リアクション
卍卍卍 気がつけば鬼州軍は四散しており、本陣にいた鬼城 貞康(きじょう・さだやす)の周りにはわずかな兵しかいなかった。 旗本たちは貞康を守りながら死んでいったのだ。 「紳撰組弐番隊組長、土方伊織!僕たちがここを防いで見せます。後ろへ退いてください!」 いいながら土方 伊織(ひじかた・いおり)はすでにがら空きとなっていた中央の陣へ向かって駆け出している。 足止めの決死隊役を志願したのだ。 このような役目は、体を張って都で治安を守ってきた紳撰組にふさわしいと思っていた。 伊織にとっての誇りでもある。 「これほどの数……大戦に身を置くとは、騎士にとっての名誉。円卓の騎士そしてこの名に恥じぬよう、相応の武勲をたててご覧に入れましょう!」 英霊サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)は自慢の駿馬を駆り、先行する伊織に追いつくと、身軽な彼女をひょいと馬上に引き上げた。 武菱の騎馬隊をこの場に食い止め、時間をかせぐつもりである。 精霊サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)も後に続いた。 「これは本物の合戦……! てれびじょんで見るものとは迫力が違うのう。長生きはするもんじゃな!」 サティナはそういえば……と、自分の年齢を数えようとしたが、やめた。 精霊に年齢など無意味なことだ。 「気がそがれるだけじゃな。せっかくの合戦じゃ、派手にやろうて。さて、追撃してくる輩はどこの輩かのう? 天のいかづちでもお見舞いしてやろう……」 「わしもゆくぞ」 サティナの後を追って切り込もうとする貞康を、馬謖 幼常(ばしょく・ようじょう)はとめた。 「待て、貞康公。伊織君たちが敵をひきつける。その間に貴方は下がるんだ。鬼州軍が数で勝てる見込みはない」 兵力差が三倍、騎馬の数だけでも鬼州軍は劣っている。 幼常は、この場で劣勢をひっくり返すのは至難の業だろうといった。 「せめて地竜川をはさんで戦えたら、まだ違った策はあっただろうが……」 しかし、貞康はがんとして聞かなかった。 「家臣をおいて、わしひとりで退けと申すか! そのような腰抜けではないわ!」 「ならば、一矢報いる機会を伺うのだ。ここで主君が倒れれば、彼らは浮かばれない!」 幼常は説得を試みたが、貞康は案外と頑固者である。 自分も出るといって聞かなかった。 「敵に後ろをみせられるか!」 「……でしたら、このフレンディスにご命令を。この度は僭越ながら、貞康様の護衛にと馳せ参じました。私共を駒としてお使い下さい」 いつの間にか忍者が傍にいた。 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は幼常に忍刀をつきつけており、「貞康様に仇なすもの、ご命令とあらば喉下をかき切りますが」と、言った。 「よい、刀を下ろせ。その者はわしを守ろうとしているだけじゃ。だがわしは……ここで負けるわけには……せっかく、城なしの身からここまで来たのだ。一族の望みを背負うておるのだ……!」 幼少期の貞康の苦労は、並み大抵のものではなかったと、フレンディスも聞いたことがある。 他国に城を奪われ、人質生活を送っていたとも。 彼女はすばやく視線を走らせた。 なるほど、敵に囲まれているようだが、貞康をはじめまだ他の者は気づいてはいない。 「それでしたら私が先導いたします。それでよろしいですか」 「よい……死なばもろとも……だ」 貞康の返答を受け、魔鎧アリッサ・ブランド(ありっさ・ぶらんど)はフレンディスに纏われた。 「やっとアリッサちゃんの出番だねー? よーし、おねーさまもついでにそこのおにーさんもバッチシ護ってあげちゃうからね!」 吸血鬼ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)とヴァルキリーレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)は、進路を開くため闇魔法と光の剣を駆使していた。 「やれやれ。吸血鬼の俺がいうのもなんだが、時間の流れってのは乙女の血管のように繊細なもんだからな。歴史改変だなんてできれば関わりたくねえな」 「もちろん、過去、そして未来に影響を与えないようにしなければ。これは改変ではなく、正しい歴史にすることで我々もやり過ぎてはいけな……って、ベルク聞いてないか。まあいい。フレンディスが、貞康とやらを護衛するというのなら、従うまで」 レティシアも自分たちの置かれている状況は心得ている。 ただ、今やるべきことは、ここから貞康を連れ出すことだ。 幼常はフレンディスの肩をつかみ、ささやいた。 「たとえだますことになってもかまわない……貞康公を砕ヶ崖(さいががけ)へ逃がせ……!」 フレンディスがわかったとばかりにうなずいた。 ――と、貞康は急に妙な動きをみせた。 「どうされました?」と、フレンディス。 