薔薇の学舎へ

波羅蜜多実業高等学校

校長室

葦原明倫館へ

はっぴーめりーくりすます。

リアクション公開中!

はっぴーめりーくりすます。
はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。 はっぴーめりーくりすます。

リアクション




第三章 もろびとこぞりて



25.シズルさんたちと。


 せっかくのクリスマスイブなのに、特に予定もないなんて。
 ヴァイシャリーの街を歩きながら、茅野 菫(ちの・すみれ)は息を吐いた。隣を歩いていたパビェーダ・フィヴラーリ(ぱびぇーだ・ふぃぶらーり)が、「どうかしたの?」と問い掛けてくるが、答えるほどの理由でもない。
 ただ、そう。
 ちらり、周りを窺ってみる。
 ――嫌になるなぁ。
 再び、ため息。
「だから、どうしたのよ」
「別にー。……どこに行ってもカップルばっかりで嫌になっちゃうなーって」
 ――あたしも、誰かと遊ぼうかな。
 ふと思い立って、そしてすぐに思い浮かんだ相手は。
 携帯電話を取り出し、加能 シズル(かのう・しずる)の番号を呼び出す。
「あ、もしもし? 今からちょっとヴァイシャリーまで来てよ。待ち合わせ場所は人形工房。レティーシアも連れてきてよね。じゃあね」
 そして有無を言わせる間も与えずに用件だけ言って、電話を切って。
 次に泉 美緒(いずみ・みお)の番号を呼び出す。
 シズルにした内容と、同じようなことを言って。
「これでOKっと」
「……菫? 何したの」
「え? ロンリークリスマスを過ごしているだろういつものメンツと遊ぼうかなーって?」
「……はぁ」
「? なんでパビェーダがため息吐くのよ」
「なんでもないわよ……」
 そんなパビェーダの態度が気になりはしたけれど。
 なんでもないと言っているし、いいかと楽観視して。
 一応呼び出した側でもあるわけだから遅刻したらまずいかな、と人形工房へ向かった。


「遅い、寒い」
「仕方ないでしょ、いきなりだったんだから」
 待たされ凍えた菫のとげとげしい一言に、シズルが苦笑しながら反論した。
「ていうか呼び出しにあっさり応えたりなんてしてさ。クリスマスイブなのにデートする相手も居ないの? 寂しいわねー」
 くすくす、悪戯っぽく笑って言ってやる。
 なっ、とシズルが顔を赤くした。彼女の反応はいつも楽しい。ハロウィンの時もしっかり驚いていてくれたし。
「それは菫にも言えることでしょ!」
「あたしはまだ10歳だもーん」
「10歳? 随分とマセてらっしゃいますのね」
 嫌味も悪意もなく、さらりと若干の毒をレティーシア・クロカス(れてぃーしあ・くろかす)が言った。
「悪かったわねマセガキで」
 そう、たまに本人でさえ忘れそうになるが、菫はまだ10歳である。
 失礼しちゃう、とわざとらしく拗ねた振りをしていたら、
「そろそろお店に入りませんか? 菫さんの言うとおり、外は寒いですし……中も、気になりますわ」
 美緒が、のんびりとした調子で提案。
 頷いて、菫は率先してドアを開けた。
 すると広がるは、
「……人形工房よね?」
 クリスマスパーティの様相。
「いらっしゃいませ」
 けれど、その言葉によって、一応は店であることを確認する。
「しっかしまぁ無愛想な店主ね、あんた」
「余計なお世話」
 リンス・レイスに声をかけてみたら、つっけんどんに返された。
 可愛げないなー年上だけど、と10歳の少女らしからぬ感想を17歳相手に抱いたところで、
「いらっしゃいませ! たのしんでいってね!」
 可愛げしかない子から、にっこり笑って挨拶された。きっとこの工房の盛況っぷりは、この少女の可愛さが招いたものだろう。
「あんたは可愛いねー。名前なんていうの」
「クロエよ、おねぇちゃん!」
「ふーん、あたしは菫。あっちがパビェーダ、あたしのパートナー。それからその後ろの三人は、あの年になってクリスマスを一人で過ごすロンリー少女達よ」
「ちょっと菫、どういう紹介してるのよ!」
「図星だからって怒らないでよねー」
「こーのっ!」
 シズルときゃいきゃい騒いでいる間に、美緒とレティーシアが人形の並んだ棚の前に立っていた。
「人形。可愛いですよ」
 おっとりと笑んで、美緒が言う。
「この人形、シズルに似ていると思いません?」
「こっちはレティーシアに似てるわね」
 そうして、品評会になり。
「あ、そうだ。ここで人形買ってさ、プレゼント交換しようよ」
「あら。面白そうですわね」
「うん、いいんじゃない?」
「誰にどんなお人形をプレゼントするか、悩んでしまいますね〜」
 三者三様、それぞれの反応があり。
「…………」
 パビェーダだけ、静かにしている。
「? ねえ、さっきからどうしたのよ?」
「なんでもないわ」
 訊いてもこれだから。
 なによーと首を傾げつつ、人形選びに集中することにした。


