リアクション
9.いただきます。
半分に開いたタネ子は、迫力があった。でかかった。
ハッキリ言って並みの量じゃない。
確かにこれでは皆が暴食したところで、たかが知れている。
皆の手には、一人に一つずつ、おたまが渡されていた。
「それですくって食べるんだぞー、うまいぞー?」
管理人の言葉で、みんなの腹の虫が騒ぎ出す。
タネ子の中身は、ハマグリではなかった。
表面の膜をパチンと割ると、でかい風船が弾けるように、皮が四方に飛び散った。
そして中からは──
ムースのような、ティラミスのような、プリンのような、茶碗蒸しのような……一面ふわふわの物体が現れた!
「それじゃあ皆、食べてみようか」
「ハイ! いっただきま〜す!」
タネ子を囲んで、みんながおたまですくい始める。
「──うわっ! なにこれ!?」
氷雨が口をもごもごさせながら笑いをこらえた。
あまりの旨さに、思わず笑ってしまう程だ。
(その表情……旨いってことアルね。よしっ、毒見は済んだアル!)
チムチムはほくそ笑んだ。
「あ、でも、間違っても後でお腹を壊したり、幻覚をみたりする事が無いアルよね?」
チムチムはまたしても食べることを躊躇った。
「……だけど、おたまで物を食べるなんて、ボク初めてだよ」
レキはタネ子をすくう。
おたまの上に乗っかるやわらかな……
「美味しい!」
レキより先にチムチムが言った。
「うん、旨いな。食感はナタデココ、味は椎茸に似た味。アミノ酸を多く含んでいそうだ」
「え……」
弥十郎の言葉に、真名美は訝しそうな視線を向けた。
「イカじゃない?」
「えぇええぇ? にんじんみたいな味がするよ? 見た目はやばいけど甘くて美味しい!」
頭半分分かれた向こうのタネ子は、透乃曰く、人参味らしい。
しかし──
「人参? なんとなく酸っぱい気がするんだけど……」
「えぇ〜……なすみたいな感じですよ?」
泰宏の言葉に陽子が反論する。
「こっちのは……うん。酸っぱくもなく、ナスっぽくもなく……すっごく美味しいんですが、どうですか?」
朔が不思議そうな顔をしながらブラッドクロスに尋ねる。
「うん。この味……どうやって出しているんだろう。外見は茶碗蒸しみたいなのに……味は全然違う。美味しい」
「くぅううぅ〜旨いであります〜!」
スカサハはイヌ耳もどきをパタパタさせて、おいしそうに食べていた。
「うむ。うまいな。この奥深い味……」
里也は目を閉じてじっくりと味を堪能する。
「はい! とっても美味しいですね。瑞々しいイスイカ味! というかまんまスイカですね!」
ウィングの言葉に、時が止まる。
「……スイカ!?」
みんな顔を見合わせる。
一体どういうことだ???
