校長室
建国の絆 最終回
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旧王都・後方支援拠点 後方支援拠点。 次々と運ばれてくる怪我人や前線からの支援要請に対応するため、そこは切羽詰った喧噪に包まれていた。 「わっ、ごめん! ちょっと通らせてもうらうね!」 ホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)は、腕に医療用品の詰まったダンボールを抱えて、忙しく行き交う生徒たちの間を抜けていた。 その後ろに、彼女の護衛についているルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)とオブジェラ・クアス・アトルータ(おぶじぇらくあす・あとるーた)が同じようにダンボールを抱えながら続く。 人混みを抜けて、 「――っ」 ホイップは小さく息を飲んだ。 彼女たちが向かった先には、大地に簡素なシーツだけを敷いて横になっている多くの生徒たちが居た。皆、それぞれに酷い怪我を負っており、治療魔法を使える者や処置の技術を持つ者たちが彼らの手当てにあたっていた。 そして、今もまだ引っ切り無しに生徒たちが運ばれて来ていた。前線はかなり厳しい状況らしい。 ホイップはダンボールを抱えて立った格好のまま、少し立ち尽くしてしまっていた。 「…………」 「ホイップさん」 ルディの手がホイップの頬を打つ。 「――あ」 「しっかりなさい! 今彼らを信じて戦わないで何をしますか!」 言われて、ホイップは弾かれたようにルディを見た。 ルディが、シンとした瞳でホイップを見据える。 「エルさんや黎さんなら、きっと大丈夫です。だから、私たちは私たちの戦いをしましょう」 と。 「そのエル先輩からの伝言」 言ったのは、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)だった。ホイップの抱えたダンボールから必要な医療品を取り出しながら、フレデリカは続けた。 「『絶対に君の元へ帰ってくるから――そしたら、これからはずっと一緒だよ』」 最後の言葉はホイップの顔を見上げながら、爽やかな笑みと共に言われた。 「え!? ずっと一緒、って……――」 ふぅっと顔の赤らんだホイップの手からダンボール箱が、抜けて落ちる。 そのダンボール箱を、トッと横から持って、ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が呆れたように「こら」とフレデリカを半眼で見やった。 「フリッカ。なに勝手に脚色してるんですか……もう」 「つい、ちゃっかり」 「脚色? ちゃっかり?」 ぱたた、と目をまたたいてホイップは二人を交互に見やった。 ルイーザがダンボールをそばへ置きながら言う。 「まぁ、彼を見てると脚色したくなる気持ちも――ああ、いえ」 軽く喉を鳴らしてから、ルイーザはホイップの方へと向き直った。 「正確な内容は『絶対に君の元へ帰ってくるから、待ってて』、です」 「エル先輩、頭を下げてみんなにホイップさんの事を頼んでたんだよ。――絶対にまた笑顔でエル先輩に逢いにいこうね!」 そう言って残し、ルイーザとフレデリカは怪我人の治療へと戻って行った。 「……絶対にまた笑顔で会える」 つぶやく。そうして、ホイップは、すぅっと息を吸い込んで、ぱしりと自分の両頬を叩いた。うん、と強くうなずいてから、ルディとオブジェラの方へと向き直る。 「私たちは私たちの戦いを、ね!」 ルディが頬笑んで、うなずく。 「さあ、頑張りましょう。やらなければいけないことは山積みです」 そうして、ホイップとルディは、また慌ただしい人たちの中へと混じっていった。 二人の背を見送ってから、オブジェラは静かに宮殿の方を見据えた。 戦闘の気配は段々と激しさを増しているようだった。 先陣部隊の後退 目の血走った寺院兵が、地面に膝を付いた生徒へと大剣を振りかざす。 それが振り落とされようとする寸前――そこに伸びていた影から飛び出したヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)が寺院兵の足を取って、引き倒した。 鳴り止まない上空からの射撃、砕かれた街並みに蔓延る火薬と血の匂い―― 先陣を切った侍部隊は、ほぼ壊滅している状態だと云えた。周囲を人型兵器の部隊が飛び、地上の寺院兵らの攻勢に合わせては上空から銃撃を降らせて来る。 ただ――『救い』と言えるかは分からないが――人型兵器たちの動きは妙に慎重だった。王都に居るのは、十数機。鑑みるに、あちらにとっても貴重な装備なのだろう。余り積極的に攻めて来る気配は無い。 ともあれ、今は生き残る生徒を後方へ逃す事が、ヴァルらにとって、この場での最重要事項だった。 彼は、侍部隊の退避をフォローする忍者部隊らとは別に、負傷して動けない生徒らの回収に奔走していた。 「まだ動けるな? 俺たちが援護する。おまえたちは後退しろ」 ヴァルはそう言いながら、負傷していた生徒を助け起こした。生徒が「まだ……ッ」と再び刀を構え、寺院兵らの方へと目をギラつかせる。捨て身を望む目だ。 「今は退け!」 ヴァルの声に生徒の目色が変わる。ほぼ同時に上空を這う人型兵器の気配。ヴァルは彼の腕を思い切りひっつかみながらビルの影へと転がり込んだ。 暴虐な衝撃が背後の風景を砕いていく。その余波を背に感じながら、ヴァルは生徒へと続けた。 「俺たちが得ようとしているのは、宮殿へ続く道ではなく、明日へと続く道だ! 