校長室
建国の絆 最終回
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封印の間へ 2 「到着〜」 ヘルのおどけた声とともに、女王復活組の面々の目の前に現れたのは、壮麗な宮殿の内部だった。 広大な部屋に内壁と柱が立ち並び天井を支えているだけのシンプルな部屋だったが、これもシンプルに見える材質の白い柱の表面は淡く輝き、複雑な彫刻を浮かびあがらせている。 「ここには見覚えがありますわ。確かに封印の間のあるブロックですわね」 「一目見ただけで分かるのですか?」 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の問いかけに、ティセラが解説する。 「旧宮殿は統一された建築様式で造られていませんの。部屋によって雰囲気も造りもまるで違いますわ」 「あれれ、僕のこと疑ってたの?」 「エルさんもわたくしを疑っておりましたでしょう? それはお互い仕方ないことですわ……信頼を得るには行動で晴らさなければ。これはそのためのチャンスなのですわ」 「私もティセラ様をお守りすることに全力を尽くします。ティセラ様さえ無事なら、きっと儀式は成功します!」 祥子がティセラに力強く言い切った。彼女はティセラに付いていくために、教導団を捨てたのだ。 「ありがとうございます、祥子さん。……テティスさんも」 「……いいえ」 テティスは晴れない表情のままかぶりを振る。 彼女達の監視というだけでなく、同行すれば女王に顔を合わせることになる。命令とはいえ一度は女王であった人を斬ったのだ──それが封印を解くことになったとはいえ、彼女の指名はその抹殺であった──、全く気まずくない筈がない。 「ぐずぐずしている暇はない。急ごう」 矢も楯もたまらない、といったように前原 拓海(まえばら・たくみ)が彼女らを促す。 一刻も早く、十二星華など気にせず自分だけでも女王の元へ辿り着きたかった拓海だが、いざ来てみれば道もわからない。同行するしかない状況に焦っていた。 「そうでしたわね。行きましょう、皆さん」 「案内はよろしくー!」 盾を構えるミネルバを先頭に、その後ろに十二星華と生徒が神子を取り囲むというポジションで、彼女達は駆け出して行った。 急いでいるときなのに。いや、こんな時だからこそ。 胸に吸い込む五千年の昔の空気は、十二星華や戦で命を落とし蘇った古王国のかつての住人にはひどく郷愁を呼び起こし、女王への思いを強くする。 けれど、その感傷も長くは続かなかった。 「来ました!」 祥子が殺気を感知し、警告の声をあげる。 ミネルバの構える巨大な盾・ラスターエスクードの表面を、炎が炙る。 正面には、広げた口腔から炎の舌をちろちろと覗かせるキメラがいた。炎を吐いたキメラの他にも数十体、人には秩序も美的意識も感じられない、何かの動物を無理やりくっつけた出来の悪い細工物がいた。 「さあ、こっちに来なよ! 僕が相手してあげるよ!」 円が盾の背後から飛び出し、拳銃の引き金を引く。両手に構えた“奪魂のカーマイン”から無造作にばらまかれる銃弾は命中には劣るが、これは陽動。円に向かって飛びかかるキメラは、盾の端から放たれたパッフェルの星銃パワーランチャーによって貫かれる。 キメラが床に倒れた音を合図にして、飛び出したティセラの長大な大剣──星剣ビックディッパーがキメラの群れに差し込まれる。 彼女に続いて、祥子のパートナー湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)がレプリカ・ビックディッパーを携え切り込んだ。 「天秤座のもつ星剣のレプリカとして作られたこの剣、その威力とっくりとみせよう!」 「ほら、あたし達に任せて、あんた達は神子を守っててよ!」 セイニィは一瞬生徒たちを振り向くと床を蹴り、跳躍する。そして壁や、キメラの頭や背(と見えるだけで、実際にはそれは頭や背であるのかも不明であったが)を足場に、両手にはめた星双剣グレートキャッツでキメラを次々に切り裂いていく。さながら樹上を渡る山猫だ。 かつて敵味方に分かれ刃を交えた強大な敵は、今や強力な味方となっていた。 「……迷う暇なんてないのに」 呟いて、迷いを払うように首を振ると、テティスは星槍コーラルリーフの柄をぎゅっと握りしめた。そして彼女もまた、神子に襲い掛かるキメラに穂先を突き刺した。 