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リアクション
イレイザーの記憶の欠片が飛び去って着地した最後の一か所は、兵屯地域だ。
ここでもとっくに発掘作業は始まっている。
「師匠、師匠! これはイコンの部品じゃないですかねぇ!」
シシル・ファルメル(ししる・ふぁるめる)が、小さな両手に土にまみれたネジを乗せて、五月葉 終夏(さつきば・おりが)へ見せに来た。
終夏は手を休めて、シシルの持ったネジを覗く。
「うん、そうかもしれないね。取っておこう」
終夏が頷いてそういうと、シシルはネジの土を払って、離れたござに向かって走ってゆく。
ござには、終夏とシシルが掘り起こした、イコンの部品と思しき金属の棒やら紐やら、変わった形の石や、酒瓶が並べてある。
それらを不思議そうに眺めていたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)が、走ってきたシシルに聞く。
「一つ聞くが……これらは何だ?」
「ふふふ! 一万年前のイコンの部品なんですよう!」
シシルは、胸を張って答えた。
グラキエスは少し考えて、シシルにこう言った。
「悪いが……おそらくどれもイコンの部品ではないな……」
「ええっ、そうなんですかあ!? し、師匠ー!」
シシルは驚いて終夏を呼ぶ。
終夏も同じような反応をして、
「えっ、そうなの? おかしいなあ」
「いや……この金属棒(これもゴミだろうが)はまだしも、紐とか瓶は違うだろう」
「いやあ、一万年前だからどんな部品があるかもしれないと思って」
終夏とシシルは、穏やかに笑ったままグラキエスを見る。
グラキエスは少し言いづらそうにして、
「二人とも……イコンはどんな部品が使われているか、知っているか……?」
終夏とシシルは、にこにこしている。
グラキエスは、思わず自分の頭を掻いた。
「シシル、終夏。こんなものを見つけたのだが、どうであろう」
今度は選定神 アルテミス(せんていしん・あるてみす)が濃い灰色の塊を持ってきた。
どう見ても、ただの火山灰の塊であった。
グラキエスが反応に困る一方で、シシルはおおおとうなり、
「アルテミスさん! もしかしたら、それは機晶石の核かもしれませんよう!」
「やはりか……! ただならぬオーラを感じたのだ」
「さすがアルテミスさん。目が肥えてるね」
「ふ……そうであろう。予言しよう。イコンの最重要部品は、全て我らが見つけ出すであろうと!」
「こんなことしてる場合じゃないですよう! 作業再開ですよう!」
意気揚々と去っていく三人を見送りながら、
(よく思い出せないが……ダークサイズはこういうものだったかな……)
とグラキエスは、あることで失ってしまった記憶を頭の中で探っている。
すると、彼のすぐ後ろで地面を強く踏みしめるような足音が、一つ聞こえた。
明らかにその足音には怒りが込められている。
グラキエスは敏感にそれを感じ、振り返る。
そこには、無表情の中にも怒りが眉間のしわとなって現れているウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の顔があった。
「…………戻れ」
ウルディカは、かろうじてそうつぶやいた。
グラキエスはそれで彼の気持ちを読み取り、手を上げる。
「ああ、すまない」
「グラキエス! ここにおったのか」
今度は荒々しく土を踏みしめ、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が歩いてきた。
「グラキエス。この遺跡は貴公の体に合わぬ環境なのだぞ。それを一人で歩き回るでない」
ゴルガイスは芯のある声でグラキエスへ叱りの言葉を投げた。
ウルディカが、それにかすかに頷く。
「ああ、すまないと言っている」
「それで済むと思っているのか。貴公の体調に何かあってからでは遅いのだぞ」
グラキエスが再度謝るのが、ゴルガイスは彼の気持ちの緩みを引き締めようとさらに叱る。
ウルディカが、かすかに頷く。
さらに加えて、けたたましい飛空艇の音が聞こえてくる。
それに負けじと、飛空艇からマイクに乗った、
『エンド! どこなのですかエンドー!』
という声。
【小型飛空艇アルバトロス】に乗ったロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の声である。
