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リアクション
「この店では下ごしらえの済んだ──工場で精製した羽毛や綿を、キルティングして布団に仕立てたり、綿を張ったり、包む側生地を縫ったりしています。それに刺繍など細かい作業ですね」
主な材料は、この地方で栽培した綿と育てた水鳥の羽根。
「以前はヌイ族や業者から購入していたんですが、徐々にオリジナル布団のために、綿の栽培や鳥の飼育をはじめまして」
それがオリジナルラインの超高級ふかふかお布団の材料、という訳だ。
店舗に出ている見本も、これらの素材の含有量で値段とふかふか具合が変わっている。
作業は一見しておかしなところはなく、熱心に作業している技術者たちにも別段おかしなところはないように思えたが。
「……原色の海の生物については詳しくありませんが、あれは……」
フェルナンは自社製だというふわふわの羽毛の中に、ちらちらと光を放つものを見つけた。
「あのような特殊なものをどうやって開発し、生産しているのでしょうか。秘密保持に傭兵を大勢雇って採算が合うのかも疑問点ですね」
「──疑問点はすべて解決しましょう」
そう言ったのは、ピンク色にフリルとリボンを付けた可愛らしいロボットのような何か──いや、パワードスーツに身を包んだロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。
パートナーのテレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は呆れ顔だ。
「お嬢様らしくいこうって言ったのに……」
「ああ。別に好きでそんな恰好をしているんじゃないんですよ、誘拐事件を解決しやすくするための、陽動作戦です」
「声が弾んでるんですけど」
素顔に制服なら、南国の陽気な女性と言った風なテレサや、キャリアウーマン風のシャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)に比べて、ロザリンドの方がお嬢様らしい。
なのに、すっかり顔もパワードマスクで覆っている。一人で来たなら不審者扱いされていたことだろう。とはいえ、もう一人のパートナー、メリッサに至っては布団の中で寝ているのだが。
「まぁ、いいか。すっかり注目されてるもんね」
「パワードスーツも広められて一石二鳥ですね。──済みません!」
ロザリンドが声をあげると、ちらちら彼女を見ていた店員や作業員たちが一斉に注目する。
「私は百合園女学院にパワードスーツ隊を作りたいと思っているのですが。そこはか弱い乙女達ですので、肌に触れたりする内装部分は柔らかくて気持ちいい素材を使いたいのです。
と。いうことで。
ここの店にある全素材持ってきてください! その中から厳選するのです!
至高のパワードスーツ隊のためにも! 店主も呼んでください! 熱くパワードスーツを語リ合いましょう!
試供品のお金は即金なら10万Gぐらい出しますよ! お願いします!」
ロザリンドの熱弁に、テレサは彼女が本気なんじゃないかな、とちらりと思ったが……、目的はそこではない。
自身もお嬢様っぽい演技を心掛けて肩にかかるポニーテールを無意味に払い、サンプルを沢山貼り付けた見本ファイルを持ってきた店員に、
「ほらほら、ちょっとのサンプルだけじゃ分からないでしょ、倉庫から細かい種類ごとじゃんじゃん持ってきて。
ちょっとでも質が悪いのあると肌荒れの原因にもなるし。いいのあったら寮とか知り合いにも勧めるんだから、サンプルだけ良品とか無しね」
シャロンはといえば、テレサ以上にロザリンドを無視して、持ってきた追加のサンプルを手に。
「これはどこで仕入れたものなのかしら? こちらは? ええ、加工等に問題がないのでしょうか? やはり、詳細の分からないものを使って、もしなんらかの問題が起きても困りますし。
使用の薬剤とか、製法とか……できれば責任者とお話をしたいのですけれど」
次々にそのあたりにいた責任者や店員、職人たちに声をかけていく。
「先輩ー、かわって下さいよー」
メモを取り出して熱心に細かく質問するシャロンに尋ねられて、綿を張っていた職人が、リーダーらしき男性を呼ぶ。
こうして三人がわざと我侭なお嬢様らしく振舞って、根掘り葉掘り素材について聞きだしているのは、この店に人を引き付けるための陽動だったけれど……、
「え? 店長が不在なのですか? 副店長も?」
「ええ、生憎工場の方に行ってしまいまして。生産が追い込みとかで、最近は店に滅多に帰って来ないんです」
シャロンはわざとらしく首を傾げる。
「あら、残念ですわ。もっとお聞きしたいことがありますのに」
ロザリンドも本気で首を傾げる。
「じゃあ、ここのキルトの縫い目の感覚を1ミリから0.5ミリにする相談はできないんですか? あ、あとこの布にこちらの綿をこれだけ入れてですね……」
「いえいえ、私の方でできるだけ対応させていただきます。……それにしても、お嬢様学校でパワードスーツ隊なんて作るんですか?」
「ええ。夢ですから」
「ではゆっくりとお話を……ああ、お茶を持ってきてくれ」
ロザリンドたちの対応に店が大騒ぎになっているその時──彼らの背後を、そっと通り抜ける二つの人影があった。
漆黒のブラックコートを羽織った影たちは、棚や素材の陰を慎重に渡り、二階へと続く階段を上がる。
店員を扉の後ろに隠れてやり過ごし、奥にある店長の事務室へと難なく辿りつく。
「……」
エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)は事務室へ続く曲がり角に身を潜めると、やって来た方を確認してから、パートナーを先に行かせる。
顔にマスクをかぶった冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は扉の前にしゃがみ込むと、鍵穴に細いピッキングツールを差し込んだ。
カチャリ。……難なく開く。
中の反応がないことを確認して扉を開き、エノンを廊下に残して急いで扉を閉める。
窓は鎧戸が降ろされ、薄暗い。壁に手を滑らせてスイッチを見付け、パチリと電源を入れれば、部屋の中央にぶら下がっている電球が部屋を照らし出した。
トレジャーセンスのカンに従って部屋を眺めまわすまでもなく、奥に鉄製の金庫が鎮座している。
再び小夜子がピッキングを試みる。
なかなか開かなかったが、しばらくして手応えがあった。手袋をはめた手でそっと重い扉を開く。
中には手提げの金庫と袋に入った重い何か金属(おそらく金貨か何かだろう)、そして書類──帳簿と取引先のメモ、契約書、といったものが入っていた。
小夜子の端正な顔で、赤い唇がきゅっと引き締められる。
手早く中身をめくって確認するうちに、書類の中に埋もれた一冊のノートがあった。中にはそこには走り書きのように何かの記号と数字が記されていた。簡単な暗号にも見えるその記述は、何か大事なことが書いてあるように思われた。
小夜子はノートを抜き取ると、金庫を元通りにして閉める。
電気を消し、同じように扉を閉めて鍵をかけると、エノンに視線で頷いた。
エノンは手を振って合図した。……誰もいない、OKの合図だ。
二人は一階まで降りると、物陰で背負った荷物にマントとマスクを丸めて詰め込み、そっとフラフィー寝具店を後にした。
「これを捜査本部に届けて、怪しい場所に目星を付けて貰いましょう。あと背後関係に潜んでる人も挙げれると良いのだけど」
「小夜子さんも、あのドン・カバチョさんが怪しいと思うの?」
「何か隠しているのは確かですわ。政治的な思惑かも。それが百合園にとって害の及ばぬことであればいいですけれど、もしそうでないなら……。
……そうですわ、念のため事件解決までは、エノンも身辺に気を付けてくださいね。ヴァルキリーも狙われているという話ですわ」
「ええ、ありがとう」
小夜子が自分を必要とし、共に行動してくれることが嬉しい。けれど百合園の為とはいえ、もし何も見つからなかったら犯罪行為になってしまう。
多分、誰かが上手く取り計らってくれるだろう。けれど小夜子ののめり込みやすいところは、エノンには少し心配で。
でも貴女こそ、無茶しないでと。先を行く小夜子の背中に小さく声をかけるのだった。
「大丈夫ですわ。それよりお姉様は大丈夫かしら? 何かするつもりのようでしたけれど……?」
小夜子のお姉様・崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)はその時、布団二組の支払いを終えたところだった。
「こんなにいいものがあるのなら、もっと早くに来るべきでしたわ……こちらの商品、いつ頃から売り出し始めましたの?」
「半年ほど前になります」
「そう……」
失踪事件が起こり始めたのは数か月前からだという話だ。人知れず失踪した人のことも含めると、おおよそその時期ではないだろうか?
(もしヌイ族の方が汚れ役を押し付けたがっているのなら、とことんまで荒らしつくしますけど……どうかしら?)
「じゃあ、これからが本番、ね?」
突如として。
亜璃珠の縦ロールの髪の一筋が、伸びあがってしゅるしゅると解け、線を描いた。それはまるで曲刀の刃のよう──パラサイトブレードだ。
シュン、と風が斬られたかと思うと、ぼふんと音がして、布団から羽毛が舞い上がった。
「な、何を……!」
「ふうん、水鳥の羽根に混じっているこれは……何かしらね」
手を伸ばして掴んだのは、羽根。明らかに水鳥のものよりも大きいその羽根には見覚えがある。そう、守護天使の羽根だ。
「ふふふ、関連施設の取調べの段取りでもしてもらいましょうか。まあ……できない理由もあればお聞きしますけど……」
彼女の視線が店員に向けられれば、少し嗜虐的な光が瞳に宿る。
「ね、身の潔白のためにも協力していただけると助かりますわ。
いずれにせよ表だって手柄を立てられなければ現場の責任問題、体よくとかげの尻尾にされるかもしれませんし──」
「何の事だか……」
状況が把握できず店員はうろたえる。契約者はシャンバラより少なく、更にはパラサイトブレードのことなど何も知らない。髪が布団を切り裂いたことすらも信じられないようだった。
店員はあたふたと、背後を振り返った。
(そう、この店に何かあれば警備員──傭兵を呼べばいいわ)
それが亜璃珠の狙いだったが、しかし……。
その時、ゴロンゴロン、と音がして、瓶が派手に床に転がって、店員の脚にぶつかった。
「──済みません、散らかしてしまいまして。羽根がかかりませんでしたか?」
二人の間に割って入ったのは琴理だった。サンプルの羽毛が入った瓶を落としてしまった、という風だ。
「……まだ証拠が足りません。疑われるのも避けた方がいいでしょう。もし何か感付かれれば、突入が難しくなります」
琴理は亜璃珠に囁くと、布団の破れを目立たぬよう丸めると店外に出た。亜璃珠はもう一組の布団を抱え、店を後にしたのだった。
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