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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

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五機精の目覚め ――水晶に映りし琥珀色――

リアクション


断章四


・3days ――琥珀色2――


 リヴァルト失踪の前日。
「ここ最近でいいんだが、琥珀色の髪をした年寄り臭い喋り方をする少女を見なかったか?」
 シャンバラ大荒野、イルミンスールの森付近でジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)はその辺りに住む蛮族相手に聞き込みを行っていた。
「知らねーなあ。だが、女か……気をつけた方がいいぜ? あんたが探してる女とは違うけどよ、ここ最近不気味なガキを見たヤツがいるんだ」
 十歳くらいの子供で、手を出そうとしたが返り討ちに遭ったのが仲間にいるという。
「で、今朝の光だ。さっき、そこを通ってきたヤツに聞いた話じゃ、あの辺に住んでたヤツが跡形もなく消えちまってたってよ」
 白い少女に仲間が遭遇したのは昨日の事で、その遭った人曰く「ぜ、絶対にあのガキの仕業だ!!」と恐怖の色を浮かべてわめき散らしたという。
「ほんと、変に関わんなくて良かったぜ。下手したら、昨日俺達が消されてたかもしんねーんだからな。まあ、そんなわけだ」
 柄の悪い男が酒をぐいっと呑む。それはジィーンが情報の対価として渡したものだった。

「どうでしたか?」
 彼はクライス達と合流する。
「別の少女の話があったぜ。そっちも怪しそうだが、どうする?」
 事情を皆に説明するジィーン。
「気にならないと言ったら嘘になりますが、その少女も念頭に入れておきましょう。五機精の最後の一人かもしれません」
 ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)が口を開いた。彼は森の中を中心に探し、キャンプ跡のようなものをジャタの森で発見していた。
「おそらくいるとしたら、ヴァイシャリー湖岸か、サルヴィン川沿いあたりでしょう」
 そう遠くはない、ということらしい。
「ただ、どうやら一人ではないようです。万が一に備え用心した方がいいでしょう」
 警戒を促す。
「はい。では、行きましょう」
 クライスが馬にまたがる。彼はツァンダから平地を中心に捜索の特技を生かして探し、その結果としてここまで辿り着いたのである。
 アンバーまではもう一息だった。

            * * *

「アンバーさん、今のうちにちょっといいかしら?」
 月実は、トライブが一旦席を外している間に、ごそごそと何かを取り出し始める。
「あなたの渡したい物があるの、これ」
 それはお菓子の箱だった。
「月実、なんでそれを出してるの」
 リズリットが訝しそうに月実を横目で見る。
 月実がパカっと開くと、中からは手帳のようなものが出てきた。
「ってなんでそんなところにしまってるのよ!!」
「ここなら絶対なくさないじゃない? 毎回間違って食べようとしちゃうのが困ったところだけど」
「ん、なんじゃこれは?」
 アンバーがしげしげとそれを眺めている。
「一月頃に『研究所』だとか呼ばれてる遺跡で見つけたんだけど、皆は実験記録じゃないかって言ってるのよ」
 月実が説明する。
「私はポエムじゃないかって思ってるの。アンバーさん、何か分からないかしら」
 五千年前の人である彼女なら、それが読めるかもしれない。そんな期待があったのである。
「ふむふむ、これは実験記録で合っておるぞ」
「あら、ポエムじゃないのね。残念」
 やはり実験記録だったようだ。
「一万人分の第五次計画のデータじゃ」
 五機精と有機型機晶姫を生み出した研究、その被験者のデータだという。
「まあ、大したことは書いておらんがのう。これの適合率の高い者はわらわ達なわけじゃから、他に何かがあれば、元々の名前も分かるんじゃながのう」
 身体の機械化が精神に何らかの影響を及ぼす事を、有機型機晶姫の例で知ったワーズワースは、彼女達が目覚める前に記憶を消去する事にしたらしい。
 五機精の方が番号が若いが、先に目覚めたのは失敗作の五体だ。アンバー達に名前を与えた後、彼女達にも名前を与えたために逆転しているらしい。
 もっとも、それはアンバーによる説明であって、どこまでが本当かは分からない。
「戻ったぜ、行こうか」
 トライブが戻ってきたので、移動を始める。現在地はサルヴィン側の下流だ。
「傀儡師のヤツはまだ来る気配はない、大丈夫だな」
「傀儡師ってのはなんじゃ? あの糸使いのことか?」
 アンバーは自分が一度対峙した人物が傀儡師と呼ばれている事を知らないらしい。
「そうそう、ええとデウスエクスマキナとか言ったっけ? あなたを操れないから苦手だなんて言ってたわ。もしあなたを欲しがってるんなら、何か対策を用意してくるかもね」
「って、それは神様の名前でしょ、月実。機械仕掛けの神。傀儡師はマキーナよ」
 傀儡師がどのような人物か、アンバーに伝える。
「ふむ、なるほど。じゃあ、わらわは奴の天敵ってわけじゃな」
 にやりと笑う。
「それで、ガーネットとサファイアに会うって事でいいんだろ、アンバー?」
「うむ。今朝の光は気になるが、確実な方を選ぶのが良さそうじゃからのう」
「そういえば、最後の一人はどんな人なの?」
 月実が尋ねる。
「甘党じゃ。わらわ達五人の中では、見た目は一番幼いのう。じゃが、あやつの能力はわらわ達四人とは別次元じゃ。今は全員、本来の三割程度までしか力を発揮出来んが、わらわ達四人が全力を出して今のクリスと戦っても、まず勝てぬ」
 それほど「完成体」は強い、という事だ。
「それってどれだけ強いのよ? でも、会ってみたいわね」
 まだ見ぬ最後の一人、クリスタル・フィーアへ思いを馳せる月実。
「そうだ、アンバーさん。言い忘れてたんだけど、私と友達になっ――」