マイクを通してロアの取り乱した会話が聞こえる。
「ああ、君はダイソウトウ! イコンの一部を掘り起こしたですって? そんなことはどうでもいいのです。
目を離した隙にエンドが姿を消してしまいまして。記憶を失っても無尽蔵に湧きだす好奇心はそのままなのですよ。
もしかしたら溶岩にでも滑り落ちているかもしれません。ああ! 一緒にエンドを探して下さい。
必要とあれば、遺跡を全て掘り起こしてでも……!」
発掘の応援に到着したばかりのダイソウたちに、グラキエス捜索の要請をしている。
三人はロアらしくない狼狽っぷりを聞いて、
「見ろ、グラキエス。ずいぶんおおごとになってしまっているではないか……」
「そうだな……戻ろう」
流石にグラキエスも少し反省して、ロアの元へ戻っていった。
「ケガはありませんか? 具合はどうです?」
戻ったグラキエスの顔を両手で包み、ロアは質問攻めにしながら彼の無事を確かめる。
エメリヤンの上のダイソウを、グラキエスが見つめる。
彼の眼は、埋もれた記憶の中からダイソウのことを掘り出そうとするようにかすかに動く。
「グラキエスよ。記憶を失ったと聞いたが」
「そうなのだ。だがどうも、ダークサイズのことは残っていた手記に記されていたようでな。
イコンの発掘作業と聞いて、行くと言って聞かなかったのだ。我らは反対したのだがな……」
尋ねるダイソウに、代わってゴルガイスが答えた。
ウルディカはかすかに頷きながら、ダイソウに厳しい目線を飛ばし、
(もとはといえば、おまえたちがエンドロアの興味をそそることばかりしているから悪いんだ。
エンドロアに何かあれば許さない……)
という気持ちを込めて口を結んでいる。
ともあれ、発掘の助太刀も大幅に加わり、グラキエスの体調にも目を配りやすい。
「すまぬが、うちの子(グラキエス)を、よろしく頼む」
ゴルガイスがその龍の頭を、ダイソウに下げる。
ダイソウは頷き、遺跡内の拠点で補給所を作っていたが発掘場所が分散したため連れてきていた山南 桂(やまなみ・けい)を呼んだ。
桂はグラキエスを見て、
「グラキエス殿は、属性上熱にお弱いようでしたね。体調を崩してからでは遅いですから、予防のためこちらをどうぞ」
と言いながらグラキエスの額に冷えピタを張る。
長身で端正なルックスが、画竜点睛を欠く。
ウルディカが、冷えピタを貼り終わった桂の腕をガッと掴んだ。
「……」
「何か……?」
「……」
「ああ、彼がカッコ悪くなるのが気に入りませんでしたか。至らずに失礼しました」
「……」
桂の返答に、ウルディカは首を横に振る。
桂は無口すぎるウルディカに少し困惑しながら、
「……ええと、それでは何がお気に召しませんか?」
「……………………もっとだ」
「……なるほど」
そういうわけで、グラキエスは頬もあごも喉も、上着のそでとズボンのすそをまくって両手両足、冷えピタだらけにされてしまった。
「これでどうでしょう?」
桂が言うのを、ウルディカが無表情のまま、しかし満足そうにうなずいた。
落ち着きを取り戻したロアが、【ノマド・タブレット】の電源を入れる。
マッピングしたこの地域周辺の地形を3Dデータ化し、パソコンの画面に映し出す。
一万年の地層を効率よく掘り返す段取りを組み、総員作業に取り掛かる。
「発見した部品らしきものは私の所へ。画像データを作成します」
ロアの周辺に、細々した発掘物が集まる。
「見よ。これはコックピットの操作盤に違いない」
「ふむ……これはあそこの燃えないゴミに置いてください」
「なぜだ! では、これは飛行ユニットの一部で間違いあるまい?」
「粗大ごみへ」
「バカな!」
などと、たまにアルテミスがまるで見当違いの物を持ってきたりするが、データ収集の段取りと、商業地域でイコン発掘を経験してコツを掴んだ助っ人たちで、明らかに発掘スピードは上がっている。
ほどなく、
ガチッ
一万年前の地層の底の、固い手ごたえに到達した。
次のパーツは何だろうと、掘り起こしのスピードがさらに上がる。
アルテミスがマイペースに、ロアへまた何かを持ってきた。
「ふ、今までのは軽いジョークというものだ。見よ、保存状態の良い機晶石だ」
「これは機晶石というより……【機晶爆弾】では……」
「今だ!」
