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NINJA屋敷から脱出せよ!

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NINJA屋敷から脱出せよ!

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其の弐


「ご主人様。ハイナ校長先生。この僕が来たからにはご心配なく。立派に案内犬でも看板犬でも任務を果たしてみせますよ!」
 と意気込むのは忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)だ。
 ハイナから看板犬を任された彼は、主人であるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)との別行動を余儀なくされていた。

「ご主人様は無事でしょうか……?」
 看板犬の務めを立派に果たしながらも、心中気が気でない。
「こうしてはいられません! ハイナ校長先生、ちょっと中の様子を窺ってきます。お客様のことも、僕にお任せください」
「うむ、ポチの助なら安心でありんすね」
 絶大な信頼を得ているハイテク忍犬は、嗅覚を頼りに主人の姿を探し始めた。

その頃、フレンディスは――。
「かような忍者屋敷もあるのですね! 世の中広いです」
 ほほうと感嘆の息をもらす。
「私も皆様に負けぬよう、『あるばいと』を頑張らなくてはなりませぬ。必ずやお客様をお助け致さねば」
 彼女は明倫館の生徒で、本業忍者。社会勉強のためにアルバイトをしているのだ。
「頑張ります!」
 ぐっと拳を握って気合満々。
 ――が、たった数歩進んだところでスッとその姿が消えてしまった。
 落とし穴にスコンと落ちたのだ。

 実のところ、フレンディスの正体はドジッ娘忍者。ポチの助の心配もごもっとも。
 カラクリにハマリ続ける彼女を、無事見つけることはできるのだろうか……?


     ×   ×   ×


 キョキョキョキョキョキョキョ、と響く激しいテンポの高音。
 由乃 カノコ(ゆの・かのこ)がウグイス張りの床を爆走する音だ。

「うっひょおおおおおおおおおおお!!!!! ウグイス張り楽しいいいいいいいい!!!!」

 叫びながら廊下を何十往復もする彼女の顔は、眩しいくらいに輝いている。

 ――説明しよう。
 ウグイス張りとは、敵の侵入を察知するために踏めば音が出るよう作られた仕掛けのことである――。


 本来、こうやって楽しむものではありません。
 しかし、大はしゃぎのカノコにそれを言うのは野暮ってものだ。
「さっすが憧れのNINJA屋敷や!! NINJA屋敷たぎるでぇええええええ!!!!!!」
 とハイテンションで踏みつけるウグイス張りは、本来、――罠。
 天井がパカリと開いて、バラバラと黒光りする何かが降ってきた。
「あばばばばばばばばばば」
 床に落ちてゴツゴツと音をたてるソレは、切っ先も鋭い大きな手裏剣。
 その物騒な雨は、次々に降り注いで止まらない。
「あっあっあっぶっ、た、助けてロクロさぁーん!!」
 と、大急ぎでロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)を召喚する。
 ポンっとロクロが現れた。
「みゃあー?」
 家でのんびりお絵かきをしていたロクロだが。
「カノコ、どうしたのぉみゃあー? みゃ、みゃああああ!?」
 状況を把握する間もなく手裏剣の盾にされた。
「みゃ、みゃっ、みゃっ――」
 手に握ったでっかい絵筆で必死に身を守る。
 ようやく、雨が止んだ。

「はあーっ、助かったでぇ、アリガトなロクロさん」
「みゃ、みゃあー、びっくりしたなぁ、もう。それにしてもすごいおうちだねぇ……」
 猫耳をぴこぴこ揺らしながら辺りを見回した。
 眩しいくらいの極彩色、なんちゃって和風インテリアの氾濫に目を細める。
「ポチの助くんはこういうおうちに住んでるのかなぁ? うう、僕にはたぶん無理だなぁ……。落ち着いてお絵かき出来ないよ」
 友達であるポチの助の話をしたまさにそのとき。向こうから当の本人(?)がやってきた。
「あれ?? ポチの助くんだ! 偶然だねぇ」
「はぁはぁ、僕のご主人様を見ませんでしたか? たしかにこの辺りで匂いがするのですが……、って、ああああ危ない――っ!!」
「きゃああああああっ」
「みゃ、みゃあああ!?」
 空から降って来たフレンディスの下に滑り込み、ポチの助がクッション代わりになる。
「だっ、大丈夫ですか!? ポチの助」
「……ご主人様の為なら……」
 フレンディスのお尻の下で声を絞り出す。
「ま、会えたんは良かったな! さあ、みんなで先を急ぐで!」

 その後、彼女たちはお客さんを助けながら屋上を目指した。
「これだから下等生物は困るのだ。仕方がないですね。この僕が安全な場所まで案内してやりましょう! ちゃんと迷わずついてくるのですよ?」
「って、ポチの助くん、ちゃんとお客さんがついて来るの待ってるみゃあ」
 ポチの助のツンデレっぷりに、みんな揃って苦笑するのだった。


     ×   ×   ×


「あひゃあああんっ!」
 甲高い悲鳴が狭い縦穴にこだまする。
 手足をバタバタさせて落とし穴を落下していくひとりの軍人。
 彼、ワレーメッワ・ドラゴンウォーター(われーめっく・どらごんうぉーたー)の大柄な体は、下で待ち受けていた小麦粉のプールにストンと吸い込まれた。
 モフン、と盛大に舞う白煙。

