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リアクション
第四章 砕ヶ崖2
上空には銀色に輝くイコンイルマタルが飛んでいた。
パイロットのテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)と瀬名 千鶴(せな・ちづる)は、近くの山へ着陸し、地上へと降り立つ。
この時代におけるイコンの稼働時間が気がかりだったためだ。
移動だけならた多少は使えても、戦闘となれば補給も何もない状態では長くはもたない。
それよりもまず、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)を見つけるほうが先だった。
「たぶん……こっちのはず」
周りは吸い込まれそうなほどの暗闇である。
ここには電気などの明かりはない。
テレジアは猫耳を激しく動かし、耳を澄ました。
彼女には奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)が憑依しており、髪の色が紫紺になり眼の色がトパーズ色に変わり、更には猫耳が生えている。
「貞康は、きっと身を隠しながら逃げてるんだぜ。大方、優秀な忍でも付いてんだろうな」
マーツェカがにやにやと笑いながら言った。
テレジアの唇からつむぎだされる言葉である。
「けどさ、血のにおいだけは消せねえな。ぷんぷんにおってくるぜ」
「それって貞康は怪我してるってこと?」
千鶴は、貞康の生存を確かめようとしていた。
「そうだとしたら、早く見つけないとね」
千鶴たちはなるべく音を立てないように、手探りで山道を進む。
……すると、敵の騎馬隊から追撃を受けていた貞康たちを発見した。
すでに顔も鎧も泥だらけで、刀や槍はボロボロである。
貞康は新手の敵に囲まれたと思い、身構えた。
「待て、我たちはおまえをを助けにきたんだぜ。治癒してやるからおとなしくしてな!」
マーツェカが憑依しているテレジアは、そういって貞康に近づく。
「我としては、おまえがどうなろうとしったことじゃねーが、お前は昔、テレジアが一緒になった奴ににてるんだとよ。そんで、何がなんでも生きてほしいって言うもんだから……助けてやる。いいな」
テレジアの手がかざされる。
疲れきった身体が、体力が、少しずつ……楽になるのを感じた。
そしてもう一人、貞康を追ってくる女性がいた。
「貞康様、またお会い……できましたわね」
ルディ・バークレオ(るでぃ・ばーくれお)は、懐かしいものを見るような顔で貞康を見つめていた。
最後に彼を見送ってから幾月も経っていないのに、長い長い夢でも見ているようだった。
貞康は「また?」と繰り返した。
「ええ、今の貴方は何もご存じなくても、今度こそあなたをお守りします。女に守られるのは不満かと思いますが、絶対に死なせたくないんですの。お城までお送りしますわ」
「こんな場所でこんなときに美女に口説かれてもな……よし、城に戻れたら、じっくり聞いてやる。それまで死んではならんぞ」
貞康の口ぶりにルディは微笑んだ。
この人は、1500年前でも変わらずにいてくれた。
これから先、1500年後も変わらずにいてくれるだろう。
「私と再会した時、私はあなたを知らないと思いますが、あなたは私を忘れないでくださいね?」
夜の闇に包まれ、どこから追撃の弓矢が飛んでくるか、槍が潜んでいるかわからない。
もとより、死ぬ覚悟であったとはいえ、ここまで叩きのめされるとも思っていなかった。
神経は張り詰め、貞康は、どこをどうやって城へ戻ってきたかもわからないほどだった。
わかったのは、自分を生かそうとしてくれている人々の存在だった。
皆がことあるごとに貞康に『生きろ』という。
貞康は嬉しかった。
彼は戻ってくるなり絵師を呼べと叫び、自分の惨めな負け姿を描けと命じた。
戦で死んだ者たちを忘れてはならんという想いと、彼らを失わしめた己への戒のためであった。
卍卍卍
四方ヶ原で鬼州軍は武菱軍をからくも撃退したものの、多くの家臣を失いその損害は甚大であった。
しかし、大虎は追撃の手を緩め、武菱軍はほどなく陣払いをした。
鬼城の抵抗が思ったより長引きそうであることと、大軍の長滞在による食料や物資の補給困難を恐れたためである。
武菱軍は大回りの進路変更を余儀なくされた。
が、その途中、武菱大虎は陣中にて病に倒れる。
志半ばでの、無念の死であった。
武菱軍はその秘密を守るために急ぎ帰国し、その後もしばらくは、大虎死去はひた隠されていた。
乱世で輝いた巨星がひとつ落ち、時代がまた変わろうとしていた――。
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