岩場の陰から声が聞こえた直後、アルテミスが持つ【機晶爆弾】が爆音と共に炸裂した。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
同時に、イコンパーツの形が見えて来た穴の側面からも、炸裂音と土くれが飛び、土の壁が崩れ落ちる。
「退避ー!」
複数の声と共に、皆がかろうじて穴から飛び出す。
しかし、せっかく見つけたパーツが土の中に姿を消してしまった。
思わず埋まったイコンに目を取られたダークサイズ。
それに間髪いれず、ローザの【弾幕援護】が背面から襲う。
ローザの真後ろに【召喚獣:バハムート】が現れる。
「薙ぎ払え!」
召喚主の涼介が叫ぶ。
彼らの援護を背に、チームサンフラが飛び出してくる。
予想だにしない、チームサンフラの不意打ちに合ったダークサイズは慌てて戦闘態勢を整える。
先ほどの【機晶爆弾】を【破壊工作】で埋め込んだ張本人の小次郎は、岩の上に口をゆがめて立っている。
ダイソウがエメリヤンの上から右手を上げる。
「いでよ、DS5天王……!」
との悪の首領の召喚にカッコよく応えてほしいものだが、そこはダークサイズの5天王。
洋あたりは応戦に出るが、イコンに興味のない菫はいないわ、大佐は、
「もう少しピンチになってから」
とか言っている。
乱戦の中、目の前で【機晶爆弾】が爆発し、白い肌が真っ黒のススにまみれたアルテミス。
「くくく……小癪なマネをしてくれたものよのう……」
彼らは神を怒らせた。
アルテミスの周囲を、怒りで歪んだ魔力が包む。
今にも、見境なしの極大魔法がはじけそうだ。
その波動が周囲の空気と、地面と天井を揺らす。
上からは小石や鍾乳が、
「どわあー! あぶねえええ!!」
ダークサイズにも落ちてくる。
それにまぎれて、こまかな土埃のようなものも落ちてくるのだが、土らしくない甘い香りが漂う。
「仮面ツァンダー! ソークウウウウウウウ! 1ッ!!」
天井には、いつの間にか【無限チョコパウダーふるい機】を持った風森 巽(かぜもり・たつみ)がぶら下がっている。
辺りに舞っているのは、巽がふるいおとしたチョコパウダー。
「蒼い空からやって来て、ダ(ーク)サイ(ズの)野望を阻む者! 我の名前を忘れたとは言わせないぞ、ダイソウトウ!」
天井からチョコと一緒に落ちてくる巽の声を見上げるダイソウ。
彼は巽にこくりと頷き、
「うむ。もちろん忘れた」
「このやろおおおおお! 正義の鉄槌、受けてみよ!」
名前を忘れられた私怨に思えなくもないが、巽は右手に雷を纏わせる。
「粉塵爆発って知ってるか? 轟雷ハンドッ!!」
独自開発の必殺技の名と共に、巽は【雷術】を解き放つ。
バチバチッと弾けた電気が、中空に舞うチョコパウダーを、熱を持って一気に伝導する。
最初の爆発で上がった土煙、アルテミスの魔力の影響で揺れ落ちる土埃、そして巽のチョコパウダー。
必要な条件を満たした密度の粉塵は、辺りを爆発の連動に巻き込んだ。
まるで戦闘機の空爆にも似た、とてつもない連続爆発が起こる。
ズオッ……ドドドドド……
「きゃあああああ! ちょっと、やりすぎよ! やりすぎいー!!」
隠れていた向日葵が、両耳を抑えて叫び、隣の結和を見る。
「ゆ、ユーワームーン! もうすぐあたしたちの出番だからね……ちょっと、ユーワームーン!?」
結和は覆った両手の隙間から真っ青になった顔を見せ、
「ダメ……ダメなの……」
爆発の振動があっても肩越しに伝わってくるほど、彼女の体は震えている。
ネネが、結和をふわりと抱きしめ、
「サンフラちゃん、いえ、魔女っ子サンフラワー。そしてひなげしちゃん。ここはわたくしに任せて、行ってくださいな」
『せ、セクスィーネネ!』
いつの間にかすっかり乗り気のネネは、結和をお姫様だっこして彼女を避難させようと立ち上がる。
しかしネネの眼前に、あからさまに怪しい段ボール箱が3つ、不自然に転がっている。
「!」
ネネは殺気を感じ、横に飛び退きながら扇子を投げる。
段ボール箱はそれを素早くよけ、岩の上に飛び乗り、
「ふーふふふふ……」
と笑う。
「自分の完璧な潜伏術を見抜くとは、なかなか良い目をお持ちのようでありますね。
ここを通りたければ、我々を倒してからゆくがよい! であります!」
葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が段ボール箱を取って彼方へ投げる。
