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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

「やっしー了解!」
 先ほどの社の電話は、五月葉 終夏(さつきば・おりが)への通信なのである。
 終夏は電話を切り、飛ばされた指示に従って、遠目に追っていたターゲットにそろりと近づいた。
 ぼーっと蛍を見上げる涼司の肩をつつく。
「山葉君、今ヒマ、かな?」
「お、おう。蛍楽しんでるか?」
「もちろん、どうせならちょっとこっちこっち」
 探しておいたポイントに涼司を連れてきた、あまり人がおらず、かつ蛍が存分に堪能できる場所だ。
「ここに寝転がってよ、蛍がよく見えるから」
「あ、本当だな。蚊帳ん中に大量に蛍詰めて寝たことはあったけどな」
「それ、翌朝大変だったんじゃない?」
「…死んだ蛍がぼたぼた落ちてた…」
 ありゃ蛍に悪いことしたな、とつぶやく涼司に終夏はけらけらと笑った。
「私も、小さい頃長野のおばあちゃんの家で蛍を見て、あんまり綺麗だからいっぱい捕まえて持って帰るって駄々こねたなあ」
 蛍は寿命が短いんだから、自由にさせてあげなさいと怒られたものだ。虫は苦手だけれど、懸命に光り、生きる蛍は好きだ。
「にしてもこんな穴場、俺が来てもよかったのか?」
 半ば呆然と蛍を見上げている涼司が問いかけてくる、呆然と言うよりリラックスしきっている。
「だって一緒に見たほうが楽しいもん。おもに私が」
 からりと笑って終夏は付け加えた。
「確かに、一人より二人、二人よりみんなだよな」
 だからこそ、涼司は皆を呼んだのであり、思い出を共有しようと声をかけたのだ。あれほど集まってくれたのは驚きでもあり、喜びでもある。
「なっ、なんだよ。近いぞ」
 涼司はどぎまぎした、いつの間にか終夏はこちら側に転がって、寝そべったまま至近距離で彼を見つめていたのだ。
 あまりにまっすぐに見つめてこられては、抱えていた鬱屈も見透かされてしまいそうだ。
「来年も蛍一緒に見ようよ、誘っていいかな?」
 にかっと笑って尋ねてこられると、それに頷くことしかできなくなる。
「ああ、また見たいもんだ」
 今度は、もっと皆を連れてこられればいい。
「んじゃあ、指きりしよう」
 終夏が指を差し出し、涼司もそれに応えた。

 水面を渡る風が納涼床の座敷を吹き抜ける、ひやりと涼しい風と、熱量のない美しい蛍の光の乱舞は、ただただ息を呑むばかりだ。
「綺麗だな…」
 神崎 優(かんざき・ゆう)がぼそりとつぶやき、水無月 零(みなずき・れい)が静かに同意する。
 紺の無地の浴衣を着た優は、夜の闇に深く溶けるような色合いもあいまって、ひっそりと蛍を見上げる。
 零は気合を入れて白地にピンクの花柄の浴衣、髪を上げて蜻蛉玉のかんざしも選んだのだから、少しはこちらも見て欲しいような残念な気持ちだ。
 しかし次第にそれよりも、優は蛍よりももっと遠いものを見ているような気がして、声をかけずにはおれなかった。
 神代 聖夜(かみしろ・せいや)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も、蛍が乱れ飛ぶ様に圧倒されていた。
 聖夜の銀の髪と白の無地の浴衣が、今は隠れた月よりも蛍の蛍光に柔らかな色を放つ。
「ふう…」
 目を細めて刹那も蛍にため息をつく。
 黒地に薄水色の花柄がぼんやりと光に浮かぶ、白い髪がこれもまた光を含んでこぼれるようだ。
 二人はそうやって目の前の光景に声をなくしていたが、ふと優の様子が気になった。
「優は、どうしたんだろう…」
「ええ…気になりますが…」
 二人とも、うまく声をかけられない。
 しかし目の前で、同じ気持ちであったらしい零が、まさに彼らの代わりに優に声をかけた。
「…優」
「…どうした?」
「うん。…時々、優がとても遠い目をする事があるから、何かあったのかなと思って」
「別にたいした事じゃない。…ただ、こうやって誰かと一緒にいるのは良いものだな、って。以前の俺は殆ど一人だったからな…うわっ」
 零がぎゅうと優を抱きしめた。
「大丈夫よ。これからは私達が一緒にいるから」
 優は、自分達を見つめる聖夜と刹那を見た。
 聖夜は自分の存在理由を求め、孤独に月に咆えていた、その遠吠えを聞いたのが優なのだ。
 そして手を差し伸べてくれた優に、今こそ思いを返さねば。
「俺も同じ気持ちだ」
 蛍が何故光るのか。それと同じで、ひとりになりたくない、優のその思いが、刹那を見出した。
 そして刹那も、己の存在理由をかけてそれに応えたのだ。
「私も、皆と同じ気持ちです」
 零が優の顔を覗き込んで、静かに今の状況を知らしめる。
「ね。大丈夫だよ。1人じゃないよ」
 みんなの笑顔がやさしい、心からの安堵に優の頬が緩み、口をついて感謝の言葉がわき上がる。
「…ありがとう」
 微笑む優の腕に喜ぶ零が抱きついて、また蛍を眺め始めた。
「…パラミタに、来てよかったな…」

