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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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■オープニング

 アガデの都、領主の城。
 朝早く、出立しようとしているリネン・エルフト(りねん・えるふと)たちの元へネイト・タイフォンが現れた。
「発たれるのですか」
「はい」
 ペガサスネーベルグランツに荷物をくくりつけているリネンの傍らにいたユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)がおっとりとした仕草で振り返り、答えた。
「領母から聞きました。ずい分早いご出立ですね」
「もともとこちらへは竜を見に行くツアーのついでに立ち寄っただけでしたから」
「ああ、そうでしたね」
「本当はあきらめていたのですが、今から出れば増便されたツアーの最終に間に合うと、昨夜連絡を受けたんです。盗難にあっていた始祖の書も見つかって、無事取り戻せたということですし、それならばと皆で話し合いまして。
 先ほどご出立されたリリさん、遙遠さんも、これで心置きなく発つことができますということでした」
「そうですね。リリさんたちのおかげで、領主がお戻りになる前に書庫へ戻すことができました。このことを知れば、きっと領主もご安心されるでしょう」
「本当によかったですわ」
「ぜひ皆さんには明日領主を一緒に出迎えていただきたかったのですが、そういう理由ではお引止めすることもできませんね」
「ありがとうございます。ツアーを終えてシャンバラへ帰るときに、また立ち寄るかと思います。皆さん、バァルさまにお会いしたがっていましたから」
 背中越し、耳に入れつつ、しらじらしい会話だ、とリネンは思う。ユーベルは正誤織り交ぜてもっともらしく話しているが、実際のところ、ネイトに通用しないのは分かっていた。
 もう自分たちは今度の件が12騎士の自作自演であることに気づいている。きっとネイトもこちらが気づいていることは百も承知だろう。しかしそれと責める証拠は何もない。何もかも、後手に回りすぎた。ここがネイトたちのホームグラウンドだということもあるだろうが…。
 黙々と準備を続けるリネンの内心を知ってか知らずか、ユーベルはにこやかな笑みを崩さず会話を続ける。
「ただ、犯人が捕まらなかったのは残念ですけれど…。考えますところ、相当用心深いのでしょう。領主家の方か12騎士の騎士さま方しか入れない奥宮に、どなたにも気づかれず侵入した手腕といい、きっと頭のきれる策士がいらっしゃるのでしょうね」
「かもしれません。スクウィムの町の兵が引き続き捜索を行っているそうですが、受け取りに現れなかった以上、おそらく見つかることはないでしょう」
「ええ。私もそう思います」
「どこも破損していなかったのは不幸中の幸いでした」
「まったくですわ。きっと、あちらも書の価値を知っていたからこそでしょうね」
(おお、怖い怖い)
 傍目にはにこやかに世間話でもしているように見えながら、その下ではちくちくと針のひと刺しのような攻防をしている2人を肩越しに盗み見て、十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)もまた内心首をすくめる。彼の耳に、にこやかに談笑しながら近づいてくる2人の女性の声が入った。
 彼のパートナーヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)と、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)を抱いたミフラグ・クルアーン・ハリルだ。
「遅いぞ」
「まあ。すみません、宵一」
 蹂躙飛空艇の向こう側から立ち上がった宵一を見つけて、ヨルディアがぱたぱたと駆け寄る。
「すっかり話し込んでしまいました。すぐに準備を手伝いますわ」
「いや、もう終わった。
 それより、来たということは、あなたも一緒に行くということでよろしいのかな?」
 宵一の問いかけに、ミフラグは首を振った。すでに説得に失敗していたリイムが残念そうにあらためて眉尻を落とす。
「わたしは12騎士だもの。領主の不在中は都の守りにつくのが務め。アガデを離れるわけにはいかないわ。
 ここへは、あなたたちを見送りに来たのよ」
 そう言って、ミフラグはリイムをヨルディアに手渡した。