目的は一刻も早く女王の元へたどり着くことだ。女王は今この迷っている瞬間にも、闇龍を抑えるべく一人孤独な戦いを続けている。 「皆さん、私が道案内します。旧王都復活前、警備で一通り見てきましたから」 一体一体と戦っている時間はない。 十二星華が道を切り開き、その背を生徒たちが援護し、後ろから追いすがってくるキメラは広範囲魔法で牽制しながら進む。 それでも生徒たちの後には、顔が写りこみそうなほど磨き上げられていた床に、血と粘液とがぶちまけられ、血塗られた道ができていた。 二車線はありそうな幅の廊下を何度も折れ、下から見上げると絵画になる細工の階段を上り下りし、キメラによって人物の胸がぶち破られたステンドグラスが彩る部屋を走り抜ける。 「陛下、今すぐ参上いたします……!」 ともすれば一団から飛び出しそうになる拓海の背を追って、 「拓海様、無理は禁物ですわ〜」 フィオナ・ストークス(ふぃおな・すとーくす)が呼びかけるが、彼は聞こえていないようだ。そうでなくとも「日本のため」に無茶をしがちなパートナーの側に、可能ならいたかったが、自分まで突出するわけにいかない。彼から一応、神子の護衛を任されている。 「仕方がないのかもしれませんわね……一刻も早く戻りたい気持ちは分かりますわ」 拓海は、理子様親衛隊の隊長だ。今までも理子を守り抜くことを旨としていた。その彼が理子の護衛よりも優先したいことがあったのだ。それが、女王を守ること。 けれど無論、理子のことを忘れることなどできない。先ほど旧宮殿入口で、親衛隊の半分を理子の護衛に割いたが、あちらも相手はダークヴァルキリー。不安は拭えない。 「せめて御神楽校長の新兵器が到着すれば、少しは安心できそうですけれど」 拓海の傷ついた足に向けてにヒールを飛ばす。それに気付かないほど、いや傷ついていることにも頓着しないほど、彼は走ることに精いっぱいだった。フィオナが守れと言われたのは神子だけれど、やっぱり危なっかしい拓海をそのままにはできない。 それに、護衛といったって、神子の方が自分たちより戦い慣れているのは分かっていた。 旧宮殿に配備された防衛システム。機械的な、或いは魔法的な妨害。ダークヴァルキリーが召喚した、また闇龍に呼応して現れた魔物たち……。強弱取り混ぜたそれは、少し強そうな外見になれば、フィオナ達の手に余る。 もちろん無駄ではない。何しろ相手は際限がない。こちらの人数にも体力にも限りがあるのだから、一人でも多く作戦に参加してほしい状況だった。思ったよりも宮殿への突入人数が少なかった故に、特に。 「あれが封印の間です……!」 テティスの声に、拓海は遂に一団を飛び出した。 両開きの豪華な扉に付いた、これまた豪華な取っ手を握り、重い扉に力を込めて、迷うことなく開け放った。 現れた空間は、中学校の体育館ほどの広さだろうか。 中央には女王らしき像と祭壇が用意されている。 その祭壇の前に、ジークリンデ・ウェルザング(じーくりんで・うぇるざんぐ)──いや、シャンバラ女王アムリアナ・シュヴァーラと、共に取り残されたセレスティアーナがいた。 「陛下……いえ、ジークリンデさん! 貴女にばかり辛い思いをさせて面目ありません。本当は日本人全員が一丸となってシャンバラを守り抜かなければならないのに……!」 セレスティアーナは扉の音にびくっと肩を震わせ、飛び上がらんばかりに驚いたが、拓海の声にそれが待ち望んでいた味方であることを悟ると、膝を抱きかかえていた手をぶんぶんと振った。 「おおーい、ここだぁ!!」 彼女はよろよろと立ち上がると、こけそうになりながら扉まで駆け寄ってくる。 生徒達も思わず中に踏み込もうとしたが、その足は押し返された。彼らは、封印の間には結界が張られており、女王と神子、そのパートナーしか入れないことを思い出す。 つい忘れそうになるが、理子だけでなく、セレスティアーナもアムリアナのパートナーなのだ。 「来てくれたんだな……。ちょっと、いやだいぶ怖かったんだぞ!! 急に宮殿の周りに建物がどんどん現れて、おっかないのがお前たちを追い出すし、空から変なゲラゲラ笑いが聞こえるし!!」 目の端に涙をためながら訴えるセレスティアーナは、救出に来た生徒に見知った顔を見つけ、安心したようだ。へなへなと入口にまた座り込んでしまった。 「そ、それに……私にはどうともできないんだ」 彼女は首だけをアムリアナに向けた。 