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黒薔薇の森

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第ニ章 闇は深く……6

 襲われたり、襲ったりの森の間をかいくぐるように、ヴァーリスヴァルト・イレ(う゛ぁーりすう゛ぁると・いれ)は進んでいた。
 自分の実力を示すため、薔薇を手に入れようと意気込んだヴァーリスヴァルトは、禁猟区で御守り型の結界を作り、森を進んだ。
「朕の玉体を護るのだ」
 帝王を志す者の心意気か、うまくピンチを切り抜け、ヴァーリスヴァルトは黒薔薇に着実に近づいたが、やはり途中で運悪く、吸血鬼に巡り合ってしまった。
「何奴!」
 結界が反応した瞬間、ヴァーリスヴァルトはそちらの方角に向けて、リターニングダガーを投げた。
 手元に戻ってきたダガーを受け取りつつ、ヴァーリスヴァルトがそちらを凝視していると、吸血鬼の姿が現れた。
 吸血鬼はヴァーリスヴァルトの肌に軽く爪を立て、頬から首筋までつつつっとなぞるように動かした。
「な、何をするのだ!」
 唇だけは死守しようと、武器を持たないほうの腕で口を守り、吸血鬼に対抗する。
 しかし、ヴァーリスヴァルトはすぐに自分の実力が足りぬことを悟り、こう叫んだ。
「あ、観世院校長!」
 その言葉に吸血鬼の気が逸れた瞬間、ヴァーリスヴァルトは逃げ出した。
 以降も「あ、あんな所に美少年が!」など同じ手を使って逃げ切り、黒薔薇の元に辿り着いた。
 ヴァーリスヴァルトは他の葉などを摘んで、美しい黒薔薇の花束を作った。
 そして、散らさぬように気をつけながら、森を抜けていった。

 ミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)はアルバレス家の跡取りとしての誇りを胸に森へと入ってきた。
「アルバレス家の男たるもの試練の一つや二つ、誰かに頼るような真似なぞせず一人で立ち向かい乗り越えるべきだ」
 その父の教えに従い、心配する過保護なパートナーをなだめて、単身で森へと入り込んだ。
「手ごめにされうのだけは勘弁やからな。頑張って行くとしよ」
 他の学校の生徒に挨拶したり、鼻歌を歌ったりしながら、ミゲルは森の中を進んだ。

 途中で吸血鬼とはち合わせそうな場面もあったが、何かを見つけて屈んでみて気づかれなかったり、ちょうどタイミングの良い場所で入れ違ったりして、気づかれずに黒薔薇のあるところまで辿り着いていた。
「お〜本当に漆黒の薔薇や〜」
 ミゲルが積もうとしたとき、背後から吸血鬼が迫ってきた。
 森を歩いて来て、チョット跳ね気味になった焦茶の髪に吸血鬼が触れかけたとき、すくっとミゲルが立ちあがった。
 ゴン、という派手な音がしたが、右と左と上しか見なかったミゲルは全然、背後に倒れる吸血鬼に気づかなかった。
「あれ〜。なんか上にあったんかなあ思うたけど、気のせいか」
 ミゲルは振り返りもせずに、そのまま黒薔薇を持って、学舎に帰った。
 そして、心配して迎えに出ていたパートナーのドミニクにその黒薔薇を見せ、心配する彼に感想を述べた。
「楽しかった!え?吸血鬼?おらへんかったよ?」

 イルミンスールの少女渡辺 陽向(わたなべ・ひなた)はみんなとまったく違う目的で、この森に来ていた。
「吸血鬼さんどこー?」
 箒で飛んで、黒薔薇を取ろうとしたものの、なかなか森が深くて、辿り着けない。
 それに一番の目的である当の吸血鬼が見つけられない。
「仲良くなりたかったのになあ」
 陽向はちょっと残念に思った。
 焦茶色のロングの髪に、大きな黒い瞳をした陽向は、それはそれは可愛らしかったが、しかし、もしかしたら、吸血鬼にとっては、ちょっと見た目が幼すぎたのかもしれない。
 あんなことこんなことをする対象として、薔薇の学舎の生徒を構うのに忙しかった吸血鬼は、結局、陽向の前に現れることはなかったが、それでも見知らぬところを飛ぶのはちょっと楽しくもあった。
「今度、陽樹とこういう遠くに来てみたいな!」
 陽向は自分の帰りを待つ守護天使の元に、戻ることにした。
 パートナーである陽樹はとても陽向が行くことを心配していた。
 だから、元気な姿を見せて、自分がどんなものを見てきたか話してあげようと、陽向は思うのだった。