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桜井静香の冒険~帰還~

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桜井静香の冒険~帰還~

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第2章 このアヒル、分捕りました。


 火花散る裏側で、小型の避難用ボートが湖に下ろされようとしていた。
「静香さん、ここに残るの? 衛生兵するんだよね……」
 ボートの用意を船員にさせ、見送りに来た桜井静香にルカルカ・ルー(るかるか・るー)がどこか思いつめた表情で話しかける。
「うん、そうだよ」
 静香は今はドレスではなく、動きやすいよう、長袖のチュニックにハーフパンツにエプロンをしている。
「本当にそれでいい? 後悔しない?」
 本当は、自ら船に乗り込みたいんじゃないか、一緒に行こう──そう言いたいのをぐっとこらえて、ルカルカはそれだけを言った。
 静香が何をどうしたいのか、それは分からない。ただ、悩んでいるのだけは側で見ていて分かる。
「お前の迷いと悩みは、お前が思う程致命的ではない。誰もが何かしら秘密を持って生きているものだよ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が静香の目を見て、ぎこちなくだが笑みを浮かべる。
「もっと周りを頼ればいい」
「ありがとう。……でもね、僕は戦うのは苦手だから、行ってもみんなの足を引っ張るだけだと思う。白百合団にも、勝手に危険な真似するなーって怒られちゃったばかりだしね。僕は手当てする方ができることがあると思う」
「静香さんの分まで戦って、この船と静香さん達を守るからねっ」
 にっこりと笑った。
「無理しないで、怪我したらすぐ戻ってきてね。僕が金団長に怒られちゃうよ。大切な生徒に何をする! って」
 教導団の校長・金 鋭峰(じん・るいふぉん)がそんなタマではないことは静香も知っているが、あえて冗談めかして言ってみる。
「何か悩みがあるみたいだけど、何があっても何を隠してても、静香さんは静香さんだと思うよ。私を信じて。もっと笑って」
「ありがとう」
「……じゃあ、行ってきます」
 ルカルカはぎゅっと静香を抱きしめると、すぐに離すと、敬礼をして、仲間の待つ小型艇に乗り込んでいった。
 船の上にはルカルカ含め総勢十人の面々がいる。その殆どが教導団所属だ。全員、“ちょっとあそこのアヒル分捕って”来るために集まっている。
 湖面に降りて小型艇が解放されると、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の合図で彼女のパートナーセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)が櫂を手に漕ぎ始めた。
 夜の闇に紛れ、なるべく目立たないように、ぐるりと船体を迂回してゆっくりと動いているアヒルの裏側を目指す。
「静香さん、来てくれなかったね」
「校長がやりたいことをやれるようにするのが私の務め。私達は私達のやれることをやりましょう」
 祥子は残念そうなルカルカにそう応じた。油断無く目をアヒルに向ける。黄色の船体は暗闇の中でも目立つので若干やりやすい。船の影に隠れるようにして航行し、程なくして敵船の裏側──白鳥に見せているのとは反対側に辿り着く。アヒルの船速が回復しない今のうちにと、揺れる船を何とか操りながら、接近する。ぶつかればひとたまりもなく海に投げ出されるだろう。
 祥子は立ち上がると氷術を側面に向けて放った。丁度ガレー船から櫂が突き出ている部分だ。2,3本の櫂を巻き込んで側面が凍り付く。当然相手は気づき、穴から騒がしい音がかすかに聞こえてきた。櫂の横から突き出た小さな星のような光に、山城 樹(やましろ・いつき)が対抗して弾幕を張る。
 小柄な魔法使いクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が、祥子が氷術を放った部分に、今度は火術をぶつける。氷が溶け、船体から中から、白い湯気が立った。漕ぎ手はいなくなったのか、その部分の櫂は動かない。
「行きましょう、ランスロット。教導団の意地を見せてあげましょう」
「失敗しては湖の騎士の名が泣きますね……任せてください」
 セリエとランスロットは呼吸を合わせ、船に接近しつづける。極限まで近づいたとき、ルカルカが立ち、その拳を船に向けて振るった。
 氷と炎をぶつけられ、急激な温度差でもろくなった木の板が、激しい音を立てて爆ぜる。ぽっかりと空いた穴にルカルカは飛び込むと、その場の櫂を固定する。
 狭く暗い船室に並ぶ櫂の群れ。漕ぎ手のパラ実生。
「何だお前等はぁ!?」
「は〜い、教導団のカチコミですよ? 命乞いの準備はOK?」
 分かり切ったことを聞くパラ実生に、祥子が応じ、ルカルカのパートナーである夏侯 淵(かこう・えん)と、薔薇の学舎のエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が先頭に立って向かっていく。
 淵がランスで薙ぎ払い、倒れた敵をすかさずエースが回収し、侵入してきた穴から湖へと放り出す。
「せっかくだからお前達も湖を堪能してろ」
 がしがし背中を蹴る。情けない悲鳴をあげながら、湖賊はしぶきを上げて暗い水の中に次々と落ちていった。クマラも火術で穴の方へと湖賊を追い立てている。
「エース、これが済んだら、おやつちょーだい!!」
「ああ、おいしいキャンディやるからな。淵にもあとでやるからなー」
「菓子は嫌いではないが……こども扱いはするなよ」
 腰掛けを飛び越え、部屋を出て、船の中央を通る通路に樹は“光学迷彩”で陣取り、騒ぎに気付いて駆けつける他の部屋の漕ぎ手を牽制。ルカルカのパートナーのダリルとカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、他の部屋の入り口に立つと、アシッドミストの強酸を注ぎ込んむ。狭い部屋に充満した酸は、パラ実生の皮膚を爛れさせる。倒れて転げ回る彼らはもう無力だ。