リアクション
海京のライブラリ 「しかし、新入生がちょっとかわいそうな気もするな。最初の訓練であれに乗らされるのか……」 イクスシュラウドのメンテナンスを続ける柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が、同じイコンデッキでメンテナンスを受けている{ICN0002811#ことニャンMr−?}をチラチラと横目で見ながらつぶやいた。 琴音ロボをベースとしたことニャンMr−?は、訓練用とはいえちょっと恥ずかしいデザインをしている。だが、これに乗せられた新人は、逆に早く制式のイコンに乗りたいと張り切るのかもしれない。とりあえず、自分たちは最初からイーグリットで訓練を行えて幸せだったと思う柊真司であった。 「うんうん。いい仕上がりです。これなら、新入生の方々でも、安全に操縦できると思いますよ」 「そうだね。練習機ってのは、癖のないのが一番だからね」 ぺたぺたとペンキでことニャンMr−?の袴部分の塗装を新しくしながら、クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)が長谷川 真琴(はせがわ・まこと)に言った。 整備科に進んだ長谷川真琴としては、練習機の一体として半ば放置されていた琴音ロボを自分なりにメンテナンスして誰でも乗れるようにしたかったのだ。 思えば、整備科に進む前には、この琴音ロボで実技訓練を行ったのだった。実際にイーグリットやコームラントでパイロット訓練を始める前は、他のイコンで簡易訓練を行うわけだが、長谷川真琴がそのとき乗り込んだのがこの琴音ロボだった。さすがに、この機体を選ぶ者は少ないようで、その後ずっと放置されていたみたいなのだが、それではあまりに忍びない。メカニックとしての血が、動かないイコンに対して燃えあがったというところであろうか。 「後で、本格的な起動試験もしないとね。いっそ、模擬戦とかやっちゃうか?」 クリスチーナ・アーヴィンが、近くで整備を受けているイクスシュラウドを見て言った。 イクスシュラウドは、巫女さんコスプレ的なシルエットのことニャンMr−?とは、これまた対照的なイコンだった。 現在はクレーンに吊られてハードポイントから装甲が外されてはいるが、イーグリットのフレームに過剰とも言える追加装甲を装備するタイプのイコンとなっている。それら装甲のコンテナブロックには、ブースターを埋め込むことができるようになっていた。その他の装甲も、メンテナンスということでほとんどが外され、フレームがほぼむきだしになっていた。 「エネルギー伝導管は外してあるから、システムのチェックは頼んだぞ」 「了解しておる」 コックピットから無数のケーブルを引き出して繋いだ端末のコンソールを操作しながら、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が言った。端末には彼女の本体であるノートパソコンがセットしてあり、そこからのびたヘッドセットを被ってモニタリングをしている。 「接続はすべて終わったかな?」 「はーい。データ転送は終わっているはずです」 コックピットでサブコンソールを手にしたヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が、上から大声で答えた。 「確認した。さて、データの微修正といくかのう」 網膜投影されたシミュレーション画像と機体コントロールデータをチェックしながら、アレーティア・クレイスがプログラムの修正を行っていった。 イクスシュラウドは高速一撃離脱型のイコンとはいえ、空力特性はさほどいいとは言いがたい。それらを補うためには、姿勢制御が大きな課題だ。逆手にとって機体によるエアブレーキをかけての減速なども考えられるが、応力がハードポイントに集中でもすれば空中分解しかねない。実にミリ単位の制御を行わなければ実戦では役にたたないのだ。 「ふむ、まだ計算速度が遅いな。むしろ、ここのチェックを外した上で、こちらを優先させるか……」 空中に擬似的に浮かんだプロシージャの入れ子をブロックごとにGIで移動させていきながら、クリスチーナ・アーヴィンがルーチンを最適化していった。 