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リアクション
第三章 ――遺跡内部 第三層――
・図書館 二階
「魔法陣や正体不明の模様、ですか。害が無いということは、まだ怪我人は出てないみたいですね。ザイン、そんなに構えてなくても大丈夫ですよ」
図書館スペースの、おそらく北側の螺旋階段の前で、神野 永太(じんの・えいた)と彼のパートナーである機晶姫、燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)は全体を見渡していた。
「……罠も仕掛けもないなんて、遺跡らしくありません。用心に越した事はありません」
ザイエンデは不機嫌そうにパートナーに応える。
「まあ、そうですが……見ての通り、ほとんど皆さん読書や本探しに夢中ですからね。これだけ見てると、普通に図書館にいるものだと錯覚してしまいそうですよ」
多くの者が明かりを灯しているため、永太からも全体が見渡せた。
「あとは、このトランシーバーを入る前に貸して貰ったのは正解でしたね。他フロアの情報も時々ではありますが、入ってきますし」
彼は腰に差したトランシーバーを一瞥する。今はイヤホンをつけているため、他の端末からの情報はすぐに聞く事が出来るようになっている。ただ、これに注目する人が多かったため、どうやら数は出回っていないようだ。
ちょうど、他の階層の者から連絡が入る。
『こちらは藤原 すいかです。仲間の調べによると、入口のある階層のさらに上があるようです。他、隠し通路や罠といったものは現在発見されていません』
「ふふ……! ここの本ぜぇんぶ持ち帰って隅々まで読み解きたいもんだよ。ぼろぼろなのもあるけど、だからこそ貴重な本には価値がありそうだ」
「ニコさん、随分と楽しそうですね」
「こんなにたくさんの古文書があるんだ。魔法使いとしては興味を引かれるよ。ああ、でもこんなにたくさんライバルがいるなんて。そうだ、重要そうなものだけでもいいから集めればいいんだ!」
数々の古文書に引き寄せられるかのように本を漁っているのは、ニコ・オールドワンドニコ・オールドワンド(にこ・おーるどわんど)である。パートナーのユーノ・アルクィン(ゆーの・あるくぃん)は彼に付き添っている。
「奥の方にあるのなんて怪しそうだ。もしかしたら、開いた瞬間ドカン、なんてのもあるかも。一応慎重に慎重に……」
ユーノに何冊かの本を持ってもらい、本探しに集中する。
「お、これなんかいいかも」
比較的保存状態がいい、ハードカバーの本を見つけた。表面には魔法陣と思われる模様が描かれている。
「待って下さい、この模様どこかで見た気がします」
それはこの遺跡の至る所に描かれている模様の中で最も多いものだったのだが、はっきりと確信は出来ない。
「これがあるって事は、やっぱり魔術関係なのかな? 特になんかの術式がかかってるわけじゃないみたいだけど……あれ、開かないぞ?」
「ニコさん、危険です!」
慌てて止めに入るユーノ。
「大丈夫、これといって魔力を持ってるわけじゃなさそうだよ。そういえば、これもそうだけど何で肝心なとこだけが読めない本が多いんだろうな? 書いてある事は分かるのに理解が出来ない。本に暗示でもかかってるのか、それとも……ん?」
ニコは近くを歩いている調査団の一人を見た。レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)である。彼女は分厚い本を一冊抱えていたが、そこにも同じ模様が描かれていた。
(これと同じく、この遺跡に関わるものみたいだ。よし)
ニコは使い魔のカラスを使い、その後をつけさせた。
「さて、とりあえずここにあるものだけでもなんとか解読してみよう。魔法的な気配はないんだ、さらっとなら文意も分かるはずだよ。サポートは頼むよ、ユーノ」
(さて、この辺りでまずはよしとしますか)
レイナは場所を移動し、抱えていた分厚い本を足元に置く。まだ、ニコの使い魔の存在には気づいていない。
