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リアクション
序章 ――遺跡外縁部――
アトラスの傷痕を取り囲む砂漠、発見された遺跡のすぐ近くにベースキャンプが張られている。そこを拠点に遺跡調査を進めているようだ。
「今回こそバカンスよ! 寒い時期だけどちゃんと暖かい方に来れたし!!」
しかし、遺跡調査とは異なる方向で意気込んでいる者がいた。一ノ瀬 月実(いちのせ・つぐみ)だ。
「このバカ月実ッ! なんで毎回バカンスだとかいいつつ変なとこに来るのよッ!」
パートナーのリズリット・モルゲンシュタイン(りずりっと・もるげんしゅたいん)は怒り半分、呆れ半分といった様子で叫びを上げた。
「今度は火山!? 意味わかんないよ!」
「いたたた、蹴らないでッ。この旅行パンフを見たら面白そうだったのよ」
「……それって、旅行パンフじゃなくて、依頼書じゃないの? ほら、『調査に協力してくれる人求む』って」
もはやリズリットに怒りはなく、ただただ呆れているだけであった。
「あれ、ほんとだ。まあ、せっかくだし、このまま調査団に混じって遺跡探索といこうかな」
そんなパートナーの様子に構うことなく、彼女は遺跡の入口へと向かっていった。
砂漠の表面から推定十メートルくらいの深さの場所に遺跡への入口となる場所がある。付近の砂は掘り返され、そこまではスロープ状に一本の道としてベースキャンプから繋がっている。
「これで、とりあえずは大丈夫ですね」
夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)は万が一にも遺跡への入口が崩れないようにと、キャンプの人間や遺跡から出て行く者達とともに補強を施していた。また、簡易テントをこの場に張り、迅速に対応出来るようにしている。彼女がやろうとしているのは、遺跡の中で怪我をした人が出た際の医療活動だ。
(緊急の際にキャンプまで戻る余裕なんて無いでしょうからね。今はまだ怪我人は出ていませんが、このまま何も起こらないとは限りませんし)
まだこの遺跡の実態は掴めていないのだ。この先誰かが危険な目に遭う可能性は高い。
彼女からわずかに距離をおいて、パートナーのデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)が控えている。光学迷彩によって姿を隠しているが、パートナーの周囲を警戒しているようである。
(それにしても、入れそうな場所がここくらいしかないとは。あの彼もやはりここに落ちたのでしょうか?)
小さな窓、と思っていたが内側から見ると意外なほどに大きい事が分かった。そのため、補強の際に入口を拡大することにも成功したのである。現状では3、4人ならすんなりと通れそうだ。
「お気をつけて下さい」
彩蓮は遺跡に入っていく者達を見送っていく。ちょうどその時に内部に足を踏み入れたのは、神楽月 九十九(かぐらづき・つくも)であった。
『……九十九か? 私だ。まさかとは思うが、危険な場所へ行こうとしていないであろうな?』
彼女はパートナーであり、父親である神楽月 正宗(かぐらづき・まさむね)からの電話に出ていた。
『大丈夫ですよ、お父様』
『まて、まだ話は……』
一言だけ告げ、九十九は電話を切った。
(さて、調査開始です!)
「……おや、君は行かないのかい?」
「ああ、どうにも気になる事があってな」
ベースキャンプにいる教師に尋ねられた高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は遺跡に入らず、入口を一瞥して答えた。
「どうにも不可解な事が多すぎる。あのリヴァルトとかってヤツも調べたんだが……引っかかる」
彼はここに来る前にある程度リヴァルト・ノーツという人物について調べていた。
(蒼学の寮住み、しかも大抵どっかを放浪しているらしく寮にいる事は稀。その当日も戻って来たのを見たヤツはいない。分かったのはリヴァルトってのは掴みどころのないヤツってくらいだ)
あまりにも情報が少ない事もあって、彼の遺跡やリヴァルトに対する疑いは強まるばかりだった。
「なるほど、彼を疑っているってわけだね?」
先程から彼と言葉を交わしているのは蒼空学園大学部の専任教員、司城 征(しじょう せい)である。学生の有志による調査団とはいえ、彼のように引率で来ている教師は数名ほどおり、キャンプで待機している。
「まあな。アンタ、蒼空学園の教師だろ? アイツの事、何か知ってるか?」
悠司は傍らにいる中性的な風貌の教師に尋ねてみた。蒼空学園の校章のバッジが襟元に見えたためだ。
「彼も探究者を自称するような子だよ。わざわざ大勢を罠に嵌めるような事はしないさ。ほんとに記憶を失くしてるんだろうよ」
「随分と知ってるようじゃないか」
「あの子の受け持ちはボクだからね。それなりに付き合いも長いんだよ」
それでも悠司の疑いは消えはしなかった。この教師が庇っている可能性も拭いきれない。
(嘘をついてるとは思えないが……当日の様子を知ってるヤツがいない以上、怪しいものは怪しいんだよな。それに、操られてたってんなら他のヤツらが知らなくても不思議じゃない)
それでも収穫がゼロというわけではない。そこで、彼は顔見知りに連絡をしようと携帯電話を手に取ったのだが……
(やっぱりダメか。ナガンもここにいるはずなんだが……遺跡じゃ通信機器は通じないよな)
「これ、使うかい?」
司城が差し出してきたのは、古めかしいトランシーバーだった。
「このキャンプに機器を置いて電波を確保してるから、使えるよ。まあ、君の疑うリヴァルト君の提案にボクが乗ったんだけどさ。もっとも、お友達が持ってるとは限らないけどね。同時に十台くらいまでしか使えないから、単独行動してる数人とリヴァルトくらいしかまだ持ってないはずだよ」
これは僥倖、と悠司は一瞬思ったが、トランシーバーだと所持者全員に声が行き渡ってしまう。それこそ、リヴァルトにも。
(未憂の事は気になるが……まだ気が晴れないんだよな)
迷った末、答えた。
「いや、今はいい。必要になったら貸してくれ」
まだ考えがまとまらない彼は、ひとまず保留にしておいた。
ちょうどその時、月実とパートナーが二人の目の前を通り抜けていった。
「あれが入口ね。正体不明の遺跡、どんな罠があるかもわからない。慎重に行動する必要があるわ。とくに周囲の状況を把握するために静かに進むべきね。間違っても大きな音を立てたり騒いだりしてはいけないわ」
(お、今度は真面目な事を言ってる。月実って、真面目にやればちゃんとした知識も持ってるんだよね)
口には出さないものの、パートナーのリズリットは感心しているようだった。
「音に反応する罠なんかあったら……あら、虫ね」
月実はおもむろにハンドガンを取り出し、無造作に引き金を引く。
「って何自分で注意しておいて銃を乱射してんのよ! すぐそこキャンプなんだし、危ないじゃない!」
パートナーからの突っ込みが入る。その様子を見ていた司城は笑っていたが、悠司の方は少し冷めた目で見ていた。
「おやおや、元気がいいね。未踏の遺跡を調べるってくらいなら、あのくらい肝が座ってるくらいがいいのかもね」
「……いろいろと中の様子が心配になってくるぞ」
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