校長室
マホロバで迎える大晦日・謹賀新年!明けましておめでとう!
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第五章 初日の出5 扶桑の都。 扶桑の木。 樹月 刀真(きづき・とうま)は桜の木に向かって話しかけた。 「百花……必ず救い出すから、待っててくれ」 鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)が扶桑の噴花の直前に将軍継嗣をしたことで、噴花は失敗し、三人の巫女が扶桑に取り込まれた。 彼女たちは、枯れ行く扶桑を、マホロバを支えるために、自らの命を分け与えている。 そのうちの一人封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は刀真のパートナーである。 『はい、刀真さん。私、待ってます』 桜の幹越しに、白花の意思が伝わる。 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も白花がとりあえず無事なのを知って安堵していた。 「良かったわ。あとは扶桑から開放するために、具体的にどうしたらいいか確認することね……白花、そこに天子さまはいる? 何か聞くことできない?」 月夜に言われて、白花は周囲を見渡した。 扶桑からの視点は一応見える。 白花は思い切って天子に呼びかけた。 『天子様、私も以前は名前が無くて封印の巫女としての役割を持つ『御柱』と呼ばれていました、しかし刀真さんが『白花』と名を付けてくれたんです。そのときから私にとってこの名前は特別です。ですから……天子様、貴方様に名前があるなら私に教えて頂けますか?』 ややあって、天子(てんし)の涼やかで優しい声が聞こえる。 『私は天子となって久しい……その前は、あなた方と同じように生きていました。でも今は、そのときのことがわかりません』 『どうしてですか?』 『扶桑と一体化して天子となったとき、私は私でなくなったからです』 天子の抑揚のない声からは、そこにどのような感情があるかはわからない。 『今では、なぜ扶桑の下に埋められたのかも判りません』 「あの桜の木の下の遺体は……やはり、あなただったのか?」 白花を通じて内容を聞いていた刀真は、天子の問いかけた。 「彼女は生きてもいないし、死んでもいないようだった。天子になるとは、生きも死にもできないことなのか?」 『あなた方は、自分の役割が何であるか、自分が何ものであるか知ってますか? それを知ることが大事です。すべての道に通じます』 刀真は質問の内容を変えてみることにした。 「鬼城貞継が、噴花を否定した結果、廃人となっています……これを癒す方法はありませんか? マホロバが再生する力を得たら何とかなるのですか?」 『鬼城貞継は限界を超えてしまったのでしょう。あの者ひとりに全てを背負わせたのは私の責任です。でも私にできることは、マホロバのために祈るだけ……でもマホロバを再生するためにそれだけではだめなのです。あなた方自身が考え、国家を創造していくことが必要です。しかしそれは、私にはできないことなのです。いずれ、マホロバ再生のための四つの鍵が示されるでしょう……』 それだけ答えると、天子は再び沈黙した。 刀真も長いこと黙っている。 月夜は刀真が持ってきたお茶と菓子を用意していた。 「暖かくて美味しいお茶で、すこし温まりましょうよ、ね?」 すると、白花が扶桑の中で真っ赤になってモジモジしているのがわかった。 「どうした?」 『あの、刀真さん。私はこの中からじゃ、お茶に手が届きませんので……』 「あ、うん」 『……その……飲ませて……くだ、さい。口移しで……』 「え」 刀真は声に出して驚く。 隣では月夜がじっーーーぃと彼の顔を見ている。 「……それは……どうかな」 刀真が月夜の無言の圧力から視線をそらしたとき、彼らを呼ぶ男の声が聞こえた。 橘 恭司(たちばな・きょうじ)が手を振りながら扶桑に向かってやってくる。 「俺も来たぜ。