(他の本と違い、開かないということは、魔法による鍵でもかかっているのでしょうか? それならば、一切の魔力を感じさせないのは不思議です)
読めない以上どうしようもないため、新たな本を探し始める。
(おや、これは綺麗過ぎますね。字は分かりませんが、挿絵が多いですね)
字そのものは何が書いてあるか解読は出来ないが、絵の内容なら大体分かった。
(魔力を利用した日用品のリストみたいですね。原理が分からないのが残念です、それにこっちは……)
気になる本を積み上げながら、一冊ずつ読んでいく。
(読めるものはそれほど深い事は書いてありませんね。他のなぜか肝心な部分が理解出来ない本には何かあるような気がします……ん、何やら大きい話し声が聞こえますね。集中力がそがれます。さっきいきなりナンパしてきた男といい……読書中くらいは静かにしていてほしいものです)
ちょうど彼女のいる本棚の裏手に、また新しい影が現れた。ただ、彼女にはその姿は見えなかった。
「もうっ! 何でこんな所まで来て読書会なの? 私達も探索に行きましょうよ!」
「まぁ安心しろって、この人数ならすぐに遺跡の構造が明かされる。現に、地図を作って探索しやすくしている連中だっていただしな。そん時にゆっくり見学すりゃいいさ。それにお前、読書好きだろ? ちょうどいいじゃねーか」
言い争っているのは、(せれんす・うぇすと)セレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)と彼女のパートナーのウッド・ストーク(うっど・すとーく)である。セレンスが探索がしたいのに対し、ウッドはこの場の本を調べたいようだ。
「それを私たちがやらないでどうするの! あなた未知へのロマンというものがないの?
それは私読書大好きよ、けど読書なんて帰ったら学校の図書館でいくらでも出来るじゃない。わざわざこんなところでやるもんじゃないよ!」
「危険だからな。遺跡の罠とかがってんじゃない。お前がいると危なっかし過ぎて見てらないってことでだ。何が起こるか分からない遺跡内部を勝手に走り回られて、いざって時に怖がって杖も振れないようじゃな」
呆れたようにウッドは横目でセレンスを見遣る。
「うっ……」
彼女も言い返せないようである。
「まあ、何もなかったからいいんだがな。それにここも誰か調べた方が良いだろ。他の連中も調べてこそいるが、なんせ古代の遺跡の図書館だ。みんなが見落としている、誰も知らないような情報がまだわんさか眠ってる気がするぜ」
「もう、それだってちゃんと読める人とか魔法使いとかに任せておけばいいのに……あれ、これは」
セレンスは目についた一冊の本を手に取る。表紙には巧みな絵が描かれている。
「へー、なんか建物とかの絵が載ってるよ。なんだろう、これが古代シャンバラ王国の風景なのかなー?」
古き良きファンタジーに出てくるような街並みに心奪われ、その本を読む事に夢中になってしまう。
「なんだ、結局はまってんじゃねーか。ん、絵……そうか、絵だ!」
何かに閃いたかのように、ウッドは本棚を夢中で漁り始める。
「いいよね、こういうの。絵本だったらもっと良かったな。あれ、ウッド、どうしたの?」
突然無我夢中になってしまったパートナーに驚くセレンス。
「絵だ、昔の絵が書いてある本ならば、この世界のその当時が分かるはずだ。世界の謎の解明につながるかもしれない。お前ももっと探せ! 持って帰っていいから。俺が許す!」
「ええー、せっかく読んでたのにー」
嫌な顔を見せるものの、彼女は本探しを渋々手伝う事にした。
「あーもう、何で探そうとすると見つからないんだよ、くそ!」
だが、いざ探してみると挿絵がわずかにある本が出てくる程度だった。
(無我夢中で探してるようですね。他にも同じような方がいるかもしれません。そうなると置いてかれそうですし……ここまででしょうか。せめてこれだけでももって行きましょう。重いけど、やはりこれが一番重要そうですし)
セレンスとウッドが夢中になってる様子を裏で察していたレイナは最初に持っていた魔法陣が描かれた本を抱えてその場をあとにした。ニコの使い魔は、それでもついていく。
