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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

「おじさまー、厨房を貸していただけません?」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)達が厨房に顔を出し、板長におねだりをする。
「おお、ええよええよ、使いんさい。何を作るんじゃ?」
 かわいい&きれいな女の子たちが5人、にっこりと笑って頼めば、きっと大抵のおじさんはオチる。
「サンドイッチを作ろうかと思ってます、川遊びに行くので、ピクニックです」
 火の使い方、使っていい包丁や材料のありかを教え、板長は一角を明け渡してくれた。

「皆さん、こちらの方らしいですよ」
 前日にルートを調べていたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が川まで先導する。
 パラソルを何本か借り出し、真口 悠希(まぐち・ゆき)がさりげなくそれらの重いものを引き受けて、後はビニールシートや着替えのバッグなどを分担して運ぶ。
「本当に重くない?」
「これ、見た目よりは軽いですよ、確かにかさばりますけどね」
 祥子が昼食のサンドイッチを入れたクーラーボックスを背負いなおし、関谷 未憂(せきや・みゆう)は水筒をごろごろ下げている。
「う、ぶつけちゃう…」
「一つください、まだいけますわ」
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)がひとつ引き受けて、やがて川辺にたどり着く。
「さあ、泳ぐわよーっ!」
 女の子同士だから気兼ねしなくて楽だわ、と川辺ですぱっと服を脱ごうとした祥子を、あわてて悠希が静止する。
「ああっ、祥子さまいくらなんでも、誰が来るか分からないんですからー!」
「そうか、気は抜いちゃいけないわよね…じゃあこうしましょ!」
 ?マークをつけた皆の見つめる中、彼女はおもむろにこう叫んだ。
「変身!」
 もわっと蛍光ピンクの煙が上がり、ぱちぱちと星がはじけ、その煙が晴れたあとには白のビキニの祥子が現れた。
「す、すごい…」
 スキルの変身!は、こんな風に着替えに使っても許されますでしょうかテレビの前の皆さん!? あ、チラリはありませんよ!
「でも、いっそ裸で泳ぎたいくらいよねえ」
「だめですって!」
 強行に止める悠希にみんな首をかしげた。女ばかりなのに、気兼ねしなくていいのにな、という思いだ。
 みなさんはこちらで着替えましょう、と悠希はパラソルを広げて横倒しに組み合わせ、横からは見えないカーテンを作った。
「わあ、ありがとうございます、悠希さんもお早く」
 やはり、どうしようもないなら構わないが、同性の間でも肌を晒すのに抵抗があった未憂は、悠希のアイデアをありがたく思った。
 祥子さんは大人の女性、そのさっぱりしたところはさすがだと思う。とはいえ既に服の下に水着を着込んでいるので、自分はやっぱり気にしすぎなのかしらとちょっとだけ思ってしまう。
「ボクは、せ…狭くなりますから、後で」
「たまには、こういうのもいいですよね、あら小夜子さんも素敵」
 ロザリンドは、今回はちょっとはしゃいでビキニタイプだ。5人で遊ぶと決まって、女の子ばかりなのだからちょっとくらい大胆でもいいわよね、と思ったのだ。
「いえ、私はそれほどでも…」
 小夜子も黒のビキニという大胆な格好である、5人中3人までがビキニ。未憂は先輩方に感心している。
「はやく貴方も着替えなさいな」
 ビキニの3人の美女に促され、頬を赤く染めてかくかくしながら、悠希も着替えるが、シンプルな水着だ。
「あはっ、私たち、シンプル同士ですね!」
 同年代なこともあって、未憂は悠希にちょっと親近感を持った。
「そうそう日焼け止め、背中に塗っていただけません? 悠希さんのも塗りますからね」
「ええっ!?」
 …いろいろと大変な目にあう悠希である。

