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学生たちの休日5

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学生たちの休日5
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    ★    ★    ★
 
「このお店だよ。さあ、早く入るんだもん」
 ヴァイシャリーの商店街にある洋服店を指して、玖瀬 まや(くぜ・まや)が言った。そのまま、蓮集院 深空(れんしゅういん・みそら)の手を引いて、入り口のドアを押し開ける。
「ニノも、ちゃんとついてくるんだよ」
 後ろにいるニノ・パルチェ(にの・ぱるちぇ)にも、しっかりついてくるように言う。
「はいはい、分かったよ」
 いかにもつきあいでしかたなくといった感じで、ニノ・パルチェは二人の後から店の中へと入っていった。
「うわっ」
 目がちかちかする。なんで、こうも女物の服というのはぴらぴらしていて派手なんだか。
「すごい……すわいい服がたくさん。この大きなリボンがついたワンピースとか素敵……。ここにならんでいるお洋服って、触ってもいいんでしょうか?」
「もちろんだよ。試着だってオッケーなんだもん」
 どうしていいのか戸惑う蓮集院深空に、玖瀬まやが言った。
「さあ、いっぱい綺麗なお洋服探そ」
 そう言うと、玖瀬まやが気に入った服を集めてきて、まず鏡の前で身体にあててみる。
「うーん、丈の長いスカートはあまり似合わないかなあ。やっぱりミニスカートだよね」
 いくつかの服を次々に身体にあてて選ぶと、玖瀬まやは試着室の中に入っていった。
 しばらくして、待っていた蓮集院深空の前に姿を現す。
「どうっ? 似合うかなあ♪」
 白いフリルブラウスに赤いチェック柄のスカートにチェンジした玖瀬まやが、蓮集院深空に聞いた。
「あの……。とても、かわいいです」
 蓮集院深空がコクコクとうなずく。
「ほんと? ありがとー。じゃ、今度は、ニノに服を着せちゃおうかぁ」
 ちょっと悪戯っぽい目をして、玖瀬まやがニノ・パルチェの方を見た。その腕には、いつの間にか花柄のワンピースがかけてある。
「弟もいいけど、妹もいいかも……」
 何か期待に満ちた目で、蓮集院深空もニノ・パルチェの方をチラリと見た。
「二人とも、何考えてるんだ。ボクは女装はしないからね」
 ぷいと横をむくニノ・パルチェに、女の子二人が残念そうに顔を見合わせた。
「そうねー、どちらかといったら、これは深空の方が似合うかもー。ねえねえ、着てみない?」
「でも、私はいつも白い服ばかりなので、柄物などは似合うかどうか……」
 ちょっと不安そうに、蓮集院深空が答えた。
「だから試着するんだもん。さあ、着替えよおー」
 蓮集院深空をうながすと、玖瀬まやは一緒に試着室の中へと入っていった。
「やれやれ……」
 待つのに飽きたニノ・パルチェは、ぶらぶらと店の中を見て回った。とはいえ、服を見てもしょうがないので、アクセサリーの売り場で足を止める。
「赤いビーズのブレスレットか……」
 目についた大きな粒のブレスレットを見て、ニノ・パルチェがつぶやいた。透き通る赤は、ある女の子の瞳の色を連想させる。別に恋人というわけではないが、最近冷たくしすぎたかとな思いあたる。気がついたら、そのブレスレットをレジに運んでいた。
 買ってしまったブレスレットを鞄の奧にしまい込むと、タイミングよく玖瀬まやたちが試着室から出てきた。
「どう、かわいいでしょう」
 ワンピースを試着した蓮集院深空を、玖瀬まやがどうだとばかりにニノ・パルチェに披露した。
「いいんじゃないか」
 適当に、ニノ・パルチェは答えておいた。悪くはないが、べた褒めして騒ぐほどのものではない。
「じゃ、そこで待っててよね。店員さんにつつんでもらうんだもん。もちろん、荷物持ちはニノだよ」
「はいはい」
 あきらめ顔のニノ・パルチェに言うと、玖瀬まやたちは再び試着室に入っていった。
「まっ、たまにこういう所にくるのも、無駄じゃなかったかな……」
 二人を待ちながら、ニノ・パルチェはそうつぶやいていた。
 
    ★    ★    ★
 
「ふー……」
 橘 美咲(たちばな・みさき)は、静かに長く息を吐き出すと、横においてあった竹刀を手にとってゆっくりと立ちあがった。
 剣道場の片隅に立って、静かに中段の構えをとる。
 周囲では、他の百合園生たちが気合いの入った声をあげながら、打ち込み稽古をしていた。
 呼吸を整える。
 必要のない音が消えた。
 イメージが像を結ぶ。
 今、彼女の前に立つのは神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)だ。
 すっと、摺り足で前に進む。
 神楽崎優子のイメージが、その分遠ざかった。
 見合いが詰められない。
 その間合いが、力の距離なのか、心の距離なのかは分からない。だが、それは橘美咲の間合いではなかった。
「ハッ!!」
 気合いと共に踏み込む。
 ふわり、神楽崎優子の髪がそよ風に靡くように踊った。躱すというよりも、竹刀が届いてもいない。
 風の隣に立つというのはこういうことなのだろうか。
 それを望むのであるならば、もっと強くならなければいけないはずだった。
 地に足をつけてしっかりと立ちながら、橘美咲は竹刀の先を下げた。
 今は、神楽崎優子の背中が見える。背をむけられたのではない。背を見ているのだ。
「ふう」
 力を抜くと、橘美咲は竹刀を膝の上におき、再び正座に戻った。
 
