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第10章 陽動、暴動、囮作戦。


「何だよあいつ、どっかでサボってやがるのか……」
 工場の入り口、門扉の前。警備員の一人が、しかめっ面をしていた。同僚がなかなか交代からから戻ってこない上に、何だか中も騒がしい。
 怒りをぶつける場所もなく、舌打ちする彼に話しかけた人物がいる。
「すみませーん」
 中学生くらいの子供に見えるが、もう少し幼いかもしれない。顔にペイントを施しているが、サーカスの子供にも見えなかった。
「あのー、道に迷ったんだけど、ここどこ?」
「お嬢ちゃん、ここは工場だよ、あっちに行って遊んでなさい」
 暇つぶしを兼ねた小馬鹿にしたような対応。
 彼女は内心むっとするが、おくびにも出さずに話を続ける。
「あのねー。僕、シャンバラから来たから、よく分からないんだー」
 ──そんなパートナーのクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)が引きつけている姿を横目に、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)はそっと、迷彩塗装を施した服に身を包み、門へと近づいていた。
 鉄製だろうか、金属の大きな両開きの門には、頑丈そうなカギと閂がかかっている。少し右に視線を向けると、守衛室と、側に通用口があった。
 彼女はそっと通用口の閂に手を伸ばす。
(不法侵入だけど、人を誘拐する不埒な輩、放ってはおけないわ。行方不明者は結構な数になるし、あの寝具店に監禁しているとは考えにくい……きっと行方不明者はここにいるはずよ)
 放ってはいけないと言っても、正面から乗り込めば行方不明者を人質に取られる可能性がある。先に保護しなければ。逆に保護さえしてしまえば、実力行使をしてでも逃げ切ろう。
 と、ひっそりと工場に近づくイリスだったが……。
「おいお前!」
 工場の入り口、大きな両開きの扉をくぐると、玄関の左右に傭兵が待ち構えていた。迷彩塗装の鎧に気付き剣を抜き放つ彼らを、イリスは超賢者の杖を構えて迎えた。


 再び正門の前。
「すみませーん、ここどこ?」
 道に迷った綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が、観光客宜しく両手に買い物の袋を下げて問いかける。
「また観光客か?」
 不自然に多い観光客を不審がる門番だったが、そういえば今夜近隣で花火大会をするという話を聞いた。彼はきっとそのせいだろうと自分を納得させる。
「そうそう、シャンバラからね。宝くじでちょっと当たったから来たの。で……ここって何する場所? 工場みたいだけど?」
「ここは寝具店の工場だ」
「へぇ、ここがかの『超高級ふかふかお布団』の工場か……って、何でこんなに警備が厳しいの?」
 さゆみは興味津々といった風に質問を続けていく。
「あぁ? お前に関係ないだろうが。さっさと行った行った」
 さゆみは、「はーい」と言いながら、工場の正門脇にある通用口の中に入って行こうとする。
「おい、何処へ行く?」
「何やってるって、だから帰ろうと……」
 さゆみは、方向音痴だ。とりあえず足の向く方に行ってしまうのであって、別に他意はない。
「甘い顔してたらいい気になりやがって。女だからって見逃してもらえると思うなよ?」
 剣を抜いた彼を見て、さゆみはたちまち眉を吊り上げた。
「どうせあんたら悪いことしてるんでしょ! ならこんな工場ブッ壊してやるわ!」
 彼女は突然大きく口を開くと、“悲しみ”の歌を歌い始めた。
 さゆみがそんなことになっているとも知らず、パートナーのアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は、彼女がもしかしたら失踪したのかも、と、今現在傭兵よりも恐慌状態に陥っていた。
「どうか、どうか無事でいて……!」
 共に将来を誓い合った恋人──それを自身のミスで失った過去を持つ彼女にとって、かつての恋人の面影を持つさゆみは、二度と失いたくない人物だった。
「わたくしが目を離した隙に……。なんて事なの……」
 ヴォルロスを彷徨い歩くアデリーヌだったが、さゆみは“悲しみの歌”の影響で地面にでうずくまる門番を尻目に、通用口から工場の敷地内に乗り込んでいく。
「ま、待て……! まったく、今日はどうなってるんだ……?」
 さゆみが行ったことでようやく門番は立ち直ると、今度は自分も追うように中に入って、仲間を呼ぼうと首にかけた笛を吹こうとしたが……。
「ヒャッハー! パラ実だァー!!」
「また迷子か!?」
 振り返ると、そこにはミスリルバットを片手に、仁王立ちした女性がいた。志方 綾乃(しかた・あやの)だ。
「迷子じゃねえぞ、パラ実だっつてんだろ! さぁさぁ恒例のカツアゲだァー! さっさと両手上げて金出しなっ!!」
「ぱ……ぱらじつ?」
「何だパラ実知らねぇとは、お前モグリだな?」
「……そうか、分かったぜ、新手の強盗団だな。さっきからこけにしやがって……!」
 門番は首からかけた呼び笛を鳴らし剣を抜いた。
 ミスリルバットでガンガン正門を叩き続けていた彼女は、にやりと笑うと、切りかかって来た彼を、素手で受け止める。
「死ねええっ……!?」
 だが、門番の機体は裏切られた。血が飛び散ることもなく、傷ついたのは彼女の指でも腕でもなく、それを覆う鎧。竜の鱗。しかしそれもまた、“リジェネレーション”による回復を見せ、傷が修復されていく。
「残念だったな、さあ、ジャンプしなジャンプ!」
 綾乃はミスリルバットで門番の足を払うと、転げた彼の顔のすぐ横の地面に一撃を叩き込み、再びガンガンと正門叩き始めた。
 程なくしてガチャン、と音がして、鍵が吹き飛んだ。
 そのまま閂を開けると、ミスリルバットで正門を大きくスイングする。撃たれた門はひどい音を立てて両側に開け放たれた。
 丁度笛に呼ばれてわらわら集まってくる警備員に、彼女は舌なめずりをする。
(せっかく陽動してあげてるんですから、これくらいしたっていいですよねぇ? チマチマしてるのは性に合いません)
「さあ、てめぇらも有り金全部よこしな!!」



