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リアクション
ページ2
2−1
ふと我に返ったあなたは周囲を見回した。
ついさっきまで誰かと話していた気がする。しかし、いま、この部屋にいるのは、あなた一人だ。
他には誰もいない。
(気のせいか)
あなたはパソコンのモニタから目を離して、椅子から立ち上がった。
すこし窓を開けて、夜の空気を部屋に入れる。
秋の夜にネットを眺めていたうちに眠りに落ちて、夢でもみていたのだろうか。
「こんばんは。MY FRIEND! 心の準備はいいかい」
背後からの声にあなたは振りむく。
そこには、やたらと背の高い、獣の耳と尻尾をはやした青年が立っていた。
「先程は、茅野 菫(ちの・すみれ)の幽体にいいように言われていたベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)だよ。
僕は自分をでたがり屋だとは露も思っていないが、彼女の人物評が僕に対する客観的事実なのだとしたら、粛々とそれを受け入れるくらいの度量はあるつもりさ」
「きみは誰だ。どうして僕の部屋にいるんだ」
「お望みのようなので、もう一度名乗っておくよ。僕は、ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)。
そして、僕はずっとここにいたんだ。
つい数分前にきたばかりなのは、きみの方だろ。」
「僕はずっとここにいた」
「それは、あまりにも自分視点でものをみすぎの発言ではないのかな。
あたりをよく見てごらん。
ここは、きみが思っているのと同じ場所かい」
人をからかうような態度が腹立たしいベスティエから目をそらして、あなたは室内を見回した。
白い壁。
床。
鉄格子のはまった窓。
事務机とコロつきの椅子。
スチール製のシングルベット。
「ここは」
「きみがこの部屋の主人なら、ここがどこなのか僕に説明してくれるかな」
「ここは、どこだ。どうなっているんだ。いったい」
「だろうね」
ベスティエは平然と頷き、ノブに手をかけ、ドアを開けた。
「外へでるかい。事実を知る旅へ。
行きたくなければ、寝台に横になって目を閉じるんだ。
そうすれば、闇が訪れる。
パソコンの電源を落とした後のディスプレイのようにね」
あなたは迷い、混乱して、助けを求める気持ちをこめて、ベスティエを眺めた。
半獣人は涼しげな表情を崩さない。
「もし、ゆくのなら、コリィベル1にいるはずの僕のクイーンとナイトによろしく伝えてくれたまえ。
忘れなければね」
「クイーンとナイト」
「大講堂にいるリネン・エルフト(りねん・えるふと)とフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)さ。
きみは決断がつかないようだが、僕にも用事があってね。悪いが先に行かせてもらうよ」
ベスティエは部屋をでていった。
あなたは、
ドアから外へ→10−1(コ) 10−8 (明) 3−3(黒) 10−4(B) 10−6(くる) 8−7(セ) 9−9(剣) 3−11(大) 4−6(ク) 6−5(推) 6−8(大石)
寝台に横になる→3−1
2−2
あきらめムードの漂うコントロールルームに入ってきたのは、さっき、コリィベル1で出会った柚木郁(ゆのき・いく)だった。
「おにいちゃん。かみさまはいっちゃったよ。
ここはもうだいじょうぶだって。ばくだんもなくなったって」
「爆弾?」
あなたは首を傾げた。郁はなにを言っているのだろう。
「おっ。所内の内線が生き返ったぞ」
スタッフが声をあげた。そして、スピーカーから流れだしたのは、
「こちら、百合園推理研究会ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)よ。
いまは元人質のみんなと格納庫にいるの。
大石一味は人質を開放して退散したわ。
コントロールルーム聞こええてる?
誰かいるの。
いるわよね。そこにいる誰かに命令するわよ。
この施設は、このままだと、もうしばらくすると活動を停止するわ。
仕掛けられていた爆弾は撤去したけど、動力部のダメージが大きすぎるのよ。
だから、なんとかしなさい。
いい。
わかった。
荒野のど真ん中でとまっててもしようがないでしょ。
助けを呼ぶなり、なんなりするのよ。
わかったわね。
返事は」
「代表。俺だ。蒼也だ。了解した。
そこにいてくれ。
こっちは俺がスタッフと話してなんとかしてみる」
「あんまり待てないわよ。早くしてね」
内線は切れた。
「かみさまはおよめさんをつれておうごんのきしでいっちゃったよ。
みんなに、あとは、よろしくだって」
郁はスタッフに語りかける。
「たしかに制御盤がコントロール可能になってる」
「だが、動力が」
ついいままで立ちつくしていたスタッフたちが慌ただしく動きはじめた。
「内線での話は事実だと思います。
みなさん、力を合わせてこのピンチを脱しましょう」
蒼也の激励にスタッフたちは、無言で頷く。
ここでは、もはやあなたにできることはなさそうだ。
開放された人質たちのいる格納庫へむかう→11−0
部屋の隅でなりゆきを見守る→8−8
2−3
最初に声をかけてきてくれたのは、黒髪、白いドレスの清楚な感じの少女だった。
「こんにちは。
どうかされたんですか。
まったく、急にこんな事態になって困ってしまいますよね。
私たちもこれからどうしようか、身の振り方というか、行動の指針を相談してるところなんです。
お一人だと心細くないですか。
よかったら、こちらで私たちと一緒にお話ししましょう」
彼女の両横には、腰まである栗色の髪に黒のバンダナ、魔術師然としたマントをはおった小柄な少女と、金髪に青いドレス、左腕には代表の腕章をつけた長身の少女がおり、白いドレスの子があたたかみのある笑顔をこちらにむけているのに対し、両横の二人は、それぞれ、赤と青の瞳であなたをにらみつけている。
白ドレスの子に話しかける→10−5
栗色の髪の子に話しかける→8−6
青いドレスの子に話しかける→6−7
2−4
「みかげ、さんでいいのかな。
彼を止めてくれてありがとう」
あなたは、ネコ耳の少女にかるく頭をさげた。
そういえば、所内で遭難してしまった時のために持ってきていたキャンディーやチョコレートやクッキーが、たしか、ポケットにあったはずだ。
格好だけでなく、本物のネコめいた雰囲気のある彼女になら、食べ物のプレゼントは喜んでもらえる気がする。
「魚でなくて申し訳ないけれど、お菓子はいかがかな」
「みかげは夕夜 御影(ゆうや・みかげ)にゃー。
通りすがりの人、お菓子をくれるのかにゃ?