「DS5天王の一人、葛城吹雪であります!」
「わたくしは、美少女戦士セクスィー・ネネですわ!」
「ていうかネネ……あなた何してるの?」
二個目の段ボールからコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が現れて言った。
ネネは結和をそっと降ろし、
「ちょっといろいろあったのですわ」
「なるほど、詳しい事情はあえて聞くまい。今は我らは敵同士。ただそれだけのこと!」
三つ目の段ボールからは鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)が出てきて、いきなり【六連ミサイルポッド】で先制攻撃を仕掛ける。
ネネはそれをかわすが、避けた先を見抜いた吹雪が【軍神のライフル】を連射。
ネネはダッシュして物陰に隠れる。
「隠れても無駄である!」
二十二号が【88ミリ高射砲】で、隠れた盾ごと吹き飛ばそうとするが、
どうんっ
「なに、無傷……だと!?」
ネネが隠れた大きな鉄板のようなものは、傷一つつかない。
コルセアが叫ぶ。
「な、あれは……イコン! 両足のパーツだわ!」
「ほほほほほ。わたくしたちが攻めて来たのは、イコンの発掘に成功したからなのですわ。
残りのパーツも、チームサンフラがいただきますわ!」
ネネがイコンの足の上に飛び上がり、スペアの扇子を投げる。
吹雪がかわすと、そこに【ホワイトアウト】が襲いかかった。
「わあ! 視界が!」
塞がれた吹雪の上空に、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が乗った【聖邪龍ケイオスブレードドラゴン】が舞う。
「お仕置きですわ」
ヨルディアが、間髪いれずに【天のいかづち】を落とす。
「わわわわわ!」
吹雪と、そばにいたコルセアと二十二号が電流にしびれる。
地面には、宵一が【スレイプニル】に跨って蹄を鳴らす。
「おい、なんとかネネ! 向日葵を助けに行ってやれ! あいつらだけじゃ心もとないからな。
ユーワームーンも任せろ。何とかしてやる」
「恩に着ますわ♪」
ネネは、宵一に投げキッスをして、向日葵を追ってジャンプした。
「なーにが悲喜劇の未来だ。思いっきり戦闘状態じゃねえか。報酬ははずんでもらえるんだろうな……」
宵一はまったく貧乏くじを引いてしまったと思いながら、【双星の剣】を抜いた。
「リイム、リイム! これじゃあお絵かきできないよお!」
宵一が吹雪との戦闘を開始したころ、イコンが埋まった土の上に立って、コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が【塗装用スプレー】を片手にリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)に言った。
リイムも色違いの【塗装用スプレー】を持ったまま、
「これは困りましたねえー」
「どうする? ねえ、どうするー?」
コアトーは、待ちきれないようにスプレーを振る。
リイムは少し考えた後、頭の上に電球が灯る。
「閃きました! 埋まってしまったのなら、掘り返せばいいのですー!」
リイムとコアトーは宵一が連れて来た。
従って、チームサンフラ側の者である。
ダークサイズを邪魔するために穴を爆破して埋めたのに、リイムたちの優先事項は、
「イコンにいっぱいお絵かきして、乗るのが恥ずかしくなる作戦!」
の遂行である。
そういえば、向日葵たちが見つけたイコンの両足も、何だがポップな色合いになっていた気がする。
リイムは、ごそごそ荷物の中を探り、
「たったたー。【機晶爆弾】〜」
リイムとコアトーは、イコンに落書きをするため、爆弾を地面に埋めて土を吹き飛ばす作業を始めてしまった。
一方で、向日葵とひなげしの前にはDS5天王最後の一人、フィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)が立ちはだかっていた。
向日葵の足元には、フィーアの投げた【水龍の手裏剣】が突き刺さっており、足止めを食らっている。
「ドーモ、サンフラワー=サン。フィーア・シジョーです」
「な、なんなのその、変な言葉遣い」