「さあ、遊びましょう!」
「うわーっ!」
 なんだか元気のない悠希がメインターゲットになって、水遊びが行われた。タックル紛いに引きずられて、そのまま水の中に放り込まれた。他はみんな、水面にぷかぷか浮いて笑っている。
「やっぱり水も綺麗ねえ」
 水をかけあったり、肩を組んでみんなで水中に沈んで息の長さを競ったり、くすぐりあって妨害したりと、思いつく限りの遊びを堪能する。
「昨日、実は魚取りの罠をしかけてたのよ、祖父に習ったウナギとりの罠よ」
 皆の期待の眼差しの中、取ってくるわと岩場の方に泳ぎ、息を吸い込んで潜水、少し経ってザバリと上がってきた祥子の手には、仕掛けであるらしい魚籠が握られていた。
「とれたわー! やったー!」
「うなぎ…すごいです!」
 生きたものは見たことがない未憂はとても魚籠の中を見てみたくてたまらない。
 シートの上にざばりとあけられた魚籠は、うなぎだけでなく、カニやヤマメなどもかかっていてずっしりと重い。
「きゃあ、ほんとヌルヌルする…!」
「ひゃっ! 手が滑って水着のなかに…!」
 さすがにイヤーとロザリンドが叫んだ、小さなうなぎはなんとご想像にお任せする場所に飛び込んだ…!
 ひとしきり眺めたあと、小さなものを逃がして、再び魚籠を水につけておく。大きなものは生きたまま持って帰って夕食にしてもらうのだ。魚籠はこれ一つではないので、また後でのぞくことにする。
「お、お騒がせしました…」
 水に飛び込んで魚を逃がし、水着の肩紐などを直しながらロザリンドが戻ってきた。
「胸のところ、スキマありますもんね」
「もー! 悠希さんてばひどいです!」

 そろそろお昼時になり、ロザリンドが声をかけた。
「みなさーん、そろそろお昼にいたしましょう!」
 サンドイッチはみんなでそれぞれが考えた具を作っていた。
 半熟目玉焼きをレタスとマヨネーズベースのソースではさんでみたり、鶏肉は照り焼き、くるみを砕いて入れたかぼちゃのペースト、ツナとたまねぎ、きゅうりとトマトとチーズ、スタンダードなものからそうでないもの、目にも楽しいサンドイッチパーティになった。
 デザートサンドは旅館の裏手になっていたいちじくを甘くはちみつで煮たものをはさんでみた。ヨーグルトと生クリームを別容器に入れて、好きに乗せて食べるのだ。ちゃっかり別にスイカを切ったものもデザートである。
「わーおいしそう!」
 祥子がはしゃぐ、ロザリンドも未憂も何から手をつけようか迷った風で瞳をきらめかせる。
 しかし小夜子は、悠希がずっと力なさそうな様子が気になっていた。
「これなんかどうですか悠希さん?」
「…はい、おいしそうですね」
「もうちょっと寄ってもいいですか? あ、未憂さんパラソルからはみ出すと日焼けしちゃいますよ」
「はい、ありがとうございます。皆様、麦茶とアイスコーヒーとどちらがよろしいですか?」
 川で遊んで運動しているのだし、今だけはダイエットの文字は皆どこかに行っていた。

