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リアクション
ヘル・ラージャ
まだ寝所への突入が始まる前の事。
寝所では鏖殺寺院により、救世主復活の儀式の準備が進んでいた。
だがアクシデントも起きていた。白輝精(はっきせい)の分身であるヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)と連絡が取れなくなったのだ。
もっとも彼の仕事である、浮遊砲台からの空間制御そのものは予定通りに行なわれていた。そのため、携帯電話のトラブルなど機械的な理由だろうと判断された。
だが鏖殺寺院報道官ミスター・ラングレイは危機感を募らせたのか、ヘルの知り合いと思われる人物に、片っぱしから連絡を取るよう、部下に命じた。
ココ・ファースト(ここ・ふぁーすと)のもとに早川呼雪(はやかわ・こゆき)から電話がかかる。
「先程、ヘルの所在を問いただす不審な電話があったんだが、そちらにもかかってないか?」
ココはびっくりして目を丸くする。
「えっ、キミのところにも?! 彼、どうかしたんでしょうか? しばらく忙しくなるから、ってメールをもらったきり会ってないんですけど……」
「……俺も似たような状況だ。今にして思えば、最後にあった時、様子が少しおかしかった。何か思いつめているような……」
「心配ですね。ボク、連絡が取れないか探してみます」
「ああ、俺も……?」
呼雪の電話に、電子音がまざる。
「すまない。誰かから電話が来たようだ。また後でかけ直す」
「はい。じゃあ、また後で」
電話を切り替えると、新たに電話をしてきた片倉蒼(かたくら・そう)が言った。
「もしもし、早川様でしょうか? 先程、ご主人様に不審な電話がありまして……」
話を聞くと、蒼が執事として仕えるエメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)のもとにも、ココや呼雪にかかったのと同じ、ヘルの所在を尋ねる不審電話があったという。
その電話は、以前ヘルが在籍していた薔薇の学舎生徒や、ヘルの起こした事件に関わった研修生などにもかけられていた。
相手は、聞かれても名前や関係をにごすばかりで、ヘルの居場所を聞いてきた。
そして、もしヘルに会ったら『我々の主に楯突けば、どうなるか分かってるだろうな』と彼に伝えろと言い残し、一方的に切れた。
和原樹(なぎはら・いつき)は電話を終えると、つぶやいた。
「ヘルさんはやっぱり、寂しい人だ。一人で無茶しようとしてる……」
ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は合同誕生パーティで、黒田智彦(くろだ・ともひこ)からもらったアドレスにメールした。
「今、何してるの?」
数分で返事が来る。
「ケータイでゲームしてた。ひまー」
ファルは智彦とメールしあう。
「ヒマなら一緒に遊ばない?」
「ヘルに怒られるから、だめー」
「ヘルとゲームしてるの?」
「ヘルは仕事だよー」
「智彦君、こっそり出てこられない?」
「出ると落っこちるー」
「どこから落ちるの???」
「ふゆーほーだい」
「『浮遊砲台』かな? お空に浮かんでるの?」
的を射ない智彦に、ファルは熱心にメールを送る。ハタから見るとケータイにハマッた子供のようだ。
しばらく後、智彦はメールを終えて、またオンラインゲームを始める。
サーバーを選んでログインし、冒険の準備を整えるために仮想の広場をうろつく。と、見た覚えの無いキャラが、彼に囁いてきた。
「黒田?」
「こんにちはー」
いきなりプレイヤーの本名を呼ばれたにも関わらず、智彦は驚く事もなく普通に挨拶した。
「会えて良かった。俺は七尾蒼也(ななお・そうや)。ジーナとココの友達だ」
蒼也は心の中でガッツポーズを取りながら、用件を切り出した。ファルが智彦から聞き出したゲームの情報を、ココが蒼也に教え、彼が智彦のキャラを探し出したのだ。
ラーラメイフィス・ミラー(らーらめいふぃす・みらー)に
「自信持って。蒼也の取りえはゲームくらいでしょ?」
と言われた甲斐はあったろうか。
樹はフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)と共に、新幹線が発着する空京駅を訪れる。
だが、この時は空間が安定しないために新幹線の発着ができず、駅構内では途方に暮れた観光客やビジネスマンが時間待ちをしていた。
フォルクスが、ここで空間魔法を操る魔術師を探し出し、聞いた。