「サンフラワー=サン、僕のスリケン(手裏剣)をかわすとは、実際成長めいたコトがあったようですねー。
だけど、接近戦はドウデショー?」
フィーアは不可解な言葉を使いながら、【バイオ竹槍】を構えた。
「いざ、しめやかに、勝負! わっしょい!」
これまた変な気合いの声を入れて、フィーアが向日葵に遅いかかる。
「ちょちょちょっと、待ったあああ! あたし魔法少女なったばっかなんだからー!」
向日葵は逃げながら叫ぶ。
もちろんフィーアは追う。
「正義の味方が逃げの一手とは、臆病者的アトモスフィア!」
フィーアの言っていることは、やっぱりよく分からない。
「母さん!……か、母さん……?」
気づけば、向日葵とフィーアは、ひなげしの周りを円形になって追っかけっこをしている。
しかしひなげしは、目の前に何度も通り過ぎる二人の向こうに、巨大な山羊に跨った赤い軍服姿の男の姿を見る。
「……ダイソウトウ……!」
ダイソウは、初めて見る青年を見下ろし、ひなげしは燃えるような瞳で彼を見上げた。
「おまえのせいで……未来のニルヴァーナはめちゃくちゃだ」
「……」
「ニルヴァーナを……おまえには渡さない!」
「ほう、ニルヴァーナは私のものになるのか」
「そうはさせない」
「察するに、おまえは未来からやってきたようだな」
「そうだ! 俺が未来を変えてやる」
「私にも私の目的がある。止めたいのなら、かかってくるがよい」
と、ダイソウもたまには悪役みたいなことを言ってみる。
だが、とダイソウは前置きし、
「私も多少、戦いの心得がある者だ……今の私に、一分の隙もない」
「ぐっ……」
「いつでも来るがよい。私の隙を、その目で捉えられ……」
ぼがっ
横から飛んできた蹴りで、ダイソウはエメリヤンから転がり落ちた。
「隙だらけじゃないかー!」
ひなげしが叫んでいる間に、ダイソウの代わりにネネがエメリヤンの背中に降り立った。
ダイソウは頬をさすりながらのそりと体を起こし、
「ネネ、何故蹴るのだ」
「ダイソウちゃんがいつでも来いって言ったからですわ」
「その格好は何なのだ」
「わたくし、どうやら正義の味方だったらしいのですわ」
「そうだったのか。ならば仕方がない」
「仕方ないのかー!」
母親譲りのツッコミ台詞を吐くひなげし。
彼は寛容にもほどがあるだろうと叫ぶと、ダイソウは改めて立ち上がりおしりの土を払う。
ネネはひなげしを見下ろし、
「ひなげしちゃん。未来は自分の手でつかみ取るものですわ。見事ダイソウちゃんを倒して見せてくださいな」
「わ、わかった。セクスィー・ネネ!」
ひなげしがキリリとダイソウを見る。
ダイソウはマントを翻し、再度ひなげしに対峙した。
「青年。改めて勝負だ。もはやこれ以上の邪魔は入るま……」
「うおおおおお!」
「入ったー! 邪魔がー! 隙だらけだー!」
ひなげしは思わず拳を握って、実況のように解説してしまった。
ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)による、ダイソウの脇を目がけた【ライトニングブラスト】の雷撃が決まり、ヴィンセントはさらにタックル。
仰向けに倒れたダイソウにヴィンセントがマウントポジションをとり、たくましい両拳をダイソウにぼかぼか振り下ろす。
「タコ殴りだー! 大丈夫なのかー!」
その様は、ひなげしが思わず心配するほどの残虐っぷりだ。
「お嬢! 今です!」
「はああああっ!!」
ダイソウを抑えたヴィンセントが叫ぶと、シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)を頭に乗せたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がダイソウの顔めがけて、【咆哮】と【七神官の盾】を叩きこんだ。
「ひ、ひでえ……」
あまりの容赦のなさに、ひなげしは震えて言葉が出ない。
「やっと捕まえたわ。これでゆっくり話ができるわね」
リカインがつぶやくと、もはや立つことはできまいとヴィンセントも立ち上がる。
ダイソウはむくりと上半身を起こし、
「で、何の用なのだ」
「ちょっと! 何で無傷なのよ! それずるくない!?」
「てめえ、何でできてやがるんだ!」
リカインとヴィンセントは非難ごうごうだが、ダイソウも、
「あの青年と戦う雰囲気だったのに、おまえたちが横やりを入れて来たからいかんのだ」