「美味しい…かな? びみょ〜だけど、美味しいのかも…人によっては美味しい味となるかと……ドリアンぽいかな? 味は……納豆にチーズ臭を付けた様な感じ?」
「何それ!?」
ミルディアの味の説明で、イシュタンは途端に食べる気が失せてしまった。
でも。
ぱくりと一口。
「ん〜 美味しい…かなぁ?」
イシュタンは微妙な表情を浮かべる。
「そんなに不味いんどすか?」
エリスは恐る恐るタネ子をすくい、口に持っていく。
「……? とても美味しい…どすなぁ」
「きっと場所によって味が変わるんですわ!」
ティアは微妙な反応の場所を食べてみた。が。
「? 美味しいですわよ」
「何が違うんでございますかねぇ??」
壹與比売も首を傾げる。
「う〜〜〜ん、美味しい〜〜〜カツオブシみたいな味〜〜」
娘子が身悶えながらそう言ってる横で、春美はばっさりそれを否定をした。
「違います、牡蠣みたいな味ですよ?」
「…………」
やっぱりおかしい。
ふいに。
管理人が大きな声で笑った。
「まだ謎が解けないか? タネ子の味はなぁ……自分の頭の中で思い描いているものが再現されるんだ」
「それって一体どういうこと?」
カガチが、理解出来ない旨を訴え、横ではリナリエッタが複雑そうな顔をする。
「思い描いた味? 例えば……ラーメンとか、ステーキとか、それだけで?」
「あぁ、もちろん」
「ふむ…コリコリとして牛タンのような濃厚な味わい。まさしく牛タンだ!」
変熊が大きく叫んだ。
◆
「タネ子さん……不思議な食べ物なんですねぇ」
「こいつがいたら、どんな料理でも再現できるんじゃないか?」
翡翠とルイスが交互に管理人さんに尋ねると。
「料理本さえあれば、食べたことが無くてもその味になってくれるぞ」
「すっごいねぇ〜…あ、でも……食べ物は敬意をもって食べるのが礼儀だと思う」
歩が呟く。
「簡単に食べられちゃったらちょっと寂しいよ。自分の技術で工夫できそうなところはオリジナルで工夫して作りたい」
管理人さんはその言葉に、大きく頷いた。
「うん。それが一番だと思うよ。味は出せても、見た目はこれだからね」
「う……確かにな。ようは脳みそ? 顔? 食ってるようなもんだろ?」
「そそそそ、そんなグロイこと、食べてるときに言わないでよ!」
ミィルは悠に怒りをぶつける。
「こういうのは、本当にたまに食べるのが良いんだ。静香校長も、そんなこと言ってたな」
「静香さま!?」
悠希がとたんに話しに食いついた。
「しし、静香さま、どんな味を好んで食べられてました? ボクもボクも同じものを!!!」
「あぁ…いやすまん……さすがにそこまでは聞かなかったな」
「そ、そうですかぁ」
悠希はがっくりと肩を落とした。
「ぶふぇっ! めっちゃ不味いこれ」
突然、秋日子が叫んだ。
「秋日子くん! ダメだよマイナスなこと想像しちゃ! 美味しいもの考えなきゃ」
要の提案に秋日子は素直に従うことにした。
「──うぅう〜ん、美味しいですぅ〜」
メイベルはほっぺたを押さえた。
「どんな味を想像したの?」
「ヒ・ミ・ツですぅ〜」
「わたくし、知りたいですわ」
セシリアとフィリッパが、メイベルに詰め寄る。
「きゃ〜☆」
メイベルは笑いながらタネ子の周りを逃げ惑った。
◆
「うぅ……」
綺人は口を押さえた。顔色が悪い。
「アヤ、大丈夫? どうしたの??」
心配そうに顔を覗き込んでくるクリスに、綺人は言った。
「苦瓜の味がする……」
「……なんだその頂けないチョイスは…」
ユーリが冷たく言い放つ。
「それにしても…こんな秘密が隠されていたんですね、タネ子さんには…」
エルシーがぽつりと呟いた。
隣で気付かれないようにルミが溜息をつく。
(タネ子さんが食卓に上っている場に居合わせる事は避けとうございましたが……)
ラビの喜んでいる姿を見て、仕方ないかと苦笑した。
「おいしいねっ、おいしいねっ」
「本当、とってもおいしいですねっ」
ラビに向かって、ヴァーナーがニコニコと笑いかける。
二人とも、口の周りがべちょべちょに汚れていた……
◆
「──じゃあラーメン! とかだったら?」
レイディスは目をつむってタネ子を口の中に入れる。
「熱っ!」
驚いて目を見開くと、普通の茶碗蒸しタネ子。
そんなに熱いわけでもないはずなのに。
「えっと、じゃあ私はスープを」
繭は目を閉じる。
口元まで持っていき、二・三度息を吹きかけて冷ます。
つるりと飲み込むと──口の中であっと言う間に溶け出してスープに変貌。
レイディスと目を見合わせて繭は笑った。
(ハマグリみたいな頭してるんだから、味もハマグリみたいで酒に合うはず!)