わーい♪
猫缶じゃなくても大歓迎だにゃー」
あなたのさしだしたお菓子に御影は飛びついてきた。
素早く奪い取るとさっそく食べはじめる。
食べるのに夢中な御影を眺めていると、銀髪の少女があなたの側にきて、深々とお辞儀をした。
「御影ちゃんにおやつをあげてくださって、ありがとうございますなのです。
オルフェは、オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)と言います。
御影ちゃんの」
「ご主人は、みかげのご主人だにゃー。
ご主人は猫缶をくれたりするだにゃー。通りすがりの人は、猫缶は持ってないのかにゃ」
ほんわかした雰囲気のオルフェリアと、人の姿はしているが気まぐれなネコそのものの御影。
BBは、あなたが二人と話しているのが気に入らないらしく、また、あなたをにらみだした。
心配性のBBにもプレゼントをあげよう→9−3
食べ物をねだるネコと話していても現実逃避だ。御影は放っておいてオルフェに話しかける→4−2
2−5
周囲の状況を眺めて、他に話しかける相手を探すあなたの肩に、白衣の女性が手をかけた。
「あんた、ゆりかごの住人かい。
前に会った気がしないでもないけど、あたしはそんなに物覚えのいい方でもないんでね。
ねぇ、あんたは、あたしを知ってるかい。あたしは、斎藤時尾(さいとう・ときお)。ゆりかごの神様の明さん…いや、「天ヶ原明に化けた誰か」に利用されてた人間さ」
ショートカットの白髪はまるで手を加えていないらしくぼさぼさだが、どことなく気だるい雰囲気をまとっている時尾には、なまめかしい色っぽさがある。
年齢も若いのか、そうでないのか、一目では判断がつかない。
まるで映画に登場する、場末の酒場のホステスのようだ。
あなたは
「ああ。以前に会ったことがあるよ」→5−1
「さあ、人違いだね。初対面だ」→3−8
2−6
「パートナーが殺人事件の被害者で行方不明だなんておかしな話じゃないか。
つまり、死体が消えたって意味かな。
死んでしまった者が、こうして歩いて話しているわけはないだろ。
顔を調べる以前に、生きている僕がきみのパートナーでないのは明白だ。
だから、そう、きみは、かなり混乱してるようだね」
「ごめん。悪かったよ」
クリスティーは再度、謝った。
「別に責めるつもりはないんだよ。
きみが困っているのは、わかる気がする。
僕が正体不明なのも事実だし」
「はは。
ボクのパートナーの件も、きみの身元の件も不可解な出来事だよね」
「ああ。両方になにか関連があるときみが感じているのなら、それを教えてもらいたいな。
感じているから、僕の顔をさわったのだろう」
「ボクの推理を聞いてくれるかい」
いたずらっぽく唇を歪めたクリスティーの問いに、あなたはついつぶやいてしまう。
「推理。
また探偵か」
「探偵かどうかは知らない。
ボクはボクなり考えてみたんだ」
「僕はただ聞くだけさ」
探偵がからむとあなたの心は、かたくなになってしまうらしい。
「ボクのパートナーのクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、ボクと同じ薔薇の学舎の生徒なんだけど、やんちゃなやつでね。
行方不明になってしまって、どんな事情があったのか、いつの間にか、ここ、コリィベルに収監されてたんだ。
ボクは、彼に面会にきて、そして」
「殺人事件と遭遇したのかい」
「うん。
状況を整理してみるとボクは、コリィベルに着いてから、五人のクリストファーを確認してる」
「五人。
彼は一人なんだろ」
「そうとも言い切れないんだ。
コリィベルに収監される以前は、彼は一人だったと思うよ。
ここで僕が会った彼は、みんな、クリストファーのフリはしてたけど、本当の、ボクが以前から知ってる彼は、その中にいなかったんじゃないかって」
探偵にしては、クリスティの推理は詩的、幻想的すぎる。
これでは推理ではなく、神経症の人間の独白だ。
あなたは、少し優しい気持ちになる。
「やっぱりきみは混乱しているよ。
休んだ方がいいのではないかな」
「かもね。
せっかくだし、最後まで話すよ。
Aが牢屋にいてボクと面会した彼。
Bは図書室でかわい歩不と対峙していた彼。
医務室へと廊下を急いだ彼をC。
D。資材置き場でバラバラ死体になっていた彼。
Eは死体として検死されている彼。
断片的にコリィベルに存在した彼。
A〜Eが同一人物で、すでにクリストファーが亡くなっているとしたら、ボクがパートナーショックに襲われず、こうしてピンピンしているのは、おかしい。
となると、クリストファーは生きてるんだ」
パートナーロストで頭のおかしくなってしまったクリスティーが現実を受け入れられず、見ず知らずの人間に妄想を語っている可能性はないのだろうか。
もっとも、それをクリスティーに尋ねるわけにはいかないが。
「もし、きみの推理とやらが正しいとしたら、クリストファーはどこかにいて、コリィベルでは彼の偽物か身代わりが殺害される事件が起きたとなるんだね。
事件の背景にはなにがあったのかな」
「おそらく犯罪。
クリストファーのバカは監禁されるかしていて、彼の外見、立場を第三者に利用されたんだ。
ボクは少なくとも二人以上のクリストファーの偽物がここにはいたと思ってる。
