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第11章 脱出劇


「生徒会長様が行方不明だなんて……。百合園生徒としては手をこまねいている訳には参りませんわね」
 白鳥 麗(しらとり・れい)がヴォルロスの宿で腕を組み、決意したのは今朝の事だった。
「アグラヴェイン、参りますわよ」
「畏まりましたお嬢様」
 白鳥家の執事・サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)を伴って、麗が馬車を借りて訪れたのは、沿岸部だった。
「仮に寝具店が人を浚っていたとして、浚われた方々が売られるにしろ始末されるにしろ……」
「お嬢様。あまり物騒な発言は優雅さに欠けると思われます。美しい言葉づかいをお使いください」
 アグラヴェインに注意され、麗は言い直す。
「……浚われた方がその筋の市場にお目見えされるにしろ、大地に還るにしろ……」
「……まぁ……何も言いますまい」
「──海辺のほうが色々な物の始末に向いていますわ。ならば、店舗より工場が怪しいと睨んでおりますの。
 悪の巣窟の工場に乗り込み、悪党共を退治して優雅に生徒会長様方をお救い致しますわ。私たちがこそこそとする必要など何も御座いませんわ。堂々と真正面から参りますわよ!」
 では、と馬車から降りると、彼女は騒ぎの起こっている正門へとすたすたと歩き始める。が、そこにアグラヴェインが待ったをかけた。
「なんですの? アグラヴェイン?」
「さすがに正面突破は危険です。まず工場近くの沿岸部に、洞窟か横穴の様な場所が無いかを先に探索致しましょう」
「洞窟? ですの?」
「ええ。寝具店が犯人と言うお嬢様の決めつけ……失礼、推理の通りならば『工場の出入り口から出せないもの』を海に廃棄するための抜け道があるのではありませんか?」
 アグラヴェインの訴えに、麗は頷いた。
「……判りましたわ。それでは、アグラヴェインの考えが上手くいけばそちらに従いますわ。
 ただ、何も成果が得られないようでしたら真正面から工場に堂々と乗り込み内部の探索を致しますわよ。生徒会長様の安全が最優先ですものね。
 邪魔する者は、わたくしの優雅な技でダウンでしてよ。おーっほっほっほ!」
 麗たちがごつごつした岩場を危なげなく歩きながら抜け道を捜索している時、頭上からぶうんと羽音のような音が聞こえた。何かと振り仰げば、それはセバスティアーノをはじめとした海兵隊の隊員が数人、周辺を捜索しているのだった。
 一時間ほど経った頃だろうか。アグラヴェインは暗い洞穴が岩場に出来ているのを見つけ、彼らを呼び止め、洞窟を発見したことを告げる。
 そうして海兵隊は近辺で捜索していた契約者の面々を募って、突入隊を編制することになった。
「現在、地上で騒動が起こっている。人質のことを考えると今が突入の限界だな。提督の指示を待って突入する」
 数分後、各種の報告を受けて施設内の見取り図と警備員の簡単な人員配置図を作り終えたフランセットが、それを彼らの携帯電話に一斉に送信した。