「よし、じゃ、まずVT(ベクタード・スラスト)のチェックから。ヴェルリア、コントロールレバーを動かしてみてくれ」 「はーい」 柊真司に言われて、ヴェルリア・アルカトルがそのとおりにする。 ブースターが起動してはいないから噴射はないが、ノズルの形状がコントロールにあわせて素早く変化する。これによって、スピードだけではなく、高い機動性を生み出すことができるのだ。 「うん、良好。アニマ、そちらはどうだ?」 「はい、みんな綺麗になりましたー」 柊真司に声をかけられて、高圧洗浄器で関節部を洗浄していたアニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)が答えた。駆動部に入り込んだ異物を揮発性の洗浄剤で取り除いている。後は、その後オイルボックスでシールドして異物の侵入を完全に防ぐようにすればいいだけだ。 「これで、清掃はすべてよしと」 アニマ・ヴァイスハイトが、チェック用紙に印をつけていった。 「よーし、いいみたいだから、マニュピレータを動かしてみてくれー」 「はーい」 柊真司に言われて、ヴェルリア・アルカトルが右手を挙げてにぎにぎした。重心が移動し、腰部が自動的に位置をずらしてオートバランサーが正常に働く。装甲を外しているから通常時とはバランスがまったく違っているが、実際の戦闘時は武装や装甲の変化で常に重心が変化するため、パターン記憶よりも変化に対する即時対応の方が重要だ。 「よーし、じゃあ、装甲戻すぞ」 柊真司は、粛々とイクスシュラウドの再組み立てに取りかかっていった。 ★ ★ ★ 「はーい、ここでしばらくおとなしくしていてよね。みんなー、こっちは大丈夫だよー」 連絡水路に鯱を呼び込んだフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が、手を振って合図した。 今日は、天御柱学院 海洋生物学研究会で飼っている鯱の飼育プールの清掃日だ。研究会のメンバーも、何人も集まっている。 ――はい。こっちの水槽でしばらく我慢してるんだもん。 相手から意図的に思考が返されないのでちゃんと伝わっているかまでは分からないが、フェルクレールト・フリューゲルがテレパシーで鯱にむかって話しかける。 それを分かってか分からないでか、鯱は待機用の水槽に無事に一人で移動していった。 「水、抜くわよー」 蒼澄 雪香(あおすみ・せつか)が、そう叫んでからプールの制御盤を操作した。水の循環モードから排水に制御が変わる。 「さて、準備は整いました。今日は皆さん、天御柱学院、海洋生物学研究会所有の鯱飼育用専用プールの清掃作業に参加していただき、まことにありがとうございます。じきに水も抜けますので、それまでに皆さん、濡れてもいいように各自水着に着替えてください」 今日の主催であるエルフリーデ・ロンメル(えるふりーで・ろんめる)が、集まった一同にむかって言った。 「はーい。もうちゃんと服の下に着てるわよー」 荒井 雅香(あらい・もとか)が、すぽぽぽーんと天御柱学院制服を脱ぎ捨てて言った。おニューのビキニを見せびらかすかのようにちょっとポーズをつけてみる。 「それじゃ、秋ちゃんはこれを着てね」 「えっ、ちゃんと水着なら下に着てきてるよ」 ちゃんと男物のトランクスを穿いてきた高峯 秋(たかみね・しゅう)が、どういうことかとエルフリーデ・ロンメルを見た。 白いロンTを腰の所で軽く紐で結んで、裾の下から濃紺のローライズビキニをチラチラとのぞかせたエルフリーデ・ロンメルが、明るいホワイトバイオレットのワンピース水着をひらひらとさせながらにまっと笑っていた。これ見よがしに翻すワンピース水着にふんだんにつけられたフリルが、風にひらひらと翻って高峯秋を誘った……ような気がした。 「はい、せっかく準備したんだから、これを着て作業してくださいね」 「えっ、で、でも……。男が女物の水着なんて……」 救いを求めるように周囲を見ると、すでにロンTになっているエルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)と目が合った。 