リアクション
* * * 「これで全部ですか?」 富永 佐那(とみなが・さな)は、海京に設置されている監視カメラの映像を見せてもらっていた。 天住 樫真なる人物の足取りを追うため、海京警察に届け出を行い、こうして許可が出たというわけである。 ここ一か月分の記録を見せてもらったが、手掛かりはなし。 実際、天住が上層部で暗躍出来るほどの人物だったとしたら、前もって海京警察の人間にデータを差し替えてもらうことくらい、容易いことだろう。 相手の実態がまるで掴めない。 天住は三年前に植物状態になったまま意識が戻っていない、ということになっている。 しかし佐那は、「植物状態になっているのは替え玉で、暴走事故が、天住が地下に潜るために仕組んだものではないか」と考えている。 そして彼女は、同じ学院の生徒に協力を依頼することにした。 一人で調べ続けるにしても、限度があるからだ。 (この小さな子が、件の天才児……? あのベトナムの修羅場を潜り抜けて来たという――) 「僕に用かい?」 霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)は、佐那と顔を合わせた。 「十人評議会の関係者かもしれない人物について調べています」 「評議会? テストの点数も『評議』してくれるのかい?」 と、少しおちょくりながらも、その組織に興味を抱く。 都市伝説、あるいは陰謀論の類であるらしいが、どうにも天御柱学院にそのメンバーと思しき人物がいるとのことである。 「そういった、面白半分で語られるだけの存在……ですが、それは実在していると考えています。海京で暗躍している天住という人のこともありますから。 飛び級で入学したばかりか、ベトナム偵察任務から帰還した経験を持つあなたの力を貸して頂ければと思い、ここまできました」 どうやら、佐那は自分を評価してくれているらしい。 第二世代機開発プロジェクトが今日から始まるらしいが、彼は自分から参加しようとはしなかった。 プロジェクト関係者からスカウトされたら、と思ってはいたが、生憎自分を売り込むことが得意ではない。 それにあの博士のことだ。いくら自分が天才児と呼ばれていても所詮学生、と他の生徒と同列に見ていることだろう。 それに対し、目の前にいる美少女はそんな自分を見出し、頭を下げてくれている。これは素直に嬉しいものだ。そして何よりも、彼女の大きな胸。決して胸フェチ――年齢的にそういうのを意識する段階には至ってはいないとはいえ、どうにも最近はスタイルのいい女性との出会いに恵まれている。 「そう頼まれたら仕方ないな。協力させてもらうよ」 そうと決まれば、どうやって糸口を探すかだ。 「……とりあえずは、情報を集めないといけないわね」 常磐城 静留(ときわぎ・しずる)が声を発した。 どことなく、ナギサを訝しむような視線を送っている。協力を決めたとはいえ、何か思うところがあるのだろう。 「一応、イワン・モロゾフ中尉に声を掛けておきました。時間を取って下さるとのことですので、海京分所へ行きましょう」 本当なら、海京分所ではないところに呼び出すつもりだったらしい。 さすがに、プロジェクトの始まった今、研究所を離れられるほど暇ではないようだ。 佐那はモロゾフと元々顔見知り、ナギサ達もベトナム偵察の一件で研究所の人間の世話になっている。追い返される心配はない。 「モロゾフ中尉をお願いします」 事前にアポは取っていたらしく、受付の対応は早かった。 「話とは何でしょうか?」 応接室でモロゾフと向かい合う。 「天住 樫真という名前に聞き覚えはありますか?」 佐那が質問をぶつけた。 「天住……以前、どこかで聞いた気がしますね。確か、三、四年前に……」 そこで、何かを思い出したようだ。 「技術協力を依頼しに来た天御柱学院の方が、そんな名字でした。とはいえ、対応をしたのはドクトルだったので、詳しいことは分かりません」 二人の様子を眺めていたナギサが、今度は問う。 「最近、巷では『十人評議会』の噂をよく聞くんですが、そういった存在は海京と政治的な関連性があるのですか?」 都市伝説的には、上層部の上にその評議会のメンバーがいる、なんてこともあるかもしれない。 「少なくとも、学院の上層部は『理事会』、生徒や学校関係者からは『役員会』と呼ばれているのでそちらが正式なのでしょうが、直接の関係はないでしょう」 続いて、静留が質問する。 「では、それは海京の基礎を作った人達のこと?」 「詳しいことは外部の人間なので分かりませんが、海京は日本政府と天御柱学院の共同設計のようです。とはいえ、学院そのものが日本の政府直下の学校となっているのですが。 十人評議会については、もっと大きな枠で考えた方がいいですね。海京がどうこうではなく、それこそ地球規模で。その一部が日本政府の要人になっていたということでしょうか」 あくまで評議会が存在すると仮定すればですが、と。 しかしモロゾフの様子から、彼が評議会を冗談だとは思っていないことが見て取れた。 あまり話せはしなかったが、モロゾフに頭を下げ、応接室を後にする。 「あの、すいません」 最後に立ち上がった佐那が丁寧にラッピングされた箱をモロゾフに手渡す。 「渡す機会が、中々なくて……」 時期がずれてしまったが、バレンタインチョコレートのようだ。 「あ、ありがとうございます」 あまり本当の感情が読めないモロゾフ中尉だが、今は素で驚いたように見受けられた。 