 食事を終え、デザートもつついて、食後の一息を入れながら、皆川辺でゆっくりしている。
「セミの泣き声がすごいですわねえ…」
「昨日の夜は鈴虫も鳴いていたわね、夕方頃になるともうホタルは見られるみたい」
「きゃあ、皆さん、こちらの岩場に腰掛けて足をつけてみてください、魚が足にさわってきますよ!」
 はしゃぐ声が上がるなか、小夜子は悠希の元気のなさを、とうとう放ってはおけないと感じていた。
「……うーん。悠希さん、やっぱり元気無いですね。理由は分かってますが…心配ですね」
 …よし。元気付けよう。そう思って、石に腰掛けてきらめく水面を眺めていた悠希の後ろからそっと近付いた。
「さ、小夜子さん!?」
 小夜子は悠希を抱きしめ、耳元でそっとささやいた。
「悠希さん、元気出して下さいね。せっかく、ここまで来たんですから」
 やわらかな体が触れた、驚いた悠希だが、罪悪感がそれを上回った。
 以前彼女の下着姿を目撃してしまったことがある、あのときは同性だからと彼女も気にしてはいなかったが、悠希にはそれに胡座をかいて伏せている事実があることが心苦しかった。
 この抜けるような晴天の下で、胸の内を吹き抜ける澄んだ風のなかで、嘘をつき続けることは、もうどうにもつらかった。
「あぅ…嬉しいです、でも…ちょっと来て頂けますか?」
 川辺ではしゃぐ女の子たちが小さく見えるところまで離れ、悠希はそっとささやいた。
「ボク…小夜子さまにこんな風に優しくされる資格無いんです」
「…なにを言っているんです? 資格だなんて」
 苦しげな声の下から、痛みを伴うなにかを必死で告白しようとしている悠希を、じっと見つめる。
「汚らわしい…男だから…今迄黙ってて御免なさい…」
 小夜子は目を見開いた、悠希はそれを見てさらに表情をこわばらせ、視線を逸らす。
 彼女は、多分彼がなにを苦しんでいたのか、ようやく知ることができたのだ。悠希はおびえていただろう、どんな風に反応されるかをも恐れているはずだ。
 ここまで、自分たちはどんな付き合いをしてきたかを思えば、悠希が実は男だという事実は、大した問題ではなかった。
 悠希の手をとり、きっぱりと小夜子は答える。
「私は構いませんわ。悠希さんは悠希さんですから…」
「こんなボクでも変わらず接して下さるんですね…ありがとうです…」
 嫌われて、近寄るなと言われても止むなしと思っていた。男だから、結果的に騙していたから、駄目な人間だから、すべてが壊れる要素ばかりがあったのに、そんなことを気にせずに接してくれる方がいることは、悠希の心を高くすくい上げる。
 ぐすっ、と半分泣きながら、思わず小夜子に抱きついた。
「あ、あら…」
 少し小夜子は慌てるが、抱き返しそっと頭を撫でた。
―お年頃ですし、いろいろな事があって溜めこんできたのかもしれません、年上の私が慰めてあげないと…。
「これからどうします? 皆さんにもお話いたしますか? もし駄目だったとしても、私がいることは忘れないで」
「はい、話します。今勇気をいただきましたし、ね」
 皆のいるところに戻り、改めて自分のことを明かす。反応はそれぞれだった。
「あら…そうだったの」
 嫌悪の色はないが、純粋に驚いたようでそれきり祥子は黙り込む。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか、水くさいですよ」
 ロザリンドも、少しすねたようになじる、同じ人を好きになったことも含め、いいライバルと思っていたのに。
「え、えっと、もしかして、いままで大変だったんじゃないでしょうか…」
 今回の川遊びが初対面だった未憂は、最初からきちんと気遣われていたことを知っている。そもそも誰も、悠希から下心など感じたことはなかったのだ。
 黙っていた祥子が、ふと口を開いた。
「…ところで、…………………下って、どうしてるの?」
「祥子さんっ!」
 最後に爆弾を投下し、みんなきゃらきゃらと笑って、その話はそれでおしまいになった。
 しかしずっと彼女らの、悠希への態度は変わることはないだろう。
 悠希は、微笑みのその影で、嬉しい涙をそっと拭った。