薔薇の学舎の学生としてコリィベルに潜入して、なにかをしようとしていた誰かさんたちがね」
正解でしょうね。
あなたは自分でも理解しきれないひらめきを感じ、まぶたを閉じた。
「どうしたの」
「ちょっと、めまいがしたんだ。
僕は、ここをでる方法を一人で探すとするよ。
おもしろい話を聞かせてくれてありがとう」
軽く手を振り、あなたはクリストファーから離れる。
前略。静香様。
今回は、コリィベルでの事件の最終報告になります。
所内で遭遇した事件の顛末については、以前の手紙でお伝えしたのですが、その後、ボク個人として事件の終幕を告げる出来事があったのです。
行方不明だったボクのパートナー、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)が空京のテーマパーク、マジェスティックで身柄を確保されました。
未明のダウンタウンを朦朧とした状態で歩いていたところをパトロール中の警官に保護され、マジェのスコットランドヤードに移送されたのです。
クリストファーはここしばらくの間の記憶を断片的にしかおぼえておらず、そしてどうやら、彼がこんなめにあったのは、あの犯罪王ノーマン・ゲインの系列の組織が関わっているらしいのです。
保護された時、クリストファーの手の甲には、紫のルージュでCorrect answer(正解)と書かれていました。
静香様。どうやらボクは、コリィベルで・・・・・・
<以上、後日のクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)から桜井静香への手紙より抜粋>
END
2−7
沈黙の訪れた室内で、あなたは手をあげた。
「コリィベルの一住人としての意見なんだが、逃げることができるのなら、逃げて欲しい。
これ以上、ムダな犠牲をだす必要はないと思うんだ」
技術者の中に、あなたの意見に異を唱えるものはいなかった。
天ヶ原の指示に従い、それぞれ、制御盤の前に立った三人は、天ヶ原もふくめ、お互いに声をだしあってコリィベルを再始動させた。
「瀬伊は、左上の三つの数値に注意して、それは現状、制御できない。上がりすぎるようなら、いったん歩みを止めてだましだまし行くしかない」
「了解だ」
「天ヶ原さん。防御シールドが展開できないわ」
「全体には無理だと思う。コリィベル2に面している部分にだけ集中してやってみて」
「わかったわ」
あなたは部屋の隅で彼らの様子を眺めている。
(ダメージを負った状態での敵前からの逃亡は、反撃よりも難しい。
フフフ。しかも至近距離からの離脱となればなおさらだ。
あと何分持つかな)
果たして、あなたの思惑通り、数分後にはコリィベル1は、コリィベル2からの砲撃により撃沈し、シャンバラ大荒野の塵と消えたのだった。
END
2−8
「一緒に行くよ」
あなたはレンの後を走った。
「医療チームから聞いた情報で、大石たちの居場所はだいたい見当がついている。
おまえは、武器は持っているか」
走りながら、レンに聞かれた。
「いや、ない」
「銃は使えるか」
「どうかな」
「なら、これを」
レンに小ぶりのナイフを渡された。
「ないよりはマシだ。よく考えて使ってくれ」
「ああ。ありがとう」
しばらく行くとレンは足を止めた。
「ここで待とう。俺は奇襲をかける。
おまえは見ていればいい。ヤバイと思ったら、逃げろ」
「あなたは大石を襲うのか」
「身柄を確保したいんだが、抵抗されるだろうしな。
どうなるかは、俺にもわからん」
レンの指示で、あなたは通路に設置されたダストボックスの脇に身をかがめる。
レンの思惑通り、数分後には和風の黒い着物を着た男が通路に姿をあらわした。
大石鍬次郎(おおいし・くわじろう)。
BAKUMATUから時空を超えてパラミタへきたHITOKIRI。
あなたは彼を知っている気がした。
レンが所属する冒険屋ギルドも聞きおぼえがある。
こちらは大石と比べればあきらかに正義の、多くの人々のために働く団体だ。
僕は正義と悪の対決を眺めているのか。
護衛も連れず、大石は一人でこちらへ近づいてくる。
彼は、もうすぐ、レンが決めた襲撃ポイントにさしかかる。
あなたは
レンを手伝おう→3―6
大石を助けよう→9−4
2−9
「こいつの武装をぶっ壊す」
地図を片手に、敬一は所内を駆け足で進んでゆく。
「明記されてはいないが、この施設に、ミサイルや大砲を設置するとすれば、可能な場所はだいたい限られてくるさ」
つまり僕は、敬一の手伝いをしてコリィベルを壊せばいいわけだ。
それはそれで愉快だと思う。
「おい。俺を助けてくれるつもりなら、無用な死傷者をださないように気をつけてくれ。
武装を無力化して、もう片方のコリィベルを攻撃できなくするのが目的だ。いいな」
「わかった」敬一の指示に従うなら→4−9
指示に従う気がないなら→9−1
2−10
場所をわきまえない声高な、品のないおしゃべりと、奇、怒銃、罵声、不規則な足音たち、断末魔の悲鳴、肉と骨のぶつかる音、爆発音、ニコには聞こえているらしい、それらがあなたにも、聞こえたような気がした。
すべては幻聴にすぎない、とも思うが。
「どんどん仲間が増えてきて、もうこの通路にいっぱいだよ。
みんな、やんちゃだなぁ。こんなところに閉じ込められて、いろいろたまってるんだね。
見えない?