 優と腕を組んで嬉しそうな零を見て、聖夜は刹那に声をかけた。
「刹那、お前も浴衣が似合ってるぞ」
「あら、褒めても何も出ませんわよ?」
「わ、わかっている」
 二人の世界に入っている優は、こちらまで構える様子がない。
 着飾った女性を褒めるのは、きっとマナーなのだから喜んでもらえるだろうと思ったのに、半ば笑いながらそう返されて、少しばかり悔しい思いだ。本当にそう思っただけなのに。

「蛍、…最高に、綺麗だね、羽純くん」
「…ああ」
 遠野歌菜はそろり、と隣に座る羽純を伺った。
 蛍の光にかすかに浮かぶ横顔は、すっかり蛍に感じ入っているように見える。
 歌菜も蛍を楽しんでいる、そしてこうして二人でいられるのが幸せ…。
「ずっとこんな時が続くといいな…ううん、ずっと一緒、だよ…」

 入れ替わるようにして、羽純もちらりと歌菜を見やる。
 幸せそうな表情が、彼に安らぎをくれる。共に同じ風に吹かれて、同じ音を聞き、同じ光を楽しんでいる。
 そうやってすべての美しいものを自分と結びつける隣の存在に。
 ただ、感謝したかった。

 御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は、浴衣プラスうちわで納涼床で涼んでいた。
 これで蚊遣器(ブタの形の瀬戸物のやつだ)があれば完璧な納涼ルックなのだろうが、蛍が落ちてしまうので禁止なのだ。
「ああ、涼しいですねぇ…」
 どこかでかすかに風鈴の音が聞こえる、ここからは見当たらないのだが、座敷の下のやぐらのどこかに括りつけてあるようだ。川面を渡る涼しい風に吹かれ、より涼しく軽やかな音を立てているのだ。
「普段はクーラー&扇風機ばかりですけど、納涼床などで涼を取るのもやっぱり良いですね」
 昼間炎天下をセルファに連れまわされましたから余計にそう感じるのかもしれませんけど。そう茶化すとセルファは少しむくれた。
「日本の夏ってのをめいっぱい感じたかっただけよ! 昼間暑かったから、今余計涼しく感じられるんだからいいじゃない。
 でも納涼床もこんなので涼しくなるの?って思ってたけど結構違うものなのね。昔の人の知恵って凄いわ」
 辺りを漂う蛍の光のひとつがセルファの目の前にとまり、ゆったりと点滅を始めた。思わず彼女は蛍をまじまじと見つめる。
「へ〜、蛍って夜に見るとこんな感じになるんだ。昼間見たらただの虫だったのに、夜になるとこんなに幻想的になるんだ…」
「蛍は元々水の綺麗な地域にしか生息してないんですよ。そのため、残念ながら蛍が見れる地域が限られています。
 それに蛍の寿命は1〜2週間だそうです。人は短い一生を懸命に生きるものを尊く思い、そこに何かを感じるのかもしれませんね」
「そうね、地球じゃあまり居なくなってるのよね。ちょっと寂しい気がするのはそのせいなのかな…」
 ほわ、ほわと明滅する蛍の光が、セルファの眠気を誘う。
―ふぁ…昼間ちょっとはしゃぎすぎたかな…
―体力には自信あったんだけど、ここ結構涼しくて気持ちが良いし眠く…なっちゃった…。
―真人、後よろしく〜…
「そう言えば、蛍は生息地によって発光のパターンが変わるそうですよ。まあ、その理由は謎なんですけどね」
 セルファの生返事も返らない、ふと見るとすっかり眠り込んでいた。
「はあ、女の子が無防備に寝るってのは、どうかと思うんですけどね…」
 まったくホントしょうがない、このままでは夏風邪をひいてしまう。もう少し蛍を楽しめばいいのに、昼間はしゃぎすぎたのだろう。
 どうせ部屋まで運ぶはめになるのだ、今だけ蛍のかすかな明かりの中で眠るのも、なかなかの贅沢でしょう。