「それ着るの? なんか似合いそうだね」 ちょっとうらやましいような目つきで、エルノ・リンドホルムが言った。 こちらは完全な男の娘であるエルノ・リンドホルムは、ロンTの下はアリスのドロワーズしか穿いていない。本当は、着られるならばビキニとか着たいんだろうなあと思うと、自分が嫌がるのは傷つけちゃうんじゃないだろうかと、高峯秋が思わず抵抗をやめた。 「よし、ここはお姉さんに任せなさい。さあ、脱いで脱いで」 荒井雅香が、高峯秋の着替えを有無も言わせずに手伝い始める。 「き、着るから。自分で着るからー!!」 あっという間にすっぽんぽんにされた高峯秋が、あわてて自分でワンピース水着に足を通した。 「結構似合ってますよー」 荒井雅香が、ニコニコしながら同意した。 「うんうん、似合ってます」 首謀者のエルフリーデ・ロンメルも満足そうだ。 「あらー、秋ちゃん、本当に女の子みたい。でも似合っちゃうなんてかわいいわねぇ」 カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)が、ニコニコしながら言った。こちらは、上はビキニ、下はキュロットスカートという、ちょっと健康的なお色気衣装だ。 「さあ、お掃除しなくちゃ」 ちょっともじもじしている高峯秋の背を押して、カーリン・リンドホルムがエルノ・リンドホルムたちと一緒にプールの中へと降りていった。 「さあ、このデッキブラシを配給する。こすってこすって、こすりまくれ!」 ラグナル・ロズブローク(らぐなる・ろずぶろーく)が、次々にデッキブラシを手渡しながら言った。このメンバーの中では、唯一男らしい男である。 「よおーし、頑張るわよ」 デッキブラシの上にペンギンを乗せながら、十七夜 リオ(かなき・りお)が水のなくなったプールを突っ走っていった。 プールの底にこびりついていたコケなどが、緑の波となって周囲に飛び散っていく。 背後から見たら、青いビキニにつつまれた形のいい大きなお尻が丸見えだが、本人はそんなことは気にしていないで走り回っている。 「うーん、結構汚れているわね」 さざれ石の短刀で、プールの壁に張りついたフジツボをこそぎ落としながら、蒼澄雪香がぼやいた。掃除をするのであれば、真面目に取り組んでてきぱきと早く終わらせたいものだ。とはいえ、結構大変なのも事実である。濡れたTシャツからは、ピンク色のワンピース水着が透けて見えている。 他の人は真面目にやっているのかとチラチラのぞいてみる。 さすがに高峯秋やエルノ・リンドホルムたちは男の娘だからぺったんこではあるが、さっきから元気よく走り回っている十七夜リオはたっゆんだし、エルフリーデ・ロンメルや荒井雅香などは見とれるほどスタイルがいい。いったい、何を食べたらあんなふうになるというのだろう。 「喉が渇いた者は、遠慮なく言ってくれ。油断して日射病や脱水にはならないようにな」 用意してきた缶ジュースを十七夜リオに投げ渡しながら、ラグナル・ロズブロークが言った。弧を描いて飛んでいった缶ジュースの下をペンギンが歩いて行った気がしたが、あえてそれは無視する。 それに気づいた十七夜リオが、デッキブラシに乗せたペンギンを、ほれほれとラグナル・ロズブロークの前に連れていった。 ぷいと、ラグナル・ロズブロークが視線を逸らせる。 たたたたっと、十七夜リオが回り込んでペンギンをアピールする。 「何をしているのかな?」 白いスクール水着を着たフェルクレールト・フリューゲルが、きょとんとした顔でそれに見とれた。 ドタバタはあったにしても、これだけの人数なので、ほどなく清掃は終わり、再びプールに注水がされた。 エルフリーデ・ロンメルたちも、Tシャツを脱いでプールで泳ぎ始める。 ――さあ、終わったよ、一緒に泳ごうね。 人魚の尻尾をつけて、連絡水路を泳いできたフェルクレールト・フリューゲルが鯱にむかって呼びかけた。 |
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