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リアクション
「はーい皆さーん、ここが法隆寺でーす。私とウマヤドが建立に関わったんですよー。……今でも残っているなんて、私も想像できませんでしたけどね」
あははと笑って、旅行会社のガイドが着るような服に身を包み、杖の代わりに鮮やかな色の旗を持ち、推古天皇の英霊、トヨミちゃんが一行を先導していく。一瞬で服を着替えたのはトヨミ曰く、「魔法少女の特権です」らしい。一部の人からクレームが来そうな発言である。
「こうしてセイ兄と一緒に日本で観光するっていうのも、新鮮でいいな。ガイドまで付いてくるしな」
「そうだね。……この辺りは空京とも、パラミタの他の町とも違う雰囲気だね。……おや、あれは何かな?」
セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)が興味を示したものに、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)も視線を向ける。どうやら他校生徒の一人が食べていたものが不思議に映ったようだった。
「あれは確か『わらびもち』じゃなかったっけ?」
「わらびもちですか……失礼、ちょっと行ってきていいかな?」
そう言ってセイニーが、その近くに開いていた店に同じものがあるのを見つけて、急ぎ足で向かっていく。少しして駿真のところに戻ってきたセイニーの手には、わらびもちが数個載せられていた。
「ほう……これはなかなか。何を使っているのか聞いてみたけど、もしかしたらパラミタにあるものでこれが再現できるかもしれないよ」
「ホントか!? セイ兄、今度作ってみてくれよ!」
駿真にもわらびもちを振る舞いながら、セイニーが頷く。
「いいよ。他にリクエストはあるかい?」
「マジかよ! そうだな……」
何がいいか考え込む駿真を、セイニーが微笑ましく見守っていた。
「トヨミちゃん……でいいのかな。実際に建立に関わったってことだけど、その当時の様子はどんな感じだったのかな?」
一行のガイドをしつつウマヤドを探すトヨミへ、十倉 朱華(とくら・はねず)が声をかける。その隣にはウィスタリア・メドウ(うぃすたりあ・めどう)が、どこか楽しげな表情を浮かべていた。
「はい、それで構いませんよ。……当時の様子、ですかー。最初できた頃は、ここに飾られている宝物を賊が狙いに来たりして、大変でしたー。あ、でも、たまに子供たちがこっそり忍び込んで遊んでたりした時は、いけないって思うんですけど見ないふりしたり、一緒になって遊んじゃったりしちゃいました」
てへへ、と笑って応えるトヨミ。
「そうですか……私のような大人にとっては崇拝し、奉られるべき場所でも、子供にとってはもしかしたら格好の遊び場だったのかもしれませんね」
「そう考えると、何だか微笑ましいな。悪戯した後とか残ってたりするのかな」
「ふふっ、そうですね。私が気付かないようなところにまだあるかもしれません。……あ、これからイタズラするのはダメですからね?」
めっ、と注意を促すトヨミに、朱華とウィスタリアから笑みがこぼれるのであった。
「ここは夢殿ですねー。ウマヤドの等身像とされている救世観音像があるところです。……もっともウマヤドは、「あんなの俺じゃない」と拗ねて隠してしまったのですけど」
トヨミからこぼれ出た、真実かどうかはよく分からない言葉に、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が驚きの声をあげる。
「そ、そうなんですかぁ? じゃあこの、白布に包まれていたのって、ウマヤドさんがかけたのですかぁ?」
「それは私も知りませんし、教えてくれないんですよー。ウマヤドったらその話をするといつもだんまりなんです」
「むむむ、何でだろうね? イタズラされたくなかったからかな? あ、もしかしてもうとっくにイタズラされてたとか?」
「まあ、もしそうでしたら、最初にその像を発見された人は、さぞかし驚いたことでしょうね」
セシリア・ライト(せしりあ・らいと)とフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も加わって、楽しげな会話が繰り広げられる。きっと今頃どこかにいるウマヤドは、くしゃみの一つでもしていることだろう。
「……それにしても、どうしてトヨミちゃんは魔法少女になったんですかぁ? 確か生前は天皇をされていたんですよねぇ?」
「史実ではそうなっているみたいですね。……ふふっ、魔法少女には秘密がたくさん、なのですよ♪」
トヨミが口に人差し指を当てて含み笑いを浮かべる。
「ねーねーメイベル、向こうにも行ってみようよー!」
「セシリア、そんなに急がなくても建物は逃げないですぅ」
先を急ぐセシリアを、メイベルが微笑みながら後を追う。
「メイベルの面倒を見ていただいて、ありがとうございます。同じ英霊だからでしょうか、どこか親近感を覚えますわ」
「えへへ、私もちょっと思ってました。よければあなたのこと、教えてもらえますか?」
トヨミとフィリッパが打ち解けたように話をしながら、二人の後を付いて行く。
「……であるように、法隆寺はあらゆる意味において歴史的価値の高い建造物なのであります」
静かに佇む像を前に、金住 健勝(かなずみ・けんしょう)がレジーナ・アラトリウス(れじーな・あらとりうす)に高説を垂れていた。
「そうだったのね。……健勝は前に来たことがあるのかしら?」
「自分も来るのは初めてであります。……しかし、こうして目の当たりにできただけでも感動ですが、その建立者がまさか魔法少女であったとは、なお感動であります!」