 せっかくの納涼床、蛍に囲まれる絶好のシチュエーションで、ホームシックにかかっている伊礼 悠(いらい・ゆう)を、ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)は心配そうに見つめている。
―…夏休みに実家に帰らなかったの、失敗だったかな…
―怠けちゃうと思ったし、パラミタで頑張る決意が揺らいじゃいそうだったから帰らなかったけど…
―…お婆ちゃんの墓参りだけでも行っといた方がよかったかな…?
 蛍は綺麗だ、しかしどうしても同時に昔見た光景や、共に見た祖母をも思い出してしまうのだ。蛍だけではなく、この田舎の光景全体が、彼女にとって旅愁を呼び覚ますものだった。
「悠、どうした…? 私でよければ、話を聞くが…。…ええと、浴衣も似合っているぞ」
「あ、あはは、ディートさんもお似合いです。ありがとう、大丈夫です」
「それならいいのだが…」
 ディートハルトは、そんな彼女の応えに納得したわけではなかったが、必死で押し隠そうとする様子はやはり捨て置けるものではない。しかしうまく言いつくろうこともできなかった、慰めてやりたくて、そっと
 悠の頭を撫でる。
「………せっかく地球に来たけど、実家に帰らなかったのは別にいいと思ってるんです。パラミタでやっていこうと思ったのだから、それを揺らがせたくなかったから」
 悠はなぜかほっとして、思わず心のうちを呟いてしまう。
「でも、きっとお婆ちゃんは怒らないと思うけれど、お墓参りに行かなかったから、私が、…すごく寂しくなっちゃった…」
 そうか、とつぶやいた後、少し考えてディートハルトは口を開く。
「こうして、お婆様のことを思い出すだけでもいいと思う。それにそうやって思っている時は、その人は傍にいるものだそうだ」
 そんな悠を、お婆様は誇りに思うはずだ。そう囁きながら、ディートハルトは悠の頭を撫で続けている。
「私は過去の記憶がないので、蛍のように綺麗なものを見た覚えがない。よければ話を聞かせて欲しい」
「う、うん」
 そう返事をしながらも、悠は彼がずっと頭を撫で続けていることに、次第に焦りを感じてきていた。
 焦りというよりも、照れである。横目でちらりと伺ってみるが、彼には何の感慨もないようで…
 (や、やめてくれなんて言えないし、どちらかというと嬉しいんだけれど…)
「…ええっと、何かあったかな」
 あたふたと挙動不審になる悠、しかしディートハルトは気づく様子はない、慰めねばと思い続けているのか、頭を撫でる手は止まらない。
「?」
 蛍は我関せずと、二人を囲むように飛び回っている。