 本当は、菫と二人きりで過ごしたかった。
 誰かと遊ぶ、の、誰か、に。
 なりたかった。
 だから、自分がそれに及ばなかったことが、少し悲しいと。
 パビェーダは、細く息を吐く。
 ため息だと気付かれないように。
「言いたいことがあるなら、言えるうちに言った方がいいよ」
「!」
 それを、あの無愛想店主に悟られた。
「言えたら、苦労しないわ」
「だよね。……でも、言えないで後悔するよりはマシじゃないかなって俺は思うよ」
 ――そう、なのかしら。
 ――そう、なのかもね。
 言えないで、ずっと悶々と、胸に想いを閊えさせておくよりは。
 その方が、いいのかもしれない。
「……ありがとう。ところで」
「?」
「「俺』って……男だったのね」
「男だよ、あんたら失礼だな……」


 シズルには、狼のぬいぐるみ。
 レティーシアには、白猫のぬいぐるみ。
 美緒にはうさぎのぬいぐるみをそれぞれプレゼントに購入して。
 パビェーダにはどうしようかと悩んでいたら、
「菫」
 当の本人に声をかけられ、驚いた。
「何?」
「……私、人形は要らないわ」
「はぁ? なんで?」
 せっかくここに来たのに。
 人形だって、どれもこれも可愛いのに。
「別のものが欲しいから」
 けれどパビェーダはそう言った。
 別のもの? と疑問符を浮かべると、
「菫の、明日一日が欲しいの」
「……どういうこと?」
「明日一日、一緒に過ごして。二人きりで」
 ――ああ、そういうことか。
 全て、合点がいった。
 シズルやレティーシア、美緒を呼び出した時から急に口数が少なくなった理由や、ため息を吐いていた理由。
「嫉妬だー」
「……なのかもしれないわねー」
 否定されなかったことは、ちょっと予想外。
「……本当に?」
「どうかしら?」
 本人もわかっていない様子だったから、深く問うことは避けて。
「じゃ、パビェーダには人形買わない」
 明日。
 そう、クリスマス、当日。
「あたしの一日をあげる。……高くつくよ?」
 にやりと笑う。
 意地悪っぽく、悪戯っぽく。
 パビェーダは、それに対して素直に笑った。
 ――何よ、もう。
 いつもとなんだか違うじゃないか。
 ――調子狂うなぁ、まったく。
 だけど別に、
 ――……嫌でも、ないか。


*...***...*


 橘 美咲(たちばな・みさき)に恋人は居ない。
 百合園女学院に通っているから当然といえば当然だが、同級生の中には他校の男子学生と付き合っている者や同姓との倒錯的な世界に飛び込んでいる者も居る。
 それはそれで構わない。寧ろ個人の趣味趣向なのだから、他人がどうこう言うべきことではない。
 だから美咲は人の恋愛事情に口出しはしない。
 が。
「風紀を乱す言動行動を容認しているわけじゃないわ!」
 凛とした声を響かせ、美咲は言った。
「聖なる夜を『性』なる夜にしないため! 見回りに行きましょう!」
 そして、有志を募って立ち上がる。
 百合園女学院の白百合団団員として。
 また、ヴァイシャリーに住む一人の人間として。
 ――この街での不埒は許さない!


 と、意気込んで警邏を始めたはいいけれど。
「……みんな、健全ね」
 広場でいちゃついているカップルや、空を飛んでいる人は居たけれど。
 距離感を読まずに無理強いをするような人間や、場所を選ばずコトに及ぶようなカップルは居なかった。
 モラルの高さにほっとしつつ、
「これは無用の長物だったみたいね」
 手にした木刀を一瞥。
 クリスマスの空気に酔った不埒者が居たら、喝を入れてやろうと思っていたけれど。
 呟いた言葉通り、必要なくなったようだ。
 ――もう少し見回りしたら、解散しようかな。
 ケータイメールで、そのような旨を記したメールを作成、送信。
 ヴァイシャリーの街は広く、また集まった仲間も多くはなく。
 分かれて見回った方が効率的だろうと、取った行動。
 だけど、
 ――この、カップルだらけの空間で一人っていうのは、
 ちょっと寂しくも、ある。
 ――いやいや! 街の平和のためだもの! 寂しくなんか――
 公園の見回りに差し掛かったところで。
 ――あれ?
 見知った横顔を発見。
「シズルさん?」
 加能シズルである。
「!!」
 声をかけると彼女は酷く驚いて、
「……え?」
 彼女の体勢に、美咲も驚いた。
「あら」
 サンタ仕様のミニスカメイド服の秋葉 つかさ(あきば・つかさ)を膝の上に乗せていたから。
 つかさはシズルの首に手を回していて、シズルは嫌がる素振りもあまりないまま、それを受け入れていて、
「ふ……不埒、」
 者!? と言いかけて、
 ――でも何かをしでかそうとしているわけじゃないし……。
 また、シズルがそんなことをする人間とは思えず言葉尻が濁り。
「者……ですか?」
 訊いてしまった。
 シズルは困ったように笑い。
 つかさが、「あはは」と声を上げて笑った。
「じゃあ、説明させていただきますね」
 シズルの膝からつかさが降りて、美咲と目を合わせながら、そう言った。


