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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

リアクション

 1日目 心に見送られ

 蒼空学園の保健室。
 機晶姫修理工房『アサノファクトリー』店主の朝野 未沙(あさの・みさ)は、残っているパーツがこれ以上傷つかないように考えながら、ファーシーの身体を布で包んでいく。
「よし、できたよ!」
 無事に終わると、彼女は志位 大地(しい・だいち)を見上げて笑いかけた。
「ヒラニプラまで安全に運べると思うわ」
「何だか少し緊張しますね……」
 ベッドの上のファーシーを慎重に抱き上げて廊下に出ると、そこではルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)が待っていた。半月形の銅板を首から提げている。
「では行きましょうか。本日は穏やかな陽気で良かったですわ」
「どんな所かなあ、ヒラニプラって! 機晶都市って呼ばれてるんでしょ? やっぱり、わたしの街と似てるのかしら」
 銅板の方のファーシーが言うと、ルミーナは新たに得た彼女の記憶を思い起こして、答える。
「そうですわね……雰囲気に近いものはあるかもしれません」
「楽しみだわ! モーナさんにはちゃんと挨拶しなくっちゃね!」
 校門の近くではヘキサポッド・ウォーカーが待機していて、傍にはエラノール・シュレイク(えらのーる・しゅれいく)四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)フィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)が立っていた。浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)と、大きな箱を持った蘭華・ラートレア(らんか・らーとれあ)も一緒だ。エラノールとフィアがヘキサポッドに乗り込み、ファーシーを受け取る準備をする。
「OKですよー……、わ、重いのです」
「大丈夫ですか?」
 蘭華もパーツの入った箱を置き、収容を手伝う。一方銅板のファーシーは、ちょうど花開き始めた桜に、感嘆の声を上げていた。
「綺麗ねー、これ、なんていうお花なの?」
「桜っていうのよ。満開になったらもっと綺麗なんだから」
 唯乃も答えて桜を仰ぐ。
「へー……こんな、樹に花が咲くなんて知らなかったわ。地面に生えてるものだと思ってた。良く、摘みに行ったの」
「ファーシーさんは、どんな花が好き? 色とか」
「そうねー……」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)の問いに、ファーシーは考えるように黙ってから、言った。
「青い花、かな。ルヴィさまが好きだったからっていうのもあるけど……うん、青い、ひらひらした花が好きかも」
 終夏はそれを聞いて、シャンバラだとどの辺にあるかなと考えた。結婚式は、彼女の好きな花で祝ってあげたい。集める時間ならまだある。この数日を使ってたくさんの花を探そう。ファーシーが幸せに包まれるように。
「白や、この桜みたいなピンクも素敵だけどね」
 えへへ、と照れたように付け足すファーシー。
「積み込み終わりましたよ。私達が最後ですよね? 集めたパーツの忘れ物とかは……」
 翡翠が最後の確認をしていると、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)がペットのグレッグとゾディス、ポリューシュを連れて走ってきた。ちなみに上から、パラミタ虎、狼、毒蛇である。やる気満々のゾディス達に比べ、グレッグは何だか眠そうだ。後ろには、パーツの箱を抱えたラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)がついている。
「……私も同行していいか……?」
「……自分にも修理を協力させてもらえないかな? どうしても、見届けたいことがあってね……」
 黒い動物のフードで顔を半分隠したラズは、箱を見下ろす。
「機晶姫のパーツもいくつか持っているから、持って行くよ」
「本当? うれしいな、ありがとう! わたしをよろしくね!」
 屈託無くファーシーが言い、一行はヒラニプラに向かった。最後尾を行く唯乃やエラノールは、さりげなく周囲を警戒していた。それに気付いた大地が話しかける。
「どうしました? 何か気になることでも?」
「へ? あ、ううん、なんでもないわ」
 天気は快晴。ファーシーを送り出すように、南風が通り過ぎる。
 彼らを見送って、終夏は風に言葉を乗せる。
「世の中の大抵の人は……幸せになったらいいなと思うんだよね」
 その言葉はどこまでもどこまでも流れ――シャンバラの暖かさの一助になった。

 正面のステンドグラスと左右の壁に並ぶ窓から、暖かい光が注いでいる。上部の塔が崩れているのが嘘のように、礼拝堂の中は綺麗だった。中央の通路を挟み、石造りの長椅子が等間隔に並んでいる。祭壇も原型を留めていた。天井には灯篭、左脇にはパイプオルガンが設えられていた。
 とはいえ、5000年という時間は伊達ではない。歩く度に舞う砂埃を全て除去するのは、なかなかに大変そうだった。
 ぽーん……
 パイプオルガンの音が反響する。
「お、ちゃんと音が出るな。これなら本番でも使えっかな?」
「トライブ! 何さぼってるんだよ! 外もキレイにするんでしょ? ちゃっちゃとやるの!」
「へいへい……」
 箒を持ったジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が怒ると、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は肩をすくめて掃除を再開した。掃除機が使えないので、砂を取り除くのは全て手作業だ。集めた砂をゴミ袋に入れる。拭き掃除はその後になるだろう。
「まったく、何時からロックスター商会は便利屋から掃除屋になったんだよ。まぁ、便利屋の仕事の範疇と言えばそうかもしれないけど」
「まあまあ。一生に一度の晴れの舞台だ。ファーシーやルヴィを祝ってくれる人たちに、気持ちの良い結婚式を迎えて欲しいからな。それに、生まれた場所が廃墟になったままってのは悲しいだろう?」
 ジョウは呆れたように溜め息を吐いた。
「トライブのことだからまたタダ働きなんでしょ? お人好しなんだから……」
 ぶちぶちと言いながらも彼女の手は止まらない。自身に機械だという自覚はあまり無いが、それでも機晶姫の結婚式には憧れがあるし、成功させたいとも思う。
「新たな門出を祝う場所だからな。一からピカピカにしても損は無いはずだぜ」
「3日まるまる使ってもぎりぎりだよ、それ……」
 もとより、3日や4日寝ないことは覚悟の上だった。

「えっと……結婚式、結婚式……」
 イルミンスール魔法学校の図書館で、和原 樹(なぎはら・いつき)は分厚い書物のページを捲っていた。脇にも、本が山程積まれている。
「別に、今の様式でも良いのではないか?」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の言葉に、樹は顔を上げる。
「やっぱり大事な思い出になることだから、なるべく2人が生きてた時代の作法とかを再現したいと思うんだ。道具や衣装とかも、できる限り当時に近いものにしたいし」
「衣装……?」
 道具は分かるが、衣装というのは花嫁衣裳のことだろうか。だとしたら、4日目の時点ではファーシーはまだ銅版なわけだが。
「うん。神父の衣装とか……」
 それを聞いて、フォルクスはやっと合点がいった。
「そういえば、樹は神父になりたいのだったな」
「……できれば……だけど」
 上目遣いで答える樹。苦笑してから、ファルクスも書物を開く。
「古王国時代の結婚式か……我もさほど歳をくってはいないからな。そのあたりは文献をあたるしかないか」
 古い文献は貴重だから、借りて持ち出すのは無理だろう。要点はメモをとっておく必要がある。
「それにしても、結婚式に関する記述が少ないと感じるのは気のせいか?」
 縁が無いからと、校長達が資料を揃えていないのだろうか。
「足りなかったら明日、ツァンダの図書館にも行ってみようよ」
 2人はそれから、丁寧に5000年前の記録を辿っていった。