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リアクション
第一章 「カーニバル」
自由都市プレッシオ中央部の詰め所。
激戦により負傷した人たちがあちこちで痛みに呻きながら治療を受けている。
彼らと同じように負傷した南條 託(なんじょう・たく)は外に出れるような状態ではなかった。
(……何とか目は覚めたし、今の状況も聞いたけれど)
ベッドの上で、託はゆっくりと上半身を起こす。
隣の棚の上には大皿が置かれていた。皿の中身はピンセットとたくさんの銃弾。血と体液が絡んでいるそれを見ると、これが昨日、自分の背中に打ち込まれた物だと言う事が分かった。
こんなにも撃たれたんだ、と実物を前にすると流石にゾッとする。
(とても戦える状況じゃない、か。
僕にはできないことだらけだなぁ……一人、助けられなかったし、これからの戦いに行けずにいる)
歩く事すら満足に出来ないしねぇ、と託は自嘲気味に呟いた。
(……自分ができることなんて大した事ないのは知ってたけど……少しだけ悔しいかな)
後悔を押し潰すように、拳をぐっと握りしめた。
その際に腕に奔った痛みすら、今は腹立たしい。
けれど、
「今は、悔やんでいる暇なんてないよねぇ」
状況は流動的だ。こうしているうちに戦いは激しさを増していく。嘆いている時間でさえ、ただただ惜しい。
託は携帯電話に手を伸ばした。
本当は気が進まない。今回の事件はそんなに甘くない。結果次第では、またあの子が傷ついてしまう。
救えなかった、と。
素直で純粋で子供っぽいヒーローは、全てを救えなかったと傷つくのだろう。
(……でも)
託はボタンを押し、あの子に電話をかける。
(……でも、もしかしたら――あの子なら、すべてを……って思うから)
コールが二回鳴ったのちに、那由他 行人(なゆた・ゆきと)の声が耳に届いた。
「託にい?」
「……頼みがあるんだ」
硬い声でそう言うと、電話越しにごくりと息を飲む音が聞こえてきた。
「今、最南端区画で警備隊とコルッテロっていうギャングがかなり大きな戦闘をしてるんだ。
戦力差は圧倒的で、状況は最悪。はっきり言って生きて帰れるような保証もない……そんな、戦闘なんだけど」
「……うん」
「今の僕は戦力になれない。だから、お願い」
託は一拍おいてから、口にした。
「後は頼んだよ、行人」
その言葉に対して行人は。
「分かった!」
と、清々しいぐらい元気な返事をした。
「あとは任せて。託にいはゆっくり休んでなよ」
そう言われ、行人との連絡は切れた。
携帯電話を戻して、託は目を瞑る。行人も心配だったが、人質に取られた子供達も心配だった。
「大丈夫かな……」
託は心配そうな声を出すと、ボロボロな身体を無理矢理動かして、這うように子供たちのいる部屋へと向かった。
身体がバラバラになりそうな痛みを抑えながら、託はそれでも歩みを止めない。
「あの子たちを怖い目に遭わせたんだ……一言でも謝らないと……」
託は一人助けられなかった子供の事を思い出す。
身体の痛みを忘れるほど、心に鋭い痛みが走るのを感じ、託は心身の痛みに耐えながら、子供たちの部屋へ歩き続けた。
――――――――――
場所は変わり、詰め所の別室では人質になった子供たちが集められていた。
子供たちは互いに寄り添い、今にも泣きそうな瞳を揺らしながら身体を震わせている。
そんな姿を見て、フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)は優しい微笑みを湛えながら子供たちに近づいた。
「ひっ……!」
が、子供たちは表情を強ばらせてフィーアから離れていく。
フィーアはそんな子供たち見て、さっきまでの境遇に思いを馳せた。
(無理もないですぅ……人質にされるなんて……。
こんな小さい子たちじゃ心の傷になって当然ですぅ)
フィーアの目にさっきより一層強い決心の色が宿る。
