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リアクション
第3章 ヌイ族の秘密
ヴォルロス中心部。議会、商工会議所、三部族の領事館が集うこの地区にある、大きな宿の一室。
海軍提督フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)は部下の報告を受けていた。
「少なくとも百合園生たちに関しては、誘拐犯は何らかの手段で無力化した後、荷馬車でヴォルロスの外に運んでいる可能性が高い──と」
上がってきた報告を読み上げた海兵隊員のセバスティアーノは、一拍置くと付け加えた。
「海兵隊もヴォルロス各地で、同様の馬車の目撃情報を幾つか得ています。またそれらの馬車は例の工場の方角に向かう途中を目撃されています」
「荷馬車でわざわざ運んでいるのか」
フランセットは机の上で指を組み替えた。その表情は決して明るくない。
「ご苦労なことだね。ああいや、ご苦労なのは俺たちか。何て言ったって、そんな事件に付き合わされてるんだから。俺を待ってる女の子が嘆き悲しむよ」
船医の青年が茶化したように言えば、主計長の青年が、長い前髪の下で咎めるような視線を向けた。
「非実在の女性を捏造しないでください」
言われ、ぴくり、と船医の口元が微妙にゆがむ。無理やりに笑顔をつくり、
「で、何で君がここにいるんだい?」
「帳簿を確認する必要が出てくる可能性が高いので。それに食料品の買い付けもありますし。あなたこそ何故?」
「そりゃ、怪我人が出るかもしれないからな。誘拐されたのがお嬢さん、おまけに捜査してるのも可愛いお嬢さん方となれば、黙っているわけにはいかないだろう」
非生産的なやりとりに、フランセットが長い息を吐く。
「……いい加減にしないか。
ともかく失踪者のリストを作り、聞き込みを続けてくれ。この地図を見ると、失踪事件はおおよそ寝具店を中心として発生している。馬車の目撃情報と併せれば……やはり工場監禁していることに間違いない」
そのフランセットにお茶を差し出したのは、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だった。
「ヴァイス・マム、少し根を詰め過ぎですよ。紅茶を入れてきました。5分間の、小休止です」
「フラン様のお茶ならわたしが出すのです」
メイドが大人げなく言うが、ローザマリアの狙いは小休止ではなかったようだ。その間にお話を、と。彼女はパートナーの二人を示した。
本当ならフランセットと二人きりが良かったのだけれど、彼女が部下と離れる時間を見付けることが出来なかった。
パートナーの一人は、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)。
「ドゥラクロワ提督。御分かりかと思うが――海軍最大の強みは情報だ。古来より海運で陸路より迅速に情報を手に入れ。それを活かす事が出来るからこそ、その存在意義もより一層、重要性を増す。
これは陸軍には出来ぬことだよ。この局面は、それが問われているとは思わぬかね?」
「…………」
「三部族に関する情報を集めた。これから仮説を立てるが、足りない部分は提督に補完して頂きたい」
「あたしは主要産業に関する資料を集めたよ」
一人は、シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)。
配布されているパンフレットなどをファイリングしたものだったが、
「ローザから教わったんだけど、スパイの世界では独特のファイルの読み方があるんだって。バラバラに見える書類の山から仮説を組み立てて、パターンを見つけるの。
中には信用出来ない情報も混ざっているからそれをハッキリさせる為に情報源を確かめて選り分けたり除外したりする事が必要だけどね」
それから、と付け加える。
「あたしは海の獣人──鯱だけど、アステリア族には恭順してないんだ。どうしても……女王を敬えないんだよね。鯱にしてみれば鯨は捕食対象だから。
ってことで、あたしたちマキャヴェリ一族は原色の海とは商売以上の関係を持たないの。遺伝子として組み込まれた獰猛な鯱の本能は、それだけ強いものなんだよ」
「シルヴィアも集めた資料からパターンを読み取り、主要産業を見比べ、各部族に動機が生じるか否かを調べたい」
「つまり──この事件がどこかの部族の利益になっているのではないか、と?」
フランセットに、ローザマリアが頷く。
とはいえまだ資料が足りないから、徹底した情報の収集を行う為に、この海域を治める部族に事件の顛末や関連した情報の開示をして頂きたい、と告げる。
「可能なら開示できる情報はどこまでか、またそれらを話した上で協力を得る事は可能でしょうか。
三部族としても、この様な事件は本意ではないでしょう。商いに風評は天敵、連続誘拐事件ともなれば島のイメージダウンは避けられませんし」
フランセットは黙って聞いている。
「次に着ぐるみ店の着ぐるみに関してです。モップス・ベアー(もっぷす・べあー)失踪事件と関連し、ゆる族と間違われて連れ去られた可能性が疑われます。
その上で当該の着ぐるみ店に協力を仰ぎ──具体的には店の着ぐるみ全てに機晶技術で急造した簡易発信器を仕込ませ、同様の事件が起こる事の防止、及び着ぐるみを着ての潜入捜査の際の居場所特定をしたいと思います。これは単独よりも海軍としてのバックアップが必要でしょう」
ローザマリアの意見を聞き終えて、フランセットはひとつ頷いた。
しかし、と続ける。全てを同時並行でするにせよ、時間が足りない、と。それに、この海域でのヴァイシャリー艦隊としての影響力はさほど大きくない。
「君が私を動かしたいのは分かる。私を説得すればそれだけ多くの人員を同時に動かせると思っての事だろう。だが君の提案には、より具体的な対象と手段を付け加えることが必要だと考える」
情報開示を求めるのも、協力を仰ぐのも、簡易発信機を作る──機材・資材や場所を提供するのも、全てフランセットと部下の仕事になってしまうだろう。
せっかくの簡易発信機の提案も、基礎的な機晶技術では、簡易発信機は急造は難しい。その機材・資材をどこから調達するのか──軍の船から?