「空京内か付近で、空間制御魔法が行われている場所を特定できないか?」
「そんな事をしとる者がいるのかね? 新幹線の運行を妨げているのは、それではないかのう。これだけの揺らぎが生じるとなると、それなりの規模の装置を使っているのじゃろうが」
老魔法使いの説明によれば、そうした装置での空間制御は、遮蔽が少なく、また目的地点の近くで行なわれる事がほとんどだそうだ。
樹達は、寝所付近の上空を探すことにした。
市内に現れるモンスターの巡回のために飛んでいる生徒もちらほら見かけられた。だが、明らかにそれと異なる動きで飛ぶ者がいた。樹と同様、寝所の上を中心に飛んでいる。
小型飛空艇に乗るヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)と時枝みこと(ときえだ・みこと)が、たがいに気づいて近づいてきた。
「二人も、ヘルさんを探してるのか?」
「どうやら目的は同じのようね」
「キミ達も、そうなのか。オレの場合、手分けしてヘルを探していたはずが、すっかりはぐれたパートナーも探してたんだけどね」
みことは苦笑する。
彼らは上空で、情報を交換しあった。
(何も出来ずに失うのも、置いていかれるのも……もう、沢山だ)
呼雪は思いつめた表情で、携帯電話をかけた。
浮遊砲台ではヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がぼんやりした表情で、稼動している魔法装置を眺めていた。
そこに携帯電話を持った智彦がやってくる。
「ヘルー、電話だよー」
ヘルは驚き呆れる。
「はあ?! なに電話なんかしてるのさ、君……。鏖殺寺院からの連絡なら、ちゃんと仕事してるって言っといて」
「違うよ。呼雪ー」
「……………………はあぁッ?!」
ヘルは固まり、それから唖然とする。智彦は彼の手に、電話を渡す。思わず受け取って、ヘルはあわてる。
「ちょちょちょちょっと待って。誰が出るって」
呼雪はヘルが電話口に出るのを待たず、どうせ聞こえるだろうと考え、言った。
「直接、話したい。テレポートで呼んでくれ」
「……。ごめんねー。今、仕事が立て込んでてー」
仕方なくヘルはそう返すが、呼雪が言った。
「グダグダ抜かしてると、空京の端から飛び降りるぞ!」
またしても驚愕するヘル。
「なっ……何、言ってるんだよ、呼雪?!」
返事は無い。ただ電話の向こうで、風が強く吹いているのが聞こえる。
「君、どこにいるんだよ?!」
(まさか本当に崖の上に?!)
ようやく呼雪が言う。
「さあな。……このまま二度と会えなければ、本当に何をするか分からない」
「待ってよ。君が死んだら、何の意味も無いんだ!」
「俺だって、誰かの犠牲で成り立つような世界になんて生きていたくない。それがお前なら、尚更だ」
その声は、電話越しではなく、すぐ近くで聞こえた。ヘルは飛び上がる。
浮遊砲台の窓の外に、何台もの小型飛空艇や箒が飛んでいた。砲台の姿を隠す結界の中だ。
ファルや蒼也が智彦から、砲台から見える風景などを聞き出していた。それをもとに樹達が、砲台を探りあてたのだ。
エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)の小型飛空艇の後ろから、呼雪が降りようとする。しかしエメは先程の呼雪の言葉を聞いて、その腕を握りしめていた。二人の関係は知らないが、呼雪の言葉はただの脅しにしては妙に感情がこもっていた。
察した蒼が、エメに言う。
「ご主人様、ここなら早川様も飛び降りたりいたしませんよ。皆様、砲台の中に入ってから、足元に気をつけて安全に降車なさってください」
ヘルは砲台を動かしに行こうとするが、今さら逃げた所で、彼らに砲台に乗り込まれている以上どうしようもない。
それに気づいて、その場でグルグル回ったヘルを、樹が捕まえる。
「ヘルさん、一緒に居たいって思える人が、いるんじゃないのか? 自分一人、黙って危険な真似しようなんて……。どうして、そんな風に独りで生きようとするんだ? 大事な人を置き去りにして、本当にそれでいいのか?」
樹に言われ、ヘルは改めて呼雪を見た。
「この馬鹿ヘビ」
でこぴんされた。泣きそうな表情で彼を見るヘルに、呼雪は言った。
「『僕は幸福だ』なんて、この程度の幸福で満足出来る程、謙虚じゃないだろう? 記憶でなく実際に見て欲しいものだって、まだ沢山ある。生きていれば、もっと幸せにしてやるから」
「うーーー。呼雪、なんで、そう男前なんだよ! そーゆーセリフは僕が言いたいのにーっ!」
