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ツァンダ合同トライアウト

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ツァンダ合同トライアウト

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【十二 トライアウト終了後】
 若干、陽が傾きかけた時刻。
 紅白戦終了後、トライアウト参加者達は本塁付近に集められ、適当に位置を取って座るよう指示された。
 彼らの前に、ツァンダ・ワイヴァーンズの古田バッテリーコーチと、蒼空ワルキューレのガララーガ打撃コーチ兼任選手が並んで立っており、それぞれの手に、書類が携えられている。
 参加者たちの誰もが、固唾を呑んでふたりのコーチの表情をじっと眺めていた。これから、このふたりの口から合格者の名が告げられようとしている事実を、誰もが理解していたのである。

     * * *

 外野スタンド最上段。
 トライアウト参加者達のどっと沸くような歓声を聞いて、加夜は他人事ながら、本当に心の底から嬉しく思った。
 あんなに必死に頑張ってきた彼ら・彼女達である。ひとりも余さず合格出来るよう祈っていたら、それが本当に叶ったのだ。
「やったね、涼司くん! 皆さん、合格したみたいですよ!」
 ところが傍らの山葉校長はといえば、仏頂面のまま三塁ダッグアウト付近をじっと眺めている。感想を持たない、というよりも、別の懸念を胸の内に抱いているといった様子であった。
「あれ、涼司くん……どうしたんですか?」
「いや……喜ぶのはまだ早い、って思ってな」
 山葉校長が放ったそのひとことの意味を、この時の加夜は、まだ理解出来ていなかった。

     * * *

 まるで水を差すかのような、淡白で乾いた拍手が、トライアウト合格者達の注意を一斉に引いた。
 見ると、三塁ダッグアウト付近に、ひとりの頑健な黒人男性がにやけた表情で佇んでいる。あの拍手の主は、紛れも無くこの黒人男性であった。
「えぇっと、どちら様かな?」
 裁の問いかけに対し、しかし答えたのは件の黒人男性ではなく、古田バッテリーコーチであった。
「あぁ、彼はアレックス・ペタジーニ。既にワイヴァーンズと契約を結んだ選手だよ」
「ペ、ペタジーニ!?」
 突然隼人が、素っ頓狂な声をあげた。どうやら、この黒人男性を知っているらしい。
 いや、隼人だけではない。他にも数名、ペタジーニの名を聞いて表情を変えた者達が居た。
「驚くのも無理はないね。そう、彼は一週間前まではNPBの某球団で助っ人外国人だった、正真正銘、プロの野球選手だからね」
 そして同時に、コントラクターでもある、という話であった。勿論、一週間前までは地球上で現役のプロ野球選手として活躍していたということは、コントラクターとしては新米の部類に入るのである。
 それでも、野球の技術と知識、経験に限っていえば、今回のトライアウト合格者達など、足元にも及ばないといって良い。
 そのペタジーニは不敵な笑みを湛えたまま、トライアウト合格者達をぐるりと眺め回した。
「なんだ、やたら餓鬼が多いな……まぁ良いさ。せいぜい、俺達の足を引っ張らないよう、ベンチの隅っこでおとなしくしてな」
「俺達って、どういうこと? 他にも居るって話?」
 野球のルールはよく分からないものの、現役プロ選手の登場に相当驚いた様子で、白球を専用の手篭一杯に詰め込んだ理沙が横から問いただしてきた。
 トライアウト合格者達も、理沙と同様の疑問を抱いている。ペタジーニは小さく肩をすくめた。
「何だ、何も聞いてねぇのか。少なくとも今日ワイヴァーンズに合格した連中は主力なんかじゃなく、あくまでも俺達の飾りさ。ワルキューレの方はどうだか知らねぇがな」
 曰く、ワイヴァーンズにはペタジーニの他にあと四人、現役のプロ野球選手が居る。いずれもつい最近、コントラクターとなったばかりだが、元々所属していた球団はコントラクター契約を優先して、彼らを自由契約選手扱いにしてパラミタに放出したのだという。
「後の四人はバッキー、デラロサ、シコースキー、ブラッグスの各選手達さ。プロ野球に興味があれば、多分名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないかな」
 古田バッテリーコーチは何気なくさらっといい放ったのだが、ワイヴァーンズに合格した者達にとっては、決して安穏な話ではなかった。
 先程、外野スタンド最上段で加夜に仏頂面を向けた山葉校長は、これからの競争の方が遥かに厳しいであろうことを予感していたのである。

     * * *

 帰り支度を整え、トートバッグを下げた歩がエントランスに向かう廊下に出ると、すぐ近くのベンチでスタインブレナーが厳しい表情のまま、自身の脂肪に埋もれるような格好で据わっていた。
「あ、お疲れ様です……って、どうかなさったんですか?」
 何だか様子がおかしいと直感した歩は、思わずそう聞いてしまった。聞いたところで、相手が答えてくれるとは期待していなかったのだが、予想に反して、スタインブレナーは歩に向けて視線を上げた。
「やぁお疲れさん。いや、実はちょっと、嫌な情報を入手したものでね」
「嫌な情報、ですか?」
「まぁ君にいっても分からんだろうが、教えてやろう。ヒラニプラとイルミンスールに、3Aから大量の現役MLB予備軍が入団したそうなんだよ。全く、あの連中のやることは極端過ぎる」
 恐らく、トライアウト合格者達が耳にすれば真っ青になりそうな情報だったが、歩にはよく分からず、曖昧な相槌を打つしか出来ない。
 スタインブレナーはブルドッグのような容貌に苦笑を浮かべながら、酷く疲れた様子で立ち上がった。
「ま、こっちはコントラクターとしての経験では一日の長がある。野球技術で劣る分、僅かに上回る身体能力で対抗するしかなさそうだな」
 いいながら、スタインブレナーはスタッフルーム方向へと去っていってしまった。
 ひとり残された歩は、複雑な表情でその場にしばらく佇む。彼女にはどういう事態なのかよく理解出来てはいなかったのだが、この先、トライアウト合格者達を待ち受ける苦難が、とてつもなく大きいものであることだけは、何となく直感で分かった。


『ツァンダ合同トライアウト』 了

To Be Continued……?

担当マスターより

▼担当マスター

革酎

▼マスターコメント

 当シナリオ担当の革酎です。

 このたびは、たくさんの素敵なアクションをお送り頂きまして、まことにありがとうございました。お陰様をもちまして、ツァンダ・ワイヴァーンズと蒼空ワルキューレの二球団は無事に発足致しました。
 そして今回選手として合格された方、及び球団職員として採用された方には称号を発行しておりますので、ご確認の程、宜しくお願い致します。

 本来であればもっと文字数を抑えないといけなかったのですが、公認野球規則にのっとっている旨を徹底して描写していると、これ以上削れなくなってしまい、結局このような文章量になってしまいました。
 本当はスチールプレイや守備に関する場面も書きたかったのですが、泣く泣く諦めました。
 下名の技量の無さを痛感する次第であります。
 次回以降SPB続編展開がある場合にはもっと内容量を抑えられるよう、精進して参ります。

 それでは皆様、ごきげんよう。