    ★    ★    ★
 
「それでは、さっき配ったプリントを見ながら聞いてくださいね」
 休日で開いていた教室の教壇に立った和泉 真奈(いずみ・まな)が、二人だけの生徒を見渡して言った。
「はーい」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)が律儀に返事をする。
 最近、魔法に興味を持ってウィザードに転職したミルディア・ディスティンのための特別講義といったところだ。面白そうなので、イシュタン・ルンクァークォンも便乗して参加している。
「魔法という物は、体系によって火術や氷術のように分かれています。それぞれに、行使する力が別の物ですから、本来は異なる力を同時に使うことはできません」
「はーい、せんせー、しつもーん」
 すかさず、ミルディア・ディスティンが手を挙げて質問する。
「はい、なんでしょう」
「メイガスは同時に使ってるよ」
「そうですね。それが、メイガスがメイガスと呼ばれる所以です。ウィザードでは、同時に扱うことはできません。よく誤解されますが、魔法に関しては、ごく一部の物をのぞけばその発動は一瞬です。維持する場合は、術者はその維持に注力しなければいけません」
「じゃあ、ウィザードでも、火術を使ってすぐに氷術を使えば、凍てつく炎を使えるってことになるんだよね」
 イシュタン・ルンクァークォンが突っ込んだ。
「すぐに使えればそうなりますが、それでも同時ではありません。それに、普通、氷術を発動するころには、火術は消えてしまっていますわ」
「じゃ、火炎放射みたいにして……」
「火術を維持し続ける限り、別の魔法は使えません。ですから、やっぱり専門の修行をしないと無理だということですね」
「うーん、魔法なんて、特に意識しないで使ってんだよね」
 イシュタン・ルンクァークォンとしては、どうも納得がいかないという感じだ。
「それが、初期段階です。とりあえず使えてしまうというレベルですね。慢心しやすいのも、この段階だと言えます。本来は、ちゃんと勉強しないと使いこなせません」
「はーい、せんせー、よく分からないけれど使えるっていうのではいけないんだもん? 魔法の上手な人って、何も考えないで使っているようにしか見えないんだよ」
「はい、いいところに気づきましたね。そこが落とし穴です。ベテランの魔法使いは、原理をしっかりと把握した上で、呼吸するように魔法を使うことができます。それを初心者が見ると、何も特別なことをしないでいるように見えてしまうので、自分も特別なことをしなくても使えればいいんだと勘違いしてしまうのです。表面だけ同じに見えても、中身はまったく次元の違うレベルだということですね」
「む、難しいんだもん……」
 ミルディア・ディスティンがちょっと唸った。
「魔法の原理自体は、基本的に自然界にある力を術者が集めて放出するという形になります。それを自分を中心とした場所に発現させれば、通常の術となります。離れた場所に発現させるのは高等技術で、帯域魔法になります」
「ほら、ミルディ起きるだもん」
 和泉真奈の講義が続く中、イシュタン・ルンクァークォンがミルディア・ディスティンをつついた。
「あれっ、真っ暗……? はっ、意識がどこか遠い所へ……」(V)
 ミルディア・ディスティンが、天井にむいていた顔をあわてて和泉真奈の方に戻した。
「えーっ、コホン。さて、原理は同じであっても、術者が精神を集中する方法は千差万別です。呪文を唱える人もいれば、魔法陣を使う人もいますし、呪符や印を使う人もいます。ようは、初期レベルとしては集中できればいいわけですから、自分がやりやすい方法を編み出すのも魔法使いのお仕事だと言えるかもしれません」
「ええと、つまり、どうしたらいいんだもん?」
 すでについていけなくなっているミルディア・ディスティンが訊ねた。
「オリジナル呪文を作るのです。何ごとも形からです。さあ、みんなで格好いいポーズと呪文を作るんです」
「勝手に作っちゃっていいの?」
「いいんじゃないの。私はいつも適当だし」
 ちょっと困惑するミルディア・ディスティンに、イシュタン・ルンクァークォンが言った。実際、同じ火術でも、ちゃんと呪文が固定している人もいれば、毎回違う人もいる。
「とりあえず、この本には格好良くなければ呪文じゃないと書いてありますから、みんなで呪文を考えることにしましょう」
 そう言って和泉真奈は、テキストとして使っていたワルプルギスの書をポンポンと叩いた。