(なんとか、この子たちを慰めてあげないと……)
心を閉ざした子供たちの心を開く。
戦場の最前線ではないが、ここにも一つの戦いの形があった。
フィーアはこの戦場でもっとも効果的であろう武器を手に取った。
「これなら、きっとぅ……!」
手に持ったのは琴だった。
フィーアは弦を指先で優しく弾くと、高く柔らかい音が響いた。
その優しい音につられて、子供たちの視線はフィーアと琴に集中する。
薄く微笑むフィーアは琴の音色に合わせて優しい子守歌を歌う。
「安心するですよぅ――ここにはもう、怖いモノは何も無いですからぁ」
ゆっくりとした音楽に温かな歌声が乗ると、子供達はうつらうつらと目をしばたたかせると、子供達は横になって眠りについてしまう。
(心の傷は時間しか癒やせないですぅ……だから、少しでも時間が過ぎるように、今はたっぷりと眠るですぅ)
フィーアは歌うのを止めると、子供達の頭を撫でた。
「……心の傷に負けちゃ駄目ですよぅ?」
そう小さく声をかけると、フィーアは再び琴を奏で始めた。
――――――――――
詰め所の救護室の一室。
こちらは託がいた場所とは違い、患者は全員寝ており静かなものだった。
その中にはリュカの姿もある。
すやすやと寝息をたてる彼女の隣で、リューグナー・ベトルーガー(りゅーぐなー・べとるーがー)がカルテを書いていた。
『全身状態等から可能性は低いが,診断や治療の遅れが命にかかわり要検討』
リューグナーが最後にそう記すと、扉が開く。現れたのは、看護師であるフランとそのお手伝いをしている及川 翠(おいかわ・みどり)だった。
「容態はどうですか?」
彼女に頼まれた薬を運んできたフランはリューグナーに話しかける。
「まだ予断は許しませんが、かなり安定してきましたわ」
リューグナーが微笑むと、翠は嬉しそうに飛び跳ねた。
「やったの! すごいのリューグナーちゃん!」
「そんなに褒められることではありませんわ。当然のことをしたまでです」
そうは言いながらもリューグナーは照れくさそうに頬を染めていた。
二人のやり取りで静かだった空気もどこか和んでいき、フランの表情からも笑みがこぼれる。
リューグナーの手を取ってはしゃいでいる翠に、フランは声をかけた。
「翠さん、よろしかったらお礼に何か甘い物でもごちそうしたいのですが……」
「ホントなの!?」
「はい」
「行くの、行くの行くの!」
翠はリューグナーから手を離すと場所も聞かずにさっさと歩き出してしまった。
フランもその後をついていく。
だが、部屋を出る直前でリューグナーの言葉に足を止めた。
「そなたも、休んでくるといいですわ」
「……え?」
「煤原大介の事、心配なんでしょう?」
リューグナーの問いかけにフランは押し黙るが、すぐに笑顔を見せた。
「大丈夫です。私は、皆さんが無事に帰ってきてくれると信じていますから」
「……無理に強がらなくともよろしいのですわよ?」
「強がってなんかいませんよ」
微笑みを浮かべ、彼女は言った。
「私は、皆さんに助けていただいた事があるので」
フランは軽く一礼をしてから、翠を追いかけるようにその場を後にした。
「皆さんが無事に帰ってきてくれる、ですか……」
また静かになった部屋の中で、リューグナーはそう独りごちた。
皆が無事に帰ってくる保証など勿論ない。その中に、大切な人がいれば気を病む事が普通だろう。
けれど、フランは「信じている」と言った。
作り物ではない、本当の笑みで。
それがどれだけ難しい事なのか……リューグナー自身、嫌というほど分かっている。
「仕方ありませんわね……」
受けた信頼には応えなくてはいけない。
リューグナーはリュカのあどけない寝顔を覗き込みながら、呟いた。
「まぁせめて――彦星明人が無事に戻るまでは、わらわがなんとか保たせてみせましょう」
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