 ぴちゃん。ぴちゃん。
 潮の満ち引きで入り込んだのだろう。所々海水の水たまりができている洞窟を彼らは歩く。
 光源のカンテラで照らした道のあちこちには、シャベルや壊れた椅子、汚れた布、古いロープ、樽、木箱などのガラクタが転がっていた。
 確かに感じられる人の存在に、全員の顔に緊張が走る。くねくねと曲がる上がり坂を三十分ほど歩いた後、予想通りと言うべきか、一枚の木製の扉が現れた。
 そこで立ち止まる一同の中から、変装したシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が声をあげた。
 彼女は、パートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)と共に生徒会長を助けに来たのだったが、門番に『行方不明の友達の携帯から工場内にいるって情報が送られてきた』と言って、一度追い返されていた。相手に手を出させたうえで大義名分を証明する録音などを取り、反撃するという手もあったが、生徒会長を助けるという麗の話に乗ることにした。
「今調べるから、ちょっと待ってな」
 彼女の手には携帯電話があった──魔法携帯【SIRIUSγ】だ。これには幾つか役立つアプリがインストールされている。
「【D.M.A】には反応がない。少なくとも扉の近くには人はいねぇな」
 【D.M.A】──Digital Magica Ana (デジタル・マギカ・アナライズ)は、近くにいるものの場所を教えてくれるものだ。
「ま、戦闘にならないっていう保証はねぇから用心はしとかねぇとな」
 そして【D.M.S】──Digital Magica Storage (デジタル・マギカ・ストレージ)を起動。これに格納していた、妖精鳴弦ライラプス──竪琴を模した多弦の弓がシリウスの手の中に出現した。
「……大丈夫そうだな」
 扉に耳を付けていたセバスティアーノが頷き、扉を蹴り開ける。
 が、誰もいない。牢屋が両側に並んでいる通路が現れただけだ。上の騒動が大きくなっていたせいで、ここには今、誰もいない。
「……救けに来ましたわよ!」
 安全と知った麗が呼びかければ、牢屋の格子を魔術で根本から折った稲場 繭(いなば・まゆ)が、大きなペンギンを支えていた。
「会長はここですよ」
「せ、生徒会長。いつの間にペンギンになったんですの……?」
「ち、違いますわ! 脱いでいる暇がなくて……あと、手が届きませんの。どなたかお願いいたしますわ」
 アナスタシアがペンギンの手をぱたぱたさせる。
 繭がチャックをちーっと下ろすと、ふはぁ、と大きく息を吸って現れたのは、まさしくアナスタシアだった。
「やっと思い切り空気が吸えましたわね」
 疲弊した様子のアナスタシアに、リーブラが不思議そうに問いかけた。
「誘拐された方々のなかでアナスタシアさんだけ浮いている……いえ、毛色が違うのはどういうことでしょう?」
 彼女はその言葉に誘拐された時のことを思い出したのか、憤慨したように、
「着ぐるみを着ていたから、ゆる族と間違えられたのですわ。まったく、この私の気品が理解できないとは見る目がありませんわね。
 ……それで、状況は? それに、わざわざヴァイシャリーから助けに来てくださったんですの?」
 シリウスは、まぁな、と言って。
「生徒会執行部の人間として、会長の失踪は見過ごせねぇだろ」
「……口は悪いけど、悪い人じゃなさそうですわね」
 この間にも海兵隊員の契約者らが、全ての檻を魔術で順次開けて、まだ残っていた被害者の枷を外していく。
「無理させるな、ゆっくり起こしてゆっくり連れて行けよー」
 セバスティアーノたちに付き添われて、被害者たちが来た道を戻っていると、檻の中に──彼女が、いた。



「別行動中に誘拐されるなんて……油断しすぎです、私のばかー!」
 ふがいない自分にショック受けていたマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は、心細げに牢の中を見回していた。
「皆さん、頑張りましょうね」
 言ってはみたものの、寂しくないわけがない。
 囚われの身であるだけでショックなのに、この牢屋からも今まで何人も連れて行かれていた。おまけに地上で何事か起こっているらしく、時々怒鳴り声や爆発音なんかも聞こえていた。
(きっとりゅーきも心配してます。無事に帰らなきゃ……)
 マティエはめげそうになる自分を励まして、針を手に取った。ダミーのぬいぐるみを作るのだ。
 得意な縫物をしていると、針を動かしているリズムが、心を少しずつ落ち着けてくれるような気もした。
「いつもはこうやって、陽だまりの中でお茶を横に置いて、……りゅーきのボタン付けた……り、側には……りゅーき……が……いて、……だめです。泣かないんです!」
 ぶんぶん頭を振って、ぬいぐるみを作り続ける。
「うさぎ、ねこ、わんこ、ひよこ、つちのこ……」
 せっせと作る。ひたすら作る。
「きのこ、たけのこ……」



 ──と。
「マティエ、無事か!?」
 捜索隊から飛び出したのは、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)だった。
 行き場のない怒りをふつふつと煮えたぎらせていたその顔が、大事な相棒の顔を見るなり、優しいものに変わる。
 ──のだが、彼は囮操作のために「りゅーくん」と名乗る猫着ぐるみ姿だったために、それはマティエには見えなかった。
「……? りゅーきです?」
 すっぽんと彼が着ぐるみの頭部を脱ぐと、マティエは手にしていた針と糸を放り投げるようにして、駆け寄った。
「助けに来てくれたんですね……!」
「ごめん。俺が着ぐるみ体験したいなんて言いだしたから……ここに来なかったら、マティエがこんな目に遭わなくても……」
 マティエはだいじょーぶです、とぶんぶん頭を振る。今度は、力いっぱい。
「きっとりゅーきや他の皆さんが助けに来てくれるって、信じてました」
「マティエ……」
 けなげな相棒の頭を撫でてしんみりしかけた瑠樹だったが、転がっているマティエ作のぬいぐるみを発見して、首を傾げた。
「あれ、それよりどうしたんだ、これ」
「ゆる族似のぬいぐるみです。連れて行かれないように……そうだ!」
 マティエは思いついたようにぽんと手を打った。
「これじゃあ、りゅーきたちにも分からないですね。私がぬいぐるみとゆる族を見分けます!」
 マティエは自分の作ったぬいぐるみや、既においてあったぬいぐるみたちを、ぽいぽいと別の牢屋に移していく。


