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リアクション
第三章 四方ヶ原の合戦1
【マホロバ暦1185年(西暦525年)2月9日】
鬼州国松風城――
武菱の軍が松風城に近づいているという知らせは、斥候(ものみ)によって告げられていた。
場内が張り詰める空気の中、城主鬼城 貞康(きじょう・さだやす)は、家臣たちの軍評定(いくさひょうじょう)を聞いていた。
「殿、敵の数は約三万とのこと。しかも相手は武菱 大虎(たけびし・おおとら)が率いるつわもの共。……まともにぶつかっては勝ち目はございません」
「武菱軍はどこまで来てる?」
「地竜川(ちりゅうがわ)に差し迫っているかと存じます」
「武菱の出せる限界の数だろうな、三万とは。大虎め扶桑の都(ふそうのみやこ)に上ろうと、山奥から天下取りへの大博打に出たのか。それに対して我が鬼州軍は一万弱……数は大いに越したことはないが。どう布陣したものかにゃ。……そちはどう思う?」
貞康は目の前の重臣ではなく、一番後ろの末席に控えている武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)に話しかけた。
家臣たちがざわつく。
「はい、地形を利用してはどうでしょうか。砕ヶ崖(さいががけ)におびき出し、討ってでては……」
牙竜が周囲の視線を気を遣いながら進言する。
隣に控えている戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)も慎重に語った。
「武菱軍は百戦錬磨の手だれと聞いています。ある程度相手の混乱を引き起こせたら、無理せず退却が良かろうと思います……」
この牙竜と小次郎の作戦に、家臣たちはわっと血気だった。
「敵を前にして退くというのか! 武士のやることか!!」
「では、何か策があるというのですか。私はこのあたりを歩いてみてきたが、この一帯は地竜川からなる扇状地で採草地でもある。台地が連なり、坂も多い。地に利があれば有利に戦えるでしょう」
「鬼州者でないやつが、まるで知ったことをいう……!!」
小次郎の冷静さが癇に障ったのか、鬼城家家臣本打 只勝(ほんだ・ただかつ)はあからさまな敵意を見せていた。
鬼城家に親子三代で仕えてきた彼には、突如現われたどこの馬の骨かもわからない輩が、鬼城軍に仕官にあがること自体、我慢がならないようだった。
「殿、こやつらは成りも怪しく、素性の知れぬものばかり。武菱(たけびし)の間者かもしれませぬ。即座に首を跳ねたほうがよろしいですぞ!」
「なんの証拠があって……」
小次郎が言葉の続きを、牙竜はさえぎった。
「本打殿、我々が疑われるのは仕方がないことだと思っている。だけど、信じてもらえないままなのは自分自身にも対しても許せない。だから、俺の目的の只一つを言う。俺は、天下人となった鬼城貞康公とともに、世界樹『扶桑』の元へいき、マホロバ将軍となったその日を目に焼き付ける。それだけです」
「……貴様……それは本心か?」
鬼州者は気骨で一本気な者が多い。
何よりも忠義を重んじている。
同時に、『貞康が天下人となるのを確信している』と言い放つ牙竜に、一変にして悪い気はしなくなるという、子供のような純朴さもあった。
「……実に……荒唐無稽な若者よの」
貞康もこの鬼州衆の気質を案じつつ、突如どこからともなくやってくる来訪者たちを前に思案しているようだった。
彼らの主張は一貫しており、『合戦の加勢に来た』『四方ヶ原で死ぬな』であり、貞康はこうして、その真意を見抜こうとわざわざ軍評定に呼びつけていた。
「武菱がどれほど強かろうと、尾っぽを巻くなど末代まで恥をさらすことになるだろう。断固戦うしかあるまい」
「今、なんと仰せで? 殿はこの者たちを登用なさるのですか?」
家臣が色めき立つ中、貞康は立ち上がると、一枚の書状を見せた。
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が西暦2020年のマホロバの大奥で、鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)前将軍に無理やり書かされたものだった。