 杵島 一哉(きしま・かずや)は甚平に着替えて麦茶を持参し、納涼床でだらりとくつろいでいた。
 アリヤ・ユースト(ありや・ゆーすと)は、蛍の光に見惚れ、ふと目を落としては配られたプリンに頬が緩む。
「最近はいろいろありましたが、のんびりできますねえ…」
「そうですね、蛍も本当に綺麗です、デザートもおいしいし、こんなの初めて食べました…」
「私のぜんざいも食べていいですよ」
「い、いえそんなわけには…、では一口だけ…」
 甘いもの、おいしいものは好きだとわかったけれど、起動したばかりであまりバリエーションを知らない。
 機晶姫だけれども女の子なのだ、食べたいけれど気になるところはある、一瞬の葛藤ののち、ありがたくぜんざいをいただいた。
「一哉さんがこうして私に声をかけてくれて、いろんなところへ連れて行ってくれるから、私は感謝しています」
「夏の風物詩の蛍は、どうですか? 見ておきたかったんですよねー」
「もちろん、綺麗だと思います」
 蛍は美しくて、綺麗で、これが幻想的と言うものだろう。
 それに、一哉とすごすこのゆっくりした時間が、アリヤには何よりも好ましかった。

「お昼は暑かったけれど、納涼床は涼しくて素敵ですね…」
「昼間部屋の中でレポートに囲まれて倒れてたときは、流石に慌てたぜ…」
「あ…あれは単に昼寝していたの…!」
 水城 綾(みずき・あや)は今は大丈夫らしく、浴衣に着替えてウォーレン・クルセイド(うぉーれん・くるせいど)を誘ってホタルを見に来た。
「聡の言うとおり、田舎って聞いてはいたが…本当に自然以外は何もねえよな…」
「でも、お昼釣りに行って楽しんでいましたよね」
 綾はくすくすと笑って、なんだかんだでこの状況に馴染んでいるウォーレンをからかう。
 改めて、蛍を見上げ、綾は心から感嘆した。ふわふわと飛ぶ蛍の一匹が、幸運のお守りだと言いくるめられてつけているネコ耳にとまっていることには気づかない。
「うわぁ…幻想的で綺麗。ねぇ、ウォーレンも綺麗だと思わない?」
「蛍か…昔、故郷でも同じような光景を見てたな」
「パラミタにも蛍はいたのですね」
「5000年も昔のことだけど。まぁ、こっちの方がキレイだと思うぜ」
 ウォーレンは蛍に声を上げる綾の横顔を盗み見た。
 けっこう無理矢理連れ出したものだから、どうだろうかと思っていたが、喜んでいるようでよかった。
 でもこんなときにまでレポート漬けとは。もっと自然を楽しめばいいと思うのに、昼間の気温程度でダウンでは無理かもしれない。
「素敵ね…。ウォーレン、ここに連れてきてくれて、感謝します」
 しかし心から蛍を楽しんでいるのなら、まあいいか。

