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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

 ウォーレン・クルセイドは、早朝のジョギングを欠かさない。
 それがたとえ故郷から遠く離れた旅行先であっても、普段のコースとはかけ離れた山道になってさえ。
 しかしその姿を見られるのはなんとしても避けたいために、夜が明けて間もなく部屋を抜け出した。
 静かに冷えた空気の中、おおよそ5キロを走りぬける。
「ふう、空気がやはり違うな…」
 走ればわかる空気の違いが、やはり田舎にいるという実感を呼ぶ。
 もう少し楽しむべく、ウォーキングに切り替える。そうして太陽が昇り、じわりと気温が上がっていくさまに、今日も晴れだろうと実感する。
 そろそろ戻れば、起きるには常識的な時間だ。そして飯を食ったら片づけをして、パラミタに戻る日でもある。
 部屋に戻って、パートナーをたたき起こす。
「綾、起きろー!」
「…はぁい…起きます…」
 綾は特に寝起きが悪いわけではないが、さすがに起きるのに時間がかかる。
 やはり旅行先の開放感などでハメをはずしたかで、いぎたなく惰眠をむさぼっているものが多いようで、どこかの部屋でパートナーを起こそうとざわめいている気配がする。

 朝食も、これで最後だと思うと感慨深い。
 つやつやの炊きたてごはんに、裏手で採ってくる卵だけでもたまらないおいしさだ。
 もちろん板長がそれだけの献立を許すはずがない。バイキング形式でおひたしやサラダ、出汁巻きなど、おなかにやさしいメニューが並ぶ。皆が釣ってきた魚が食べきれず余ったものは、炒ってふりかけにもなっていた。
 漬物のうまさは、持ち帰りたいと言い出すものもいたくらいだ。

「ふぃ、フィルラ、これでいいだろうか…」
 黎がおそるおそる、家事万能のパートナーに部屋の掃除の成果を見せる。
 鞄に荷物を詰めなおしていたフィルラントは、ちらりと部屋を見やってNGを出した。
「あかん、ふとんハミだしとる。蚊帳くらいは畳んだるから持ってこい。障子チェックするで」
 ズバズバと切り捨てられて、がっくりと黎は肩を落とす。
 廊下が騒がしくなり、掃除機やはたきの音が聞こえてくる。皆が帰り支度を始め、後を濁さぬように勤めているのだ。
「そろそろチェックアウトですよー、忘れ物のないようにー!」
「バスが来よるから、酔う人はいっとけやー」
「おみやげはまた途中で買えますよ、急がなくたって…」

 旅館の玄関先でバスを待ち、皆がざわめく中、涼司と聡は女将と、親類として話しをしていた。パラミタに戻れば、連絡もとりづらくなる。ひっそりと女将は心のうちを明かした。
「本当はね、もう旅館を閉めようか、迷っていたのよ。年々蛍も減ってきていたし」
「えっ?」
「やだよおばちゃん…」
 二人は驚いた、生まれてこの方『女将』でないおばちゃんは見たことがなかった。
「でも、みんなが来てくれたから、考え直したわ。閉めちゃったら、私の生きがいだってなくなっちゃう」
「よ、よかったー…」
 早くに夫をなくして、実際に彼らと女将の間には血のつながりはない。というのに実の子供のようにかわいがってくれたおばちゃんなのだ。彼女が夫の残した旅館を生きがいにしていたことを、彼らはよく知っている。
「今度はドラゴンさんもロボットさんも獣人さんも、もっと気楽に楽しんでいただける宿にするつもりよ」
 あの人も英霊になって、来てくれるといいわねえ…。
 そううっとりと、亡き夫を想うおばちゃんが、涼司たちは好きなのだ。
 ただ残念ながら、英霊になるにはあと100年くらいは待たなければいけないが。
「今、パラミタはいろいろと大変な話が聞こえてくるわね。あなたたちもきっとつらい目に会うでしょう」
「…うん」
「でもそれも、いつか昔話のひとつにして、『あの時は大変だった』って笑えるようにするのよ。そうやってお土産話をしに来てちょうだいね」
「わかった、俺達は約束するよ。そんでまた、みんなも連れてくるからな」

 深々とお辞儀をしながら、バスに乗り込む皆を女将は見送っている。
「それでは、皆様来てくださってありがとうございました。この事は、我らの思い出ともなりましょう」
『こちらこそ、ありがとうございました!』
 女将や板長に個人的にお世話になったものは、見送りに出た彼女らに挨拶をしにいく。また来ます、来させて下さいと口にして、女将は目頭をおさえることになった。

 レトロに竹皮に包まれたおにぎりを持たされて、契約者達はパラミタへの帰途へとついた。
「おお、ほんとうまそー…」
 早速包みをあけた聡が感嘆する。
 まさに田舎のお弁当といった風情の、今まで食べたことのない者でも、何故か懐かしさを感じる取り合わせになっていた。
 海苔巻きおにぎりには自家製の梅干、漬物の葉で巻いたもの、焼いた饅頭のようなおやきには肉味噌と刻んだ山菜、もうひとつのおやきにはほっくりと甘いかぼちゃが詰まっている。
「もーらいっ」
 涼司が肉味噌のおやきを横からかっさらい、聡は取り返そうと涼司の分に手をかける。
 わあわあと取っ組み合って、バスの中は賑やかになる。我も我もと包みをあけて、にわかにピクニックじみた空気がバスの中に満ちた。
 どこからかまぎれこんだ蛍が一匹、天井に止まり、目立たない光を放ちながら、さわがしい人間達を見つめている。


 世界のすみずみまで人工の明かりで照明されつくす昨今。
 もしかすると頼りないこのちっぽけな明かりを、不思議とだれもがなつかしく思うようになるのだろう。

担当マスターより

▼担当マスター

比良沙衛

▼マスターコメント

大幅遅刻申し訳ありません、比良沙衛です。
はじめましての方もお久しぶりの方も、ご参加ありがとうございました。
ちなみに、タヌキを見たところは私の実体験だったりします。
キャンプを夜中抜け出して、森の中で息を潜めてじっとしていたら、すぐ脇をタヌキが通ったのです。野生のカン仕事しろ。
描写は無くても、外見年齢12才以下で来そうな子やそのお友達には声をかけていることになってます。
リアルに親戚の子に同じ経験をさせてあげたかったのですが、そんな機会が無いままチビどもはみんな受験生になっちゃったので、こんなところで発散してみましたw
なるべく蛍狩りに関してはダブルとはせず、軽くでも採用しております。素敵な思い出となれたでしょうか?
山葉ふたりは、こんな馬鹿やった従兄弟同士っていいよなあと思って書いていました。こういう関係だとずっと離れていても、妙な信頼関係にある気がします。うらやましい感じです。

何名かの方に称号と、コメントを差し上げております、ご確認下さい。
それでは次回のガイドでお会いできましたら、よろしくお願いいたします。