First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last
リアクション
5.異世界交流 ―もう一人の自分―
匿名 某(とくな・なにがし)は途方に暮れて歩いていた。
手に持っているのは、カレーのルー。
何を間違えたのか鍋会にルーだけを持参してきてしまったので、このままでは食べられない。
そうだ!
ふと、某は閃く。
ならば食材を入れてカレー鍋にすればいい!
早速協力者を募ろうと、前に歩いていた少女に声をかける。
「ねえ君! 俺は某って言うんだけど……」
「私、ですか?」
驚いた様子で目を見開いたのは、ノナメ・ノバデ。
「一緒に鍋を作らないか? 実は俺……」
「そ、それは願ったり叶ったりなのですが、実は私……」
「「カレーのルーだけしか持ってこなかったんだ(のです)」」
両手に持って差し出されたふたつのカレールー。
そして見合わす顔と顔。
「……え、君も?」
「キミも?」
……ぷ。
どちらからともなく、笑い声が漏れた。
某とノナメは連れだって歩く。
他の鍋をやっている人に声をかけ、食材を分けてもらいながら。
「改めて、俺の名前は匿名 某って言うんだ」
「わたしは、ノナメ・ノバデです」
「……綴りを教えてもらってもいいかな?」
「NONAMEですが……」
(NO NAME……名無し!)
某は、出会った時からなんとなくノナメに感じていた親近感のようなもの、その理由の一端がなんとなく分かったような気がした。
(この子も俺と同じ、名無しだから?)
「どうしました? これだけ材料が集まったのですから、立派なカレー鍋ができますよ」
「あ、ああ」
ふいに近づいてきたノナメに某ははっと距離を取る。
暑い夏の日、水着に汗の滲むノナメの姿はやや某にとって刺激が強かったらしい。
「?」
ノナメはそれには気付かず鍋を作り始める。
慌てて手伝う某。
「それを切っておいてくださいね」
「ああ」
てきぱきと某に指示を出しながら、ノナメはふと思う。
(これってもしかすると……デート、なのでしょうか?)
時折慌てた様子でノナメから目を逸らしながら手伝ってくれる某をじっと見入る。
見つめすぎていたため、鍋の方が注意散漫になってしまったらしい。
ぱちり。
熱い熱いカレーが、ノナメの胸元ではじけた。
「きゃ……熱っ!」
「わ、大丈夫か……って!?」
熱い熱いカレー汁がノナメの水着に着いたため、ノナメは慌てて水着を肌から離そうとしていた。
と、当然ノナメの胸元が露になって……
「わ、うわわわわっ!?」
「え……きゃぁあああっ!?」
二人は慌てて目や胸元を押えるのだった。
※※※
「おーい、カツミー」
「カツミー」
鍋会近くの河原で、ヴィルト・ルプスとアレン・ドールマンが千返 かつみ(以下カツミ)を探していた。
「ったくあのお嬢、また一人でふらふらと……おーい、カツミー!」
「え……よ、呼んだ?」
「おお、カツミ、どこ行ってたんだ……よ?」
安堵の声をかけようとしたヴィルトが固まった。
目の前に出てき千返 かつみ(ちがえ・かつみ)(以下かつみ)は、両手に食材の入った買い物袋を持った……青年だったから。
「お前……誰だ? 千返 かつみを知らないか?」
「いや、俺も千返 かつみなんだけど……」
「かつみさん、遅いですねえ」
「どっかで迷子にでもなってるのだよ、きっと」
鍋会会場では千返 ナオ(ちがえ・なお)とノーン・ノート(のーん・のーと)が鍋の用意をしながら、かつみの帰りを待っていた。
「えっと……呼んだ?」
「どうしたんですか、遅かったじゃないですか……え?」
「おー、お帰……り?」
そこに現れたカツミを見て、ナオとノーンが固まる。
「あの、あなた、は……?」
「かつみ……?」
「え、わたし、千返 かつみなんだけど?」
「いやー、カツミが目の前に現れた時は、てっきりお前が女装してきたのかと思ったぞ」
ノーンの笑い声が響く。
あれから、ナオのテレパシーで状況を知ったかつみはヴィルトとアレンを連れてカツミたちの元へ合流した。
「よかったら一緒に鍋食べませんか?」
というナオの一言で、全員で鍋会をすることになった。
人が増えたから材料追加ですね! と、ナオはダッシュで雑貨屋に買い物に出る。
その間に、一通り挨拶が行われた。
「……ということは、こっちがオレたちの知ってる千返 カツミで……」
ヴィルトがカツミを指差す。
「こっちが男の千返 かつみなのだよ」
ノーンがかつみを指差す。
「しかしあの時は驚いたな……」