と、よく分からない視点で言い返す。
リカインは、これで動揺してはならないと咳払いを一つ入れて、
「こほん。いいことダイソウトウ。今すぐ! 空京放送局の株式を全て手放しなさい!」
と、ダイソウの顔に人差し指をつきつけた。
ダイソウはいかにも、それはできぬ、といった顔をしながら、
「なぜだ」
「なぜって……なぜでもよ!」
リカインは、思わず言葉を濁す。
「私は空京たからくじで当選した金を投資したにすぎぬ。くじの出資者である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)も問題ないとしたではないか」
「そ、そうだけど〜……」
ダイソウが空京たからくじで1億Gを当選した際、その場を仕切っていたのは環菜に変装したリカインであった。
ダークサイズが躍進するきっかけを作ってしまって責任を感じているリカインだが、自分がニセ環菜であると名乗るわけにもいかず、今回ようやく未来のニルヴァーナを守るという大義名分で、空京放送局の解放にやってきた。
もちろんダイソウも、その時の環菜が偽物であったことを知らない。
ダイソウを説得する手駒が少ないリカインは、
「だから……そうよ! 今のトレンドはニルヴァーナよ! 空京放送局なんて引き払って、ニルヴァーナ放送局を作るの。
あなた、当分ニルヴァーナにいるんでしょ?」
「ふむ……だが私の目的は、あくまでパラミタ大陸征服だぞ」
「その布石でニルヴァーナ征服やるんでしょ? だったら早い方がいいわ。ニルヴァーナ征服の頃には、空京放送局買い戻せるくらいのお金なんて余裕だわ」
「なるほど。それは確かに言えるな……秘書チームに予算を組ませるとしよう」
「ちょっと待てーっ! それじゃダークサイズのニルヴァーナ征服が近づいちゃうじゃないか! 拍車をかけてどうするんだよ!」
ひなげしが追いかけてきて、リカインの肩を掴んだ。
リカインはひどく冷たい目をして振り返り。
「ああ、それ私の知ったことじゃないから」
「ええー!」
リカインにしてみれば、空京放送局を獲得させてしまったのが追い目であり、それから手を引かせることができれば何でもいいようだ。
「あ。ところで、ひなげしくんの父親って誰なのかしら。ねえ、ヴィンセント」
「じ、自分は違いますよ!」
「その割に、動揺しているではないか」
「だ、ダイソウトウまで何を言いやがる!」
「なごやかに雑談始めるなー!」
自分にとってどんどん悪い方向に進むひなげしに、
「あのー! 誰か助けてくれませんかねー!」
ずっとフィーアから逃げ続けている向日葵。
そこに、少し向こうから
「ばんざあああああああい!!」
という叫びと共に、またしても大きな爆発音。
「うわっ!」
強烈な爆風が、ひなげしたちの所まで届いてきた。
「だから吹雪! なんでわざわざ、エラーが目に見えてる新機能使うのよ!」
「相手がなかなか強かったから、仕方ないのであります!」
コルセアと吹雪が、地面に伏せて爆風をやり過ごしながら言い合っている。
宵一たちとの戦いに手こずった吹雪が、二十二号に内蔵のOSを『VISTA』に更新した際、『桜花、回天、震洋、伏竜』とかいう新アプリを発見し、試しに桜花を起動した。
二十二号は玉砕の声と共に内臓のミサイルポッドを全て解放、発射。
それでも飽き足らず(つまりエラー)、自分自身も天高く舞い上がったかと思うと、地面に突撃したのである。
【機晶爆弾】にも負けない爆発力で、二十二号とミサイル全弾は、ちょうどイコンが埋まった地点に激突して大破。
リイムとコアトーが掘り進んだ穴を一気に深く大きく穿ち、そこには再度イコンの姿が見えていた。
「だから『7』までバージョンアップしときなさいって言ったのに!」
と、コルセアは文句を言いながら、イコンを引っ張り出していた。
これをチャンスと、イコンから太いロープを引っ張ってリニアモーターカーに接続。
「発車シマァース……」
運転手クマチャンに強制的に発車させ、イコン両脚、胴体、両腕は裸のままフレイムタンへと消えていった。
「しまったあー!」
ひなげしや向日葵が叫ぶのも空しく、イコンパーツはカーブの度に壁にがしがしぶつかりながら、乱暴に運搬されていったのである。
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