「セシルぅ〜、少しでいいから手伝って下さいよぉ〜」
「五千年前の遺跡、それもただでさえ傷みやすい本だ。下手に探すと手が汚れてしまうだろう?」
吹き抜けを挟んで向かい側、セレンス達とは別の場所で本を探しているのはシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)とセシル・ライハード(せしる・らいはーど)である。
「確かに古い本ばっかりですぅ。そこに散らばってるのなんて、もう読めないくらいに傷んでますしぃ〜。でも綺麗なのだってありますよぉ〜」
それでもパートナーは後ろで見ているだけである。
(うう、なんだかこき使われてる気がしないでもないんですよぅ……)
落胆しつつも、何か面白そうな本がないかを探す。
「シャーロット、ちょっとそれを取ってくれないだろうか?」
「え、これですかぁ?」
セシルの目に留まったのは、魔法陣が表紙に描かれているものであった。何人かが手にしているものと厚さこそ異なるが、同系統の本のようである。
「そう、それだ」
シャーロットから受け取る。読もうとするが、なぜか開かない。
「なんだ、なぜ読めないようになっているんだ? シャーロット、ちょっと来てくれ」
彼女は本探しに夢中である。
「ファンタジー小説とかないですよぅ。なんかいかにも難しそうなものばかりですぅ……ん、なんですかぁ?」
「この本開かないんだが、なぜだと思う?」
「古くなって表紙が張り付いちゃったんじゃないですかぁ〜?」
貴重そうな本を探すため、セシルの声を適当に流す。
「おい、聞いてるのか? それと、探すんなら魔道書を探せよ」
「分かりましたぁ〜」
ひとまず返事だけはする。しかし、
(魔道書はたくさん探してらっしゃる方がいらっしゃいます。せっかく来たんだから、少しずれたもの探したっていいじゃないですかっ! そっちの方が貴重かもしれませんよぅ……)
と内心では思っていた。
同じフロアでは、
「考えても見ろよ。こんな規模、それもほとんど当時の形を留めた遺跡がこれまで遺跡荒らしに合わなかった、何て信憑性ねえだろ?」
と熱弁を振るう男がいる。(するが ほくと)駿河 北斗(するが・ほくと)である。
「誰かがこの遺跡に呼ばれたんだ、って考えた方がわくわくするじゃねえか」
「そうね、突然遺跡が沸いたのでも無い限り、封印でもされてたか、第一発見者――リヴァルト・ノーツという彼が何か条件を満たしたんでしょうね」
答えるのはパートナーの一人、ベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)だ。
「それに、こんだけのもんを冗談で作る訳がねえ。ここには何かが有るんだよ。でけえもんがさ。そのリヴァルトってヤツだって一番奥で『何か』に触れたわけだろ?」
「可能性はあるわね。何でも、本人は記憶を失ってもいるみたいだから、それまでは分からないでしょうけど」
「ならそれを手に入れれば、ドージェに少し近付けるかもしれねえんだ。ここにヒントがあるかもしんねえな」
言葉を交わしながら、本棚にある蔵書を探している。シャンバラ古王国そのものについてのものや、当時の魔道書らしきものに重点を置いているようだ。
「良い、馬鹿北斗。そんな雑に扱ってはダメ。書物って言うのは知識の宝庫なのよ。そして知識とは力。学べよ、さらば啓かれん、よ」
本棚を無造作に引っかき出す様子を見て、ベルフェンティータが注意する。
「分かったよ、ベル。それにしても、いかにもって本はたくさんあるのに肝心なところだけは読めないようになっているんだな……クリム、そっちはどうだ?」
もう一人のパートナー、クリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)に視線を移す。彼女は何やら意識を集中しているようだった。
「我が名はクリムリッテ・フォン・ミストリカ。未知なる魔道、無法なる魔道、担い手を持たぬ魔を秘めし書在らば我が声に応えよ。さらばその求めに従おう」
どうやら、思念で魔道書との共鳴を図っているらしい。しかし、反応はない。