そうだね、僕以外の人間にはみんなが見えないんだよね。
普通の人は、かわいそうに。
本当に同情するよ。くふふふふ。
みんな、遅れずに僕についておいで。新しい仲間を迎えにいくんだ」
ニコは上機嫌で、鼻歌を歌いながら、一団の最後尾を歩いている。
彼の後ろには、誰もいない。
だが、それはニコに言わせると大間違いで、いま、彼の背後には、ルシェイメアのサイコメトリに従ってコリィベル内を歩きまわっている間に呼び集めた、姿の見えない友達たちが数え切れないほど連なっているのだそうだ。
「大行列だよ。
僕の友達の中にも、あの神父にお世話になったやつがけっこういるみたいなんだ。
子供のまま、あいつに見えない存在にさせられてしまったみんなさ。
ルシェイメアがたどりつけないなら、彼らに道案内してもらおうか。
おいつめろ、おいつめろ、探せ探せ探せ。
どこに隠れていようと、逃げ切れないよ…神父様の金髪はきれいで、目立つよねぇ。
羨ましいなぁ。くすくす」
銀髪の少年犯罪王ニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)は、手にした杖をめちゃくちゃに振り回す。
「ここじゃな。絶対じゃ」
先頭を歩いていたルシェイメアが足をとめた。
「みんな。くるとはここにいるらしい。
どうやら、ドアには鍵がかかっているな。
不用意に飛び込むと、くるとに危険が及ぶ可能性がある。
あの神父以外にも、さっきの館内放送にたきつけられて、くるとやあまね殿を狙ってる者が、神父に協力して室内にいるかもしれないしな。
多少は作戦を考えて、慎重に」
アキラが言葉を切ると、後を継ぐものはおらず、誰も行動も起こさずに、場には沈黙と停滞が訪れた。
さらわれた少年はすでに、変質者に殺されてしまっていて、ここでこうしているのは、単に時間のムダなのかもしれない。
中には、むごたらしく解体された少年の死体があって、ドアを開けても、ここにいる一団が得るのは、精神的な苦痛と後悔でしかなく、なおかつ、少年の親戚のメガネの少女は、これをきっかけに正常な心を失ってしまう危険さえ。
だったら、おもしろいのにな。
あなたは夢想しながら、時を待った。
訪れるのは、破滅か、それとも。
数十秒がすぎた。
「よしっ」
ドアの正面に立ったのは、スキンヘッドの青年、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)だ。
今回の誘拐犯と過去に因縁のある彼はドアを壊し、突入するつもりらしい。
「アキュートさん」
あまねは、不安げに彼を眺めている。
アキュートは、あまねの視線を振り切るように顔をドアにむけた。
「俺はじゅうにぶんに待たされた。
これ以上はごめんだ」
武器用に加工したドラゴンの鱗を構える。
と、カチャリと音がし、ドアが内側から開いた。
「お待たせシマシタデスネ。
アキラが面倒くさい話をしだしたんで、ワタシ、光学迷彩で姿を消して、天井裏の排気ダクト経由で室内へ入ったアルヨ」
開いたドアの隙間からでてきて、アキラの肩にのせられたエプロンドレスの少女人形、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は腕をのばし、室内を指さす。
「中では、ワタシが想像したこともないおぞましいワールドが展開シテマスネ。
ワタシだけじゃ、どうしようもないんで、なんにもせずにデテキタヨ。
敵は一人ヨ。でも、とっても、わけわかんなくて、気持ち悪イヨ。
みんな、早く、くるとを助けに行ってアゲテネ」
「つぅ」
半開きのドアを蹴り飛ばし、アキュートが部屋へ飛び込む。
「くふふふふ。
目の前で僕の“獲物”を奪った神父様は、少年犯罪王の僕をバカにしたんだよね。
さて、殺そう。
もちろん、とことん凄惨にねェ!」
笑いながらニコが入ってゆく。
「いたいけな少女が詳細を口にできないおぞましワールド。
それこそ、私の夢見た世界。
神父様! そこを変わりなさい!!!! 長年の妄想の成果をいまこそ。
あ。失礼。間違いましたわ♪
正しくは、神父様にショタは渡さない!!
ですよね、あまねさん。
私たちのくるとくんのために、頑張りましょう」
海松があまねの手首をつかみ、強引に引っ張る。
彼女らの後に、平時と変わらない落ち着いた雰囲気のフェブルウスがついてゆく。
あなたは、アリスを肩にのせたアキラ、ルシェイメアと一緒に他のみなよりやや遅れて、室内へ。
数本のロウソクが灯されただけの暗い室内に衝撃音が響く。
誘拐犯である男のもとへ駆け寄ったアキュートが、いきなり彼を殴りつけ、力づくで投げ飛ばしたのだ。
床に叩きつけられた男をアキュートは無言で、顔、胴の区別なく全身を踏みつけ、さらに馬乗りになって拳を振り上げ、
「彼を本当に殺してしまうのが、アキュート殿にとって正解とは思えないな」
「わしもじゃ。
最低のやつのために、罪を背負うのは愚かじゃな」
アキラとルシェイメアが、アキュートへむかって走りだす。アリスは落とされまいと、アキラの制服の襟首にしがみついている。
あなたは普通に歩いて、一団の中で最期に、くるとと、犯人のリチャードのところへいった。
床にあおむけになり、古森あまねにウェットテッシュで顔や体を拭いてもらい、介抱されている弓月くると。
二人の側でうつぶせにのびている海松は、くるとにいたずらでもしようとして、おそらく隣に立っているフェブルウスにKOされたのだろう。
フェブルウスは、いつもよりもさらに温度の下がった冷ややかな瞳で、海松を見下ろしている。
「少年探偵は、無事だったのかい」
「は、はい。ええ。おかげさまで、ケガもなく」
まだ、顔は赤いが、ほっとしたらしく、あまねの表情は和らいでいた。
「Another
