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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第五章 瑞穂の姫君1

【西暦2022年 2月9日】
 扶桑の都 瑞穂藩藩邸――



 「睦姫!大丈夫か!?」
 幕府の監視下に置かれ、瑞穂藩主となった瑞穂 睦姫(みずほの・ちかひめ)の元へ飛び込んできたのは、お目付け役の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)であった。
 この瑞穂の地にも、マホロバで鬼城家の縁者が消え『扶桑の都』に現われたという謎の戦神子と『時空の月』の噂は伝わっていた。
 唯斗は鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)の血を引く、雪千架(ゆきちか)とその母である睦姫の身を案じていた。
「私や雪千架はまだ大丈夫だけど……葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)の『御筆先』が示した過去の瑞穂の勝利したというのは本当なの? それを瑞穂藩士が知ったら、じっとしていられないんじゃないかしら」
「俺もそれが気がかりだ。だから過去に行って調べてくる。で、戦国時代の瑞穂の当主……瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)に会える手段はないか?」
 唯斗の問いに、睦姫も小首をかしげた。
「どうかしらね、魁正様の手がかりになるような記録はあまり残ってないの。鬼城 貞康(きじょう・さだやす)が天下を取った後、消させたっていう言い伝えがあるくらいよ」
 睦姫の言葉のとおり、唯斗のパートナである紫月 睡蓮(しづき・すいれん)エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が丹念に歴史書を調べ上げていたが、不思議なほどそれらしい記述は見つからなかった。
 痺れを切らした唯斗は、瑞穂藩邸を後にする。
「仕方ない、『時空の月』が閉じられる前に、俺は先に過去に行く。そう都合良くはいかんだろうが……睦姫が今の世界を好きだと言ってくれるなら、俺は……睦と共に在るこの世界の為に歴史の改竄を阻止する!」
 睦姫は「無事に帰ってきて」とだけ言った。
 瑞穂の姫として育ってきた身としては、唯斗のいう歴史の改竄には複雑な思いがした。
「下忍様いつもお疲れ様です。マスターはすでに出発されたようです。すごい決め台詞を残して。普段からああしていれば、かっこ良いのですが……」
 唯斗のパートナーの一人プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が資料調べに加わった。
 すでに部屋中、巻物や古文書であふれかえっている。
「あー! ありました。もしかして魁正さんの……日記!?」
「え、うそ!?」
 睡蓮がついに、気になるものを見つけた。
 睦姫も驚きの声をあげる。
 聞きつけたエクスがプラチナムににじり寄ってきた。
「本物なら一大発見だぞ。して、なんとある?」
 女四人、頭をつき合わせて魁正の日記を取り囲む。
 他人の日記を読むなど、少し胸が高鳴った。
 ……しかし。
「ああ、これはだめです」
 早速、プラチナムが投げ出した。
 睡蓮もがくりと肩を落としてうなだれる。
「た、達筆過ぎて、なんて書いてあるかわかりません。魁正さん……」
「しょうがない。これでもないよりはましだろう。わらわ達も過去の瑞穂へ行くぞ……!」
 彼女たち唯斗の契約者は立ち上がった。


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【マホロバ暦1185年(西暦525年)1月30日】
 瑞穂国――



 扶桑の都(ふそうのみやこ)から西の勢力の一つに瑞穂国(みずほのくに)があった。
 はじめは五万石ほどの田舎の小国に過ぎなかったのを、現当主瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)は家督を相続して以来、近隣の国人衆を次々と攻略し、新たな勢力を築きつつあった。
 魁正は、出陣した合戦は全て負けたことがなく、瑞穂の軍神をあだ名されるほどであった。
 一方で、急速な領地拡大は他国からの反発を招き、とくに扶桑の都の東地方で新興勢力となっていた於張国(おわりのくに)織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)からは、目をつけられることとなった。
 度々、信那(のぶなが)から『於張国への呼び出し』を告げられていたが、理由をつけては断っていた。

