校長室
建国の絆 最終回
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闇龍封印の儀式 ジークリンデ、いや、女王アムリアナ・シュヴァーラが復活した。 その神々しさ──国家神であるのだから当然だが──に圧倒される者。ほっと息を撫で下ろす者。疲労に立ち尽くす者。それぞれの表情を浮かべる神子の輪を抜け、一人進み出た者がいる。 彼エル・ウィンド(える・うぃんど)はアムリアナの足元に跪いて頭を垂れ、臣下の礼を取る。 「お初にお目にかかります。ボクはイルミンスールのエル・ウィンドと申します。ホイップ・ノーン(ほいっぷ・のーん)こと十二星華ホイップ・アルデバランの恋人であり、神子ホワイト・カラー(ほわいと・からー)のパートナーです」 一息に言うと、彼は早速要件に入った。 「女王陛下、僭越ながらお願いがございます。もしホイップや他の十二星華が会いたがっているならば、お会いいただけないでしょうか」 古シャンバラでは女王のスペアとして、日陰の存在であった彼女達。彼女達は復活しながらも、女王の座をかけて利用され、対立し、時に争ってきた。女王として、また個人としてのアムリアナへの想いもそれぞれにある。しかしその女王は不在だった──今までは。 「ホイップを想ってくださっているのですね。ありがとうございます」 アムリアナはエルに立つように促すと、 「ええ、私も一度十二星華とはきちんと話し合わなければならない、と思っています。そのためにも今は闇龍を封じましょう」 「ありがとうございます」 が、そこに異議を唱えた者がいた。サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)だ。 「我は龍を封じる事に関しては……必ずしもそうしなくてよいとも思っておる。伊織や人間達の意見を尊重したいのじゃよ。我が儀式に参加するのは、伊織の想いに応えるためでもあったからのう」 「土方さんの?」 「はいっ。僕が儀式に協力したのは、ハッピーエンドのためです。僕が、僕達が、このシャンバラに来たのはきっと……前回の悲劇を繰り返さない為に、未来を変えるその為だと思うのです」 土方 伊織(ひじかた・いおり)は彼にしては珍しく、勢い込んでアムリアナに迫る。 「はわわ、僕は誰かが犠牲になった未来は欲しくないのです。皆が幸せになれる明日が良いのです。その為に、僕はクイーンヴァンガードに所属して此処に居るのです」 伊織は神子のパートナーというだけでなく、イルミンスール生にしてクイーン・ヴァンガードの特別隊員でもある。 「僕は女王さまの妹さんなダークヴァルキリーさんや、そのパートナーの闇龍さんも皆で幸せになって欲しいですし、ちゃんと本当の名前で呼んであげたいのですよ。だから、女王さまにお願いしたいのです。絶対諦めないって」 「闇龍を封じずに……?」 「はい!」 アムリアナは、困ったように首をかしげた。 「はわわ、どうかしたのですか?」 「闇龍は“現象”なのです。龍と名が付いていますが、意識や実態がある訳ではありません。外から見て闇が龍の形をしているから龍と言われているだけで、地震や台風のようなものなのです」 「そうだったのですか……」 伊織はしゅんと肩を落とした。その肩にアムリアナは手を置く。 「悲しまないでください。土方さんの優しい気持ちは伝わりましたから。それがいつか闇龍を……闇龍のもとを救うことになるかもしれませんよ」 「闇龍のもと?」 伊織はきょとんとして、アムリアナを見上げる。 「闇龍とは、ナラカから地上に上がる魂がうまく浄化されずに残ったものの集合体だと考えられています。うまく浄化されなかった原因には、地球で人口が増えすぎて死亡者が増えた事や、地球人が環境を破壊して数々の種を絶滅に追いやったため……それにシャンバラでも自然破壊が起こったからではないかと推測されています」 アムリアナは悲しそうに目を伏せた。 代わりにネフェルティティが言葉を継ぐ。 「私と鏖殺寺院と呼ばれていた宗派が闇龍をあがめていたのは、事実です。ですが世界を破壊するためではありません。“自然の怒り”や“世界の悲鳴”を聞き、シャンバラの行き過ぎた文明に警告を与える為だったのです」 そのあがめているという行為を、闇龍を復活させているなどという流言に利用されてしまったのだ。 「五千年前、気付いた時には闇龍はすでに現れていました。けれど、もう間違わないように心がけることはできるはずです」 ネフェルティティの視線を受け、アムリアナは力強く告げた。 「皆さんの力を貸してください」 アムリアナの説明によれば、闇龍の封印に必要なもの、それは、多くの人々の祈りだという。 闇龍に、「今は大人しく眠っているように」祈ればいいということらしい。 「私が皆さんの祈りの力をまとめて闇龍を抑えます。ネフェルティティ、あなたも聖冠の力を使って祈って」 「はい、姉さん。……扉の外の皆さんも、お祈りください」 アムリアナとネフェルティティは再び祭壇の前に座る。 彼女たちを中心に、部屋の中にいる神子とそのパートナーは共に祈りを捧げた。 そして扉の外の十二星華が、クイーン・ヴァンガードが、多くの生徒が。 やがて──空が、鳴った。 