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【依頼1】空京での浮気調査


 ここは空京の一角、混沌一歩手前のホテル街。
 本郷 翔(ほんごう・かける)はその中の一つ、鮮やかな色で塗られたホテルのフロントを訪れていた。
 安い造りの室内に装飾。
 そこに立つ、さらりと流れる黒髪に端正な顔立ちの少年。
 一部の隙もなく執事服を纏う翔の姿は、場にそぐわぬ独特の雰囲気を放っていた。

「緊急の伝言があるのです。旦那様はどちらの部屋に向かわれたのでしょうか?」

 翔に無邪気な顔で問われたフロントの中年女性は、見惚れていた少年から視線を外し、手にした名簿へと向けた。

「……で、旦那様というのは誰なんだい? そんな大層な客がきた覚えはないけどね」

 翔はさりげない仕草で、首をかしげている女性の手元を覗き込む。
 名簿といっても名前は書いておらず、部屋の番号と来店時間が書いてあるだけだった。
 ホテルまで尾行を続けて来店時間を把握している翔は、時間に合致する項目を素早く確認する。

「そうですか……私の勘違いだったようです。失礼いたしました。他のホテルを当たってみることにします」
「あ、ああ、そうかい。頑張っておくれ」

 翔は頭を下げてホテルから出ると、そのまま非常階段の方へと回り込んだ。
 名簿から該当する客は一人だけ。
 ピッキングを駆使して素早く目的の部屋に侵入すると、弁解の余地もない浮気の現場が目の前で行われていた。
 顔を強張らせる男性に、翔はさわやかな笑顔で死刑宣告を下す。

「依頼を受けて浮気調査に参りました。奥さんには連絡しておきますので、後はお二人でしっかり話し合ってくださいね」


 ◇


 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が受けた依頼も、主婦から旦那さんに対する浮気調査だった。
 主婦から直接事情を聴き、やってきたのはホテル街。
 街へ二人で買い物に行くと、いつもこの辺りで挙動不審になるというのである。

「しっかしまあ、人は見かけによらないもんだよ。こんな可愛い顔をした旦那さんが浮気とはねえ」

 輝夜は手を頭の後ろで組みながら、汚れた路地裏を平気な顔で歩いていた。
 こんな場所でも長くきれいな黒髪に可愛い顔立ち、そしてスクール水着を隠そうともしない。申し訳程度に隠しているのはスクール水着の胸に書かれた『てるよ』という文字ぐらいだろう。
 柄の悪そうな若者や中年が、怪訝な顔をしながら通り過ぎるが、輝夜は気にせず進んでいく。

「なあ、そう思うだろうエッツェル……って居ない!?」

 先ほどまで一緒に歩いていた男の姿が、気付かぬうちに消えていた。

「畜生、これじゃまるで独り言を呟く怪しいヤツじゃないか。だからすれ違った連中があたしのことをジロジロと見てたんだな」

 輝夜は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、慌てて周囲を探す。
 すると、隠しようもない邪悪なオーラが手前の角から流れてくる。

「それでは行きましょう、めくるめく禁断の世界へ」
「そんな……ボク……男だよ……」
「大丈夫です。可愛いという、ただそれだけで世界から祝福された存在なのです。さあ、恥ずかしがらず……ごふっ」

 周囲に薔薇の背景を咲かせ、少年をホテルへ連れ込もうとしていたエッツェルに、輝夜は容赦なく踵落としを食らわせた。
 ぎゃふん、と言いながら崩れ落ちるエッツェルを無視して輝夜は少年に言葉をかける。

「大丈夫? 何もされなかった……って、あれ? あんた依頼の……」

 怯える少年の顔は、依頼主の主婦から渡された写真のその人だった。
 童顔の旦那さんをホテル街から連れ出し、主婦へのプレゼントを買わせる。
 そして、主婦には『奥さんへのプレゼントを準備してただけみたいよ?』と報告することにしたのだった。