 涼司は川の上流にある納涼床につながる遊歩道を掃除していた。
 落ち葉や枯れ枝、人の足をとりそうなゴミや、行く手を狭める枝をはらう。
 目印の飛び石や看板のコケを落として、ひととおりこれでよしと満足し、昼飯をとりに旅館に戻ろうとした。
 その途中で火村 加夜(ひむら・かや)が現れた。
「がんばってるだろうと思って、お弁当作ってきたんです。出来立てですよ」
「お、サンキュ、もらっていいのか? そこにベンチがあるから、そこで食おう。ちょうど食いに戻ろうと思ってたんだ」
 川辺にベンチの置かれた広場がある、さっき涼司が掃除したところだ。
 女将さんや板長にお願いして作らせてもらったお弁当を取り出す。
 好き嫌いはないか聞いてみたものの、『んなもんあったら、俺が根性叩きなおしてやらぁ』との板長の言葉である。女将からもなんでもよく食べるとのことだ。なので肉を多めにレシピに入れる、がんばって労働しているみたいだから、喜んでもらえるかな。
 ニンジンといんげん、アスパラ、じゃがいもとキノコを肉で巻き、ほうれん草と卵とベーコンを炒め、おにぎりは中に梅干や昆布を入れてゴマをふる。他にはキュウリとトマトのサラダなど。全体的に味の濃いお弁当になったけれど、ずっと忙しくしているからこれくらいの方がいいだろう。
 おしぼりとよく冷やした麦茶のボトルを手渡し、デザートのスイカの容器は傍らによける。
「うおっ、うまそう!」
 けっこうな量になったかな、と思ったけれど、全部涼司はぺろりと平らげてしまった。
「お、おいしい…ですか?」
「うん、うまかったっ。ごちそうさん!」
 スイカをフォークでつつきながら、あーくったくったと満足そうな顔に、加夜はほっとした。
「これ、おっちゃんとこのスイカだな、このスイカにかぶりついたら、ここに来たなっていう感じがするんだ」
 昨日の聡と同じことをつぶやく涼司である。
「そうなんですか?」
「うん、小さい頃からよく夏休みにここに来てたな。おやつが大抵スイカで、トマトやキュウリまるかじりして、聡にくっついてヤンチャしてた」
 聡が聞けば、どちらがヤンチャだったか、小一時間語り合うことだろう、拳で。
「野生児だったんですね、なんだか楽しそうだなあ」
「いつの夏だか、理由は忘れたけど聡と張り合って、旅館に落書きしてこっぴどく怒られて、飯抜きで掃除させられたこともあるな。
 そのあともらったスイカがさ、なんでかなかなかかぶりつけなくて、でもたまんねえほど甘くて、すんげーほっとして、二人してわんわん泣いたことも……あ…」
 ついうっかり、自分のはずかしいエピソードまで披露してしまった涼司である。くすくすと笑う加夜からふてたように目をそらす。
「そうだ、せっかくここに来た記念に写真をとりましょう、デジカメありますから」
「じゃあ、撮ってやるよ」
 カメラを受け取って立ち上がる涼司にかけより、手を伸ばして自分と涼司をカンでファインダーにおさめた。
「うわっ、ちょっ!?」
 パシャ!
「ありがとうございますっ!」
 あーもーびっくりしたじゃねえか、と涼司はぼやいた。
「さて、まだやることあるから、済ませてくるよ、昼飯あんがとな!」
 駆け去っていく涼司を、加夜はじっと見送った。
 その姿が森の向こうに消えたころ、はずかしそうにそっと目を伏せ、つぶやいた。我ながら勇気を振り絞ったものだ。
「涼司くんの隣にいると自然と笑顔になるんです。こんなに人を好きになったのは初めてです…」

 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)は、板長にタッパに詰めてもらったスイカをかかえてご機嫌だった。
 彼女はスイカが大好きすぎて、通りかかった厨房でスイカをみかけて、思わずじーっと見つめてしまった。
 …たべたい…
 …そんなオーラが出ていたのか、板長がスイカをくれたのである。出かける格好だったからか、タッパにいっぱい詰めてくれた。
 それをもって、ピクニック気分で夕涼みに出たのだ。
 川辺に出て水に足をつける程度でも、とてもさっぱりする。
「きもちいいー。やっぱ水浴びはいいね。スイカも格別おいしい!」
 でも、一人だとなんだか、ちょっと寂しかった。
「しかし、今年の夏も一杯遊んだなー」
 夏の思い出を指を折って数える。
「みんなといろんなお祭りに行ったり、海で遊んだり…どれもこれもすっごく楽しかった。
 でも…そんな夏ももうすぐ終わりなのね…今年はみんなと一緒にいれて、とっても楽しかったな〜」
―これからもずっとずっと…友達のみんなと一緒にいたいな。
 水と遊ぶつま先を見ながら、リースの思考がぐるりと反転する。
「でも…それももしかしたら叶わないのかも…そう。あの時みたいに…離れ離れになっちゃうかも…嫌だよ。そんなの…」
 恋人の手を離してしまうイメージが蘇る、あの時の再現を、思い出の中とはいえ繰り返したくはなかった。
 子供のようにただ泣き出して、嫌だいやだと泣き喚いてしまいそうになる。
―うぅ…駄目駄目。そんなこと考えちゃ…みんなとの楽しい記憶まで、無くなっちゃいそうだから…私は今幸せなんだから。
―こんな顔してたら幸せも逃げていっちゃうよ。だから、笑ってないと。
「でも…あの時って何…?」
 山と山の間、空は高く、しかしその底でリースはひとりだ。
「思い出せない…何で…?」