「ふぇ!? そ、そんな、感動されるほどのことはしてませんよー」
話を振られたトヨミが、手をぶんぶんさせて応える。
「いっそ教科書の内容を書き換えた方がいいのでは――」
「それは大きな子供向けでいいですよー。子供にはあくまで賢母なイメージでいたいのですよー」
「賢母、ですか……トヨミさんを見ている限り、とてもそうは思えないのですけれど」
「うぐ! ……はーい皆さーん、次行きますよー」
レジーナに痛いところを突っ込まれたのか、トヨミがあからさまな態度を取って一行を急かす。
「ふふ、面白い方ですね。……健勝? いつまで見てるんですか? 集団行動は教導団の基本ですよ?」
「も、もう少しゆっくりしていっても――いえ、今行きます」
名残惜しそうに像を眺めていた健勝が、慌ててその場を後にする。
「ねえトヨミちゃん、一つ聞いていいかな?」
建物の中を案内していたトヨミへ、夏野 夢見(なつの・ゆめみ)が声をかける。
「人伝に聞いた話なんだけど、『問題を解決する際、戦わないのが魔女っ子で、戦うのが魔法少女』って本当なのかな?」
「そ、そうなんですか? 私はどちらも、魔女と魔法使いからの派生で、同じ人を指すものだと思ってましたよー。……本当は、戦わずに済めばいいんですけど、そうもいきませんからねー」
言ってトヨミが、手にしていた旗をえい、と振れば、それは一見矛のような形をした物に変わる。
「私の杖、『日本治之矛(ひのもとおさめしもののほこ)』、とっても長いので『ヒノ』と呼んでます」
「ほう、有事の際はこれで戦うというわけですね。いつかそれを見られる時はぜひお手合わせを、というのは失礼でしょうか?」
傍にいたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)が、トヨミの頭をぽふぽふ、と撫でながら尋ねる。
「……その前に、私を子ども扱いしていることが失礼ですよー? 続けるようなら一発お見舞いしてあげてもいいんですよー?」
「おや、これは失礼。ついこうしていたのを思い出してしまって」
ウィングが手を離すと、ぷんぷんと怒っていたトヨミが、手にしていた杖を再び旗に変える。
「やっぱり平和が一番ですよー。こういうのは、持っているだけで使わない方がいいと思いますよ。……もちろん、そうもいかないってことは分かってますから、その時は全力でやる。……こんな感じでしょうか」
最初の問いに苦笑しつつ応えるトヨミに、夢見が頷き、ウィングは何かを考えるような様子でやはり頷く。
「ねえねえ、トヨミはどうしてこんなところに留まってるの? パラミタに戻らなくていいワケ?」
「ズィーベン、それはトヨミさんに失礼ではありませんか?」
興味津々で尋ねるズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)を、ナナ・ノルデン(なな・のるでん)が嗜める。
「大丈夫ですよー。……そうですねー、ここに来た時は色々あった気がしたんですけど、忘れちゃいました。今はウマヤドと一緒にここでのんびりしていられたら、それでいいかなって思ってます。……ウマヤドが言うことを聞いてくれないのが困り物ですけど」
あはは、と笑ってトヨミが応える。身なりは小さくとも、その背には色々な物を背負ってきたかのような、言葉の重みが感じられたような気がした。
「ふーん、そっかー。じゃあさ、【終身名誉魔法少女】って何? もしかして協会とかあったりする? あるならボク入りたいなあ〜」
その重みなど微塵も感じてないとばかりにズィーベンが無邪気に尋ね、その横でナナが複雑な表情を見せる。
「誰かがつけてくれたのを、気に入ってしまったのでそのままにしているだけですね。協会とかはないですが……なんだか面白そうなので考えてみます」
「やったー、じゃあボク会員一号ね!」
「もう、ズィーベン、いい加減にしなさい!」
ナナに窘められつつも、ズィーベンはその後もトヨミに色々尋ねるのであった。
「まさか、推古天皇があんな奴だったとはな……」
「俺も最初はびっくりしたけど、まあ、これはこれでいいんじゃないかな、面白そうだし。……でも、推古天皇がああだってことは、もしかしたら聖徳太子も違った姿になってるのかな?」
「そういやぁそうだな。んじゃ、ちょっくら聞いてみっか」
ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)と大岡 永谷(おおおか・とと)が、トヨミにウマヤドの外見的特徴を尋ねる。
「親ばかって言われるかもしれないですけどー、顔はいいですよー。……いつも不機嫌そうなのが損してる気がしますけどねー。背は私よりこーんなに高いんですよー。……私がちびじゃないですよ? ウマヤドの背が高すぎるだけなんですよ?」
トヨミが言うには、ウマヤドは身長百八十センチ、体重七十八キロ、見た目は二十歳前後、イケメンだが不機嫌そうな表情とのことであった。ちなみにトヨミちゃんは身長百四十センチ、体重四――
「何勝手に私の秘密をばらしてるんですかー!!」
「……って、どうして俺たちがこんな目に遭うことになっちまったんだ?」
「分からないけど……まだ今日は長いし、あちこち探してみようぜ。……ここを降りられたら、だけどな」
トヨミの魔法で吹き飛ばされた永谷とラルクが、瓦の敷き詰められた屋根に大の字の格好で寝転がされていた。
……空が、とても青かった。
「はぁ……どうやらここにはいないようですねー。では皆さーん、次の観光地へ向かいますよー」
ため息をついたトヨミが、気を取り直して次の場所へ一行を案内する。
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