「ミフラグちゃん…」
「昨日はありがとう。とても楽しかったわ。また遊びに来てね、リイム」
 やわらかな桃色の毛をかき分け、額にキスをするとミフラグは一歩後ろに退く。
「ミフラグちゃん!」
 リイムはもがき、ヨルディアの手のなかから身を乗り出した。
「僕も楽しかったでふよ! きっとまたみんなで一緒にお茶をするでふ!」
「ええ」
「それと……カインさんに何か伝えることはあるでふか?」
「え? カインがいる所を知ってるの?」
 きょとんとなったミフラグに、リネンと宵一は視線を合わせた。
 やはり彼女は何も知らないのだ。
 ネイトを盗み見るも、彼は泰然として動じている様子はない。そのことをミフラグに向かってぶち撒けるとは考えてもいないのだろう。――そのとおりだ。ミフラグの友人として、「知らないのはおまえだけだ」なんて残酷なこと、口が裂けても言えない。
「えっと、えっと。もし会えたら、でふ!」
 あせりがちにリイムが言う。ミフラグは少し考え込むそぶりをした。
「そうね……ううん、いいわ。きっと明日には帰ってくるだろうから。自分で言いたいの」
「ミフラグさん……今度のことを知ったら、どう思われるでしょうか」
 飛び立つ飛空艇から距離をとるべく離れて行くミフラグを肩越しに盗み見て、ヨルディアが心配げにつぶやいた。
「さあな。いつまでも隠せることではないし、いずれ知るだろうが、それをするのは俺たちの役割じゃない」
 少し腹立たしそうに宵一が答える。
(それくらい、自分たちで負えばいいんだ)
 こちらを見ているネイトに視線でその意を伝えると、宵一はスロットルを開いた。
「さあ行くぞ」
 白み始めた東の空へ向かって飛ぶ飛空艇を追って、ヨルディアの聖邪龍ケイオスブレードドラゴンとリイムのスレイプニルが優雅に舞い上がる。
 入れ替わるようにそこにフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が駆け込んできた。
「悪い! 待たせた!」
「もう。何していたのよ、時間は知らせておいたでしょう?」
「いやぁ、世話になったのに何も言わずに消えるわけにいかないだろ? ちゃんと言うことは言っとかないとな」
「……このエロ鴉」
 にやけた顔つきに、どこのだれに会いに行っていたかを読んだリネンは、彼女に聞こえてもかまわない声でぼそっとつぶやく。フェイミィは聞こえても気にしないといった様子で愛馬ペガサスナハトグランツに近寄ると、ぐっと手綱を引き寄せた。
「やっぱ、彼女も何となく感じ取ってるようでさ」
「フェイミィ、あなた」
「何も言っちゃいねぇよ。ただ、心配すんなってだけ言っといた。実際、心配するようなことなんか何も起こさせないしな!
 さあ、とっとと行こーぜ、リネン! あいつらぶっ飛ばしによ!」
 ナハトグランツに颯爽とまたがるフェイミィに、リネンはふっと軽く息を吐いてうなずく。
「分かったわ」
 ネーベルグランツとナハトグランツ。2頭のペガサスが暁光を浴びて、力強く躍動する肉体を白銀に輝かせながら天高く上昇していく。その様を、ユーベルはネイトとともに見送った。
「あなたは行かれないのですか?」
「はい。こちらに残ります」
 てっきり行くものとばかり思っていたと、少々驚いた様子のネイトにユーベルは落ち着いた笑みを浮かべて向き直る。そんな彼女の真意を推し量ろうというのか、ネイトはしばし彼女に目をとめたあと、「そうですか」とやはりこちらも微笑した。
「何かお手伝いできることがあればおっしゃってください。ただ置いていただくというわけにはまいりませんもの」
「いえいえ。お客人にそのようなことをさせては――」
と、言い終わる前に何か気づいたようにネイトは言葉を止める。
「どうぞ。ご遠慮なく。こちらに残ることにしましたが、リネンたちが戻るまで特にすることも思いつきませんの。何かご提案いただけますと、こちらとしても退屈せずにすみますわ」
「用事、というほどではないのですが。想定していたよりも早く領主が帰還されることになりましたので、城の者がその準備に追われているようです。領母が厨房で指揮をとられるようですので、よろしければあなたもそちらに加わられてはどうでしょうか」
 ネイトの提案に、ユーベルは「面白そうですわね」と答えた。
 彼女の答えに満足そうにネイトはうなずく。
「では領母に伝えておきましょう。ですが、その前に朝食です。さあ、まいりましょうか」
 なかへ入ることを促すよう差し出された手に手を乗せて。ユーベルは優雅な所作で城内へと戻って行ったのだった。