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リアクション
第六章 朱天童子2
瑞穂 香姫(みずほの・こうひめ)たちの御輿は順調に進み、扶桑の都の近隣にさしかかった。
一同は山の中で輿を下ろし、昼の休憩をとった。
「まあ、白うさぎ……このようなところで珍しい」
香姫は瑞穂を離れた寂しさもあったのだろう。
うさぎを抱こうとふらり近づく。
と、草むらの影から、男の腕が伸びた。
「……!!」
「姫、声を出されるな。お迎えに上がりました」
香姫はそのまま茂みの中へと連れ込まれた。
・
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「香姫がいなくなっただと!?」
わずかな間の出来事であった。
供たちが目を放した間に、香姫の姿が消えた。
騒然となる。
「お探しするのだ!」
慌てふためく従者が山道を下ろうとしたとき、山道で悲鳴があがった。
「……往々、人間の臭いがすると来てみれば……この山を誰の所領と思っておる?」
竹林からぬらりと人影があらわれる。
がっしりとした体躯。
赤みを帯びた肌。
鋭い目、牙。
そして、頭には角が二本――そして『仮面』。
「我が名は、朱天童子(しゅてん・どうじ)。命惜しくば、金品を置いて立ち去れ!」
従者は刀を抜いて立ち向かうが、朱天童子は片腕で受け止め、振り払った。
その勢いで従者は地面に叩きつけられる。
「まるで赤子よの。次は、心の臓をひねりつぶすぞ」
気がつけば、輿はそのような鬼たちに囲まれていた。
腰を守ろうとする従者の刀が恐怖でかちかちと鳴った。
「へえ、鬼ってのはこんな山の中で油売ってるのか。わざわざ都で酒を買って、損したかな」
山道を悠然と登ってくる男がいた。
レン・オズワルド(れん・おずわるど)は朱天童子一行の前に立つと、朱天童子に向かって銃をちらつかせた。
「山賊なんていうちんけな商売はやめて、一騎打ちで俺と勝負しないか。俺が勝ったら……いいところへ連れてってやろう」
「何だ、貴様は。我の相手が務まるとでも思っているのか」
朱天童子は、レンの現代風のツンツン髪や武装のいでたちを見て、どこの獣か妖怪かとたずねた。
「鬼から言われようとはな。じゃ、どっちが最強の妖怪か決めようじゃないか。さっきの約束、忘れるなよ!」
レンは笑いながら、風銃を地面に一発撃ちこむ。
これを機に朱天童子は一気に飛び掛った。
大きな見た目と違って動きがすばやい。
レンは絶妙に間合いを取りながら撃っていくが、朱天童子は恐れることなく豪腕を振るった。
「都での噂どおり強いねえ! 鬼城もとで、その力を未来のお前たち……鬼のために使わないか」
「鬼城だと? 貴様は鬼城家の手のものか、何をいまさら」
朱天童子はせせら笑った。
そしてわずかに視線を落とす。
「鬼城家は、鬼一族の中でも名門中の名門。我らのようなはぐれ鬼などと住む世界が違う。人から疎まれ、嫌われ、迫害され続けた成の果ての……我らとは違う」
鬼の中でも鬼城家のように人とうまく適応できる者がいる。
一方で、鬼の本能のままに生き、人や世間と距離を置く者もいた。
レンは朱天童子を抑え、力で従わせた後、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)のもとへ連れて行こうと考えていた。
この鬼たちは貴重な戦力になるかもしれない。
「それは、違うぞ。朱天童子!」
突然声が上がった。
見ると、酒杜 陽一(さかもり・よういち)とそのパートナー酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が二人の間に飛び出してきた。
「もう、悪事はやめろ。このまま続けても、鬼の将来に傷がつくだけだ!」
陽一は、鬼が悪事以外の道をを歩む道標が必要だと思った。
「いずれこの世を誰かが治めるとしたら……そのときお前たち鬼はどうするんだ? 鬼城なら許してくれると思わないか?!」
陽一を援護するように美由子が続く。
「お兄ちゃんの言うとおりよ。こんなところでふらふらしてないで、観念なさい!」
美由子はびしっと決めたつもりが、懐にしまいこんでいた草履の紐にひかかって転んだ。
どうやらずっと懐に入れて暖めていたらしい。
そこぞへ仕官でもするのだろうか……。
レンから突っ込まれた。
「おいおい、俺とやりあってる最中だってのに、邪魔しないでくれるか!」
「そんなつもりはない。一人で説得して何とかなる相手でもないだろう。見ろよ、他の鬼たちはこの間にも瑞穂の従者を……!」
陽一の指し示す先には、鬼たちが輿の荷物をあさっている姿があった。
その傍には従者が血を流して倒れている。
