リアクション
3.キマクの屋台 「親父、もう一杯!」 シャンバラ大荒野のど真ん中にポツンとある屋台の長椅子に座りながら、ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は空になったコップを親父さんに突き出した。 「深酒は身体に毒ですわ」 ほどほどにと、ファティ・クラーヴィス(ふぁてぃ・くらーう゛ぃす)が声をかける。 本来なら、セリヌンティウス教頭を誘って、腹を割って語り合っているはずだったのだ。 「まったく、つきあいの悪いことなのだ」 くだを巻きながら、ウィング・ヴォルフリートが言った。 「まあ、人を呼び出して、相手がすべてほいほいとついてきたりしたら、俺なんか今ごろ大奥を作ってるな。こんなとこで屋台なんかやってないさね」 「またまた。嘘ばっかであろうが」 親父が大奥を作れるんなら、自分なら国を作るとウィング・ヴォルフリートがぼやいた。まあ、二人ともそんな物は作れないからここにいるわけではあるが。 「いろいろと聞きたいことがあったのだよ」 親父からもらった酒のコップを振り回しながら、ウィング・ヴォルフリートが言った。 「おお、ここだここだ」 「奢ってくれるって言うから来ましたぜ」 有象無象のパラ実生たちが、ぞろぞろと屋台にやってきた。人がいないと淋しいだろうと、ウィング・ヴォルフリートがあらかじめ呼んでおいた舎弟たちだ。 「ようし、今日は飲むぞー」 「おー!」 形だけでも、とりあえずは盛りあがる。 「後で、ちゃんと持って帰ってくださいよ」 屋台の親父に釘を刺されて、ファティ・クラーヴィスは引きつった笑いを返すしかなかった。 4.葦原島の観光 「さすが明倫館。イルミンスール魔法学校とはかなり雰囲気が違いますね。本当に和風って感じ……でしょうか?」 そう言いつつも、伊礼 悠(いらい・ゆう)はちょっとした違和感をだかずにはいられなかった。日本人である伊礼悠にとっては、純和風と言うよりも、外国の美術館にある日本間といった感じがしてならない。どうにも、アメリカンなフィルターがかかっているような気がする。 空京旅行社の葦原島観光ツアーに応募して、仲間たちと明倫館へやってきている。見学コースでは休日で使われていない教室などを見学するので、のんびりとしたものだ。 「教室に貼ってある紙に書いてある模様……あれは文字か? なんと書いてあるのだろう。悠なら読めるのであろう?」 教室の壁に貼ってある習字を指さして、ディートハルト・ゾルガー(でぃーとはると・ぞるがー)が言った。 「――文字って、習字のことですか? ……うーん、なんだか…いろいろと間違えてる気がします」 「間違えていると言われても、私にはその間違いも分からぬのでな。たとえば、これにはなんと書いてあるのだ?」 眉根に皺を寄せて習字を眺める伊礼悠に、ディートハルト・ゾルガーが訊ねた。 「それは、『天上天下・唯我独損』って書いてありますけど、本当は『唯我独尊』ですね。習字なのに間違ってるなんて……」 御丁寧に、伊礼悠が解説した。 「習字?」 聞き慣れない言葉に、パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)が北郷 鬱姫(きたごう・うつき)に訊ねた。 「字の練習のことですよ」 「じゃあ、『・A・』はなんと書いてあるの?」 意味不明の文字のような物をさして、パルフェリア・シオットが訊ねた。 「そ、それは……。そんな漢字はないですから、多分、『火』と書きたかったんですよ」 「本当?」 なんとか答えを導き出す北郷鬱姫に、パルフェリア・シオットがちょっと疑いのまなざしをむけた。 「元がまともな字じゃないんだから、多分としか言いようがないんです!」 他人の誤字にまで責任は持てないと北郷鬱姫が言い返した。 「うーん、ほとんど魔法陣か呪文みたいなもんじゃん。これなんか、ちょっとすごそうだけど、なんて読むん?」 「えーっと……、寿限無でしょうか?」 立て続けにマリア・伊礼(まりあ・いらい)に聞かれて、北郷鬱姫が答えた。 「おっ、なんか効き目がありそうな呪文じゃん。これ使えば、あのおっさんに……」 悪戯っぽい目で、マリア・伊礼が伊礼悠とずっと一緒にいるディートハルト・ゾルガーをチラリと見た。 「寿限無、寿限無……」 小声でそっと唱えてみるが、当然のことながら何も起きるはずもない。 「ちぇ、使えない奴じゃん」 つまらなそうに、マリア・伊礼はつぶやいた。 「お手本にして書いているということは、有名な言葉なんだろうぜ。この格好いい奴はなんて読むんだ?」 ホロケゥ・エエンレラ(ほろけぅ・ええんれら)が『戯画輪路巣』と書かれた半紙を見て北郷鬱姫に訊ねた。 「もう……。日本語だからなんだって読めるわけじゃないんですから」 さすがに読めなくて、北郷鬱姫が伊礼悠に助けを求めた。 「なんでしょう……」 こんな言葉あったかしらと、伊礼悠も首をかしげる。 「もしかして、戯画輪路巣(ギガワロス)?」 口に出してしまってから、思わず伊礼悠は噴き出してしまった。誰だろう、こんなパラ実みたいな言葉を教えたのは。 「聞いた俺が悪かったぜ」 意味を教えてもらったホロケゥ・エエンレラが思わず眉間を押さえる。 「さあ、そろそろみんなと合流しましょう」 これ以上変な日本語もどきの解説をさせられたのではたまらないと、伊礼悠がみんなをうながして教室を後にした。 |
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