空京

校長室

建国の絆 最終回

リアクション公開中!

建国の絆 最終回
建国の絆 最終回 建国の絆 最終回

リアクション



砕音奪還

「神子がここに近づいているですって?」
 白輝精(はっきせい)が柳眉を寄せる。
 中東風の美女の上半身に、虹色を帯びた白蛇の下半身を持つラミアだ。
 クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)はこくりとうなずく。今日も、おなじみとなった仮面で変装している。
 白輝精は復活した官舎に入りこみ、配下の部隊に指示を送っていた。すべては砕音・アントゥルース(さいおん・あんとぅるーす)を守るためである。
「そうねぇ」
 白輝精はクリストファーの報告に、気だるそうに考える姿勢を見せる。
「この作戦の目的は、宮殿に神子が入らないようにする事……だったら、捕まえるなり始末するなりはしないとね。
 そいつらはどこにいるの?」

 旧王都に復活した公園は、シャンバラ大荒野には不似合いな深い緑に包まれていた。
 木々の間の空間が揺らぎ、白輝精と変装済みのクリストファーが現れる。
 そこでは数人の生徒が待っていた。
「お久しぶり。『寝所』でご一緒して以来だね」
シルヴィオ・アンセルミ(しるう゛ぃお・あんせるみ)が片腕をあげ、気さくに声をかける。
「……こんな事だと思ったわ」
 白輝精がちろりとクリストファーを見た。
 挨拶を無視された形のシルヴィオは苦笑する。
「クイーン・ヴァンガード隊員として神子を宮殿に送ってる途中なのは本当だよ」
 シルヴィオは、きょとんとしている神子ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の肩をぽんぽんと叩く。
「だったら方向違いよ。宮殿はあれだから」
 白輝精はアゴで、遠く建物の後方に光る輝きを示す。
 空中に浮かぶ旧シャンバラ宮殿は、遠く離れた場所からも展望する事ができた。
「それが、都内あちこちが通行止めでね。迂回して行ける道を探してるのさ」
 白輝精は表情を変えない。
「あいにくと、道路交通情報は提供してないの」
「つれないなぁ……ま、そう簡単になびかない女性の方が魅力的ではあるけどね」
 シルヴィオは肩をすくめて見せた。
 一方クリストファーは、ファルの後ろに控える早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に視線を送る。
(早川くん、白輝精が無茶しないよう、止めてくれるよね……?)
 彼に白輝精を呼び出して欲しいと頼んだのは、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だ。
 呼雪は視線に応えるよう、小さくうなずいた。
 古王国時代の彼女を知るアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)は、表情には出さないでいたが、その瞳には困惑の色がある。
「あなたがエリュシオンからの間者だったなんて……気付きもしなかったわ。
 けれど秘密を明かしてしまった以上、もう戻る事も出来ないでしょう?」
 白輝精は、せいせいした様子で答える。
「ずぅっと隠していたものね。すっきりしたわ。
 それに、もう知り合いが誰もいない帝国に戻ったって、しょうがないわ。五千年も待って、待ち疲れたもの」
 シルヴィオは、彼女の投げやりな態度はそのせいなのだろうか、と考えた。
 しかし口では別の事を聞いている。
「戻らないにしても、帝国から危険な美女の口をふさぎに誰か来ないかと心配だね」
 白輝精は肩をすくめる。
「それは大丈夫、なはずだったんだけどね。
 砕音と取引したのよ。私が色々と明かす代わりに、彼に最優先で守ってもらうって。
 ……なんで、こう逆になるかしらねぇ」
「そもそも今、君が守っているその人の中に今いるのは……君の好きな先生じゃないだろう?」
「……」
 シルヴィオの指摘に、白輝精は不機嫌そうに黙り込む。
「傍にいられれば、抜け殻でも良いのか?」
 呼雪が尋ねた。
「抜け殻?」
「今の先生は、裏切り者の神子に取り憑かれてはいないか?」
 ファルの話から、呼雪はその可能性に辿り着いていた。
 神子の中に、エリュシオンに与していた者がいたかもしれない。
 白輝精はぼそりと独りごちる。
「彼が砕音を傷つけるとは思えないけどね……」
「……知り合いなのか?」
 呼雪の問いに、白輝精はふぅと息を吐く。
「別に。昔は知らなかったし、最近の事も人の記憶ごしにしか知らないわ」
 地球人の呼雪やシルヴィオには、彼女の言葉は意味がよく分からない。
 代わってアイシスが白輝精に言った。
「私は今のあなたが何を考えているのか……何を思っているのか知りたい。
 今のあなたの拠り所は、砕音様ではないの?
 これは砕音様がされようとしていた事ではないわ。
 本当に砕音様の事を想うなら心を改めて欲しい……」
 白輝精は、長く長く息を吐き出した。
「……まったく。
 この前のドラゴンキラー作戦のような事があるといけないから、警備をしているのにね。
 まあ、いいわ。あなたたちでも、その友達でも、彼を助けられるなら、とっとと助けてちょうだい」
 白輝精はそう告げると、クリストファーを連れてテレポートで消えてしまう。
 シルヴィオが少々、虚をつかれた様子でこぼす。
「これは一応、説得が成功したと取っていいのかな?
 これから、どうする?」
 ファルが遠く見える輝きを指差す。
「ボクは神子だから、旧宮殿に行かなくっちゃ!」
「じゃあ、クイーンヴァンガードとして宮殿まで送るとしようか」
 シルヴィオ達はファルをガードしつつ、旧宮殿をめざす本隊と合流に向かった。
 呼雪は携帯電話で、砕音救出に向かっている友人に今あった事を伝える。