「何か……聞こえないか」 貞康はしきりに辺りを見渡し駆け出した。 「子供の泣き声がする」 「子供? こんな場所で?」 ベルクとレティシアは顔を見合わせた。 このような合戦場に子供がいるはずはない。 風の音か、幻聴ではなかろうか。 しかし、貞康は馬を下り、草むらの中へ分け入ったかと思うと、草陰でおびえる四、五歳くらいの童女を見つけた。 童女はひどくおびえ「あー、うー」と唸っていたかと思うと、貞康の後方を指差した。 「危ない! 貞康様、伏せて!!」 九十九 昴(つくも・すばる)の警告に、貞康はとっさに地面に身を突っ伏す。 銃声が一発。 響き渡るかと同時に、貞康はうめき声を上げた。 「貞康様!」 貞康は足を負傷していた。 そのまま倒れこむ。 貞康の足から流れ落ちる血を見て、昴の顔が青ざめた。 昴が声をかけるのがもう少し遅ければ、銃弾は貞康を直撃し、致命傷を与えていかもしれない。 「大丈夫ですか?! お怪我は……!」 花妖精ツァルト・ブルーメ(つぁると・ぶるーめ)は貞康の傷に優しく手をかざし、止血を試みた。 「我慢してくださいね、すぐ痛みは和らぎますから……!」 「どこから狙った。卑怯な……!」 昴は怒りに立ち上がると、狙撃した武菱兵を追う。 「許さないわ! これ以上、鬼城への攻撃はさせない。この人は後のマホロバ幕府をつくるのだから……絶対に死なせないわ!」 昴のパートナーの九十九 刃夜(つくも・じんや)は昴の背を目で追いながら、九十九 天地(つくも・あまつち)に言った。 「昴の気迫が凄いなぁ。こりゃあ、本気で怒らせたんじゃないか」 「ええ……まあ、歴史の改変など、『人の歩んできた道を否定する行為は許さない』と言っておりましたしね。昴の未来のこともございますし……手前としては少し複雑ですが」 どうやら彼女たちも色々と事情を抱えているらしい。 天地はツァルトとともに貞康の肩に手をまわした。 「歩けるか?」 「わしは大丈夫だ。それよりこの童をどこか安全なところへ……」 白いおかっぱの童女はおびえてうさぎのように震えている。 どこから迷い込んだのだろうか。 あるいは戦で家を焼かれ、親兄弟を失った孤児なのか。 「あーあ、意気のよい鬼州衆がいないかと思ったのに、いい男って総じて早死にしてしまうものかな」 緋姫崎 枢(ひきさき・かなめ)はいい男の紹介を条件に鬼州軍へ協力するつもりでいたが、合戦場はすでに武菱兵がなだれ込み、それどころではなかった。 多くの武者が倒れた今、戦って死ぬか、逃げ延びるかの瀬戸際である。 枢の冗談めかしていったものの、自分の身は自分で守らねばならなかった。 ナンシー・ウェブ(なんしー・うぇぶ)もため息をついていた。 目の前には、傷を負った鬼とそれを支える人々、女性、そしておかっぱの童女である。 「私は勇敢に戦い、正直に生きる男がよかったのよ。鬼州の男なんてまさにぴったりだったのに……」 鬼城家の優れた家臣は殆どが討ち死にしていた。 誰もが貞康の存命を第一に、身を呈して果てたのだ。 貞康も責任を感じ、黙りこんでいる。 足の痛みよりも心の痛みのほうがはるかに重かった。 「鬼城貞康様ですね。私はレイカ・スオウ(れいか・すおう)と申します。撤退を……ご決断くださりませ」 レイカは肩ひざを付き、恭しく述べた。 「実は……もしやと思い葦原国からの援軍を待っておりましたが、適わなかったようです。もはや撤退しかありません、何とか無事に城までお逃げください」 レイカのパートナーカガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)も同様にいった。 「オレも鬼の血を受け継ぐマホロバ人として願う。貞康公はここで死ぬべき人じゃない。将軍となるべき力……ここで失ってほしくはない」 カガミは一軍の将としての貞康に興味を持っているようだ。 レイカは時間を気にした。 (もとの歴史では、貞康公は死ぬことはなかった。もし、内部で誰か内通者がいたとしたら……そのせいで死んでしまうんじゃないかしら……) そういえば、そろそろ貞康が命を落とすといわれる時間になろうとしていなかったか。 すでに16時を回っている。 「さあ、急いで。武菱騎馬隊は俺に任せてくれ!」 レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)は護衛を申し出、殿(しんがり)を努めた。 煙幕で足止めしながら、撤退を促す。 むろん武菱の兵を足止めする時間稼ぎである。 龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)も、騎馬隊を食い止めようとレイカたちとともに武菱軍へと向かっていた。 「この合戦、勝利はないかもしれない。だが、生き延びることに価値がある。生きて……城へたどり着け!」 廉は貞康を無理やり軍馬に乗せ、その尻を蹴り上げた。 貞康をのせた馬は、やみくもに走り出す。 |
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