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温室管理人さんの謝礼

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2.ケルベロス君、風邪?

 温室の中に、何人もの仲間達が入って行った。
 人気が無くなり静かになった温室前では、ケルベロスを心配そうに見つめている姿が見られた。

ぶしっ、ぶしゅんっ。


 思ったよりも可愛いくしゃみをするケルベロスは、そのたびに大きな体を揺らしていた。

「風邪……かなぁ?」

 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)とパートナーのチムチム・リー(ちむちむ・りー)が、ケルベロスの前で首を傾げていた。
 トレーナーにレギンス、そしてジャンパーを羽織り、寒さ対策をしているレキ。

「ケルベロス、大丈夫アルか?」

「う〜ん。どうかなぁ? あ……ケルベロス君、鼻もズルズルなんだ」

「鼻水アルな」

「獣にとって鼻が効かないのは危険を察知する能力が低下してるってことだから、治るまで守ってあげないといけないよね」

「普通の風邪じゃないかもしれないけど、まずは風邪の対処法を試してみるアル。暖かくして栄養を付けて寝るのが一番アル」

「そうだね。毛布を持参してきたから、身体が冷えない様に包んで暖めてあげよう」

「そうアル」

 ケルベロスにとってハンカチ程度にしかならない毛布を、それでも足に巻きつける。

「やっぱり足が冷たいよね」

「でかいアル〜…毛布何枚あっても足りないアル」

「とりあえずこれで。苦しい所とか痛い所はある? ……早く元気になるといいね」

 レキは窓拭き感覚で背中をさすって様子を見る。
 人肌くらいに温めた獣用のミルクを与えて、身体の中から温まるようにした。

「熱過ぎるのも獣には良くないからね」

 ケルベロスは重そうな身体をゆっくりと起こして、ぺろぺろと舐め始めた。

「──ありゃ。ケルベロス君……本当に病気だったんだぁ…」

「私もケルベロス君用に毛布一枚と、カイロ3枚持って来たんだけど……」

 仲良く一緒にやって来た遠鳴 真希(とおなり・まき)プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)は、ケルベロスを見上げて溜息をついた。

「毛布、全然足りないねぇ……」

 プレナは苦笑しながら真希を見た。

「気持ち、気持ち!」

「……うん!」

「あ、プレナちゃんありがとう。荷物運ぶの手伝ってもらっちゃって」

「大丈夫。プレナの荷物は軽いから♪」

 プレナは早速、3つの顔それぞれにカイロを貼り始めた。

「でもホンッッットにっ、あの時はケルベロス君のおかげで助かったよねっ! ありがとう☆」

 ケルベロスは不思議そうに真希を見つめる。

「顔が三つあると紛らわしいよね。名前…付けちゃおっか」

「良いねぇ」

 急いで相談を始め──

「ケル君に、ベロ君に、スー君? あはっ、じゃあ真ん中の君はケル君だねっ」

「真ん中がケル君、右がベロ君、左がスー君。ナイスネーミングだねぇ」

 顔を見合わせて笑い合う。

「プレナ先輩……真希先輩…」

「え?」

 振り向くと、幻時 想(げんじ・そう)がもじもじしながら佇んでいた。

「…触手の方には行かなかったんだね。心配で……付いて来ちゃった…」

 想自身、百合園に来る前は自分の為だけに戦っていた。

(あの頃は自分の事しか考えられなかったけれど……ここに来てからは誰かの為に行動する事が多くなった気がする。しかも、それが妙に楽しく思えて……変かな?)

 二人が近づいてくる。

(ただこれからも……周囲の皆の力になれるように努力していきたいと思う)

 想はぎゅっと目を瞑って、反応を待った。

「──いらっしゃい♪」

「ありがとう、心配してくれてぇ」

「…あ……!」

 想は顔をほころばせて、大きく頷いた。

   ◆

「ん?」

 温室近くから、くしゃみの音──それも普通の人間より大きな。

「ふぇ? くしゃみ?」

 鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)は、気になってくしゃみのした方へと向かって歩いた。

「──…ぁあ! 大きいイヌさん!!」

 目をキラキラ輝かせて、ケルベロスに駆け寄った。再びくしゃみ。

「このイヌさん風邪なの? 大丈夫?」

 近くにいた想に氷雨は問いかける。

「あぁ、うん……多分、風邪なんじゃないかと思うけど」

「イヌの風邪ってどうしたらいいんだろう?」

 そう言うと、氷雨は鞄からホットレモネードのペットボトルを取り出した。

「イヌさん、ボク今これしか持ってないの。ごめんね」

 そもそもケルベロスがレモネードを飲むかは謎だったが、ニコニコしながらケルベロスを見ていると──
 真ん中の一匹、真希・プレナ命名のケルくんが顔を寄せてきた。
 ペットボトルの蓋を開け、零さないように大きな口の中に注いでいく。