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「瑞穂国と於張国が仲が良くなくて、鬼州国と於張国とが同盟国。で、武菱の国と葦原国はずーっと戦っていたところを、武菱の大虎が扶桑の都へ上洛してきて、街道を守る鬼州国とぶつかったということ? ……うーん、戦国時代はややこしいなあ」
 リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は茶をすすりながら、瑞穂国の団子屋で休憩していた。
 たまたまマホロバに買い物に来ていたときに、偶然出くわした『時空の月』をくぐってしまったのだ。
 リアトリスのパートナー森 乱丸(もり・らんまる)が頷く。
「マホロバ暦1185年頃は、まだ誰が天下を取るかわからない状態だったようですね。瑞穂も鬼州も一勢力に過ぎません。なかでも頭角を現してきたのが、於張国の信那公という方ですが……どうしてでしょうか。知らない場所、知らない方々というのに、なぜか懐かしいような気がいたします」
 乱丸が遠くに視線をめぐらせる。
 彼女の中で、英霊になる前の想いが呼び覚まされているというのだろうか。
 そのとき、乱丸たちと同じように、現代から月をくぐり過去の瑞穂にやってきた者たちが通りかかった。

「ゲンジィ、こっちこっちー。はやく案内してよー!」
「ふざけんな。こら、引っ張るな。俺だってはじめてだっつーの!」
 瑞穂藩藩士日数谷 現示(ひかずや・げんじ)は、桐生 円(きりゅう・まどか)に連れられて、瑞穂の城下町をうろついていた。
「歴史が曲がっちゃうかもしれないんだよ。ちかちゃん(瑞穂睦姫)たちが消えちゃうかもしれないんだよ。ぐずぐずしてたら間に合わないかも!」
「わかってる。この時代は……瑞穂はまだ都に近い場所に城下を構えていたはずだ。天下分け目の合戦で破れる前はな。しかし、当時の場所を歩けるとは……」
 現示は感激したように、城や建物や、行き交う人々を見渡していた。
「俺は、瑞穂の軍神といわれた、み、瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)様と同じ息を吸っているのか!!」
「現示クン……なんだか歴史オタクの聖地巡礼みたいになってるよ」
 過去の瑞穂巡りに嬉しくて仕方がない現示を尻目に、円はパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)と瑞穂城門前で合流した。
 吸血鬼のオリヴィアは瑞穂の侍を捕らえ、幻惑で城内へ入ろうとする寸法だった。
「何とかお目通り叶いそうよー。とりあえず2月15日よねー。何かありそうな気がするわー」
 オリヴィアはそのように御託宣』があったのだといった。
「15日までに仕官できたらなあ! ねえ、円。オリヴィー?」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が手元の刀をチラつかせる。
 腕には自信があった。
「そう、うまくいくといいがな」
 現示はここに来て緊張してか、妙な慎重さを見せていた。
「……瑞穂が勝つ歴史がある……これを事実にしたい」
 彼には、これを成し遂げるにはどうすればよいか、そのことばかり頭をよぎっていた。



