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月崎 羽純(つきざき・はすみ) ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)



「やめるんだ。これ以上、おまえが不幸になる必要はない」

うしろから羽純が俺の体を抱きしめた。
俺は、羽純の腕を振りほどこうともがく。
今度は別の誰かが俺の手首をきつく握りしめた。
抵抗できないほどの力で引っ張られる。
俺を引き寄せたのは、白い長髪、肌、瞳をした、胸に薔薇の花をつけたスーツ姿の女だ。
折れそうな細身の体のどこにこんな力があるんだろう。
女は俺に顔を近づけささやいた。

「オリバー様。私は、ローザ・オ・ンブラと名乗らせていただいている卑しき者。
人間の世界の常識にのっとって自己紹介させていただけば、ようするに一介のただの悪魔でございます」

「悪魔だって」

「はい。左様でございます。もし、いま、私めと契約を結んでいただけましたらば、すべては御心のままに」

「どういう意味だ」

「つまり、私に、願いをなんなりとお申しつけくださいませ。
願いが叶った際の見返りには、オリバー様がお亡くなりになった後、御身の魂を私めのコレクションに加えさせていただきます」

「魂をくれてやれば、俺の代わりに、あんたが、いますぐに、この館で、キャロルを殺したやつらを、アンベールのウジ虫を、八つ裂きにして地獄に落としてくれるのか」

「もちろん、でございます。串刺しでも、ギロチンでもお好みのままに。
僭越ながら個人的な意見を述べさせていただきますと、大理石の床にドス黒い血の華を描き、生きた人間の脳髄、臓腑を孤独と絶望の中で一晩かけて凍りつかせ、檻にいる観賞用の獣へエサとして人間を与える。
これだけ創意工夫をこらした作品を次々にモノにした芸術家の皆様に、とおりいっぺんのおもてなししかご用意できないのであれば、それは、敬意が足りないと言いましょうか、もうしわけがたたないかと思われます。
特別コースの一例として、四肢を指の先からミリ単位で蟲に喰わせてゆくのをご鑑賞されたら、いかがですか。
蟲たちの羽音や、被害者たちの悲鳴、絶叫で、いささかにぎやかすぎるかもしれませんが、オリバー様のご気分もさぞかし晴れましょう」

「あんた、ほんとにそれができるのか」

象牙みたいな白い目を俺にむけ、ローザはゆっくり首をたてに振る。

「悪魔は常に誠実に悪魔でございます。
私めは嘘はもうしません。悪魔らしくもない、よけいな思惑などにとらわれていては、悪魔はつとまりませんので」

たしかに俺一人の力では、ここでアンベールとやつの手下、仲間たちのすべてを殺すのはムリかもしれない。いや、おそらくムリだろう。
なら、ローザの力を借りるのもアリだな。
死んだ後、俺の魂がどうなろうと知ったことか。

わかった。

悪魔よ。俺を助けてくれ。

「ローザ。俺の願いをきいてくれ」

「はい。御心のままに。では」