「美味しそうに飲んでるねっ」

 真希が笑顔で答える。 

「でも……まだまだ飲み足りなさそうだねぇ」

 プレナが小さく呟いた。

「──あっ、そうだ忘れてた! そのために持ってきたんだよ!」

 真希は、プレナに手伝ってもらって運んだ砂糖5キロとお湯数リットル。
 ケルベロスの食事用の桶に砂糖湯を作ろうとしていた事を思い出した。

「食欲なくても、これだったらお腹に入るよね?」

「たっぷり飲んでねぇ」

「昔……あたしがすごい風邪になった時に、パパが作ってくれたんだ」

「そうなんだ……」

 その場にいる全員が優しい瞳でケルベロス君を見つめる。

「…あ……毛玉がいっぱい。……ツヤも無くなってます。せっかくの毛皮が台無しです〜」

 エルシーはケルベロスの体を優しくを拭くと、ブラッシングを始めた。

「私もやりますぅ」

 メイベルも慌てて参戦する。

「──動物はんは、風邪くらいなら綺麗で過しやすい環境にいれば自分の免疫力で治ると聞きましたぇ。至れり尽くせりに面倒見てあげるのが一番に違いないどすなぁ」

 エルシーとメイベルのブラッシング姿を見ながら、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が言った。

「私はお粥こしらえてきたんどすえ、食べて元気出しておくんなまし。温室に入った人らからも材料分けてもろて、何か作って差し上げまひょかと思っていたんどすが…」

「ケルベロスはタネ子を食べるみたいですわね」

 パートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)が不敵な笑みを浮かべながら呟いた。

「タネ子さんどすか……」

「…ケルベロス君のお見舞い……看病で芽生える愛 これですわね!」

「? 何を仰っていらっしゃるんどすか? ティア」

「いいえ別に〜」

 涼しい顔で、ティアは言った。
 エリスはお粥を食べさせながら優しく頭を撫でる。

「最近聞いた近代の──弥生時代と比べれば江戸時代でも最新の部類でございます! それの治療法を試してみようかなと思っております。このネギなるものイヌに食べさせると毒らしいのですが風邪には非常に薬効のある薬草らしいのでございますよ。そして口にしなくとも薬効を発揮する使用法があるらしいのです!」

 もう一人のパートナー邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)が、持っているネギをチラつかせて叫んだ。
 そして。
 長ネギをケルベロスの首に巻いたり……あろうことか、尻に挿そうとしたのだ!

「いいいいいいい壱与様! 何をしてはりますの!?」

 慌てて止めようとして、エリスは持っていたお粥を自分に引っ掛けてしまった。

「エリス、お粥被って塗れてしまってるではございませんか。それでは風邪を引いてしまいますよ? ほら濡れた着衣も脱がないと」

「ほぇ? わひゃっ…──!?」

 エリスの服を無理矢理脱がそうとしていた壹與比売から逃れようとした瞬間、足がもつれて転んでしまった。

「痛いどすぇ……えっ」

 ケルベロスの大きな舌が、エリスに襲い掛かる。

「わきゃ…っ、ふ……さ、最近嘗め回されるんが少し心地よなってき……な、なに言わせますのん!?」

 四つんばいで必死に逃げ惑うエリス。

「助け…たすけておくんなまっし…」

「やっぱりエリスのその顔は最高ですわ……!」

 ティアはうっとりとした表情でエリスを見つめる。

 だがその時。

……ふぅ…ふぅふぅっ……


「?」

「え??」

「ええぇ???????」

ぶしっ!!!!


 特大のくしゃみ一発。
 側にいた生徒たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑った。

「うわ、うわ、うわ、雨だ〜!」

「雨なんて綺麗なもんじゃない、鼻水よ〜!!」

 ケルベロスのくしゃみが落ち着いた頃を見計らって、再び周りに集まりだす。

「花粉症の疑いが大きいわね。風邪じゃないんじゃないかしら……咳じゃなくてくしゃみだもん」

「そりゃそうだよ〜、なんてったってずっとここで番犬してるんだし。色んな花粉吸い込んでるよ」

「ケルベロス君には近づかないほうが良いって言われてたけど、でもさ…、え?」

ぶへっ と。


 今度は前起きなく、ケルベロスがくしゃみをした。

 鼻水が、唾が、きらきらと散っている……目の前を舞っている──…