「以前ヴァイシャリーでの感謝祭の時もそうだったが……、君は私の副官ではない。私は君と他の契約者とに等しく接するつもりだ。
だから……出自で提督となった私よりも君の方が海軍の在り方に詳しいなら、君が教導団の中で先頭に立ち努力することで、君が率いる、新しい海軍を創り上げることもできるはずだ。私はそれを期待していよう」
船医が肩をすくめた。
「全く、うちの提督は結構生真面目だから──いてっ」
主計長に静かにしろとファイルで叩かれて、頭を押さえる。
主計長が視線で示したのは、教導団の叶 白竜(よう・ぱいろん)と世 羅儀(せい・らぎ)だった。堅物と女の子好きという点では、フランセットと船医と、良く似た組み合わせだ。
せっかく美しい浜辺と美味しい料理の港町なので、物騒な事件を早期に解決させたいと、事件解決に協力を申し出たのだった。
白竜は敬礼をすると、
「部族の対立の件、私にも気になっていることがあります。失礼ですが、姪が失踪したと依頼された時のドン・カバチョ氏の様子はいかがでしたか?」
「それはどういう意味だ?」
「失踪者が最後に立ち寄った店が怪しいのは明らかなので、海軍の力で大きな倉庫や建物などを強制的に捜査しても良い気がするのですが、それをしないのには理由が?」
彼は疑問点を上げる。
ユルルというゆる族の強い爆発の警戒、近隣の新興国同士での諍いへの介入という問題。これらだけが原因なのか否か。
「この区域の事情を理解していると思われる提督のご意見を併せて伺いたいのですが。勿論、失踪事件の背後にいるのはまったく別の外部の者たちと思いたいですね……プライマリー・シー界隈以外の」
「物騒ねぇ……」
羅儀は白竜の言葉に小さく呟く。紛争地域出身の彼からしたら、ヴォルロスは至極平和な景色にしか見えない。
とはいえ、百合園女学院の女の子が浚われたのだから、全力で救出するつもりだ。その後は……それはもう、女の子に囲まれながらきゃっきゃうふふが待っている。はず。
フランセットはといえば、白竜の言葉を肯定する。
「我々が強制的に捜査しないのは、そもそも強制捜査する権限がないということもあるが、概ね君の言う通りの理由だ。
それに、端的に言えば──ドン・カバチョ氏は、隠し事をしている。この隠し事が判明しない限り、迂闊に軍を動かすことはできない」
言われて気付けば、白竜が以前船の上で顔見知りになったセバスティアーノは、軍服どころかチュニックに半ズボンという格好だった。童顔のせいもあって、一目見ただけでは、そこら辺にいそうな少年にしか見えない。
「やはり……」
白竜は頷き、それから自身の調査について報告する。
彼はここに来る間に、念のため、商工会での寝具店について調査していた。商業的に対立している業者の存在、雇われた傭兵らの素性や種族などだ。
結果から言えば、これらには特別怪しいところはなかった。寝具店が急成長していること、とても寝心地がいいことに関して多少怪しむ声はあった。また商売敵の出現に売り上げが減れば良く思われない、という程度だ。
そして傭兵について。傭兵自体はこの辺りの海域では珍しくない。商船に乗せて各地からやってきた者に加え、職がない者、水兵を辞めた者がなることが多い。個人で雇われている者もいれば、傭兵ギルド経由で契約している者もいる。
ただ傭兵にも色々いた。この辺りで一番「まっとうな」傭兵は、商人達の議会で雇われている者たちだ。警察権を与えられている。
逆にゴロツキや脛に傷持つ者を傭兵として雇うタイプもあり……、あのフラフィー寝具店が工場を警備させているのは、どうも後者のようだ。工場と店舗を行き来する荷馬車がぶつかった商人と、いざこざを起こしたこともあるという。
それから調べるうちに、もう一つの疑問──地元の捜査の動きがあまり積極的ではないことの理由のいくらかも明らかになった。
商人が雇っているからか、単に怠け者なのか、ここの傭兵たちは、基本的に警察の業務にあまり熱心ではない。
それを告げると、セバスティアーノが、
「それは、ヤツらには、今のところ誘拐されたという確証がないからだな。あと、ドン・カバチョさん、姪の誘拐を議会には言ってないし。
議会への影響力は俺らよりあるはずだろ? わざわざ俺らに頼んだのは、何か議会に秘密にしたいことがあんだろ。バクダンだかなにかも言葉濁したしな」
「だから、傭兵さんがやる気ないんでしょうか?」