「ダメかー……じゃあ、仕方ないや。ん、こっちも全然だよ」
「そうか……これだけあれば、何かしら強くなる術を知れると思ったんだけどな。それとも、まだ俺達は何か見落としてるのか?」
なかなか進展しない事に地団太を踏む北斗。
「かろうじて読めるのは兵器に関する機能や、古王国での魔術や魔力の基本的なことだけね。光条兵器も名前くらいは確認出来るんだけど……あれも元は魔法技術の結晶。機晶姫があれだけオプションで強化出来るなら、外的干渉が出来ない筈は無いわ。この図書館のどこかに、それについて書かれた本があればいいけど」
魔力の応用による兵器転用についての本は何冊か発見出来た。しかし、その具体的な方法はまだ分からないままである。
「これだけの蔵書なら、歴史書もあってもいいようなものですがね。今のところ一番多いのは魔力を応用した道具についての書物ですな」
北斗達と同じ場所で書物を調べていた道明寺 玲(どうみょうじ・れい)はその言葉を受けて答えた。複数人で調べた方が調査もはかどるという北斗の提案で、一緒に調べていたのである。
「廊下とかにあんな魔法陣みたいのがあるのに魔道書が少ないってのはおかしいどすなぁ。こんなのしか見つからへんわぁ」
彼女のパートナー、イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)は一冊の本を抱えている。表紙には他でも発見されているのと似た模様がある。
「まあ、開かへんから調べられんのが問題どすわぁ」
魔法使いである彼女にもお手上げのようである。
「レオ、何かありましたか?」
玲達からは少し離れた本棚を探していたもう一人のパートナーのレオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)に呼び掛ける。
「こっちもダメですよ。いかにもって本はあるんですけど、どうにも読めないものばかりで……」
このフロアの本も、三階と同様に読めなくなっているものが多いようだ。ただ、上階よりは今のところは収穫があるようだ。
「古代の弦楽器の絵が書いてある本があるので、きっと近いものもあると思うんです。もう少し探せば何か掴めるかもしれません」
レオポルディナが玲に向かって答える。
「ただ、少し疲れたぜ。ただでさえ読みなれてない古文書を解読しようとしたり、ずっと探しまわったりしてんだもんな」
北斗以外にも、この場には腰を下ろしているものは多い。読むのに集中しているのだろうが、彼と同様に多少の疲労感を感じている者もいるはずだ。
「そうですな、ここに来てかなりの時間集中して探してましたから。罠の類もないのは救いでしたな。他にも腰を下ろしてる方がこの場にいらっしゃる事ですし、少し休憩といきますか」
玲は一旦調査を中断して、荷物からお茶を取り出した。それを人数分汲んでいく。
「どうぞ。一休みしてリフレッシュすれば、調べものもきっとはかどるでしょう」
フロアを歩きながら、声を掛けていく。
「あ、どうもありがとうございますぅ」
シャーロット達もそれを受け取った。
「おや、魔道書探しはいいのか?」
セシルはずっと興味のままに本探しに夢中になっていたはずのパートナーに問う。
「一旦休憩ですぅ。せっかく見つけた本まだ読んでませんしー」
シャーロットは応える。
(それに、セシルが手伝わないでずっと読んでるのはずるいですぅ。私だって読みたいのですぅ!)
と思ったが、口には出さない。
「ま、いいけどな。だからって俺様が代わりに探したりはしないから。こっちも読むのに忙しいんだよ」
リラックスした様子で、本を片手にお茶をすするセシル。
「おっと、これ読み終わったから腰下ろす前に戻してくれ」
(そのくらい自分でやってほしいのですぅ……)
なかなか休むことの出来ないシャーロットであった。
「なんだかこういう様子だと、遺跡じゃなくて普通に図書館にいるって感じですな」
フロアを見渡しながら玲は静かに呟いた。
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