永太はそう思い込んで口の中に入れてみる。
「うん! ハマグリです! おいしいっ。さ、ザインも」
ザイエンデは網焼きにされたタネ子の頭に手を合わせ、一礼する。
「ではタネ子様、頂かせていただきますね」
そう言うと、おいしそうに食べ始めた。
◆
「え? わっ!? 何を描いているんですか?」
「びっくりしたよ〜」
留美とアリアが驚いた声を出した。
ジョゼットが、真後ろで二人の絵を描いていたのだ。
「美味しく食べてる所とかも描いてみたいなと思って」
ジョゼットは照れくさそうに笑った。
「だって…可愛かったんだもんー。ねえねえ次はもっと普通にすましたのとか描きたいんだー。モデルになって!」
ジョゼットのおねだりに、最初は困った顔をしていた二人だったが。
「……私たちで、いいの?」
満更でもないらしい。
「うん!」
ジョゼットは大きく頷いて、笑った。
◆
「やっぱりハマグリ味だよな。たらふく喰わしてくれよ?」
阿童はそう言って一口──
「ん?」
何だか腹が急に膨張した気がした。
「な…なんだこれ? 膨らし粉か膨張剤でも入ってんのか??」
「これならあーくんも、すぐにお腹いっぱいになりそうですね」
「……百人前程度は軽く食ってやるよ!」
「あの巨大なケルベロス君がこれで一週間もつくらいだから……タネ子さん、かなりの物なんだね」
皐月と理子の言葉に、いくら大食漢とはいえ人間と地獄の番犬。勝ち負けの問題じゃない。
(とりあえず腹いっぱいになるまで色んな味を堪能させてもらおう)
阿童は久しぶりに得られそうな満腹感を夢見て、おたまを進めた。
◆
「タネ子って本当にうまいんかな……不味いのは食いたくねぇな」
周りで美味しそうに食べている皆を見ながら、中々口へ持っていけないラルクだった。
「ラルクロ〜食べないの? あ〜んしようか? あ〜ん」
カロルが自分のおたまを近づけてくる。
「ななな????」
突然の出来事に面食らって、ラルクは少し赤くなった。
ビキニ姿で迫ってくる奴なんて、初めてだ。
「あ、あ〜…」
口を開けようとしたが、カロルはさっさと自分の口の中へ入れてしまった。
そしてラルクの存在を無視しておかわりをする。
(あは、あはは……じょ、冗談だったわけ、だね)
恥ずかしい〜〜〜〜
穴があったら入りたいラルクだった。
「──それにしても旨いな、これ」
大佐は口を動かしながらデジカメ映像をチェックしていた。
「そのシーンすごい良いよ〜、あたしも欲しいな」
おたま片手に覗き込んでくるどりーむ。
「あ、あたしも取って置きのコピーするからさっ! だからお互いの…」
「それってもしかして……私が映ってたりしますか…?」
ふぇいとが小さく呟く。
「まさか!」
「あ……だったら良いですけど……」
(ふぇいとちゃんのは誰にも見せてあげないの。あたしだけの宝物)
どりーむはこっそり微笑んだ。
「…………」
「え? ──うわっ!?」
無言で後ろに立っていた明日香に気付いて、大佐は声をあげた。
「よしっ」
「え?」
「映ってなかったですぅ♪ さぁ、おかわりおかわり!」
意味不明なことを言うと、走り去っていった。
「な、なんだったんであろう……?」
◆
「うん……これ──…」
波音が目頭を押さえた。
しゃきっとした食感。ちょっと辛い思い出がにじみ出るような大人がクセになる苦味のある味。
でも、ゴーヤのように美味しい……
「良いねぇ…この味。泣けちゃうよぉ」
「そ、そんなに? あぁ〜あ、波音ちゃんの味が私にも伝わってくれば良いのですが…」
「そうだね……あたしの口の中に入れたものを、アンナに口移しで食べさせたら分かるかな?」