そう言ったのは、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
少し前のこと、議会の傭兵詰所のひとつ──簡単に言えば交番──を、彼女パートナーの七瀬 巡(ななせ・めぐる)は訪れていた。
ヌイ族の着ぐるみ体験の店で、アナスタシアたちが製造過程を見学をしたい、という話を聞きつけた彼女は、まず工場に行ってみた。
辻馬車に揺られて辿り着いたそこで、歩は尋ねてみたのだ。
「あの、ここってフラフィー寝具店の工場ですよね? 今日は見学希望の学生が来ませんでした?」
見るからに人相の悪い、黒い鎧を着た男たちにおずおずと離しかけてみると、無愛想な声が返ってくる。
「ここは関係者以外立ち入り禁止なんでな。見学者は、店の方で店長の許可を取らねぇと入れられねぇな」
「そうなんですか。えーっと、あと……」
事件の調査をしてる傭兵さんなんですか、と聞こうとした時に、巡が歩を見上げて、
「歩ねーちゃん、ちょっと違うんじゃないかなぁ。捜査本部には見えないし……」
工場は長方形の大きな建物で、周囲は先端に刺の付いた柵で囲まれている。広い敷地の中には、湖と呼べるほどではないが広い池もあり、あちこちで水鳥が泳いだり浮いたり、気ままに散歩していた。
「それに街中の傭兵さんは、お揃いの鎧やマークを付けてたよ」
巡の指摘に歩は気付く。確かに街中の傭兵──議会に雇われた方は、鉄っぽい鎧で、逆にこちらの傭兵は黒一式だった。それに街で事件が起きてるんだから、本部も街中にあるのが自然だろう。
何となくわざとボケてはいけない雰囲気がして、二人はまた街中に戻り、詰所に来た──という訳だった。
「──えっと、じゃあ……?」
「失踪事件といっても、失踪届が出ている者もあれば出てないのもある。素行が悪い人間には、失踪どころか夜逃げの疑いもある。捜査本部は連続性のある事件だと認めてはいない」
だから捜査本部はない、と、中年の傭兵は歩に返答した。
「捜査担当もいるにはいるがね、これといった手がかりもないし……ああ、失踪者のリストがあったね。協力できるのはこれくらいか」
名前と性別、年齢、種族の書かれた紙を見せてくれたが、これも確定ではないという。
「あたしたち、捜査に協力したいと思って来たんですけど……」
何か捜査が進まない理由が他にあるのか、もしくは捜査に反対している人などいるのか、と歩は訊いてみるが、そういう人物もいないという。
「むしろ協力してくれるなら有難い。何かあったらここまで知らせてくれ」
──そんなことがあったので、巡はちょっと怒ったように腰に両手を当てて、「悠長にしてる場合じゃないんだけどなー」と言っていたのだが。
事件の重要性が認識されてない……つまり邪魔というよりは、無関心の方にベクトルが近いのだった。
「ドン・カバチョにーちゃんがそっちの方がいいって思っても、アナスタシアねーちゃんとかも巻き込まれてるかもしれないんだよ。協力してもらった方がいい気がするんだけどなぁ」
「で──話は戻るけど、その秘密っていうのはやっぱり、姪のユルルっていう子が関わってるのかな。姿は……ああ、カバなんだっけ?」
カバ、という単語で、羅儀の声がちょっとトーンダウンする。
「あ、いや、そのユルルという子がどんな格好であっても……もちろん救い出すけどね。カバの着ぐるみが嫌だなんて、女の子らしいじゃん。……というかなんでカバ?」
「どうもドン・カバチョ族長の一族は、代々族長に近い血縁者ほど、カバの着ぐるみを誇りにしているらしいね。ドン・カバチョは正式にはドン・カバチョ何世だとか、どうとか」
答えたのは船医。
「ゆる族は自分に相応しい姿を決める慣習があるらしいけど、ユルルちゃんも『自分の姿』をカバにしろって圧力があったらしいよ。まぁ年頃の女の子にあのカバはきついかも……」
その言葉に、部屋の隅の椅子で足を組んでいた雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が眉を潜めた、その時。
どたどたという足音が廊下から響いたかと思うと、扉が開かれた。
そこには黒服の男たちと、彼を後ろ手に縛りあげたイルミンスールの生徒が四人立っていた。
「保護していただけないでしょうか? あとこの人を引き渡したいんですが。
自衛とは言え、街の中での戦闘行為は拙いですよね〜? やっぱり……」
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