日本のミステリ作家綾辻行人原作の青春ホラーミステリ映画。
惨劇を見つめ続ける死者の物語。
死者は生者の中にいて、死に還るまで誰もソレが死者であることに気づかない」
貧弱な黄色人種の少年にしか見えないくるとが、あなたをむき、口を開いた。
あなたは痛みを感じる。
悦びも。
「すいません。
この子、いつもおかしいんです。
なんでも映画に例えてしまって、それにいまはこんな状態なんで、自分でもなにを言っているのか、わかってないと思います。
気にしないでくださいね」
「少年探偵。
僕は死者なのかい」
あまねのフォローを無視し、あなたはくるとに尋ねた。
「死に還るまで、死者自身もソレには気づかない」
「つまり、僕に死んでみろ、と。
そもそも、どうしてきみは僕を死者だと思うんだい」
「違う。
思うというより、導きだされた結論。
ぼくは、いま、ぼくらが巻き込まれている雰囲気が、Anotherに似てると感じた。
Anotherでは、ある高校の三年三組の生徒、担任教師、関係者の中に、死者が一人混じってる。
異物、異形の者をそうとは知らないうちに含んでしまっている物語。
ここにいる人の中で、一番の異物は」
「僕かい」
発作的に吹きだしかけたあなたは、手の甲を口にあて、笑いをこらえた。
なぜ、こんなにおかしいのか、自分でも理解できない。
「大丈夫ですか。ほんと、ごめんなさい。
くるとくん。しばらく、しゃべっちゃダメ。
テンションがおかしくなってるよ。いきなり、初対面の知らない人になに言ってんの」
「tres bien(素晴らしい!)」
会釈をして、あなたは、くると、あまねから離れる。
部屋の隅、くるとをさらった男、リチャードが倒れている周囲には、アキラたち、そしてアキュートがいた。
アキラがアキュートを背後から羽交い絞めにし、ルシェイメアは横からアキュートの腰にしがみついている。アリスの姿がないのは、どこかに隠れているのだろうか。
「アキュートの番が終わったなら、僕らがやっちゃってもいいよね。
みんな、お待ちかねなんだ。ね」
少し離れたところにいるニコは、隣の仲間に同意を求めるように、語りかける。
ニコが言うように、あなたに見えないだけかもしれないが、もちろん、彼のまわりには誰もいない。
「まだだ。俺は、俺は、ジョン・ハーパーだ。
リチャード。俺を覚えているか。
あの小さな教会を。
おまえを慕っていた子供たちを」
アキュートの声に力はなく、独り言めいていた。彼は自分が話しているのに気づいていないかもしれない。
「これを」
アキュートはアキラの腕を振りほどき、懐からだした、拳大の木箱をリチャードに投げつけた。
箱をぶつけられたリチャードは、笑い声をあげ、床を転げまわる。
「アッハハハハ。アッハハハ。アッハハハハハハハハハ。
あー、プレゼントだ。
クリスマスだ。今日は私のお誕生日なんだ。
主よ。感謝します。
どことも知れぬ場所からきたどなたかが、悩める神の子である私に恵みをくださったのです」
金髪、碧眼のリチャードは、血で汚れ、醜く腫れあがり、変形した顔をほころばせ、両手で木箱を胸に抱きしめ、体を起こし、跪く。
リチャードは、アキュートが誰なのかまるで理解していないし、それどころか、彼にはもはや世界のすべてが自分の信じるようにしか見えず、聞こえなくなっているのが、あなたにもわかった。
彼は終わっている。
僕は彼みたいな連中とたくさん会ってきた。
「さっそく、プレゼントを開けさせてもらうよ」
うきうきとした様子でリチャードは、木箱のフタを開け、顔を近づけ、中を覗き込んだ。
「なんだろう、これは」
「たぶん、俺とおまえの過去を示すなにかだ」
「こんなものに、どんな意味が」
首を傾げる。
「箱からだすな。誰にもみせなくていい。俺にもだ。
俺もなにが入っているのかは、知らないしな」
アキュートはリチャードから箱を取り上げ、中を見ないまま、フタをし、投げ捨てた。
周囲の注意が箱にむけられた隙をつき、アキュートは再びドラゴンの鱗を片手に持ち、研ぎ澄まされた刃をリチャードの喉元に突きつける。
下手に止めるとかえって危険だからか、アキラもルシェイメアもアキュートから離れた。
「俺は、決着をつけにきたんだ」
立っているアキュートと跪いているリチャード。
かって同じ神に仕え、共にいまはそこから離れた道を歩んでいる二人は、目と目を合わせた。
「父なる神よ」
刃にひるまず、リチャードは、両手を胸の前で組み、まぶたを閉じ、神に語りかける。
「私の命を奪おうとするこの罪人にも許しをお与えください。
私はここで死に、貴方の身元に行けるのに、一片のおそれもありません。
ついに神の国へ行けることに、よろこびを感じています。
さあ、私に刃を突き刺すがいい。
きみが祈るのなら、私も、神もきみの罪を許そう」
アキュートは刃を引き下げ、上段に構えなおした。首を切り落とすか、頭を叩き割るつもりだ。
「殺すのなら、早くしなさい。
私は逃げも隠れもしない」
刃はリチャードの頭頂部の真上、数十センチ先のところで止まり、アキュートの手から床へと落ちた。
「なにをする。ペト。
俺は」
彼の上着の胸ポケットからでてきたパートナーの花妖精、ペトペト(ぺと・ぺと)が、脇の下をくすぐって、鱗を落とさせたのだ。
「いま、アキュートがしようとしたことが成功して喜ぶ人は、いますか。
ペトは悲しいのです。
おうちで留守番をしているハルもきっと悲しむのです。
アキュートだって、うれしくないはずです。
これでリチャードを忘れられるのですか。
きっと、かえってこれから先、ずっと、いまのイヤな気分を引きずって生きないといけなくなるのです。
神様がいるかどうかは知らないですが、人の心は自分で自分を罰してしまうものでしょう。