「…………出ねぇ、っていうか電源切ってやがる」
 何度かけても反応のない携帯電話を見下ろして、国頭 武尊(くにがみ・たける)は呟いた。
「又吉まで失踪者の仲間入りとか、どうなってんだ?」
 武尊は、携帯を切ると“トレジャーセンス”で又吉の持つ「ティ=フォン」の反応を探ってみるが──、「ティ=フォン」に金銭的に価値があるものではないし、よく分からなかった。
(聞いた話だと失踪者はゆる族や守護天使だとか。そして海兵隊や百合園の連中が疑ってるのは、理由は分からないが寝具屋。寝具屋と失踪者に何の関係が有るのかサッパリわからん)
 頭をかきながら、彼はそれでも道を歩いて辻馬車を捕まえた。
 あれこれ理由を考えてみるが、思い当る、符合するところはない。いや、あるにはあるが、こんなのどかそうな街で、そんなキマクみたいなことがあり得るだろうか?
 彼はキマクみたいなことが今正門前で起こっていることを知る由もなく、そう思った。他人には非常識と呼ばれる彼だが、意外と常識的なのかもしれない。
「ちょっとフラフィー寝具店の工場まで行ってくれ。そう、えーと確か東の門を出て……」
 馬車に乗り込み揺られていく、その彼の眼に工場がやがて見えてきて、思わず声が出た。
「なんだありゃあ、……花火……?」
 工場の近くから、ポーンという音がして、小さな花火が上がっていた。
 そこは工場近くの浜辺だった。
(夏と言えば花火。ゆる族達の爆発を花火代わりに見に来ただけ……にしたいけど、それじゃ色々と支障があるからね)
「次はこっちの赤、その次はこっちの緑だよ」
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)はヌイ族たちに囲まれて、花火の点火タイミングを指揮していた。花火師の代わりだ。様々な火薬が込められたヌイ族製の花火を、日本風に打ち上げている。
 それを近隣の村に住む村人たちが集まって、見上げて、拍手をしている。非常にのどかな風景だった。
(でも、ちょっとしょぼい気がするなぁ。大砲撃ちたかったんだけど)
 失踪したアナスタシアら百合園生たちを探すという名目で海軍に接触した彼だったが、大砲を借り受けることはできなかった。
「花火大会が開催されると聞いて、これで警備を固めるにようなら誘拐犯の本命である疑惑が更に強くなる。そうでないなら、それはそれでいい。
 どうせ時間があまり残されていないなら、勝負をこの日に賭けるのも一興じゃないか?」
「残念だが、君には協力できない」
 彼の提案に対するフランセットの返答は、きっぱりしたものだった。
「何故かは分かるな? 過ちを犯したことではない。……君が今までしてきたことを君が悔い、改めようとしない限りは、君を信頼できないということだ」
 だからブルタは、そこにいたドン・カバチョに紹介されて、火薬を扱うのに長けたゆる族に協力をしてもらったのだった。
 ──だが。
 彼の意図は、フランセットも理解している筈だ。
 ドーン。花火が打ち上がる。
 それを背景にして遠くに見える小型飛空艇には、見覚えのある海兵隊の青の文様が入っていた。
「利用はさせてもらうって訳か」
 ドン、ドン、ドドーン!
 夕方、オレンジ色に染まる浜辺、迫る闇に咲く花火。
 商売心旺盛なヌイ族が作ったイカ焼きを、噛み千切って飲み込みながら、彼は少し早い夏祭りを楽しむ。