「んもう!」
 這い出して、全身の小麦粉を払い落とす。トレードマークのチョビ髭も真っ白だ。
 黙っていれば、端整な顔をした凛々しい軍人なのだが……。
 彼はクネクネと体をよじらせ憤り始めた。
「なんなのよう! これで落ちたの何回目かしら? もう一生分落ちた気がするわ」
 暴走ロボに追われ、逃げ回っているうちにすっかり屋敷深くに迷い込んでしまったようだ。
「ううっ、ひとりじゃ心細いわねぇ……。はぁ、誰かが助けにきてくれるのを待つしかないのかしらん? っていうか、これ一般人が襲われてたらわたしが助けないといけないわよね? 非番とはいえ仮にも軍人の端くれとして」
 と、言っている先からさっそく――。
 ピー、ガー、という嫌な機械音。
 NINJAロボのおでましだ。キリリと睨み付け、
「あたしの膝ががくがく笑う! 走って逃げろと魂(こころ)が叫ぶっ!」
 ビシっと決めて逆方向に走り出した。
 だって技術者なんだもん。戦闘は苦手なんだもん。
 乙女走りで駆ける足が、ビチャリ、と沈む。
「って、またハマったしいいいいいいっ。ナニコレ、べっとべと!! ト、トリモチ!? い、いや〜ん」
 動けば動くほどトリモチが絡みつく。身動きのとれない彼に、機晶ロボが追いついた。どんどん距離を詰められる。
 彼の顔はみるみる青ざめた。冷や汗が滝のよう。
「ナンデ!? ニンジャナンデ!? アエエエエエエエエェェ!」
 悲痛な絶叫が響き渡った。
 ――おねぇ軍人、絶体絶命。

     ×   ×   ×

「お客さまはおられますかー」

 イエローにオレンジの手裏剣柄がプリントされた忍び装束に身を包み、ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)はお客さんを探して歩き回っていた。
 その横でため息をついているのは影月 銀(かげつき・しろがね)だ。
 身に纏った蛍光グリーンにイエローの手裏剣柄が浮いた忍び装束を見下ろしている。
「……しかし、これ、なんとかならんのか」
 着ているとかえって目立っているようで落ち着かない。忍び装束なのに。
 銀はとある隠れ里出身の正真正銘本物の忍者。忍べていない忍び装束の下には、自前の黒装束を着込んでいる。
「脱ぐか」
 慣れた格好に戻るべく、蛍光の生地に指を掛けたところ。
「あれ? 銀、脱いじゃうの? カワイイのに」
 ミシェルが無垢な瞳を丸くして驚いた。
「……カ、カワイイか?」
「うん! カワイイよー」
 満面の笑みに面食らう。
「そ、そうか。……着てると徐々にHPが減ってくような感覚に陥るんだが。目立つのは性に合わんな」
「目立つのが嫌なのって、銀が忍者だからなのかなあ。職業病?」
「かもな」
「でも、こういうNINJA好きな人がいそうな場所で、本物っぽい格好して大丈夫なのかなあ。囲まれてサイン責めにされちゃうかもだよ」
「え? ……じゃあ、このままでいいか……」
「うん! それにカワイイし」
「……だよな」
 ミシェルには滅法弱い銀だ。あっけなく流される。
「お客さまはおられますかー」
 再び声を掛け始めたミシェルの後姿を見守りながら、銀はこのアルバイトを引き受けたことを後悔し始めていた。
 ――このふざけた屋敷で客を守りつつ脱出しろとは、総奉行も無茶をおっしゃる。
 深いため息をついて、ミシェルに従う。

「銀、今の聞こえた?」
「ああ、――悲鳴、だな」
 女性の叫び声がする。
「行くぞ、ミシェル」
 2人は声の方へと駆け出した。

     ×   ×   ×

「きゃあああああ!」

 駆けつけると、ひとりを二体の機晶ロボが囲んでいる。一体の足元がパカっと開き、派手な装束を纏った機械の体は奈落へと消え去った。
 銀のトラッパーだ。
「次は貴様だっ!」
 ブラインドナイブスによる死角からの一撃が残る敵の側面に炸裂した。ロボの目に宿る赤い光が徐々に暗くなってゆく。深く食い込む鉤爪をギリギリと抜き取って、銀は冷たい瞳で亡骸を見下ろした。振り向いて、襲われていた客に声を掛ける。
「もう大丈夫だぞ、……っ!?」
 そこにいたのは、涙で潤む瞳をキラキラと輝かせる軍人。――トリモチにはまるワレーメッワ。
「あれれ? おんなの人??」
 さっきの甲高い叫び声は、確かに女性のものだったはず。ミシェルは首を傾げた。
「やだわぁ、乙女、って呼んでちょうだい。こんなカワユイ男の子に助けてもらえるなんて、襲われてよかったってもんだわ。やっとツキが回ってきたっ」
「は、はあ」
 タジタジの銀。心なしか腰が引けている。
「銀よかったね! お客さんに喜ばれてるよー」
「よかった? そ、そうか、な……」
 無邪気なミシェルに再び流される。
 この後、大柄な彼をトリモチプールから引き上げるのに大変な苦戦を強いられた。
 その間中、熱ーく絡まれたことは、言うまでもない。