アキュートは、ここで罪を犯して、罰を受ける必要はないのです。
お願いなのです。
アキュートがしなくてもいい罪を犯したら、悲しむ人たちの名前を思い浮かべて欲しいのです」
手の平サイズのナガバノモウセンゴケの花妖精は、アキュートの顔を見上げ、必死に訴えた。
ドラゴンの鱗を落としても、アキュートはまだそこから動かない。
しばらくして、彼は、片手の指先をペトペト(ぺと・ぺと)の頭に、なでる感じで軽くのせた。
「ペトペト(ぺと・ぺと)。
ハル・ガードナー(はる・がーどなー)。
・・・・・・
スコット。
アンジェリカ。
リアム。
ハリー。
オードリー」
アキュートは、さらに名前をつぶやき続ける。
「その人たちをペトは知らないのです。
もしかして、その名前は。
アキュート、すごく悲しそうな声なのです。
悲しい歌を悲しく。
楽しい歌を楽しく歌うのは簡単なのです。
悲しい歌でも、場に合わせて明るく歌ってみせるのが本当の歌い手。
握った拳を開いて握手。
別れ際に笑って見せろ。
感情を操って、負に落ちるな。
だったはずなのです。
いつか、ペトにそう教えてくれたのは、アキュートなのですよ」
「ああ。
その通りだ」
アキュートは、床の鱗を拾い、鞘に収めるとリチャードに背をむけた。
ためらいなく、完全に。
「俺のここでの用はすんだ。
一杯やりたい気分だ」
「他にも困っている人がたくさんいるので、まだダメなのです」
「だな」
そして、アキュートらとアキラたちは、くるととあまねの方へ行ってしまった。
リチャードの側に残ったのは、あなたとニコだ。
「ニコくん。
きみは彼をどうする気だい」
「僕はスキンヘッドのクリッパーみたいに途中でやめたりしないさ。
あんたこそ、ここで僕らのパーティーを見物するつもりなの。
気分が悪くなっても知らないよ」
「先に教えておくと、いまの気分は最悪なんだ。
むかむかする。
僕もきみと同じでアキュートのやり方は納得できない。
もし、リチャードのアレがすべて演技だったとしたら、ようするに、ごまかされただけじゃないか。
大甘にもほどがある」
「いい視点だね。
僕もね、なにもかもきれいきれいにしてすませるのは、大キライッなんだよ」
どうやら、ニコとあなたには通じるところがあるようだ。
この坊やとなら、楽しめそうだ。
「宗教者であるのを世間と己の心の隠れ蓑にして、長年、少年、少女との淫行、変質的殺人を好き放題やってきた精神異常者は、ただ殺してしまうのはもったいない」
「くふふふふふふ。
だよね。こいつにお似合いの宗教的な苦痛をたっぷりあげないとね」
「ルールを決めて遊ばないか。
肉体的ダメージを最小にして、殺さずにどれだけ多彩に責められるか、僕とニコくんで競うんだ」
「いいよ。僕に勝てるなんてまさか思ってないよね」
「思っているさ。
こうして話していても、次々にアイディアが浮かんでくる。
ニコくん、他の人たちはいってしまうようだが、きみはここにいていいのかい。
なんなら、僕、一人でやらせてもらうよ。
きみはコリィベルでなにかしなければならないことがあるんだろう。
僕はヒマなんだ」
「シュリンプ殺しの犯人探しは、弓月と古森にやらせておけばいいさ。
僕と僕の友達は、ここに残るよ」
この後、礼拝室で、あなたとニコとニコの見えない仲間がリチャード相手にえんえんと楽しんだのは、語られることのない物語。
結局、リチャードがどうなったのかは誰も知らない。
END
2−11
互に一歩も譲らないまま、剣山たちとマイトの問答が続いている。
あなた、セルマ、リンゼイもただそれを聞いているくらいしかすることがない。
この状況にあなたは苦痛をおぼえていた。
(言葉など気にせずに、レンチーコートを始末してしまえばいいのに。
剣山も八神もそれくらい簡単にできるはずだ)
「マイト殿。そなたはなかなか策士でござるな。
拙者らとの交渉がうまくいかなくとも、ここでこうして足止めすることで、時間稼ぎはできる。
そうでござろう。
大石たちと穏便に話し合いといっても、もはや、ここにはやつに恨みを持つ者が多すぎる。
推理研とやらは、大石一派のコリィベル脱出を手助けしているのではござらぬか」
「そ、そういった側面がないでもないが、しかし、そこは主旨ではなくて、俺たちはあくまで穏やかな事態の収束を」
「刑事さんはさぁ、大石と僕たち、どっちの味方なのかなぁ。
話をしてたら僕、それがわかんなくなってきたよぉ。大石の味方なら、やっぱ、味方をかばうよねぇ」
剣山と八神もそろそろ我慢の限界らしく、じりじりと威圧的にマイトに近づいていく。
「待て。ここで武力で俺を排除したら、大石と同じだろう。
事態の和平的な解決は、きみらにとってもプラスのはずだ。落ち着いて考えてくれ」
開いた両手を前にだし、後ずさるマイト。
「あの、剣山さん。誠一。大石が逃げたら逃げたで、人質が解放されるなら別にいいんじゃないかと俺は思うんだけど、それじゃいけないのか。
俺は、以前のいくつかの事件で関係で百合園推理研を知ってる。
この人たちは嘘をついたり、人を騙したりはしないよ」
セレマが、マイトと二人の間に割って入った。
「みんな、余計な血は流れないほうがいいだろ」
セレマの言葉に、マイトは頷き、剣山と八神は表情を硬くした。
「セレマさんの意見は綺麗事すぎるよねぇ」
八神は首を横に傾げ、つぶやく。
「綺麗ごとにしても、それを理想として行動すれば、現実になるんじゃないかな。
なにがなんでも戦う必要はないと思うんだ。
俺は、剣山さんにも、誠一にも傷ついて欲しくない」
「理想ではなくて夢でござるよ。
いくら願ってもけしてかなわぬ夢。
人はいつでも、体や心を傷つけあい、痛みを乗り越えて生きてゆく生き物でござる」
剣山は腰をおとし、腰にさした剣の柄に手をかけた。
