時に、藤色の装甲をした見覚えのあるイコンが霧を靡かせながらすれ違った。
荒人が鬼刀を構える。
素早く反転した敵イコンが、重心を低くして脚部を開きながら前傾姿勢をとった。特徴的な頭部の光条飾りが翻る。
玉霞だ。
「あれれ、おかしいですよ。あれはすでにカスタマイズしてミキストリになったのに……。発想が古いんですね。やれやれ」
自分が改造したはずのイコンが旧来のままの姿で現れて、アクアマリンがもの凄く残念そうな顔をした。
「行くぞ、荒人!」
高速機動で、紫月唯斗が荒人を敵に突っ込ませた。
待ち構えていた玉霞が、機体を起こし様にジャンプして、振り下ろされた鬼刀を軽々と避けて見せる。
荒人の頭上を飛び越すかに見せた玉霞であったが、すれ違い様に脚部についた蹴爪状の隠し刀で荒人の頭部を切り落とそうとした。
「見切っておるぞ」
エクス・シュペルティアが、鬼刀を投げ捨てて、背中のハードポイントにジョイントされたままのクレイモアの切っ先を前に引いた。大剣の柄頭が、ピタリと隠し刀の切っ先にあたって攻撃を受けとめる。
一瞬、二機の動きが完全に止まった。
わずかに早く静寂を破ったのは荒人の方だ。
左手で光条サーベルを引き抜くと、肩越しにそれを突きあげた。だが、腰のスラスターを全開にした玉霞が、荒人が攻撃を受けとめた柄頭を中心として機体を大きく回転させてそれを避けた。振り回した片足の慣性モーメントでするすると宙を駆け上るように上昇すると、両腕の装甲の隙間からクナイを射出する。直上からの攻撃を受けた荒人の両肩の装甲とクレイモアが接合部を破壊されて吹っ飛んだ。
それには構わず前進した荒人が、投げ捨てて地面に突き立っていた鬼刀を拾いあげる。光条サーベルを突き出した腕の上に水平に構えた鬼刀をすべらすと、グッと左腕を引いて十字に二本の刀を構えた。
間合いをとりなおした玉霞が、腕を組んで空中に直立する。周囲で霧が渦を巻き、地面の上を覆い尽くして波打った。
「次で決めますよ!」
「分かっておる。二の太刀は敗北と思え!」
最低限の防御をエクス・シュペルティアに任せると、紫月唯斗は敵の動きを読みつつ一気に突っ込んでいった。いかに高機動の機体といえども、懐に入り込めれば勝機はある。
水上を突進するかのように、荒人が地上の霧を蹴散らして突進した。霧が二つに割られて波立つ。
微動だにしなかった玉霞が、組んでいた両腕をふりほどくようにした交差させた。その手に、いつの間にかワイヤーが握られていた。
「しまった……」
回避しようがない。
地上から跳ね上がった二本のワイヤーが、左右から生き物のように荒人に絡みつく。次の瞬間、荒人の全身で次々に爆発が起きた。ただのワイヤーではない、爆導索だ。
関節部とマニピュレータに損傷を受けて、荒人がもんどり打って転倒した。高速があだとなって、激しく転がりゆく。
勝負はついたと、ゆっくりと宙を移動してきた玉霞が、荒人の真上に来た。切っ先のない両刃の忍者刀を抜くと、止めを刺そうと降りてくる。その足を、もう完全に動けないと思われていた荒人の左手がつかんだ。
「まだまだ!」
半壊した右手のマニピュレータを無視して、引き下ろした玉霞の腰部のスラスターにパンチを叩き込む。変形したスラスターが小爆発を起こした。
さらなる一撃で止めを刺そうとしたとき、空中から飛来した氷槍が玉霞に突き刺さった。もしも敵イコンがなかったら、串刺しになっていたのは荒人の方だっただろう。直後に氷槍が爆発し、玉霞の姿が吹き飛んで霧となって消えた。
「きゃあ、唯斗兄さん!」
「ますたー!」
あわてて、紫月睡蓮とプラチナム・アイゼンシルトが、ぼろぼろになった荒人の中の紫月唯斗とエクス・シュペルティアを救出にむかった。
「ふう、やっと片づきましたか。うろちょろというか、派手にイコン戦などされては、こちらも落ち着いて調べ物ができないですからねえ」
携帯を握りしめたアクアマリンがつぶやいた。そこへ、オプシディアンから連絡が入る。
『何をしている? こちらは思いがけない拾い物をした、いったん戻って計画を練るぞ』
「ええっと……」
このタイミングでですかと、アクアマリンが、擱坐させたカレーゴーレムと荒人、そして肝心の茨ドームを見比べて困惑の表情を浮かべた。
なんだか、霧が薄くなってきているような気もする。
上空を飛び回っていた小型機晶姫の姿が、ぽつりぽつりと消えていった。その後から、黒蓮の花弁が舞い落ちてくる。
「分かりました。戻ります」
メカ小ババ様たちに帰還の命令を出すと、アクアマリンはその場を離れていった。