牙竜もマホロバ幕府で御従人(ごじゅうと)として将軍の警護をしていたときに見覚えがあった。
「これは先日、領内をうろついていたものが持っていたものだ。奥の法度らしいが……本物の鬼の血だ。しかもかなり濃い……近縁者のような……ここにある鬼城貞継(きじょうさだつぐ)と記してある者は、わしは知らぬし、なぜこの者たちが所持してるかはわからぬ。が、同族であるなら、迎え入れてやらねばなるまい」
それに、と貞康は付け加えた。
「他にも、鬼城軍に仕官したいという者が現われておる。これは隣の於張国(おわりのくに)織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)殿のよこした援軍なのではなかろうか。人と違う、変わったことをするのが好きな仁(じん)だからにゃあ……!」
これには家臣も絶句していた。
於張国とは扶桑の都と鬼州国の間にあり、織由家の若き君主によって勢力を広げつつあった。
貞康も幼いときに人質にいたことがある。
そのときから信那とは義兄弟の仲であり、同盟国でもある。
しかし、於張国は今、扶桑の都へのぼる前に、四方を敵に囲まれている。
また、このような援軍の出し方など前代未聞。聞いたことはない。
それでも、大うつけと評される織由の暴君ならばありえるかもしれない。
家臣たちの間にも困惑が広がるのが見て取れた。
強敵、武菱との激突は避けるべしとの声も上がっていた。
鬼州という小さな一国にとどまり、天下人となった者にへつらって流されるままに生きるか。
勝負に打って出るのか……。
貞康は、最強の騎馬隊との合戦という危機を前に、士気を高め、家臣たちを一つにまとめ上げなければならかった。
「わしらは試されてるのかもしれんの。良いか、ここですんなり武菱を通してしまっては、鬼州武士の名折れぞ! 鬼州の街道はわしらが守るのだ。我と思うものはわしに続け!!」
まだ若く血気盛んな貞康は、『斬り死』か『勝利』しかないと言った。
戦国の情勢が飲み込めないままに、時空の異邦人たちは戦いに身を投じていくことになった――。
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「武神殿、なぜああ言った? ここでは『未来人』の我々が介入し過ぎては、その後の過去の歴史に影響が出る可能性もあるのだぞ」
軍評定から開放された後、小次郎は牙竜の肩をつかんで捕まえていた。
「貴殿も知っているだろう。鬼城はここで負けたからこそ、反省し、大成したのだ。それがなくなってしまっては、どこかで油断ができて大局で大敗するかもしれない。我々が知っている現代に戻すには『鬼城軍が武菱軍に負けること』と、『貞康が生き延びる』、この二つが条件が必要だ。これ以外が加われば、歴史が動き……以後の世界が変わるかもしれない」
「確かにそれはあるだろう。しかし、貞康公を生き延びさせたいならなおさらだ。大口とわかっていても叩かねば、貞康公の傍にいることすら適わないだろう。あの忠義者たちを見ただろう? 主君の敵とみれば、何をするかわからんぞ。俺は、なんとしてでもこの時代の『扶桑の噴花』に立ち会いたい。正確なマホロバの歴史を知っているのも天子様だけだろうしな」
牙竜はふと小声で小次郎に言った。
「それに、貞康公はあれでいて……家臣を助けたんじゃないか?」
「と、いうと?」
「領内に敵者が多数入り込んでるとすれば、国境を警備する守を処罰しなくてはならなくなるだろう? 職務怠慢ってやつでさ」
貞康は家臣の命を助けるために、 自分たちのような素性の知れぬものを登用したという。
牙竜の言うことも、まんざら当てずっぽうでないことは小次郎も薄々気づいていた。
貞康はときに強弁になりながらも、家臣の心の動きに常に気をさいているように思えたからだ。
「なるほど……それはあるかもな。ならば……私たちも貞康公の期待に応えてやるしかないか。敵ではないと、家来たちの前にも示してやる必要がある」
これには牙竜も同意であった。
この戦国時代に着たからには、自分たちの存在意義もまたマホロバの歴史の一部となることだろう。
そのとき、城内に出陣を知らせる太鼓が鳴った。
いよいよ合戦へ向かうときが来たのである。
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