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リアクション
第1章 夜の湖、ふたつの鳥影
ヴァイシャリーの青年・フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)が企画した船旅。
初日の百合園女学院桜井静香(さくらい・しずか)主催オークション、二日目の無人島でのぶたさん貯金箱の盗難騒動と賭場からの百合園の女生徒救出を経て、船は静かに夜を迎えた。今夜は島に停泊したまま一泊し、翌日の昼にはヴァイシャリーに無事帰還する予定だったのだが……そううまくはいかないようだ。
初日に撃退したはずのパラ実生による湖賊が、船を変え、武装を整えやってきたのだった。
こちらの白鳥に対抗してだろうか、外見こそ湯船に浮かぶゴムの黄色いアヒルだが、側面からは沢山のオールが突き出し、マストの帆は張られ、おまけに大砲まで並んでいる。
ラウンジから敵船の接近を目撃したフェルナンは、船長に出航を依頼しに行く。静香は後方支援を決意し、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)は怯える生徒達と共にお茶会をする予定。フェルナンのパートナーである百合園生の村上 琴理(むらかみ・ことり)は、賭場から救い出してきたお嬢様やゆるスターの世話に当たる。
夜空とヴァイシャリー湖に浮かぶ二つの月と星々に照らされ、白鳥とアヒルによる、馬鹿馬鹿しくも優雅な船上戦のはじまりである。
波羅蜜多実業高等学校。蛮族が自称する校名と言えば、これに決まっている。そもそも日本の裏社会が悪事をするために作った学校であり、更に今では校舎は破壊され、誰でも勝手に生徒を名乗れるようになっている。現在生徒数100万超、その多くが略奪を働くという、悪事の象徴のような学校だ。今回アヒルの上で翻っている旗にも、校章がでかでかと描かれていた。
そのパラ実生のイメージからはかけ離れた、大柄な──全員180センチを超えている──それぞれに魅力的な女性が三人、デッキで夜風に吹かれ月を楽しんでいる。彼女達は、2019流行のリゾート用ファッションに身を包んでいる。空京で購入したものだ。
乳白金の髪に大胆に胸元を出した妖艶な女性がガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)。金の髪を結い上げ、派手な顔立ちにこれも色とりどりの服を着た機晶姫がシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)。白のドレッドヘアーに褐色の肌を露出したパトリシア・ハーレック(ぱとりしあ・はーれっく)。
ガートルードが二人を避暑に招いたのだ。パラ実生であることは隠し、他の生徒、特に百合園生からは距離を取っている。陽もとうに落ちて冷えた空気は月を余計に綺麗見せている。その月光の下にオレンジ色のくちばしのアヒルを見付けて、
「あがーなみてくれの船、見たことねぇ」
シルヴェスターが声を上げる。端整な顔立ちや服装からもその口調は想像が付かないが、彼女の中身はいたって男性的だ。
「海賊……いえ、湖賊ですわね。昔が懐かしいですわ。あの時は奪う方でしたけれど」
「懐かしむのもいいですが、荒事はなしですよ」
パトリシアにガートルードが釘を刺す。
「せっかく避暑に来たんですから今回は遊びましょう。バーにでも行きませんか?」
湖賊が来たとなれば、応戦でデッキは騒がしくなるだろう。逆にそんな時にまで悠長に呑んでいる客、特に学生もいるまい。パラ実では味わえない客船の旅を楽しむのに、施設を利用しない手もない。
三人は連れだって、人目を避けるようにバーへと移動した。背中に金属の擦れる音を聞きながら……。
入れ違いで、船員と共に船長室から戻ってきたのはフェルナンだった。一時は被害を出さないようにと逃れようとしたが、彼我の航行速度の差はいかんともしがたい。更にこちらは観光船だが、あちらは最新式とは言えないが、軍船として作ってある。船長自身は操舵等の指揮に忙しく、戦闘は部下と彼に任せたのだった。
アヒルの大きさからいって、敵船に乗っているのは300人前後といったところだ。乗り込みをかけられればかなりの人数が戦闘に参加するだろう。漕ぎ手が戦闘員になるのは珍しいことではない。
セラ・スアレス(せら・すあれす)はフェルナンが相談を続けるのを横目に、近づくアヒルに向かって大きく手を振った。セラの横にいるシェリス・クローネ(しぇりす・くろーね)もだらだらと、シーツで作った白旗を振った。
「もっと真剣に!」
セラが叱る。
「わしはラズィーヤとお茶会をしたかったんじゃがのう」
「まさか今日の昼間、遺跡でフィルを穴に落としかけたの、忘れてるんじゃないでしょうね?」
「それを言われると弱いんじゃが……」
セラは目線でシェリスを黙らせると、大声で敵船に呼びかけた。
「こうさんーしますー! おかねはーだすのでーてはださないでー!」
本気ではない。フィルとの休日を台無しにしてくれた湖賊をやすやすと許すつもりはない。彼女の大事な人、フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が目的を達成するまでの時間稼ぎのつもりだ。目的とは、まともに戦っても不利な湖賊を撃退するために、アヒルの船底に穴を開けて沈めてしまおうというものである。
そのフィルは、今、冷たい水の中で翻弄されていた。静かな湖面とはいえ、時間は夜。こちらとあちらの船が立てる波をかき分けながら、移動するアヒルの船底に取りつくのは至難である。彼女が湖で漂っているうちに、甲板では静香による非戦闘員の避難も完了し、本格的に戦闘が開始されようとしていた。
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