相方が扶桑に取り込まれたんだってな」 少し機嫌の悪い月夜からおおよその事情をきくと、恭司はにやりと笑った。 「なるほど、一通り天子に聞きだそうとした後、お茶を口移しか……いいぜ、代わりにその役、俺が引き受けた」 「待て、どうしてそうなる?」 「だって、白花は喉が渇いてるんだろ。可愛そうだ。でもキミはできない。だったら、俺がやる」 刀真がお茶を口に含もうとする恭司の襟首を掴む。 「いや、俺がやるよ」 「遠慮するな、俺が」 「だから俺が」 「いーや俺が……」 「いい加減にしなさーい!」 月夜は持っていた分厚い本で、ぽむぽむ二人の顔をはさんだ。 「もう、しょうがない人たちなんだから!」 「あれ……月夜また新しい本買った? いつの間に?」 刀真がそのことに気付いたとき、巫女装束の小柄な少女が現れた。 橘 柚子(たちばな・ゆず)である。 千早・水干・緋袴・白足袋といった凛とした佇まいであった。 「騒がしいどすなあ。お清めしますゆえ、少し静まってくれはるやろか」 「ああ……キミは、扶桑に飲まれた神子の片割れか?」 恭司が柚子に気付いた。 「俺は人助けになれればと思ってきたんだ。もし、できることがあるなら言ってくれ」 「お心使い、感謝しますえ。私もリースはん、白花はんの2人を救出せんといけへん思うてます」 柚子は厳かに歩を進め、鈴を鳴らす。 扇を手に取りゆっくりと開いた。 「新年の祝いと神子たちの無事を祈って、舞を奉納いたしますえ」 柚子の優雅な舞は、扶桑の中の木花 開耶(このはな・さくや)の目にも映っていた。 開耶は天子に向かって問う。 『……私はこのままでもいいから、他の二人を救うてくれはりませんやろか』 開耶はまだ、何かを思い出そうとしている。 天子の穏やかで厳しい声が頭の中で響いた。 『扶桑の中で、あなた方は今同じ運命を生きています。誰が先に命尽きるかは、それぞれの生命力によるということ……』 『そうどすか……やはり』 今、彼女たちの運命とマホロバの未来は同義である。 枯れゆく世界樹扶桑がマホロバから消失した時、マホロバの崩壊がはじまるであろう。 彼女たちはまさにマホロバの『命綱』そのものである。 扶桑の外で、悲しい叫び声が聞こえた。 「お姉ちゃんっ!」 蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)は、桜の下で嗚咽している。 「どうして!? お姉ちゃんは皆の気持ちを裏切ったんだよ?」 小柄な夜魅の身体を押さえるようにしてるのは、コトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)である。 「白花さん!刀真さんが以前言った言葉は……『刀真さんを悲しませる事はしませんから』って、嘘だったの? 今、あなたが動かなきゃ、妹の夜魅を守れないのよ!」 コトノハはやるせない憤りと悲しみを素直に百花の前にさらけ出していた。 「せっかく『御柱』の運命から救ってあげたのに……!」 夜魅は桜の木に向かって拳を振りおろした。 何度も、何度も。 百花は涙を流しながら謝っている。 『ごめんさない……ごめんさない……』 「許さないもん。あたしも皆を裏切る!『影龍』の力を開放するっ!そして……扶桑を喰い尽くす!」 嘆きと怒り、悔しいという負の気持ちが『影龍』の力を呼びよせているのだろう。 夜魅の身体に、黒い影がうごめくようにまとわりついている。 夜魅はふっと笑った。 「だって……こうでもしなきゃ、お姉ちゃん出てきてくれないんでしょう?」 「白花さん、神子の力を扶桑に渡せば解放されるのではない? そうすればあなたも夜魅も普通の女の子に戻れるんじゃ……?」 コトノハはギリギリまで待ち、夜魅の『影龍』の力を抑え込もうとしてるようだ。 白花はただ、涙をぽりぽろこぼすだけだった。 『信じて下さい……誰を悲しませるためでなく、私はマホロバの人を助けたかったんです』 白花は扶桑と一体化して思う。 桜の世界樹は、この世界に生きる人の悲しみをずっとずっと、見てきたのだろう……と。