(お忍びでテキトーな着ぐるみを選んだのに、熱心なファンに捕まっちゃったミタイネ〜)
「変装してもすぐバレるのは有名税カシラ? VIPのミーにはそのうち助けも来るから逆らわないようシマショ」
「有名……羨ましいなぁ」
 マティエとは別の牢屋の中では、そんな呑気な会話が交わされていた。
 一人は、キャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)。いつものようにパートナーの茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)は百合園女学院の寮に残している。
 着ぐるみ体験の店で選んだ、人間サイズの美少女型の着ぐるみを着ていた……のだが、何故かキャンディスであるとその声や特徴的な話し方、仕草でバレバレだった。
 もう一人も同じく美少女型の着ぐるみを着ているゆる族だった。そして側に、彼女の腰くらいのサイズの、大きなテディベアが座っている。
「この着ぐるみ、ミーに似合ってると思わナイ? バカンス先での一時の恋に似合いそうデショ? シャンバラより気温が高い分、薄着で気持ちいいワ」
 キャンディスは冬季ろくりんピックの激務も終わったから、後片付け(負債?)は事務方に任せて、バカンスに来たのだ。
 それにしてもとキャンディスは、
「食事制限に加えて綿を抜くなんて、とんだダイエットもあったモノネ〜。美しさに磨きをかけろってことネ」
「そうだよね、女の子ならお洒落したいよね〜」
 そんな話をしていると、キャンディスは遠くからの足音に耳を澄ませた。
「……あらさわがしいわネ?」
「何だろうね。もしかして、救けに来てくれたのかも!」
 案の定、海兵隊と契約者たちがどやどやとやってきて、牢屋を開けてくれる。
「大丈夫か? 今着ぐるみを脱がしてやるからな」
 見慣れない美少女型の着ぐるみに、セバスティアーノがキャンディスの背中のチャックに手をかけようとしたので。キャンディスは思わず悲鳴?を上げた。
「開けちゃ駄目ヨ!? イイ、開けちゃ駄目ヨ!?」
「……だ、駄目ですよ。この人はゆる族です。こっちの人も。あ、でも……」
 マティエは彼女の横、テディベアに目を留めた。
「こっちの人は……」

(……ユルル?)
 突入隊に参加していた桐生 円(きりゅう・まどか)がテレパシーで一体一体、声をかけていく。
(ヌイ族のドンさんの姪の、ユルル?)
 爆発をしないように、そして刺激しないように、正体をばらさなくてもいいように。慎重にテレパシーで声を掛けたの円だったが、彼女は意外にもその手を挙げて返事をした。
「……私」
 そのぬいぐるみは、女の子らしく可愛らしい──いや、これは何といったらいいのか。手を挙げたのは、美少女型の着ぐるみだった。目が大きくきらきらしていて、いやに漫画チックだ。
「花妖精……じゃないよね。……本当にゆる族だったのか。じゃあ、花妖精の方は……」
「こっちよ」
 ユルルが差したのは、側にいるテディベアだった。
「そっちにも爆弾ついてるから、気を付けてね。……出してあげたいんだけど、彼女の正体を知られると困るから……」
 ユルルは悲しそうな顔をした、ように見えた。美少女は笑っているので不気味なのだが、そんな雰囲気がした。
「あぁそうだ、事情を説明してなかったね。ドンさんが探してるよ。で、ボクたちは派遣された契約者」
 銃型HC弐式で熱源を探知し、生命体との区別をしつつサイコメトリでゆる族と人間との判別をしていたオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、
「これでゆる族は全部運んだわ。もう私たちが最後よ。早く行きましょう」
「……分かったわ」
 ユルルは自分の爆弾を解除すると、テディベアの背中に屈みこんだ。チャックに対して複雑な操作を行ってから、それを引く。
 出てきたのは、頭に薄い黄色の花を咲かせた、綿花の花妖精だった。