「朱天、約束しただろ!?」と、レン。
「ばかめ。約束などと所詮人間風情のやること。鬼はこれが当然よ」
朱天童子は言い様、香姫たちの乗ってきた御輿を持ち上げて、陽一たちに向かって投げつけた。
御輿は大きな音を立てて破壊される。
「全く、男の人は戦うことしか知らないんですから……」
一部始終を目撃していた火動 裕乃(ひするぎ・ひろの)は、からからと高下駄を鳴らして朱天童子に近づいた。
「もうこんなお遊びはやめて、僕と楽しみましょうよ。お酒もあるし……ね」
裕乃は朱天童子専属の遊女になるという。
色っぽく、鬼の腕にしだれかかった。、
「見たところ朱天童子さんは気概もあるし、案外、天下を取るのは朱天童子さんかもしれませんね。鬼を率いて……反乱……してみせるとか?」
「我が、天下を?」
「ええ、そうです。貴方こそがマホロバを滅びに導くもの……そうですよね!? 大悪党!」
朱天童子のわずかな隙を裕乃は見逃さなかった。
毒を仕込んだクナイを鬼の硬い腕に突き立てる。
朱天童子の腕から一筋の血が流れた。
「後年、鬼の反乱を企てようと得まいと、ここで仕留めておかなくては世のためにはなりません! 死んでもらいます!」
「人間が、鬼の……何がわかる!?」
純粋な鬼の血が、ほとばしった。
朱天童子はその毒を含んだ血を吸い上げ、吐きだす。
『仮面』の口元が赤く染まり、ぎりぎりと朱天童子の頬骨(きょうこつ)を締め上げた。
「将来だと? 能力がありながら世間からはじかれ、生まれたときから先の展望すらない。我は何も傷つかぬ、元から何もない。傷つくことなどない!」
朱天童子の中に長年くすぶっていた、世に対して復讐の火がついた。
それは急激に燃え上がり、破裂した。
「なぜゆえに、我らが時代に虐げられねばならんのだ!」
「朱天童子やめろ! そんなことをしても、お前は満たされん!」
陽一はそのとき、仮面の下の朱天童子の素顔を一瞬だけ垣間見た。
世の中に取りこぼされ、無意味に生かされている無力感。絶望感。
朱天童子は心のままに暴れ、次々を人をなぎ払い、竹林を突き破る。
それは嵐のようだった。
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「困ったことになったな」
竹やぶから七篠 類(ななしの・たぐい)が顔を出す。
彼の傍には恐怖で身がすくんでいる香姫がいた。
「香姫を連れ去ることで武菱との婚儀を破談させようとしたが、こんなことになろうとは。このまま身を隠し、鬼が去るのを待つしかないだろう」
類は瑞穂の勢力拡大の背景には、政略結婚といった政治的戦略があってのことだと睨んでいた。
彼はその政略結婚を阻止しようと香姫誘拐を企てたのだが、幸いにもそれが、姫を鬼の手から助けることとなった。
「香姫、恐ろしいでしょうが、このままじっとしててください……香姫?」
類のパートナー尾長 黒羽(おなが・くろは)は、『迷彩塗装』を施した衣服を香姫に撒きつける。
しかし、目を見開き、恐怖におびえる香姫の異変に気づいた。
「なんです、これ……仮面?!」
『それ』はすぐ面前にあった。
『仮面』の幻影がひひ、と笑った。
白うさぎが驚いて逃げていく。
「い、いや……!」
「ダメですそっちは、香姫!」
黒羽の制止を聞かず、恐慌を起こした香姫が、やみくもに竹やぶから飛び出した。
類が追いかけようとするが『仮面』は道をふさぐ。
「何者だ、どけ!」
『余計なことをするな、観測者よ。ただ駒として動いておればよいものを』
「なんだと?」
『鬼城 貞康(きじょう・さだやす)が生き延びた今……香姫はここで死んでもらわなければ困るのだ。姫は死ぬ運命』
「どいてくれ! 俺は姫を……!」
それは小さな悲鳴だった。
逆光の中で、鬼の腕が突き刺さった香姫が、影絵のようにゆっくりと倒れていくのが見える。
類は声にならない叫びを上げた。
「香姫――!」
卍卍卍
「おそか……た」
天 黒龍(てぃえん・へいろん) は、香姫と悲しみの対面をする
瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)にかける言葉を失った、
魁正はうなだれたまま、香姫の冷たくなった手を握りしめていた。
黒龍はこのとき自分が、代々瑞穂当主が続ける鬼との戦いの始まりの瞬間に立ち会ったことを知った。
魁正はしきりに詫びていた。
「香、お前のせいではない……この乱世が悪いのだ。俺が力を待たぬばかりにお前を手放した俺が悪いのだ……弱者はあきらめながら死ぬよりほかないと……もうこんなことはさせん……させんからな」
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