「マイト殿。ケガをしたくなければ、どくでござる」
「おい。待て。だから」
「剣山さん。そのやり方は間違って」
剣山に抗議しようとするマイトとセレマを八神とリンゼイが、強引に壁際へと押しやる。
廊下の真ん中に一人残った剣山は、まだ構えを解かない。
「そなたは大石の仲間か。拙者の首を狙いにきたでござるか」
剣山の言葉にこたえようとしたマイトの口を八神が手の平でふさぐ。
「穏やかな解決が好きなのなら、ここは黙っててくださいよぉ」
その場にいるものたち全員が口を閉じた。
もはや前には誰もいないはずなのに構えをとり続ける剣山。
あなたは、なぜか、殺気と緊張感を感じて、剣山から目を離せなかった。
(姿を消した誰かが、剣山とむきあっているのか)
「いつまでも隠れているのなら、このまま、斬る」
「俺は貴様の顔をみにきただけだ、と言ったら、信じるか」
押し殺したような低い声だ。
「いま、隠形の術を解く」
剣山の前に姿をあらわしたのは、八神と同じ黒装束、首に赤いバンダナをまいた銀髪の銀の瞳の小柄の少年だった。
「影月銀(かげつき・しろがね)だ。剣山梅斎。貴様の噂はきいていた。実在するのなら、会ってみたかった」
「悪いが、そなたと話をしている余裕はないでござるよ」
剣山は柄を握ったままだ。
「大講堂の人質は解放された。マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)の話は本当だ。
これ以上、大石たちと争う必要はない」
「マイト殿よりも、そなたを信じろ、と」
「無理、だろうな」
銀と剣山は真正面からむきあっている。
距離は二メートル弱くらいだ。
「一撃で相手を葬る技は、俺も長年、研究してきた」
「ほう」
「伝説の暗殺者である貴様に通じるかな」
「拙者と技比べをしたいのか」
(殺し屋同士の対決か、おもしろくなってきた)
あなたはわくわくしながら、剣山対銀を眺めている。
おそらく一撃で勝負が決するのだろう。二人はどちらも動く気配をみせない。
整った少女のような顔立ちをしている銀が、唇をかんだ。一瞬だけ、剣山から視線が外れる。
剣山は動かない。銀もまた、すぐに剣山に視線を戻した。
あなたは銀が目をむけた方向から、二人の少女がこちらへやってきたのに気づいた。
一人は、あなたたちをここまで運んだ小型飛行艇の操縦士シャロン・クレイン。
もう一人は、白いドレスをきた黒のセミロングの少女だ。
よくみると背の小さいシャロンが、長身のドレスの子の背中に銃を突きつけ、こちらへと歩かせている。
「お待たせ。手土産にほら人質。
こいつ、通路の角からこっちの様子を必死になって眺めててさ。
事情をきいたら、銀ってやつのパートナーらしいんだ。なんかの役に立つかもと思って連れてきたよ」
「私は、ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)よ。
銀が心配だから、みてたら、この女の人が銃をむけてきて。いったい、なんなのよ」
ミシェルは頬をふくらませた。
シャロンとミシェルが加わって、壁際がにぎやかになっても、剣山と銀の神経戦は続いている。
「正直、人質がいようといまいが、稼業をしてる人間には関係ないと思いますけどねぇ。
僕だったら、親が人質になっていても、することはなにも変わりませんねぇ」
八神はのんきに言い、さらに銀にむかって、
「銀さん。ミシェルさん。ここで捕まってますよぉ。
謝って終わりにした方が、彼女が安全なんじゃないんですかねぇ」
銀の反応はない。
「でしょう。人質なんて意味ないんですよぉ。本物には」
「違うよ。ダメだよ。こんなやり方は」
セルマが八神の襟をつかもうとし、シャロンに手を払われた。
リンゼイはセルマをかばうようにシャロンの前に立つ。
シャロンは、ホルダーから二丁めの大型拳銃をだし、銃口をリンゼイにむけた。
八神とセルマはにらみ合い、シャロンはミシェルとリンゼイにそれぞれ銃をむけ、リンゼイは日本刀の柄に手をかけている。マイトは苦々しげにこの状況を眺め、なにもできない自分に腹を立てているようだ。
あなたは、大声で笑いたいのを懸命に堪えていた。
突然、耳が痛くなるほどの高い金属音が響く。
さらに、重たいものがいくつも床に落ちた音。
壁際にいる全員が、剣山と銀に目をむける。
二人はさっきまでと変わらず、向かい合い、立っていた。
彼らの周囲にはいくつもの金属の破片がかなりの量、転がっている。
「剣山が剣を抜いて、銀が天井にむかってなにかを投げて、シャッターがゴーって降りてきたの。
そうしたら、それが粉々にくだけ散って」
一部始終をみていたらしいミシェルが状況を説明した。
「素手であのシャッターを切り裂いたのか」
「素手ではござらぬ。剣を振る拙者の手の動きにこたえてくれた空気が刃になったでござるよ。
そなたは、天井のセンサーを作動させ、シャッターを落とし、その隙に、人質を救出するつもりでござったか。
見事な作戦だ」
「いや。本当に俺流の居合で貴様と勝負したかった。
途中で気持ちが途切れてな。この始末だ」
「人質の件、こちらこそ、すまぬ。しかし、気配だけでもそなたが一撃必殺のわざを会得しているのは、わかったでござるよ。だいぶ、鍛錬されたのでござろう。
一度完全に切れてしまった緊張の糸をまたあそこまで高めるのは容易ではない。
今回は、ここで手打ちにしていただけるか」
「こちらこそ。勉強になる手合わせだった」
剣山と銀は二人で少し言葉を交わした後、みんながいる壁際へとやってきた。
「八神殿。影月殿のパートナーさんを解放してあげてくださらぬか。こちらは済んだでござる。
なに、マイト殿の言い分が正しいかどうかはわからぬが、銀殿という味方も加わったことだし、大石殿はマイト殿たちに任せておいて、拙者らは天ヶ原明に会いにゆくでござる。
