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ノスタルジア・ランプ

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ノスタルジア・ランプ

リアクション

 先に納涼床で席を取っていた紫月唯斗は、あとから来たエクスと睡蓮を出迎えた。
「唯斗兄さん! 見てください!」
 ぱたぱたと唯斗に駆け寄り、睡蓮は目の前でくるりと周り、背中の羽根がふわんと揺れる。唯斗は少し見蕩れた後、でれりと相好が崩れる。
「おー、綺麗に着せてもらったな、かわいいぞ」
「エクス姉さんのも見てください!」
 遅れてエクスが現れ、蛍が数匹、お付のように彼女に纏いついていた。
「唯斗、待たせたな」
 しかし、期待した唯斗からの返事はなかった。
 当の本人はぽかんと口をあけて黙ったままだ。内心エクスは焦りまくった。
―女将は大丈夫と言ってくれたが…うう、何で黙っておるのだ…ど、どこか変なトコでもあったか!?
 浴衣を意識してしぐさにも気をつけよ、とも言われている、間違いはないはずなのだ。
「…や、ごめん。見惚れてた」
 どこか呆然とつぶやく彼に、エクスも真っ赤になってしまう。
 睡蓮はそんな二人に、ひそかに心の中でエールを送っている。

「どうだい、二人とも、綺麗だろ?」
 やがて昼間の疲れもあって、睡蓮は次第にうとうとし始め、唯斗の膝枕で眠り込んでしまった。
 うちわで睡蓮に風を送りながら蛍を眺め、唯斗とエクスは肩を触れ合わせながらとりとめない話しを続けている。
「エクス、ほんと色っぽい、女将さんに感謝しないとな」
「浴衣を着ていないわらわはダメなのか? 女将に料理も習ったから、その時にも褒めるが良い」
「うん、楽しみにしてる。中身ごとな」
 さすがに睡蓮に聞かれたらどうするのだ、と唯斗の頬をつねったエクスである。

「チェル、こういうのは初めてだよね」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)に声をかける。
「…親の仕事に付き添って日本に来たことはあるのですが…」
 こういう景色は初めてです…、思わず口を閉じることも忘れてチェルシーは息をついた。
 どこからわいて来たのかわからないほどの蛍が、納涼床のまわりに集まっている。
 早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)も、久しぶりに見た蛍に頬を緩ませている。うちわでやさしく蛍をおいやりながら、無心に蛍を眺めるチェルシーを見守る。
「チェルシーさん、気に入ってくれたみたいですね」
「綺麗ですわね…来て良かったですわ…。あ、理沙さんや姫乃さんが一緒だからというのもありますけどね♪」
 蛍の光だけのおぼつかない光源の中でもわかるほど、チェルシーの頬は上気して、声がはずんでいる。
「またこんな風に浴衣を着て、皆で蛍を見たいね」
「そうですね、また来年も見られるといいなぁ…」
 理沙は光の中のパートナーたちを見つめ、未来を想像する。
 次の時は浴衣を新調したりして、他にも自然と遊ぶのだ。
 そして新しい仲間やきっと増える大事な人とも、こんな風に同じ風景を見て、綺麗だと思うのだろう。

 皐 詩織(さつき・しおり)水無月 倫(みなづき・とも)は、座敷の目印にもなっている小さなランタンの光の下で、お互いの浴衣を褒めあっていた。
「私は倫ちゃんと色違い、白地に紺色の小さな花模様だね」
「あたしは紺地に白の小さな花模様よ」
 今度はランタンを消し、沢山いる蛍の乱舞を楽しみ、ぼんやりと光に浮かび上がるお互いの姿に、自然にほほえみが浮かぶ。蛍に向き直って夜空に踊る光を眺める。
「初めて蛍を見たんだけど、綺麗ね」
 あ、と詩織が声をあげる。
「倫ちゃん、髪に蛍が止まってる」
 詩織の視線の先で、倫のプラチナ色の髪にちょうど蛍がとまる所だった。髪は光を吸い込んだように、淡くふんわりと光る。
「…詩織にも止まってる」
 倫が髪を指差して返すと、詩織の目が驚いたように目を輝かせた。彼女の黒髪は、つややかに光を受けて真っ直ぐに輝く。
「ふふ、お揃いだね。蛍の髪飾りよ」
「あ」
 伸ばされた指についと蛍がとまり、光をゆらめかせてランプの代わりになった。
「ほんとうに、綺麗だね」
「本当に素敵ね」
 自然にわきあがる微笑が、二人の頬に浮かび上がった。

 光る蛍を、うまく携帯で撮影できないか、藍澤黎は苦心している。
 なんとか一匹が手にとまり、じっとしていてくれたので、光量の少ない中でも、その光を写真に収められた。
「さながら『うき草の 風にただよふ 川水に 影さだまらで 飛ぶ蛍かな』といった所か…」
 古典の歌を一文字変えて、思うまま言葉を唇に載せる。
「惜しむらくは、この歌が明確に夏の歌ではないことだな」
「ふーん。そういや話変わるけど、あの人に連絡は入れたんか?」
「………」
 黎はまたもだんまりだったが、まさにその時手の中で携帯がメールを着信した。
 音を切りたかったのか、はやく差出人を確認したかったのかは知らねども、珍しく慌ててボタンを押す姿に、フィルラントは満足げに頬を微笑みにゆがめた。