一人の生徒が窓の外に視線を移した。 パラミタを覆う闇龍が巨体をゆっくりとうねらせていた。それはどこか苦しげにも見える。 ナラカへと押し戻されるのを嫌っているのか、何かを振り払うような動きだった。 けれど。 アムリアナの悲鳴のような声が口から洩れる。 「……押し返される……!」 そこで生徒達は気付くのだ──女王に注がれる想いが足りない、と。 「シャンバラを……貴方に滅ぼさせる訳にはいかないの。 だから今は、まだ眠っていて……闇龍……」 アムリアナは渾身からの力を振り絞った。 今さっき取り戻した国家神の力を、すべて注ぎ込む。 奇跡は──起きたのだろうか? ついに闇龍は、謎の『腕』に引きずりこまれるように、シャンバラの空から大地から消えていく。 その行きつく場所は、闇龍が生まれ育った場所──ナラカ。 闇龍の核にいた、波羅蜜多実業高等学校総長ドージェ・カイラスの周囲で、闇が溶けるように消えていく。 ドージェが拳を突き出しても、モヤが巻き起こるだけで手ごたえは無い。 マレーナ・サエフが彼にヒールを施す。 すべての物の終焉の真近にいたにも関わらず、彼女のたおやかな黒髪にたいした乱れはない。 「ドージェ様、闇龍はもう封印されたようです。 ……でも、より強きを求めるあなた様には、まだまだですわね」 ドージェはマレーナの細腰をつかむと、のしのしと歩き始める。 彼の修行は、まだ終わらないのだ。 闇の嵐を突き抜けて荒野へと出て行くドージェに、やがてまたパラ実生達が集い、その後を追うだろう。 シャンバラを覆いつくしていた闇は、急速に、まるで霧が消えていくように跡形もなく消えていく。 しかし壊れた家々や、倒れた木々が、そこに巨大な力が働いた事を示していた。 「……助かった?」 避難していた民が、恐る恐る外をのぞく。 「家に帰れるの?」 小さな子供が、両親に聞く。 村に戻っても、多くの家が倒壊し、畑は荒れ果てているだろう。 だが。 「大丈夫。女王様が復活なさったんだ。何もかも、うまくいくさ」 シャンバラ王国の復活に、民は皆、希望を捨てていなかった。 暗い闇は消え、シャンバラには抜けるような青空が戻っていた。 ふわりと、優しい風が封印の間を吹き抜けた。見ればテラスの窓が開いて、そこから風が入ってきたのだった。 そこから見える青く澄み渡る空と優しい陽光が、生徒達にはとても懐かしいものに感じられた。 窓を開けた前原 拓海(まえばら・たくみ)は重い身体を引きずって、儀式の間向かいのテラスに出る。そこに広がっている風景は旧宮殿と旧王都のきらびやかな絶景と、それらに残された激戦の爪痕だ。 こみ上げるものを堪えて、彼は背中に括り付けた棒を立て、テラスの手すりに括り付ける。 棒の上部には布が巻きつけられている。拓海が布を止める紐を勢いよく引き抜けば、布は風をはらんで広がった。 それはシャンバラ王国の紋章が刺繍された旗だった。 「勝ったぞ!」 拓海が突然の声に横を見れば、藍澤 黎(あいざわ・れい)も同じように、シャンバラ旗を手に外へ向けて振っていた。 拓海も声を張り上げる。旧王都で戦っている彼らの目に、この旗は映るだろうか。 「女王が復活なされた! シャンバラ王国が復活したぞ!」 広大な宮殿と王都に対して旗はあまりにも小さかったが、確かにこの日、建国は成った。 それはシャンバラに生きる者五千年の悲願。 しかしこれまでに支払われた多大な犠牲にこの旗の価値が見合うものかどうかは、後世の者が評価することになるだろう。 「……?」 儀式の間の警備をしていた理子様親衛隊の一員アシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)は、違和感に眉をひそめた。 「前原さん、何か変な音がしませんでしたか?」 アシュレイはテラスに出て周囲を見回したが、特に変わった様子はない。 「いや、何も聞こえないようだが」 ちなみに、この作戦後二人は理子様親衛隊所属ではなくなり、立場も変わることとなる。というのも、アシュレイはクイーン・ヴァンガードと理子様親衛隊の分裂と対立を危惧したからだ。これは各組織の上官北条真理香とヴィルヘルム・チャージルに具申し受け入れられることとなり、組織は他校を取り込み再編され、ロイヤルガードと名を変えることとなった。 アシュレイの願いは更にとある元蒼空学園教師を隊長に、と続いた。真理香個人や親日章会は彼に信頼を置いていたし、彼女に心情的には大賛成してくれた。が、これは彼の過去の(表向きの)行いを反映すれば、組織として受け入れられるものではなかった。彼が隊長になるには再び一介の隊員となり、功績をあげる必要があるだろう。そのためなら真理香らは協力を惜しまない筈だ。 「おかしいですね」 光学迷彩で姿を消したまま警戒に当たっていたゆるやか 戦車(ゆるやか・せんしゃ)は、アシュレイに小声で囁いた。 「何でありますか。いつ誘おうか迷っているでありますか?」 「そんなんじゃないですよ」 「前原さん、アシュレイは建国後に一緒に大相撲を見に行きたいって言っていたでありますよー」 ゆるやか戦車が拓海に要らないことを言い、そして……アシュレイはその見えない口を何とか探して塞ごうとして、再び気配に気づいた。今度は、間違いではない。 「何者です!?」