 深呼吸、空気が違う、みどりのにおい、山から梢を揺らして吹き降ろし、水面を渡る涼やかな風、納涼床のやぐらのどこかに括りつけてあるらしい風鈴のかすかな音、すぐには気づかなかったけれど、足元の下のほうで、かすかにせせらぎの音が聞こえ、蓬生 結(よもぎ・ゆい)はこれが田舎というものなのだと感じていた。
 イハ・サジャラニルヴァータ(いは・さじゃらにるう゛ぁーた)も浴衣を借りて着せ付けてもらい、納涼床にやってきた。
 女将に似合うと太鼓判を押されたのだが、肝心の結には目をそらされてしまったので、そのことだけは少し残念だ。
「日本の旅館といえば浴衣なのですから、結も着てくればよかったのに…」
「いや、俺は浴衣なんて着たことなかったし、うまく着れませんよ…」
 最初は、田舎で蛍を見るだけなんて退屈なのではないかと思っていた。既に図鑑などで蛍の生態は理解していたし、虫の声はうるさいのではと想像していた。
 しかし、都会の真ん中で同じ虫の声を聞いたとしても、ここまで感慨深くはないだろう、想像とは何もかもが違った。
 じっと自然をその身に感じている結を置いて軽やかに立ち上がったイハは、蛍と遊ぶように追いかけっこをしている。
「本当に、誘ってくださった山葉様には感謝ですわね!」
「そうだね」
 浴衣についても、彼女が少し残念そうな顔をしているのは分かっているが、結は素直な心を表すことが出来なかった。
 帯もなんというのかは知らないが、蝶のように締めてあり、蛍を追ってくるりと身を翻すたびに白く蝶がはばたき、ちらりとかかとがのぞく。涼しげなライトグリーンの浴衣に、纏め上げたつややかな髪の束がかかって、とても新鮮だった。
 暗くて危ないだろうか、いや返って助かったかもしれないとちらりと考える。
「…だって妙に……………どきどきするというか……」
「結? どうしました」
「な、なんでもないです。…何を大事に抱えてるんです?」
 ふふっと笑いながらイハが、手のひらにつつんだものを、そうっと目の前に持ってきた。
 閉じられたイハの白い手の中から、かすかに蛍の光が透ける。ほう、ほうと数回光を点滅させてから、彼女はつつんだ手のひらをそっと解く。
「案外、光はちからづよいものですわね。綺麗なだけではありませんのよ」
「そうですね、本当に綺麗なだけじゃない、みんなみんな、素敵ですね」
 田舎の自然も、蛍も、あなたも、みんな素敵だ。

「ね、ねえ、納涼床って水の上なんだよね…!?」
 水恐怖症のセルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)は、蛍を見るための納涼床のある川辺に近づくことにもびくついていた。とても蛍は見たいとは思うが、図鑑で見た蛍は、…正直アレだ、Gっぽかった。
 ウィンディア・サダルファス(うぃんでぃあ・さだるふぁす)が大丈夫だと軽くあしらい、手を引いて目的地へ歩いていく。
「そういやルシア、蛍見たこと無かったっけか? 」
「昔は、静養って名目でずっと田舎にいたから…こういうところはちょっと懐かしくもある、かも。
 私がいたのは日本じゃないけどね…。蛍もはじめて」
「まあ、確か蛍って日本にしか居ないもんな。オレも実際見るのは初めてだし、すげーワクワクする!」
 道すがら、蛍の光がぽつぽつと現れ、次第に数を増やしていく、道案内なのか、迷わせようというのかはわからないが、蛍の美しさにいつの間にかセルシアは息をするのも忘れて魅入っていた。
 目的地の納涼床につくころには、結局セルシアは水辺にいることもつい忘れて、川面を撫でる風の涼しさをただ好ましく楽しんでいた。
 二人は心から蛍の美しさを口にする。
「…綺麗。まるで星みたいで…もし月があったら、それこそ夜空。
 でも、空の星よりも光がずっと近くて…すごく不思議」
「光がちらちら瞬いてるのとか、ほんと綺麗だな…。うわっ飛んできた!」
 顔に向けて飛んできたらしい光を思わず避けて、ウィンディアはばたばたしている。
 子供みたいにはしゃぐ彼に、セルシアはふわりと微笑んだ。なんだか、とてもかわいいと思う。
「ウィン………その、…ありがと」
―こんな風に、本だけじゃ分からないものを知れたのも、全部ウィンが外に連れ出してくれたお陰…。
―もし、契約しなかったら…死ぬまで外を知らないままだったと思う…
「な、なんだよう」
 突然の感謝の言葉に、ウィンは照れたように動きを止めて、セルシアの隣に座る。そのまままた蛍を眺めて感嘆する。
「一応、これでも昔よりは…素直になれたつもり……だよ?」
 ささやかれる言葉に、ウィンは悔しいことに、そのまま素直さを返すことができなかった。
―言わなかったけど…感謝するのはオレの方。
―ルシアに会わなかったら…こんな風に一瞬の光に目を奪われるなんて、絶対なかった。
「このままさ、止まればいいのにな…時間が」
 セルシアに聞こえても、聞こえなくても、それは掛け値なしに今の本音だ。