「皆、急い、で……」
 七尾 蒼也(ななお・そうや)は急に視界が暗転し、言葉をつぐんだ。
 隣では、一緒にガードロボットと戦っていた赤羽 美央(あかばね・みお)が、急に戦う相手が消え、無表情に頭をカリカリとかいている。
 辺りは、どこまでも真っ暗な闇が続いている。
「……ここが、男の子がいる所?」
「まっくらです?」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が小さく首をかしげる。
 以前、砕音がいた場所には、明るい窓のような光があったが、ここにはそれが無い。
「さっきは、下の方に、いた」
 アゼルが言い、皆は足元を探るように歩を進める。
 周囲を見通せない闇なのに、なぜか仲間の姿は普通に見る事ができる。
「とにかく、この闇を祓いましょう」
 ラーラメイフィス・ミラー(らーらめいふぃす・みらー)が聖なる札の呪いを払おうと試みる。だが、何も起きない。闇は闇のままだ。

 少年を最初に見つけたのは緋桜 ケイ(ひおう・けい)だった。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
 ケイはぐったりした少年を抱きおこす。まだ小さな子供だが。
「やっぱり、せんせーです!」
 ヴァーナーが嬉しそうに、その顔をのぞきこむ。
 ラーラメイフェスは彼に語りかけながら、ヒールを施す。
「もう大丈夫です……あと一息で愛する人の下へたどりつけますよ」
 しかしヒールをしたのに、少年の体中にある傷は消えない。
「この空間に何かあるというのでしょうか? ……!」」
 見回していると、暗闇の中から怪物のような巨人が現れる。
「それは俺のオモチャだぁ! ガキどもが何を触ってる!」
 巨人は怒鳴り声をあげながら、彼らに襲いかかった。

 何かがおかしい。
 巨人と戦い始めて、蒼也も美央もラーラメイフェスも違和感を禁じえなかった。
 技や魔法を使っても、効いているという気がしない。逆に、なぜかSP切れもせずに、それらを使えてしまっている。
 さらに巨人は倒されても倒されても、起き上がってくる。
 アゼラがぼやく。
「ここは、まるで、夢の、中」
 クラレンス・スペンサー(くられんす・すぺんさー)がその言葉にハッとする。
「ここは精神が影響する場所。何か、精神的な事が鍵になるのではっ?!」
 ケイが、横たわる砕音少年の手に、自分のハートの機晶石ペンダントを握らせる。実は砕音も、ラルクから同種のペンダントを贈られて大切に持っている。
 だが少年は苦しげな表情のまま、目を覚ます気配はない。
 その足には、闇色の鎖がはめられ、まるで闇につながれているようだ。
 ヴァーナーはずっと鎖をどうにかしようと頑張っていたが、変化を与える事ができない。セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が言う。
「砕音先生は両親に愛してもらえなかったのですわ、そのせいでキズだらけなのですわ」
「くすん。せんせーはとっても、いい子です。ね。ボク、センセーのこと大好きです」
 ヴァーナーは小さい砕音をぎゅっと抱きしめて、そのほっぺたにキスをする。だが砕音は目を覚まさない。
 背後で巨人が、咆哮をあげた。
「きょじんさんも、ずっと戦って苦しそう……」
 ヴァーナーは闇の巨人に近づいていくと、ぎゅっと抱きしめた。不思議と何の抵抗もなかった。
「あれれ?」
 巨人は跡形もなく消えてしまった。
「ぅ……」
 背後で小さなうめきが聞こえ、皆が砕音に走り寄る。
「先生、目が覚めたんだな! 心配したぜ!」
「おはようございますです!」
「もう大丈夫ですよ」
 砕音はまだ頭がはっきりせず、ぽやんとしているが、目は開いて意識もあるようだ。
 クラレンスが聞く。
「ここの主は、あの巨人ですか? キュリオは守護天使だと聞いていたのですが」
「ん……? キュリオ? なに?」
 よく分かっていない様子の砕音に、クラレンスは噛み砕いて言う。
「先生、キュリオに乗っ取られて、それで苦しんでるんでしょう?」
 周囲の皆と砕音が一様に驚く。ジェレインがびっくりして、彼に聞きつのる。
「キュリオって神子さんで、先生のパートナーだった人でしょ? もしかして悪い神子さんって……」
 ジェレインの言葉の途中で、空間がぐにゃりと歪んだ。