海京分所を出た後、ナギサは佐那にお礼を述べる。 都市伝説だと思っていた評議会が、もしかしたら本当に存在するのかもしれない。その可能性を感じることが出来た。 「今日はありがとう。僕も、自分なりに評議会を追い続けてみるよ。学院関係者らしい天住 樫真のこともね」 そうしてこの日は解散した。 * * * イルミンスール魔法学校。 (一体、今世界では何が起こってるというの?) フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、地球のミスティルティン騎士団と、EMUの協力者の元、独自にヨーロッパ同時多発テロについて捜査を行っていた。 アーデルハイトに頼み、働きかけてもらった成果だ。EMUの半分を反シャンバラ勢力に掌握されかけているとはいえ、まだ味方が消えたわけではない。 (鏖殺寺院がどうやってここまでイコンを用意したのかも気になるし、F.R.A.Gも手際が良すぎるわ。 確かに、あのクルキアータは現在のシャンバラのイコンと比べても、遥かに上をいく性能に見える。それでも、設立したてのF.R.A.Gがあの規模の「同時多発」テロをああも的確に潰せるものなの?) まるで、始めからテロが起こることが分かっていたかのような、迅速な対応だった。現場一ヶ所につきわずか一機だけの投入で、寺院のイコンを瞬時に葬る。いくら機体性能に自信があっても、敵のスペックをしっていなければこうも上手くはいかないだろう。 (話を飛躍させ過ぎだと笑われてしまうかもしれないけれど、あらかじめ情報を得ていたとしか思えないわ。 ううん、あるいはF.R.A.GがEMUに成り代わろうとしている?) 今決め付けるのは早計だとはいえ、その可能性も視野に入れる。 『はい……ありがとうございます』 フレデリカは現地の人間からの連絡を受ける。自分もヨーロッパに渡れればいいが、今のイルミンスールの情勢的に厳しいものがある。 こうやって魔法による地球との長距離会話が出来るのも、アーデルハイトの助力があってのことだ。 「そういえば、今まで寺院の拠点のほとんどは中東アジアなのに、何故ヨーロッパでテロを起こしたのでしょうか?」 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)が疑問を口にした。 「地球の寺院で、大幅な組織改編が行われた可能性がありますね。それに……今入ってきた情報だと、大量のイコンが隠せそうな場所というのが、その中東アジアにあるのよ。ベトナムとかカンボジアにね」 地球の魔法使いの連携も、なかなかのものだった。 ベトナムは元々、寺院の基地があると目されており、天御柱学院のイコン部隊によって壊滅したと聞いていたが、どうやらまだ息があったらしい。 だが、何よりも不自然なのは、資金の流れが生じていないことにあった。寺院の機体が中東アジアの『倉庫』からタダ同然で世界各地にばら撒かれているのである。 それは、『倉庫』を寺院が積極的に破棄しているかのようであった。 「何者かが意図的に、これまでイコンを持てなかった勢力に送りつけているわ。それも『過激派』に類する組織に」 反シャンバラの中でも、とりわけ武力に訴える者達だ。資金力はないが、武装してゲリラ活動を行っている。 「しかし、ヨーロッパでテロを起こす必要でもあったのでしょうか?」 「あったのかもしれないし、なかったのかもしれない。『過激派』なら、イコンを手に入れれば、それの力で無差別にテロを行っても不思議じゃないわ。それにEMU、いえ、ヨーロッパにはイコンがないの。いくら優秀な魔法使いが多いとはいえ、イコンで攻められたらどうしようもないわ。一般人を守りながら、生身で戦えると思う?」 地球である以上、大多数は契約者ではない一般人だ。 必然的に、守りながらの戦いを強いられることになる。ヨーロッパ同時多発テロは、EMUの弱点を突かれる形となってしまっていた。 「それとF.R.A.G。聖戦宣言以降、地球各国の鏖殺寺院基地をいくつも潰しているわ。反シャンバラを掲げながらも、まずはテロリストの撲滅に尽力しているみたい」 あくまでヴァチカンの『教会』の管轄にある一組織で、EMUに成り代わろうとしているわけではないと、現地からの連絡で知った。 だが、教会と魔法使いの対立の歴史を考えると、警戒せざるを得ない部分はある。 (反シャンバラ勢力の中心がほぼF.R.A.Gになっているわね。EMUは、状況によっては反シャンバラ勢力として『教会』と手を組むことになりかねない) イルミンスールがシャンバラにおいて何か失態を犯したら、もはや後がないだろう。 (……それにしても、あまりに出来過ぎているわ。こうなると、F.R.A.Gも状況の一部でしかないかもしれないわね。 鏖殺寺院、F.R.A.G、EMU。この三つの組織を煽り、あの舞台を作り上げた者、あるいは集団がいる? だとしたら、それは――) フレデリカの頭を過ぎったのは、十人評議会という単語だった。 アーデルハイトからその存在を「事実」とは認められないとされた、陰謀論に基づくもの。 実際に、確たる証拠は掴んでいない。だが、彼女はもう引き下がれないまでに踏み込んでしまっていた。 ――その存在を確かめるまでは。 |
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