 やがて半時ほど待たされて、城内への許しを得た。
 防衛のために複雑に入り組んだ石垣を越え、通路を抜け、ようやくたどり着いた城主の部屋には先客がすでに居た。
 城主は数人の来訪者を前に、
「瑞穂軍に仕官したいと申すか……で、何ができる?」
 瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)は陰陽師東 朱鷺(あずま・とき)に問いかけた。
 朱鷺は持参してきた『黄金色の菓子』を差し出す。
「合戦にはこれが不可欠でしょう。そして、私は1500年前の未来から来た陰陽師です。歴史には干渉するつもりはありません」
 そう前置きをして、「鬼に関わったことはないか?」と言った。
「陰陽師か……それならば、1500年前から来たなどと胡散臭い戯れを申しても、さほど驚きはしないな」
 戦国時代ではよく、主家の滅んだ牢人が登用の口を求めてやってきていた。
 しかも、このところは、『未来からやってきた』だの『瑞穂は天下取り合戦で敗れる』などとふれ回るものがおり、魁正は容赦なく追い払っていた。
「鬼と手を組むくらいなら、虎や龍、魔王と組んだほうが遥かにましだ。俺は苦悔に満ちたあやつらの性根を好まぬ。これでよいか、陰陽師。俺の気が変わらんうちに、この場から去るがいいぞ」
「いえ、未来から来たことを信じていただきたい。それに……この瑞穂で何かが起こるという確信がある以上は、引けませんね」
 朱鷺は言い様、片手銃『フュージョンガン』を取り出した。
 魁正は眉根一つ動かさない。
「新手の鉄筒か……それが役に立つのか。俺はな、瑞穂にとってお前自身が使える者か、使えない者かを聞いているのだ。そうだ、ちょうど良い」
 魁正は手を叩いた。
 三道 六黒(みどう・むくろ)天 黒龍(てぃえん・へいろん)が梁の影から現われる。
「この者たちも俺の傍にいたいと言う。瑞穂軍にふさわしい人物か、俺が直々に見てやろう。存分に力を見せ付けよ」
「私は……魁正殿の御助力に参りこそすれ、このような余興に加わる気は……!」
 黒龍が断ろうとするのを、六黒は片腕を上げて抑止した。
「軍神殿がいっているのだ。その片腕になろうとするなら、それなりのものでなくては務まらぬだろう。おぬしも覚悟を決めろ」
 六黒は大剣を構える。
 朱鷺もすかさず銃口を向けた。
「待たれよ!」
 様子を見ていた現示が間に入り、いきなり刀を手に取った。
「我が名は日数谷現示、瑞穂示現流免許皆伝。瑞穂魁正様の元、仕官いたします。お立会いあれ!」
「ゲンジくん!? え、いきなり……?」
 隣に居たミネルバも慌てて刀を抜いた。
「ミネルバちゃんも仕官するよー!桐生荒唐無稽一刀流免許皆伝の腕、見せてあげるんだからー!」
 桐生〜一刀流はまるで無名であったが、魁正は興味を持ったらしい。
 二人の飛び入りを許可した。
「よかろう、五人で競ってみせろ。生き残った者に、近習(きんじゅ)の役目をいいわたす」

 彼らは外に連れ出され、御前試合が言い渡された。
 魁正は軍配をあおり、それが合図となった。
 開始初動、現示が居合いで一気に間をつめる。
「六黒先生、なんであんたがここにいる?!」
 現示が六黒に斬り込み、耳元で小声でささやいた。
「あんたが瑞穂に付くなら百人力だ。ここはひとつ……俺に合わせて……」
「笑止!!」
 六黒は現示の一太刀をかわすと、力の限り現示を殴りつける。
 ふいをつかれた現示の身体が大きく飛ばされた。
「軍神を前にそのような小細工は効かぬ。日数谷よ、本気でかかってこい!」
 魁正は戦ヶ原 無弦(いくさがはら・むげん)の弾く琵琶の音色に耳を傾けながら、彼ら一人ひとりの動きを注視している。
 その場に居るもの全員に聞こえるよう、六黒は大声を張り上げた。
「わしは戦場を求める……時の流れを求める。正しき歴史とは、おのおのが務めを果たさねば成りえぬこと。ゆえに、わしはこの瑞穂の地に身を置くと決めたのだ……!」
「くそ……思い切り殴りやがって」
 現示はよろよろと立ち上がった。
「俺だってな、瑞穂を勝たせてえんだよ! 今度こそ天下が取れるなら、何だってやってやる……!」
「現示よ、わしもそこに居る無弦も、手段は問わねども過去を変えることは否定するぞ! 歴史の均衡を保つためと時の流れに抗い、働いておる連中がおる。が、一方のみが働いても、正しき歴史は成り立たぬからな!」
 場内は混戦となった。
 無弦はひらすらに世の無常を唄っていた。
 家臣たちは城が壊されると注進したが、魁正は意に介さない様子で戦いぶりを眺めていた。
 やがて地が割れ、鮮血が落ち、力尽きて一人また一人と倒れた。
 むごい光景だと周囲からかすかな悲鳴が上がり始めた。
 無弦の演奏が止まる。
「魁正殿、次の曲はどうなさいますかな?」
 無弦の問いに魁正はようやく立ち上がった。
「もうよい、やめよ。一応……五人ともまだ生きているようだしな」
 彼は全員を登用するといった。
「ここで死なれても無駄になるだけだ。手当てを受けるがいい」
 魁正は振り返らずに城内へと帰っていく。
「なぜ……どうしてこんな……」
 黒龍は失いかける意識の中で、魁正の背にマホロバの空で散った『彼』の姿を重ねていた。