「見つけました!」

 月実が最後まで言い終わる前にクライス達がアンバー一行の姿を捉えた。
「なんじゃ、お主らは?」
 アンバーは訝しげな視線を送る。
「アンバーさん、貴女を迎えに来ました」
 クライスが告げる。だが、彼はファランクスで警戒の構えをとる。
「貴女はまだ現在の情勢を理解していない事でしょう。まずは友と共にゆっくりと考える時間を作るべきです」
 ローレンスがアンバーへと告げる。彼もまた、構えをとる。
「その人達から離れて、こちらに来て下さい」
「どういうことじゃ?」
「彼女達は、傀儡師の協力者です」
 クライスが説明する。月実が傀儡師達と行動していた事を。そして、その時は仮面で顔を隠していたが、アンバーといる以上、トライブにも疑いの目が向けられている。
「待て、俺達はアンバーをガーネットに会わせようとしてたところだ」
「そうよ、これから空京大学に行こうと思ってたの。ちょうどいいわ」
 だが、その言葉は届かない。
「仮にも傀儡師……サフィーさんを無理矢理攫おうとした輩と共にいた貴方達を信じろと?」
 ヒラニプラでの光景を思い出す。サファイアをそそのかそうとしたり、それが叶わなければ力ずくで連れていこうとした傀儡師。
 そんな者と、短時間だろうと協力していた事実は許せるものではなかった。
「アイツと協力した覚えはないぜ。俺は傀儡師なんかじゃなく、アンバーのために動いてるんだ」
 訴えるトライブ。
「口では何とでも言えます。そして貴方達が取っていた行動は明らかです」
 ぐ……っと唇を強く噛むかつての傀儡師の協力者達。
「分からず屋、と罵る前にまずは不用意に彼と共にいた事を悔いるべきでは?」
 ローレンスの視線は冷たい。
 その時、トライブの携帯電話が鳴る。傀儡師の電波で操る力のせいなのか、正常に通話が出来る。
「傀儡師、ですよね?」
 これで協力者だった事を否定するのはほとんど不可能となった。
(……いや、待てよ)
 だが、そこでトライブは機転を効かす。あえて、電話に出てやったのだ。
『俺だ。どうした?』
『やあ、アンバー・ドライは見つかったかい?』
『ああ、おかげさまでな』
『じゃあ、これから指定する場所まで連れてきてくれないか?』
 傀儡師がトライブに対して提案をした。それに対し、トライブは即答する。
『断る!』
『へえ、でもそれって契約違反じゃない?』
『俺は五機精の情報を渡すと言ったが、全面協力をするとは言ってない、それに――』
 トライブが声高に告げる。
『お前は五機精をモノのように扱った。そんなヤツに協力する義理はねぇ!!』
 その叫びと、傀儡師に対する敵意の眼差しは本物だった。
 電話を勢いで切る。
「分かったか。これが俺の意志だ」
「しかし、今のやり取りでさえ、演技でどうとでもなります。覚悟を決めて下さい」
 それでも、場は収まらなかった。

「いい加減にせんか!!!」

 叫んだのはアンバーだった。
 彼女が地面に杖を思いっきりつくと、クライス達の武器が重くなったように、地面へと引き寄せられる。
「――くッ!」
 磁場を操り、金属を地面に吸いつけようとするアンバー。武器を携帯している彼らは膝をつき、立ち上がれなかった。
「少しはわらわの話も聞いて欲しいものじゃ。こやつらからは何もされてはおらぬ。大体、お主達だってわらわから見れば怪しいぞ?」
 アンバーからの説教は続く。
「みんな、わらわをガーナ達の所へ案内してくれるという事で、一致しておるではないか。何をいがみ合う必要がある」
 それはもっともであった。
「まあ、いいじゃない、この場はこれで」
 サフィがクライス達を見遣る。このままだと埒が明かないので、もういいじゃん、という事だった。
「じゃあ、証拠ってことでサフィーちゃんとガーナちゃんからのラブコールをお届けしまーす!」
 サフィが、ガーネットとサファイアから貰ったメッセージを音楽プレーヤーで再生する。
「ほう、まさしくガーナとサフィじゃ。ほんとに一緒にいたんじゃのう」
 懐かしむような瞳で、二人の声を聞くアンバー。
「って事だから、あたし達についてきて」
 アンバーには拒む理由はなかった。
 
 翌日、彼女達は空京大学に到着する。