ノーンが話を蒸し返す。
「何言ってんだよ」
「冗談だ。身長も違うし、第一お前がいくら女装しても……ぶぶっ」
「お前今何想像した!」
「してない。お前の女装なんて……ぶぷぶー」
「おいコラ」
「ただいまー!」
かつみとノーンがじゃれ合っている最中に、新たな買い物袋を抱えたナオが帰ってきた。
「さっきが鶏肉だったから今度はソーセージでも良かったですか? かつみさんのリクエストで油揚げも買ってきましたし、あと、お菓子も……いっそ、色々入れて闇鍋風なんてどうですか?」
「闇鍋!?」
「止めろナオ、闇鍋を増やすな。カツミもそう目を輝かせないで」
「ナオ、そういう時はだな、この油揚げの中にこっそり具を入れて……」
「ふむふむ」
「ノーンも入れ知恵するな!」
「大丈夫、お前だけしか食べさせないから!」
「……(ぐりぐりぐり)」
「あいたたた! 額を、額をぐりぐりするなー!」
かつみとナオ、ノーンの話し合いをしている隙をついて、カツミが鍋に近づいた。
「どぼどぼー」
カツミは雑貨屋で購入した粉類を鍋に投入する。
「わっ、カツミ今何入れた!?」
「大丈夫だから!」
「いや何入れたって聞いてんのに……」
「闇鍋は諦めるけど、これくらいはいいでしょ?」
カツミは闇鍋に興味津々だったが、アレンに「鼻メガネみたいな目にあうぞ」と窘められ諦めたのだ。
いつの間にか鍋はぐつぐつ煮えている。
中に入っていた豆腐の角が崩れ白く濁り……
「ほら、いい感じだよ? 大丈夫って! みんなまず一口食べなさい!」
どん引く面々に、カツミは鍋を勧める。
「……ええい! お嬢の不祥事はパートナーの責任! でりゃあっ!」
「がんばれ!」
心を決めたのか、気合を入れて鍋に箸を伸ばすヴィルト。
心からのエールを送るかつみ。
「はもっ……ん……ん? ……意外と、いける?」
「だから言ったでしょ!」
カツミが鍋に入れたのは重曹だった。
このせいで豆腐が崩れ溶け、豆乳鍋風になったのだ。
「え、本当……あ、意外とおいしい。油揚げもいける」
「ね、ね!」
驚くヴィルトやかつみに胸を張って見せるカツミ。
「……なんだかんだ言って、あいつ等結構鍋を楽しんでるようであるな」
漸く一息ついたノーンがどこからともなく取り出した杯を傾けている。
「――せっかくなんで、1杯飲むか?」
「あ、ああ」
ノーンから杯を差し出され、アレンは思わず受け取る。
(本から酒を勧められたのは初めてだな)
動揺を押さえ一口飲み、ノーンに杯を返す。
「ご返杯、どうぞ」
「お、どうも……ぐー!」
「えー!?」
アレンから受け取った杯を飲み干した瞬間、ノーンは限界に達し倒れてしまった。
「あれだけで!?」
アレンはおろおろとノーンの様子を見る。
(酔っぱらいの介護をしたことはあるが……本はどうやって介護したらいいんだ?)
「あー、悪い。後ですぐ回収する!」
いつものことなのだろうか、かつみが慣れた様子で手を上げた。
「やっぱり、こうやって鍋をみんなでわいわい食べるのって、楽しいね」
カツミがふと感想を漏らす。
「ヴィルト達と出会う前は、そんな機会なかったから……」
「ああ。俺も、一人じゃなくて、みんなで一緒に食べるのは楽しいって、思える」
「かつみも、そう思う?」
かつみの言葉に、カツミが身を乗り出す。
「ああ。昔はそんなこと考えもしなかったけど……」
「わたし達、色々違う所はあるけど、どっちの『千返 かつみ』も、パートナーが大事っていうのは一緒みたいね」
「そうだな。そう言う所は、お互い似てるな」
かつみとカツミは一瞬鏡のように見つめ合い、微笑んだ。
※※※
「ん?」
ぱたぱたぱた。
八上 麻衣が右手を上下させると、八上 麻衣(やがみ・まい)は左手を上下させた。
「んん?」
ぱたぱたぱた。
麻衣がそのまま右方向に移動すると、麻衣は左方向に移動。
「んんんー」
麻衣があかんべーすると、麻衣もあかんべー。
「……なあんだ、鏡かぁ」
「ですよねー」
「……なワケないでしょー!」
川原 亜衣の突っ込みが響き渡った。
ワールドホライゾンからやって来た八上 ひかりとパートナーの亜衣、麻衣は、ゲートのほど近くで鍋の準備をしていた。
パラミタの八上 麻衣と川原 亜衣(かわはら・あい)は、それぞれ道に迷ったのか姿の見えないパートナーのケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)とハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)を探していた。