「うぇえええいえええ???」
「冗談冗談♪」
アンナは赤くなった頬の熱を冷ますために、片手でこっそり、ぱたぱたと仰いだ。
◆
「……エレンはどんな味?」
「知りたいですか? 葵ちゃん……」
「え? ええ? えええええ!!」
いきなり顔を近づけてきたエレンに驚いて、葵はガタガタと椅子を鳴らした。
「冗談ですよ、波音さん達の真似です。反応もアンナさんそっくりでしたね」
「もう〜」
「何遊んでんの? イングリットも〜入れて〜」
「遊んでないですよ。ただ、葵ちゃんの質問に答えようとしただけです」
「そうなんだぁ」
興味が失せたイングリットは再び食べ始めた。
「冗談じゃないんですけどね…」
「え? エレン…」
「なんでもありません」
「………」
聞えなかったふりをするのも辛い。
葵は胸が苦しくなった。
◆
「一応管理人さんが、調味料を買ってきてくれてますね」
ジーナが言った。
「ワッフルみたいに、メープルシロップかけると美味しいんでしょうか? あら、香ばしいワッフルみたいです」
「え? 本当?? ……あ、美味しい〜。メイプルシロップがあると、匂いとかで想像しやすいであります」
「樹ちゃんの一口ちょうだい」
「あ、うん」
章はそれを本当に美味しそうに食べた。
「なんか滅茶苦茶美味しそうに食べるな? 他の人の物でも味が変わるのであろうか?」
樹は首をかしげた。
「あれ…もやしっぽい味がします……。まぁタネ子さんは繊維質なので、毒さえなければ食べても平気でしょうね」
満夜は苦笑しながら食べる。
「チョコレート味……そしてシャッキリポン」
乃羽はくすくす笑った。
一回食べて、また同じものを口に入れただけなのに味が変わってる。すごい!
「どうやら本当に大丈夫みたいだねぇ…」
北都は皆の様子をじっくり確認してから、口に運んだ。
「うん……おいしい」
「たくさん食えよ? こんな機会めったに無ぇんだから」
「うん」
もくもくと食べ続ける北都に、ソーマは苦笑した。
◆
「……だんだん、腹がいっぱいになってきた…」
洋兵が腹を抑えた。皆で食べているとはいえ、まだ虫にかじられた程度しか減っていない。
「全然減りませんね…これ以上食べたら危険地帯に踏み込んでしまいそうで」
ルイが申し訳無さそうに言った。
「それで良いのだよ。皆が食べ終わったらケルベロス君のご飯になるのだから」
リアの答えに、柚子も賛同する。
「私もそろそろお腹いっぱいどす〜」
苦しそうにお腹をさすった。
◆
「壮……」
(おいしいのにしゃべれないよ〜〜〜〜!)
思わず声にしてしまいそうになって、真希は慌てて口を閉じる。
(あんな恥ずかしい台詞皆に聞かれたら生きていけないよ〜)
「真希ちゃん、美味しいね!」
「……」
歩の言葉にも、笑顔でしか返すことが出来ない。
「………腐…」
プレナはがっくりと肩を落とした。
(言えない……)
管理人曰く、ケルベロスの鼻水攻撃は、シャワーで頭から洗い流せば治るとのことだった。
だから近づくなと言ったのに…と、苦笑されてしまった。
怒られなかっただけましなのかもしれない……
(おいしい〜〜〜タネ子さん本当においしいよぉ〜〜!!!!)
心の中で美味しさを絶叫した。
「………」
想はもう口を開かなかった。
開いたら大変なことになってしまう。
本当は一秒でも早く帰ってシャワーを浴びたいところだが……、せっかくの管理人さんのおもてなし。
最後まで参加しなければ。
(でも話せないって辛い〜〜〜せっかく先輩達と楽しく食事が出来ると思ったのに〜)
想はやけ食いもどきに、ひたすら食べ続けた。