アムリアナは今、闇龍を抑えるために手を組み、祈りを捧げていた。鎧は割れ服は破け、肌が露出している。こちらに気付いているのか視線をちらりと送るが、表情は何かに必死で耐えているようだった。 「入ることができないのはちと困りものでござるな……せっかくの衣装をお渡しできぬ」 「お伝えしたいことがあるんです。ジークリンデ様、いえ女王様をこちらにお呼びすることは可能ですか?」 「あ、ああ。話してみる」 坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)と源 紗那(みなもと・しゃな)に言われて、セレスティアーナは駆け戻ると、今度はアムリアナの肩を支えながら戻ってきた。 結界の外と内。扉一枚分の厚さの、近くて遠い距離を挟んで女王は生徒達と再会した。 「神子を連れてきてくれたのですね……」 荒い息の下で、女王が言う。その肩にふぁさりと白い衣がかけられた。 「例えいくさ場であろうとも乙女の柔肌晒すもので無いでござるよ」 鹿次郎の予想(妄想?)通り、女王は柔らかそうな胸元まで露わだ。それを気遣い恥じらうだけの余裕が今はなくとも、神子や自分達の前でこのような格好をしていては後でいたたまれない気持ちになるだろう。 そんな彼の気遣いを女王はありがたく受け取りつつ、袖を通した。 「女王であるから助けに来たのではないでござるよ。拙者にとっては何時ものジークリンデ殿。我が心の武士道の示す侭に鏖殺寺院側に付いて来、ああして貴女の味方として最も傍で目覚めの時に共に有れたのでござる。これも二人の運命で有ったのでござろうな」 (こんな時によく恥ずかしげもなく言いまわすわね、このゲーム脳!) 姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)はパートナーを心の中で罵りつつ、女王に着せた服が巫女装束の白衣であることに気付いて更にげんなりしたが、鹿次郎が白衣を取り出した袋にまだ何か入っているのに気付き、もう罵る気力もなくなった。 「それは……何ですの?」 「ダークヴァルキリー用の巫女装束でござるよ」 分かっていて聞いた。予想通りの答えが返ってきた。そしてそれは甚だ不本意ながら、彼がダークヴァルキリーをただの敵として見ていないという点で、彼女の期待と一致していた。 「そうですわ、女王陛下。本当にまた、姉と妹が再度争う必要があるのでしょうか? 過去と同じことを繰り返しても、また数千年に渡って禍根を残すことになるだけでは……」 「そのことをお伝えに来ました」 雪の疑問に口をはさんだのは紗那だ。 紗那は傍らのプリムラ・ヘリオトロープ(ぷりむら・へりおとろーぷ)と視線を交わすと、 「クイーン・ヴァンガードの一員として、葦原の神子とその契約者からの伝言を持って参りました」 と、告げた。 「伝言……?」 女王の顔に陰りが差す。 そう、この場に神子がすべて集まったわけではなかった。 気付いていなかったクイーン・ヴァンガード隊員の中にざわめきが広がる。なぜなら、途中までは一緒だったからだ。 葦原明倫館生徒の神子木花 開耶(このはな・さくや)と彼女の契約者橘 柚子(たちばな・ゆず)は、旧宮殿の入り口での選択で、理子と同じくダークヴァルキリーに会うことを望んだのだった。 「神子は、ダークヴァルキリーと話したことがあると言っていました。彼女の話では、こう言っていたそうです。『姉さンハ優シクないモん!』『うソつキ!』『クレるっテ約束しタノニうそついタ! 頭ノきらキラ、くれナカッた!』『姉サン、ウそつイタ……。ミんな、姉さんノミかた……』」 「……頭のキラキラ……」 「彼女は、うつむきながら今にも泣き出しそうな声で答えたそうです」 続けてプリムラが、 「葦原の神子の契約者は、こう伝えて欲しいって言ってましたぁ。──彼女の心の闇を晴らすのは、あなたにしかできないことです。そして私達は彼女が望まない限り、儀式に参加するつもりはありません、だそうですよぉ」 その言葉に、再びざわめきが広がる。 中には何をばかな、と批判する者もいた。この期に及んで儀式に参加しないなど有りえない、と。 ただアムリアナは闇龍の影響に耐えながら、眉間を寄せて必死に何かを思い出そうとしていた。それからはっとしたように息をのんだ。 「──電話を。携帯を繋げてください──妹の元へ」 紗那は待ち構えていたように携帯電話を開き、電話帳から柚子の番号を呼び出した。