天ヶ原明が製造したという黄金の騎士というのは、かなり手強そうなのでござるよ」
「剣山さんがそう言うなら、かまいませんけどねぇ。
黄金の騎士は大石よりも何倍もやばいですよぉ」
口ではそう言いながらも、八神は楽しそうだ。
「剣山さんと銀は、戦ってわかりあったのか」
納得できていない様子のセルマが尋ねた。剣山は、鞘から刃が紙できた剣を抜き、セルマにみせる。
「拙者、最近は、剣以外の紙や風、空気を武器にして戦う研究をしているのでござる。
刃金の剣はもう持つことはないでござろう。
白刃を振るって、相手と己の、血を流し続けた拙者の結論だ。
人は傷つき、考え、前に進む、生き方はそれぞれ違えぞ誰しもその繰り返しだと思うのでござるよ。
人は変わってゆく。あやまちを犯したものとて、一秒先にはすでに前にすすんでいる。
例え、その歩みが遅くとも。
そう思って寛大な心で拙者をみていただければ」
「俺は、別に剣山さんの生き方に異議があるわけじゃなくて。
ただ、過去の罪といかにしてむきあうかの手がかりっていうか」
「剣山さんには剣山さんの、セルにはセルの贖罪があるのでしょう。
いまのセルが紙の剣を持ち歩いても、頭がおかしくなったと思われるだけでしょうね。
やり方は人それぞれです。
私もセルをかなり寛大な心でみてあげているつもりですが、もしかして、気づいていないのですか」
「知ってる。わかってるさ。
ありがとう。リン」
仲のよさそうな兄妹の姿に、あなたは吐き気をおぼえた。
(剣山こそ綺麗事ばかり言っている。すべてはおまえの錯覚だ。人は怒り、憎しみ、妬み、を忘れられない負の感情のかたまりだ。
前になど進まない。自分の足元に穴を堀り、時間と共に深くなってゆく、穴に周囲のものもろともに沈んでゆくだけだ)
「手間をとらせてすまなかった。
ともかく、大石の件は俺たちに任せてくれ。
では、諸君らの健闘を祈る」
生真面目に礼をし、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が去ってゆく。
「拙者らも行くとするでござるか。
銀殿。大講堂の方は、解決しているのでござるな。
ならば、シャロン殿に再び飛行艇を用意していただかねば、ならぬな。
黄金の騎士は」
対立を超えて絆を深めたらしい一行に、あなたは吐き気をおさえきれなくなり、鍵のかかっていないドアから空いている部屋に忍び込んで、嘔吐した。
あなたは自分が、友情や協力といった愚かな偽善を受けつけない体質であるのを悟る。
しばらく休めば、吐き気はおさまるだろうが、あなたはもう、彼らの元に戻るつもりはなかった。
END
2−12
長い髪を後ろでひとつにまとめ、メガネをかけ、地味目な紺のスーツ、白のシャツ。
きっちりと隙なく正装した少女は、あなたがいくとにっこり微笑んだ。
「どなたかは知りませんが、もし、お手すきでしたら、このコーヒーをイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)さんに届けてあげてくれませんか」
彼女の手には、コーヒーカップがのった銀の盆がある。
「私は、弁護士のステラ・ウォルコット(ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる))です。イレブンさんもお疲れだと思うのですよ。
いま、彼の判断力が鈍れば、ここにいる全員の生命の危機に直結しますよね。ですので、敵味方関係なく、彼にコーヒーブレイクをとっていただきたくて」
「僕は、ここでなにが行われてるのか、わからないのだが」
ステラは深く頷いた。
「なるほど。殺人事件。講堂占拠とたて続きのトラブルにショックを受けてしまっているのですね。
私はなたのような、コリィベルにいる人々のストレスを軽減するためにも、活動しているのですよ。
どうですか、あまりに気分がすぐれないのなら、あなたがこれを飲んでくださっても、かまいません」
「コーヒーはありがたいけど、本当は酒でも飲みたい気分なんだ。
僕が推察するにきみは、ようするにこの場の暗い空気を変えたくて、コーヒーを淹れたのだろう。
だったら、僕なんかに行かせずに、自分で配ればいいじゃないか。
その方がきみの気持ちも周囲に伝わると思うな」
「残念ですが、私はいま、そこのキッチンで簡単な料理を作っていまして、火を使っているので、手を離せないのですよ。
だから、誰か代わりに給仕してくれる人を探していたのです」
思慮深い落ち着いた話し方、全身からにじみでるあたたかなオーラ、彼女はたしかに信頼にたる人物の条件をみたしている。しかし、あなたはステラの言動にふにおちないものを感じていた。
(映画や小説にでてくるような典型的な人物などというものは、まずは実在しない。
もし、いるとすれば思惑のある何者かの演技によって、一定時間だけ出現する幻のようなものだ)
冷え切った思考が、あなたの脳裏をよぎる。
これまでの人生で身につけたあなたなりの常識だろうか。
「きみは人権派弁護士ステラ・ウォルコットになりきっている、というわけか。
きみのような人物がこのタイミングでここにいるのが、悪いが僕には信じられないな」
ステラは黙って、あなたの右手を両手で握りしめた。
「コリィベルにいるほどの不幸なめにあえば、人を信じられなくなっても、無理はありません。
でも、私は本当にここにいます。ほら、こうして」
あなたは、
とりあえず落ち着くためにステラのコーヒーを飲む→5−11
ステラを信じたフリをして、コーヒーをイレヴンに届ける→3−12
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