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リアクション
●法隆寺の廊下お掃除レース、スタート! あーっと、曲がり角でクラッシュだーっ!
生徒たちの姿が消えた法隆寺、とある正方形に続く廊下の片隅に、有志の者が集まっていた。
「これより、『法隆寺の廊下お掃除レース』を開催するわよ!」
マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)の言葉に、ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)とマーガレット・ヴァーンシュタット(まーがれっと・ばーんしゅたっと)、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)に中原 鞆絵(なかはら・ともえ)、愛沢 ミサ(あいざわ・みさ)がそれぞれ意気込みを語る。
「コイツのおかげでここまで来れたんだ……もう手放せないぜ!」
「あ、あれ? 唐突に参加しちゃったけど、いいのかな? ……うん、やるからにはちゃんと掃除、しなくちゃだよね」
ベアが愛用のグレートソードの代わりに雑巾を握り締め、ミサがあたふたしつつも雑巾を手に取る。
「曲がり角が勝負どころみたいだね。マーガレット、直線で飛ばし過ぎると……落ちるよ?」
「それがしがそのような阿呆な真似するはずないやろぉ! 気合で曲がってみせるわ!」
花柄模様が鮮やかな着物に身を包んだリアトリスが、何故か祭り用の衣装に着替えたマーガレットに注意を促すが、本人は全く意に介していないようである。
「そうそう、お掃除は大切ですわよ。ウラメシヤさんも、ヨドミさんに怒られる前にお掃除を済ませてしまいませんとね」
「トモちゃんトモちゃん、名前違う名前違う! ウマヤド君にトヨミちゃんだってば!」
「あら、ダメねぇあたしったら。アボカドさん、筋子天皇さんが探してますよ〜」
「ダメなのはトモちゃんの方だよ、はぁ……」
そんなこんなありつつ、じゃんけんによる予選レースの末、ポールポジションをマナが獲得し、次いでミサ、ベア、リアトリス、リカイン、マーガレットと続く。
「雑巾を絞って……っと。こんなもんかな?」
「私はウェットで行くわ。最初は抑えて後からスパートをかける作戦よ」
ミサはドライ雑巾を、マナはウェット雑巾を選択したようである。ピットインのない一周勝負、雑巾の選択は明暗を分ける。
「いてて……最近伸ばしてないから硬くなってるな」
「準備運動しておかないと、こけたらカッコ悪いからね」
ベアとリアトリスが、自らの身体をベストコンディションに持っていくために調整を行っている。これで足がつろうものなら勝負は決してしまうため、これも重要だ。
「絶対に負けないんだからね!」
「それがしは勝つことしか考えない、これが勝利の法則やぁ!」
リカインとマーガレットが意気込み、そして全員がスタート位置につく。後ろの人から前の人のぱんつが見えるとかそんなことはこの際一切気にされない! これは既に『漢』の戦いなのである!
「えっと、これを振ればいいのかしらぁ?」
いつの間にか用意されたフラッグを鞆絵が振り下ろし……唸りをあげて各人が廊下を駆け出していく。
「いっけー! 『パワーブレスだけ使うと見せかけてドラゴンアーツで全力全開!』だー!」
五番目でスタートを切ったリカインが、猛然と他の面子を追い抜いていく。ちなみにローカルルールは、『スキルは自己責任で。もし物を壊すようなことになったら、パラミタ強制送還も辞さない』である。
「くっ、行かせるものかぁ!」
マナとミサを追い抜き先頭を駆けていたベアが、何と過ぎ去ろうとするリカインの足へチョップを見舞う。ローカルルールその二『相手への攻撃も自己責任で。相手が怪我をしたり、その結果物が壊れるようなことになったら(以下略』である。おまけにその行動により自らも怪我をする可能性のある、まさに諸刃の剣なのである!
「のわーーーっ!?」
リカインが廊下を転がり、曲がり角にぶつかる寸前で止まる。スピンして倒れこむリカイン、ここでリタイヤである。
「ベア、ちょっと大人気ないわよ!?」
「たかが掃除、されど掃除! やるからには己の力全てを注ぎ込む! そう決めたんだ!」
「……うん、その心意気は正しいと思うよ。じゃあ俺も全力で行くよ!」
ミサが後方から猛然と追い上げ、ベアの後方についたその瞬間。
「今だ、防御姿勢発動!」
言ってベアが、己の筋肉を躍動させ、慣性を振り切り自らの身体を『その格好のまま』その場に留める。結果としてミサの顔がベアの何だかちょっと柔らかい部分にめり込むことになり、
「……きゅう〜」
状況を把握したミサがその場に崩れこむ。残念、ミサもここでリタイヤである。
「二人の敵は私が取るわ! ベア、今日だけは敵同士よ!」
「フッ……漢にはつけねばならない決着がある! かかってこいマナ!」
マナとベアが肩を並べて駆ける、そして二人の前に次の曲がり角が迫ってきた、その時。
「それがしのことを忘れてもらっては困るわー!」
最後尾からマーガレットが、自らに内蔵された加速装置をフル稼働させて追いつく……が、もちろんのこと制御が利くはずもなく。
「ぐわーーーっ!?」
「きゃーーーっ!?」
「おぉーーーっ!?」
マーガレットに押し出される形で、マナとベアが廊下の柵を飛び越え、そして三人が放物線を描いて飛んでいった先には――。
「うーん、秋といったらやっぱりこれよねー! 『天高くウマヤド肥ゆる秋』だもんねー」
「……待て、ルカ。『天高く馬肥ゆる』じゃなかったか?」
「……そうだっけ? そういうことにしておきましょー」
(……すっかり浮かれているな。まあ、せっかくの修学旅行なのだし、よしとするか)
上機嫌で、枯葉を集めて焚かれた火に焦がされていく芋の様子を見るルカルカ・ルー(るかるか・るー)を、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が微笑ましげに見守る。
「おーい、枯葉、足りてるかー? ま、これだけ持ってくりゃ大丈夫だろ」
そこに、まさに天高く積み上げられた枯葉が姿を現したかと思うと、それがカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の声で話し始めた。
「うおっ!? ……なんだカルキか、驚かせるな」
「んー? そこにいるのは誰だー? スマンがこれ、受け取ってくれるかー?」
言ってカルキノスが、傍にいた夏侯 淵(かこう・えん)目掛けて枯葉を渡……すレベルじゃない量だったため、夏侯淵が枯葉の山に散る……もとい、埋もれる。
「おやおや、助けなくてよいのですかな? あのままでは焼芋にされてしまいますぞ」
枯葉の山の下でじたばたと手足を動かす夏侯淵を見遣って、セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)がルカルカに声をかける。
「大丈夫、あのくらいで倒れるようなヤワな身体してないよ。……それよりも知ってる? 時たまあそこの通路みたいになってるところを、『鈴虫厨子』ってのが凄い速さで走ってくるんだって! もし見かけたら写真撮ってあげよう?」
「ほほう、それは初耳ですな。是非ともお目にかかりたいものですな」
「あ、その話私も知ってる! 何でもこの辺って鹿が襲ってくるらしくて、襲われそうになった時に助けてくれるんだって」
(……どこにそのようなことが書いてあるのかしら? それともまさかわたくしの勉強不足なのかしら?)
