リアクション
オベリスク 「すべての事象には、理由がある。たとえ理由がなかったとしても、理由がなかったということが一つの解でもあるのだ」 「はいはい、それは分かったから」 とくとくと説法を垂れる悠久ノ カナタ(とわの・かなた)に、緋桜 ケイ(ひおう・けい)が困ったように答えた。 以前、いろいろな大会で何度か雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に負けているので密かに落ち込んでもいたようだが、先日の美人コンテストでは完勝をしたので、今はすこぶる上機嫌である。ある意味暴走中だ。 そのため、歯止め役――になるかはわからないが、『地底迷宮』 ミファ(ちていめいきゅう・みふぁ)も今回は一緒に来ている。 「とにかく、イルミンスールの森に出たココの石像の怪、イコン博覧会でオプシディアンたちが霧で作った囮を使っていたこと、また、空京で霧がなぜか美術館に集まってきていたこと、さらに、さかのぼれば、タシガンの城で初めて見た霧のこと。勘ぐれば、オプシディアンたちは海賊たちと繋がりがあったのだから、そこから霧に繋がったのかもしれないし」 緋桜ケイが、矢継ぎ早に疑問を列挙していった。 「そうだのう。繋がりかけてはいるのだが……」 ちょっと、この間イルミンスールの森で気を失って身体を乗っ取られたことを苦々しく思いながら、悠久ノカナタが相づちを打った。 そもそもの発端、いや、本当の発端はまだ誰にも分かってはいないが、この霧の出所はタシガンの古城だ。その城は黒蓮の花がお堀に群生しており、その黒蓮が何らかの変化を起こして霧を発生させていた。黒蓮が変化して霧が発生したのか、霧が黒蓮を変化させて自身を培養していたかははっきりとはしていない。ただ、とりあえず言えることは、この霧は生き物であったということだ。 もともと、その古城には、五千年前にストゥ・ディウムという伯爵が住んでいたらしい。当時のシャンバラ女王であるアムリアナ・シュヴァーラの熱心な信奉者ということ以外は、ほとんど分かってはいない。 本人はすでに死亡しており、城も実は廃城であった。だが、霧が伯爵の残留思念のような物を具象化し、城自体も補完して、あたかも遜色なく存在しているように見せかけていたのだった。そして、迷い込んだ旅人を取り込むようにして、現在まで存在し続けてきた。なぜ、そのようなことをしていたのかもまた謎ではある。 とまれ、少し前までは、ストゥ伯爵は、好事家として一部では有名でもあった。コレクターとして、古王国時代の物や珍しい物を買いあさっていたのである。今となっては、それがただの趣味であったのか、古王国時代を懐かしんでの行為だったのか、定かではない。 その過程で、ゾブラク・ザーディア率いる海賊と接触し、いろいろと密輸の依頼をしていたらしい。 「あの海賊さんたちと、この霧に、そんな関係があったのですね」 かつて、海賊との決戦に関わった『地底迷宮』ミファが、少し感慨深げに言った。 「ただ、やっぱり、少し違和感があるんだよな」 うーんと、緋桜ケイが腕を組んで考え込む。 霧が、接触した人間などの深層にある記憶から自分たちを変化させるということは事実として解明されている。どうしてそのようなことができるかは不明だが、状況からはそう説明するしかない。 ただ、美術館でそうであったように、それは酷く曖昧だったり、単なる記憶のコピーで、できあがった模造品の人間たちは、過去の出来事や意識を単純に再現して小芝居をしているに過ぎない。つまりは、その行動もコピーなのである。 だが、まれに、自我があるのではないのだろうかと思えるような行動を取るコピーも存在する。その最たる物がストゥ伯爵に他ならなかった。彼は、完全に自分の意志という物を持って動いているように見えるのだ。ただ、見えるだけなのかもしれないが。 霧自体が、思考を集めて、その思考を具現化するという性質だけの物であれば、その元となった思考の質の問題なのかもしれない。 話を戻そう。結局、ゴチメイと海賊たちの確執が、この霧を一度滅ぼしたと言える。錦鯉の密輸などを海賊に頼んでいたストゥ伯爵であったが、海賊から持ち出された女王像の欠片を闇市で手に入れたことから、ゴチメイと海賊双方を敵に回してしまったのだ。また、このとき、オプシディアンたちが海賊に提供していた光条砲のコントロール基盤を手に入れてしまったことも災いした。ちなみに、このときにオプシディアンたちは、浮遊島の移動エンジンを闇市に流されて回収に来ている。 「思えば、あのときにきゃつらをなんとかしておれば、彷徨う島の事件は防げたものを……」 悔しそうに、悠久ノカナタが言った。オプシディアンと遭遇しながら、みすみす逃してしまったのが今も悔やまれる。 「まあ、あの時点で、ジェットエンジンって物を知っているパラミタ人がどれだけいたかって考えると、しかたないさ」 緋桜ケイが慰めた。 さて、ストゥ伯爵は、訪ねてきたゴチメイたちを虜囚としてコレクションに加えようとしたのだが、それが災いして海賊と学生たちの攻撃を受けてしまった。 今になって思えば、このときおかしかったことが一つだけある。ストゥ伯爵が、十二星華の全員のコピーを手下として攻撃してきたことだ。霧でできた偽物であるのだから手下にしたのはいいとして、なぜ十二星華をすべて知っていたのだろうか。あまつさえ、すべての星剣を正確にコピーしていたのだ。知っていたのだろうとするのは簡単であるが、それでは、なぜ知っていたかの答えが出ない。 結局、霧がすべての元凶だと見抜かれ、城は黒蓮ごと焼き払われて滅ぼされてしまった。少なくとも、当時はすべてが消え去ったと思われていた。 だが、実際には霧でできたココ・カンパーニュが戦いの過程で石化され、その石像が生徒たちの手で運び出されていた。他にも、かつての旅人を模したであろう石像や、女王像のコピーの石像などが多数城には飾られていた。そのうちのいくつかが霧でできていたと考えるのはあながち間違いではないだろう。 学生たちによって城が元の廃城に戻された後は、城に蓄えられていた美術品の内で無事だった物はほとんど盗み出されて闇市に流されたようである。ただ、おびただしい数の石像は、美術品としての価値はあまりなかったらしく、売れなかったらしい。そのため、ゴミとして不法投棄された物も少なくはない。 そして、どういう偶然か、あるいは、ココ・カンパーニュの石像を運び去った学生たちが、本物の石化したものではないと分かって放置したか飾ったのかは分からないが、それはここイルミンスールの森に運び込まれていたようなのだった。 「わらわが見た怪異は、城で石化されたココのコピーが石化を解かれた姿であろうな。だとすれば、その石化を解いた者がいるはずだ」 それがオプシディアンたちに違いないと、緋桜ケイたちは目星をつけていた。ただ、分からないのは、その目的だ。イルミンスールの森を霧でつつんで混乱に陥れようというのであれば、それはそれで成功している。だが、その程度ではどうにも腑に落ちない。かつて、巨大スライムで世界樹の中の人間を駆逐しようとしたり、空京に浮遊島をぶつけて破壊しようとした者たちである、この程度の混乱は遊びのようなものではないか。 「でも、心当たりがあるから、今どこかへむかっているのでしょう?」 『地底迷宮』ミファが、緋桜ケイに訊ねた。 |
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