誰かのための明日ではなく、自分たちの明日を切り開くための戦いなんだ。己の命を捨てることなど、この帝王が許さんからな!」 「『己の命を捨てるな』って」 キリカ・キリルク(きりか・きりるく)は、ヴァルの背を狙って銃口を構えていたゴブリンを槍で横から突き倒しながら、こぼしていた。幾つもの喪悲漢を身につけた特攻スタイルだ。 血を捨てるように槍の切っ先を振って、 「言ってる本人が投げ出すような真似をしてるのにね――これも帝王の性分、か」 戦場へと視線を返す。忍者部隊らの支援により先陣部隊のほとんどは後退し始めていた。ここも、じきに敵のみが溢れるようになる。 「キリカ、動けない連中を俺のヘキサポッドへ運ぶぞ!」 ヴァルが、キリカの横を抜け際に言う。キリカはうなずき、彼の後を追った。キリカにとっては、ヴァルの居ない明日こそ価値のないものだった。 「だから、皆が生き残る明日にボクも賛成」 ヴァルの背を守るために槍を振るう。 「みゆう、あそこ!!」 リン・リーファ(りん・りーふぁ)が指さした先にあったのは、瓦礫の影に倒れている生徒の姿だった。そして、その向こうに迫るガードロボや機晶姫たち。 「皆、フォローお願い!」 関谷 未憂(せきや・みゆう)は口早に言いながら、バニッシュを放った。光が弾けて、機晶姫たちをわずかに押し返す。共に行動していた生徒たちが一斉に跳びかかって行く。その間に、未憂は瓦礫の影へ向かって駆けていた。 こちらを狙った銃撃を身体のそこここに掠めながら、倒れている生徒の元へと滑り込む。手早く彼の体に触れる。わずかな呻き声と共に、彼は顔を上げた。未憂は彼の体に手をかざした。 「今、治します」 自分など放って逃げてくれ、と掠れた声が言う。 未憂は粉塵と煤で汚れた顔に小さく笑みを浮かべた。 「ヴァイシャリーの近くに、ラテルという街があるんです。そこにはいろんな人たちが集まる絵本図書館があって……優しい館長さんがいるんです」 そばではリンがサンダーブラストで敵を牽制している気配。 未憂の魔法が負傷した生徒の体を包む。 「そこは、また遊びに行きたい場所のひとつ。そして、あなたにも、ぜひ遊びに行ってみて欲しい。だから――」 敵の銃弾が瓦礫の端を爆ぜて、それが肩を掠めても、彼女は強く言った。 「私たちは逃げません。そして、誰も死なせたくはない」 遊撃部隊 先陣部隊の後退に合わせて、そこへ集まっていた寺院戦力が他戦場へと向かうことになり、各地の遊撃部隊はますます厳しい状況に置かれていた。 「――く、ゥッ」 六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は近くに着弾した砲撃の熱波と噴煙の中を駆け抜けて、横たわる機晶姫の破片を踏み散らした。 彼女のライトブレードの先が素早く二つの線を描き、寺院兵らを斬り飛ばす。が――その後方に控えていたガードロボの重い銃撃音が目の前で炸裂する。思い切り奥歯を噛み擦りながら、盾を構え―― 「ッッ!?」 「――ユーキッ!!」 アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)の声が聞こえた気がした。その時には、盾で防ぎ切れなかった熱い衝撃が幾つか身体を重く貫いていた。後方に撃ち飛ばされて、地面に転がる。衝撃とダメージに未だ痺れる腕をもがくように振って、手のひらで地面を捉え、優希は、なんとか立ち上がった。 幸い、衝撃で手放してしまっていたライトブレードは近くに転がっていた。慌てて、取りに走ろうとして、よろめく。急な衝撃のためか視界が薄暗く狭かった。 その視界の端にアレクセイの姿が見えて、身体を支えられたのが分かった。すぐに引きずられるようにその場から引き剥がされる。 刹那、近くの地面が銃撃で砕けた。 そして、そばを駆け抜けた水神 樹(みなかみ・いつき)の槍がガードロボへと叩き込まれていくのが見えた。 アレクセイの声。 「無茶すんじゃねぇ! 無理と無謀は別物だぞ! 馬鹿ッ」 痛みが和らいでいくのが分かる。ヒールを使ってくれたのだろう。優希は彼の手から離れ、 「私、ようやく、なりたい物が見つかって……――これから、なんです」 ライトブレードの方へと駆けて、それを拾い上げた。 「ここで退くわけには、いかない。ようやく始まったこれからのために――私にはシャンバラの未来が必要なんです!」 再び、切っ先を巡らせながらガードロボの元へと向かった優希の行く手を援護するように、アレクセイのファイアストームが迸って行く。 「チッ! 気持ちは分かるが、ここでおまえがやられちまうんじゃ元も子もねぇだろ!」 その向こうで彼女を狙っていた寺院兵へと、太刀筋が閃く。 切っ先の根本で揺れたブラックコート。 カジカ・メニスディア(かじか・めにすでぃあ)が無表情にこぼす。 「まあ、建国云々はどうでもいいとして、美味いものが食べられなくなるのは困る」 ヒゥ、と振った剣に宿る雷気。襲いかかって来た大柄な寺院兵の斧を、身体を回転させながら避ける。そして、その流れのままにカジカは一閃を描いた。 「だから、オレにもシャンバラの未来は必要だ」 優希の剣筋と連携し、樹はガードロボの動きを翻弄するように体を巡らせながら、槍を捻った上半身に構えた。地面に足先を擦り、腰を深く据える。 ――シャンバラの未来。平和。皆の笑顔。そのために今、自分にできることは―― 「これくらいだと思うからッッ!」 短く唇の先で息を切りながら、樹は、しなやかに振った上半身ごと槍先をガードロボへと叩き込んで行った。