「うわ〜綺麗…綺麗だね白花」
「凄いです、この光は全て蛍が出しているものなんですね」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)と共にいち早く納涼床で席をとり、蛍を眺めていた。
「あ、刀真、こっちだよー」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が後から飲み物を携えてやってくる。
「山葉達には感謝だな、こんな良い所で蛍を見られるんだから」
「うん、実物が見られて嬉しいなあ。刀真、ここに座って…くつろぎ〜」
 月夜は刀真を傍に座らせて、その脚の間に体を割り込ませて背中を預けるようにもたれかかる。
「くつろぎ〜…じゃ無いだろ」
「ここは私たちの特等席〜♪」
 刀真はおいおい、と苦笑した。
「あのな俺は君らの特等席じゃないし、このままだと身動きが取れないんだけど」
 背中は手すりに当てているから転んだりはしないが、要するにサンドイッチである。
「ん? 動けないなら動かなければいいよ、…ここにいて」
 甘えたようにささやく月夜に刀真は諦めた。何を言っても聞きやしないが、だからといって嫌なわけではないのが仕方ない。
「はあっ、わかったよここでじっとしてるよ、もう」
 その時遠くで山葉たちが、桟敷を回ってデザートを運んでくるのが見えた。
「ん、私ちょっとデザートもらってくるね、私の代わりに白花が特等席に座るから刀真はじっとしてて」
 なんとなく白花がうらやましそうに見ている、月夜はそういって白花と交代した。
「ああ、いってらっしゃい」
「えっ…いえ、その良いですよ恥ずかしいですし」
 あわてて固辞する白花をあしらって、刀真のほうに引っ張ってくる。
「はいはい、恥ずかしいけど気持ち良いから座ろう…ね?」
「白花、おいで」
 刀真も白花を呼ばわった。
「えっと…それじゃあ、失礼しますっ」
 彼女が身をもたせ掛けてくるのを優しく抱きしめる。そうして一緒に蛍を眺めている、ふと見下ろした白花の頬はこわばり、表情は曇っていた。
「白花、何か心配事か?」
「刀真さんや月夜さんは…私にとても良くしてくれます」
 ぽつりと白花はささやくように心情を吐露する。蛍の光が美しければ美しいほど、その胸は苦しかった。
「今を過ごしているのがとても楽しいです、だけど私は自分の都合で犠牲にした人達がいて、その人達は私を怨んでます…その人達が今の幸せな私を見たら、どう思うかなって…そう思っちゃって…」
「この幻想的な光景を見てたから、そんな風に感じたのかも知れないけれど…例えこの光が全てその人達の魂で、全員が君を恨み害するなら俺はこの光全てを…」
「良いんです」
 存外に強く白花に静止を受け、刀真は言葉を留めた。
「…それは私が自分で決着を着けなければならない事ですから」
「…分かったよ、けど君は責任感が強くて抱え込む所があるからな。俺や月夜がダメだと判断したら無理矢理にでも手伝うからな」
「あっ…はい、その時はお願いします」
 白花の背後から、刀真がすっと手を伸ばすと、その手のひらに蛍がとまる。直前の幻想的な光は、魂の光とも見紛って、どうしても心を惹かれずにはおれなかった。
「色々悩みがあると思うけど、今はこの時を皆で楽しもう…」
「そうですね…」
―私が犠牲にしてしまった全ての方々へ、いつか私もあなた方の下へ行きます。その時は共に同じ風景を眺めましょう。
―それまでは、刀真さんたちがいてくださいます。少しの間だけ、私のわがままを許してくださいね。

 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)は、髪と瞳以外そっくりな外見で二人並んで、そろって蛍を見上げていた。
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)もであるが、彼女達は蛍を見たことがない。
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も同じくだが、彼女はどちらかというと、ぽかんと蛍を見上げている彼女達のほうを見ている。
「地球の蛍はちっちゃくて、とっても幻想的と聞いていましたけど…」
「…綺麗ですぅ…」
 どこか呆然と呟く二人がフィリッパたちはおかしくてたまらない。
「僕が初めて会ったときも、こんな風にびっくりした顔をしてたっけ?」
 セシリアは声を殺しながら、もう短くない付き合いの中で、何度こんな表情を見てきたかを思い出していた。
「それだけ、思い出を積み重ねてきたということですわねえ」
 また一つ、こうして思い出が増えていく。
 この先も、いつでも何度でも、美しい思い出を増やすことになるだろう。
 メイベルたちの視線の先では、蛍が幻想的なダンスを踊り続けている。
 その二人の浴衣の背中には、一匹ずつ蛍が止まって帯の飾りになっている。
 そのことを教えたら、今度はどんな顔をするだろうか。

 レティシア・ブルーウォーターとミスティ・シューティスは、色違いのおそろいの浴衣を褒めあっている。
 レティシアは薄紫の浴衣とひまわりのうちわ、そして真っ赤な鼻緒のちっちゃな下駄、ミスティは新緑の浴衣に朝顔のうちわ、水色の鼻緒の下駄だ。
「ミスティの浴衣は綺麗ですねぇ」
「これはレティが選んだんですから、あなたのセンスですよ」
 二人の周りを蛍が飛び交って、彼女らの目を楽しませようとしている。
「本当、日本の夏は素敵ですねぇ」
 うちわの花に蛍をとまらせようとしてうまくいかず、肩や袖にくっついてくるのを、くすくすと笑っていた。

 影野陽太は、趣のある田舎の情景を楽しんでいた、それにカンナ様も来ていたというのだ、なおのこと思い入れてしまう。
 ロケットと蛍、携帯電話の写真と蛍を交互に眺めてはため息をついて思案する。
「メールを送ってもいいでしょうか、いや、パラミタに戻ってから送るほうがいいかな…」
 しかしまずは、この蛍の光を目に焼き付けるのだ、写真もうまく撮れるといいのだけれど。