 クリスマスに予定のなかったつかさは、シズルをデートに誘ってみた。
 ……さすがに、『デートしましょう』と言うと引かれるであろうから、『一緒におでかけしませんか?』という程度には言葉を変えて。
 返ってきたメールには、『夕方過ぎには時間が空くから、それまで待って』と書いてあり。
 時間を決めて、待ち合わせして、街を見て回ることになった。
「綺麗に飾り付けられてますね。さすがクリスマス」
「つかささんも、クリスマス仕様よね」
 つかさの服装を見て、シズルが言う。
「甘いです」
 しかしつかさは首を横に振った。
「飾り付けは服の下がメインです」
「服の下って、」
「見たいですか?」
「そんなこと言ってないでしょっ!?」
「ふふ。見たくなったら、いつでも仰ってくださいね。のぞかせてさしあげますから」
「のぞき部にも入らないっ!」
 いつまでも頑なな態度なままのシズルに苦笑い。
 ああ、ならばこうしよう。
「シズル様。公園に行きませんか? イルミネーションが素敵だと伺いまして」
「へえ? それは見てみたいわね」
 では参りましょう、と向かったのは、公園であったが。
 そこは、知る人ぞ知るのぞきスポット。
「……どういうことなの。イルミネーションは?」
「ここからでも見えますよ? ほら、絶景でしょう?」
 指差した先に、確かにクリスマスツリーが見える。とても綺麗に輝いていた。
「つかささんがここに来たのって、絶景だからって理由じゃないでしょ」
「ええ、まあ」
 のぞきスポットだから、というのが理由の半分近くである。もちろん、シズルと一緒にクリスマスツリーを見たかったから、という理由も半分は占めていたが。
「ほら、見てくださいシズル様」
「何をよ」
「ほら、あのカップル……」
「のぞかせるつもり!?」
「の、向こうに、のぞいている方が」
 そう、ここはのぞきスポットであるけれど。
 さらに先にあるのぞきスポットまでものぞける、ダブルのぞきスポットなのだ。
「まあ、のぞかれることもありますけどね。
 どうします? のぞいてみますか? それとものぞかれてみます? ふふっ」
 艶っぽく笑うと、暗がりの中でもシズルが顔を赤くしたのがわかった。
 ――まあ、意地悪はこれくらいにしておきましょう。
 ――一応、デートですし。少なくとも私の中では。
「プレゼント、用意してあるんですよ」
 むすっとしてしまったシズルにそう言うと、
「え?」
 素っ頓狂な声を出された。
「え!?」
 その次、つかさが自身のスカートの中に手を入れたら、さらに驚いた声を出されたが。
「な、なにしてるのっ!」
「えっ? プレゼントを取り出しました」
 ほらこれ。と差し出すは、長方形の箱。
「ネックレスです。シズル様も女の子なのですから、おしゃれも必要ですよ?」
 ――まあ、どんなおしゃれも全裸の美しさには敵いませんけれど。
 とは思っても言わない。
「つけてさしあげますね」
 言って、ちょっとだけ調子に乗ってみた。
 ちょこん、とシズルの膝の上に跨る形で。
 しかしそれに対するシズルの反応は。
 ――あら?
 ――思ったより、嫌がりませんね?
 つかさの想定外。
「…………」
 赤い顔でちょっと呆れたような目、だけど優しさの窺える表情で――たとえるなら、困った妹をもった姉のような――、つかさをじっと見ていた。
 ――受け入れてくれるなら、受け入れてもらいましょう。
 すっと、シズルの白く細い首に手を伸ばし、ネックレスを付けようとしたら。
「シズルさん?」
 橘美咲の声に中断され、
「ふ……不埒、……者、ですか?」
 問われてしまって、今現在。


「……というわけで、少なくともシズル様は不埒ではありません」
 あしからず、と説明を受けたところで。
 美咲ははぁっと息を吐く。
 それは、シズルが不埒者などではなくてよかったという安堵と、そうかもしれないと思ってしまった自分への少しの嫌悪。
 ――同じ、剣の道に生きる人を疑うだなんて。
 ――それも、友達になりたいなと思っていた相手に思うなんて。
「……大丈夫?」
 頭を抱えた美咲に、シズルが問いかけてきた。
「シズルさん、つかささん。ごめんなさい、私、疑っちゃったわ。
 お詫びと言う訳じゃないけれど……お茶をご馳走したいと思うの」
 なので、機を逃すまいと提案。
 疑いから生んでしまったものだけど。
 それでも、きっかけには変わりない。
「ええ、私は構わないわよ」
「はい、私も」
「じゃあ、行きましょう! 美味しいケーキと紅茶を出すお店、知ってるの!」
 これを機に、友達になれればと。
 三人並んで、街の大通りへと向かった。