セオボルトとルカルカの話に、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が食いついて混ざり、その話の内容をセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が半信半疑で聞いていた。
「……よーし、焼芋できたぞー。熱いから気をつけて受け取れよな」
焼芋の様子を確認したカルキノスが皆を呼び、ほんわりと湯気を立てる焼芋を枯葉に包んで渡していく。
「えー、こんなちっせえの渡すなよー。カニ、もっと寄越せよな」
焼芋を渡されたクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、不満の声を漏らす。
「焼芋ならまだあるから急ぐな。それに俺は『カルキノス』だ。『カニ』じゃねえ」
「そういえば気になっていたんだが、カルキノスってどういう意味なんだ?」
焼芋を受け取りながら、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が疑問を口にするのを、クマラがニヤリと微笑んで答える。
「エース、知らねーのか? だってカルキノスって蟹って意味じゃん」
「なるほど、それは勉強になった。では俺もこれからおまえのことをカニと呼ぶことにしよう」
「というわけで、よろしくな、カニ!」
「よかったね、新しいお友達ができて!」
「う、嬉しくねえ! 意味は否定できねえが、カニと呼ばれるのだけは全力で拒否するぜ!」
カルキノスが抗議の声をあげ、一行にどっと笑いの声が漏れる。
「……おや、夏侯淵君の声が聞こえませんな」
セオボルトの声に皆が枯葉の方を振り向けば、枯葉の下でぴくぴくと身体を震わせている夏侯淵の姿が映る。
「た、大変、早く助けてあげなくちゃ――」
「……ぐわーーーっ!?」
「……きゃーーーっ!?」
「……おぉーーーっ!?」
瞬間、枯葉の山に何かが突っ込み、辺り一面に枯葉の雨が降る。
「セレスティア、大丈夫!?」
「けほ、けほ……た、助かりましたわ。……それにしても、一体何ですの――」
舞い落ちる枯葉の中から、理沙に助け出されたセレスティアがその何かが飛び込んだ辺りを見遣れば、ぴくぴくと身体を震わせる者が四人に増えていた。
「……ああーーーっ!? せ、せっかくの焼芋が、粉々に……」
ルカルカが、枯葉に埋もれてしまった焼芋を掌に載せ、涙を浮かべていた。その瞬間、特に女性陣の瞳がにわかに殺気立つのを、男性陣が大いなる恐怖と共に感じ取っていた。
がさり、がさりと音を立てて、一歩ずつ歩み寄る女性陣。意識を取り戻した三人は、彼女たちの顔を目の当たりにして人生の(人外も含む)終焉を感じ取っていた――。
「食べ物の恨みは、怖いのよーーー!!」×たくさん
「はーい、リアトリスさん、到着〜。お掃除、お疲れさまです」
「ふぅ、一周しただけなのに結構疲れたなー。……あれ、そういえばみんなは一体――」
鞆絵のフラッグを受け、浮かんだ汗を拭ったリアトリスが、騒ぎのする裏手方向へ向かってみれば、さっきまで廊下を駆けていたはずのベアとマナ、マーガレットが、枯葉の山に埋められているのが見えた。
「……何が起きたのか分からないけど、そっとしておいた方がいいよね?」
苦笑を浮かべてその場を後にするリアトリスの背後で、天をも焦がさん勢いで炎が燃え上がる。
……漢たちの戦いは、今ここに終結した。
激しい戦いの最中散っていった命が、炎によって浄化され、あの青く澄んだ空へと駆け上っていくのが見えるようだ――。
「ちょっと、勝手に殺さないでよ――あ、熱いっ! ご、ごめんなさいっ!」
「これが青春の汗というヤツか……」
「くっ、何だかとっても屈辱や……」
結局、焼芋を台無しにしてしまった三人は、新しい焼芋と一緒に焚き火の前で磔の刑にされていた。
「火は苦手だけど、今はそんなこと言ってられねえ! 俺の怒りをその身に受けろ!」
巻き込まれた夏侯淵が、ぷんぷんと怒りを露にしながら、焚き火の番をしていた。
……これぞ、焼芋ならぬ、焼人といったところか。
「あーん、許してー!」
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