「なんだか急に、妨害が少なくなりましたね。
 罠かもしれませんから、皆さん、お気をつけください」
 片倉 蒼(かたくら・そう)が周囲を警戒しながら、小声で言う。
「霊気を感じる」
 同行はしていたが、それまで今ひとつ、やる気なさげだったヒダカ・ラクシャーサが、何かを感じて表情にかすかなギラつきを見せる。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)がふっと笑った。
「ロボットより幽霊の方が好みなんだね、君は。
 その力で、仔猫の隠れ家も分からないかい?」
「……」
 ヒダカは無視して、階段をのぼっていく。そこはもう、砕音がいるという通信局の中だ。
 ヒダカがつぶやく。
「アレがミスター・ラングレイじゃないのは分かった。奴にしては作戦も警備体制も雑すぎる」
「へえ、嫌っていると思ったら、実力は評価してるんだね?」
「背後から斬る隙を狙っていたからな」
 彼の言葉に、上階の手すり陰からボヤキが降ってくる。
「そいつ、大丈夫なのか? ラングレイ様に何かしようってなら、タダじゃおかないぜ」
 通信局内部で待っていたのは、グエン ディエムだった。
「いわゆる、例のブツはここに持ってきたぜ」
 ディエムは布にくるまれた塊を、彼らに渡す。中身はコントラクターブレイカーだ。
「相手は鏖殺寺院最強の将……気を引き締めないと」
 鬼院 尋人(きいん・ひろと)は自分を戒めるように、つぶやく。
 だが突然、近くに膨れ上がった殺気にハッとして彼らは身を翻す。
 大量の銃弾が踊り場にあびせられた。
「自分から殺されにくるとは、殊勝な心がけだな、ラルク!」
 砕音の声が振ってくる。
 ラルクは鼻で笑い飛ばした。
「へ、やっと見つけたぜ! それとも始めましてか? キュリオ!」
 息を飲む気配。
「何を……く……」
 苦悶するような声だ。ラルク達はいぶかしむ。
 と、
「うわああああ!!」
 階段室に突然、何人もの人間が振ってきた。
 クラレンスやヴァーナーなど、アゼルと共に「暗い所」に行って子供の砕音を見つけた者たちだ。
「どうなってるんだ、いったい?!」
 振ってきた方も、振られた方も、ほとんどが情況をつかめていない。
 頭を抱えていた砕音の体から、暗い羽根のようなオーラが広がる。
「キュリオかッ?!」
 オーラの翼から憎憎しげな声が響く。
「おかげで砕音が目覚めたじゃないか……なんて事をしてくれる」
 砕音が壁に手をつき、よろりと起き上がる。
「……キュリオ、なのか? なんで……?」
 翼は明らかに、たじろいだ。
「……僕は、君を傷つけたくなかっただけだよ。この世界の現状を見てみろ。君は優しすぎるんだよ。
 だから……僕が代わりにやってやる事にしたのに、こいつらと来たら」
 秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)がその言葉に怒りだす。
「ゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ、しゃらくせえ!
 おぬし……砕音のパートナーだろぃ! だったらパートナーを苦しませるような事をするなぃ!!」
「……君達には分からないさ」
 しかし、その間にラルクが砕音にコントラクターブレイカーを握らせる。
 それに気付いたキュリオは砕音の体を離れると、霊体で窓をすり抜け、通信局から一目散に飛び去っていった。

「なんで……」
 ショックを受けた様子で砕音がつぶやく。ラルクはそんな彼を強く抱きしめる。
 闘神の書が腕組みしつつ、砕音に声をかける。
「まぁ、闇龍の影響とか、なんか理由があるのかもしんねぇ。
 そんなに思いつめんな?」
 片倉 蒼(かたくら・そう)も砕音にそっと声をかける。
「どうか絶望に負けないでください。
 愛される価値が、幸せになる権利がご自分にある事を信じてください。
 この場にいる全ての人が、それを認めています。
 その手を絶対放さないから、信じて手を伸ばしてください」
 砕音は困ったような、泣きそうな、笑顔を見せる。
「……うん。ありがとう」
 それから表情を変え、通信機をオンにする。
「全鏖殺寺院軍に命令……。
 すみやかに交戦をとりやめ、旧王都から即時撤退せよ」
 命令発信後、砕音は通信局から旧シャンバラ宮殿を含む、旧王都シャンバラ内、すべての防衛設備をストップさせる。
 最後のスイッチを戻すと、砕音はそのまま気を失った。
 スズキがふん、と息を吐く。砕音の昔の同業者として出張る必要はなくなったようだ。


 撤退命令を受け、鏖殺寺院の各軍に動揺が走った。
「ラングレイめ、正気に戻ったか。だが我が軍が有利。このまま交戦を続けぃ!」
「これ以上、我々が汗を流す義務もないのでね。我々は、先に失礼する」
「通信が途絶えたぞ? 何がどうなってんだ? とりあえず戦っとくか?」
 各部隊それぞれに判断を下すが、もはやまとまった一個の軍ではなくなっていた。

 その上空を、闇の翼が飛んでいく。
「御目覚めを、ジェルジンスキー様! 今が好機です!」
 キュリオは何者かの名前を叫びながら、飛び去っていった。