ヘルは腕を降ってジタバタする。呼雪は自分が巻いていた長すぎる白いマフラーを半分だけ外し、ヘルの首に巻きつけた。
「まったく。マフラー、余らせる気か」
「あう〜。……ごめんなさい」
事の始終を見守っていたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が言う。
「どうやら確保されたと見ていいようね」
蒼也がほっとした様子で言う。
「間に合ってよかった。ヘルには礼を言いたかったんだ。……大切な後輩ジーナを助けてくれて、ありがとう。俺が彼女を守れなかったのは悔しいが、だからこそ借りを返させてくれないか?」
ヘルは礼を言われて戸惑い、口の中でもごもご言うだけだ。
リネンも彼に言った。
「あなたには死んでほしくない……鏖殺寺院との対話の糸口だし、それ以前に友達だもの」
ココがヘルの手を取る。
「ボクも皆もヘルの事が好きだから、キミに何かあったら悲しいよ。友達の事を思い出して無茶しないでほしい。前に言ったように、ヘルが苦しいときは自分にも分けて欲しいよ」
ヘルは戸惑いながら、皆の顔を見る。
「ええと……その、ごめん、なさい」
時枝みこと(ときえだ・みこと)が彼に言う。
「何かオレ達に手伝える事はないか? 砲台を使う手伝いなり、護衛なりさせてくれないか?」
「みすみす、ヘルがやられるのを見ている訳にはいかないよ」
みことのパートナー夢語こだま(ゆめがたり・こだま)が言う。彼とはぐれた後、鉄塔の上で鼻歌を歌っていたところを無事に見つかって、合流となった。
ヘルは砲台内部を見回した。
「……じゃあ、危険だけど、皆の協力があれば、撃った後に逃げ出せるかな……」
ヘルの説明によると、浮遊砲台は術者の魔法を極大化して発射する機能があるそうだ。ただ反動で、その術者は二、三週間は虚脱状態になる。
鏖殺寺院が復活させる救世主は、もともとの怒りに加え、シャンバラ古王国やこの五千年間の呪いで狂乱状態にあると予測されていた。
そこでヘルは、邪悪を鎮めて精神状態を回復させる魔法を撃つという。それで完全回復は無理でも、救世主が暴れて空京を破壊するのを抑制できるはずだ。
だが救世主は、これを攻撃と受け取り、砲台とそれを撃った者を始末しようとするだろう。
エメが興味深そうにヘルに聞く。
「あなたは以前、魔獣を復活させて大虐殺しようとしていたのに、人間なんてどうしようもないとはっきり言い放っていたのに、何故、自身の危険を犯してまで空京を守ろうとするのです?」
蒼き封印の護り手エメに聞かれ、ヘルは唸りながら壁をつつく。
「ううぅ……、しょーがないじゃないかー。今でも、個人個人ではともかく、人間全体は信用できないとか思ってるしー。……僕は『人を襲う邪悪な魔物』だからねえ。何もしてなくても、僕と関係があるだけで疑われたり殺されたりするし。だったら僕がパーッと人を守って散れば、一番平和にまとまるかなって……思ったら、こうなった……」
樹と呼雪の視線に、ヘルはたじろいだ。呼雪がつぶやく。
「俺が欲しいのは、お前が笑っていられる世界なのにな」
「呼雪……」
しかしエメは何かを勘違いした。
「なるほど。早川様の人類愛が、ヘビ男さんを改心させたのですね。なんと素晴らしい
事でしょう」
ヘルは額を押さえた。
だが寝所への突入や、救世主の復活の儀式は進んで行く。ここは、とりあえず今後の作戦の説明を続ける事にした。
「このスフィアが光ってれば、キレた救世主も多少は迷ってくれると思うんだけどねー」
ヘルの手に、水晶玉のような球が現れる。キラキラとした輝きが宿っている。
ココがその輝きに少し安心して、ヘルに聞く。
「この水晶球は、何なんですか? キミや寺院にとって大切なもの?」
ヘルは少々考える。
「鏖殺寺院には大事。僕にとっても、この魔力で分身としての存在の脆弱さをカバーできるようになったから大事かな。
作戦前の今はイタタになれないから、あまり説明はできないんだけど。これは空京に対応したスフィア。後々……これが明るければ明るいほど……イイの。鏖殺寺院的には暗い方がいいんだけどね。スフィアの持ち主が死ぬと、そこで明暗が固定になるので……」
ココはスフィアに、そっと手を添える。
「これがキミにとって大事なら、絶対に守ります」
ヘルはほほ笑み、ココの頭をなでた。
「ありがとう。でも平気だよ。この玉は……ラングレイの説明パクると、モニターなんだって。本体は僕の魂と融合してるんだ」
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