そして草をかき分け顔を出した先に、ひかりと亜衣、麻衣たちと鉢合わせたのだった。
「にしても、ホントに何から何までそっくりだね、麻衣ちゃん」
「本当、スゴイよね〜」
ひかりが感嘆の声を漏らすと、パラミタの麻衣が深々と頷く。
「ごめん、あなた、えっと、そっちの麻衣ちゃんじゃなくって、こっちの麻衣ちゃんに話しかけようとしたんだけど……」
「今、ひかりが話しかけてるのが、あたしの妹の、ひかりのパートナーの方の麻衣だよッ!」
困惑するひかりに亜衣がツッコむ。
「あ、あれ、えーっと……」
頭を抱えるひかり。
「まあまあ。そろそろお肉も入れよっか?」
鍋を見る麻衣。
パラミタの亜衣、麻衣の出現に、せっかくだから皆で鍋を食べようと鍋会の準備が進められていた。
麻衣が見ているのは、ちゃんこ風の寄せ鍋。
醤油ベースのだしに野菜と豆腐、鶏肉豚肉など様々な具材を入れて煮込んだものだ。
「美味しそうね。まだかしら?」
「待ってる間、良かったらお菓子をどうぞ!」
「ありがとう! それで、えっと…… ひかりさんに、お願いがあるの」
「ええっ、あたしに?」
麻衣からお菓子を受け取ったパラミタの麻衣は、もじもじしながらひかりに切り出した。
「それ、触らせてもらっても、いいかしら……?」
「それ……って、これ?」
ひかりの頭から突き出した、狐の耳。
お尻から生える、狐の尻尾。
「これくらい、別にいいけど……」
「わあ、ありがとう!」
もふっ。
もふもふもふもふも……
「はぁあ、たまらないわー」
「よ、喜んでもらえてよかったー。ね、亜衣ちゃん」
「あ、あたしは……」
「だーかーらー、ひかりのパートナーの亜衣は、わたしの方だってば!」
パラミタの亜衣に間違えて同意を求めるひかりに、亜衣が何度目かのツッコミを入れる。
確立にして、二分の一。
なのにひかりは何故か確実に亜衣と亜衣を間違えていた。
「全くもう、逆にすごいわよ……」
「そっちはまだ良いわよ」
呆れた様子で溜息をつく亜衣に、亜衣がぽろりと本音を漏らす。
同じ姿形の亜衣に、ついつい警戒が緩んだのだろうか。
「うちのヤツときたら、とことんバカで、遊び好きで、女ったらしで……」
「あらら」
「ああっ、なんであんなのとパートナー契約なんか結んだのよ、あたしのバカバカバカッ!」
「……うちのパートナーだって、バカさ加減じゃあ、アンタの所のと大して変わらないと思うんだけど」
頭を抱える亜衣の背中を優しく撫でながら、亜衣は慰めとは若干違った台詞を口にする。
「でもでも、あいつはほんとバカでロクデナシで女の敵で……!」
思いつく限りのハインリヒへの悪態を並べる亜衣。
(なるほどね……)
そんな亜衣を見ながら、亜衣は彼女の本心を見抜いていた。
亜衣は、口ではパートナーのことを罵ってはいるが、決して本心から突き放してはいないということに。
「……まあ、ケンカ友達以上、バカップル未満って所かしら?」
「ちょっと、話聞いてた!?」
ほどよく鍋が煮えた所で皆でおいしくそれをつつき、最後投入したダシをいっぱい吸ったうどんを堪能した。
そして食べながら、たくさんの言葉を交わした。
さすがにワールドホライゾンやアバターについての話はできなかったものの、それぞれが生きていた、生まれ育った場所や環境。
そして人生や価値観。
重なっている所もあれば、異なっている部分もある。
そして麻衣と麻衣、亜衣と亜衣は姿形こそ似ているものの、何のことは無い、やはり全く別の、独立した存在だという事実がより明白になった。
「そっかー。やっぱり、わたし達って別の人間なんだね」
麻衣はそっと呟く。
それはどこかほっとしたような、聞こえようによっては残念そうな響きがあった。
「うん、お互いに色々と大変だけど、これからもガンバローね!」
「そうね」
「ええ」
「もちろん!」
麻衣と亜衣たちは口々に頷き合う。
そして鍋の片付けを終えたひかりが立ち上がる。
「今日は楽しかったよ。またいつか、こうやって一緒にお話ししようね!」
亜衣と麻衣の横に立ち、亜衣と麻衣へと手を振る。
「それじゃあ、また! 二人とも元気でねー!」
「ええっと」
「あの……」
「ちょっと……」
「ひかりちゃん……」
ひかりの隣の亜衣と麻衣、ひかりが手を振る亜衣と麻衣、4人の心と声が綺麗に揃った。
「「「「そっちは別の亜衣と麻衣!!」」」」
First Previous |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
Next Last